1.これまでとは違う語り手

 ブログ、CGM、クチコミ、インターネット広告...など、これまで日本でWebに関するマーケティングが語られる際、その語り手はたいていWeb関連のベンチャー企業の人でした。電通や博報堂などの昔からある広告代理店を「トラディショナルエージェンシー」と揶揄することがありますが、Webプロモーション領域に関して、トラディショナルエージェンシーに属する人からの発言はあまり聞こえて来ていない気がします。それはWebを語るとき、「新しいテクノロジーで出来るようになったこと」という視線に立つ事が多く、その視点に立つ限りトラディショナルエージェンシー側から語れる要素がなかったからなのかも知れません。

 しかし、現に彼らは日夜Webサイトを作り、Webをからませたキャンペーンを開発しているわけです。Webについてはさまざまな最新技術・サービスがありますが、それらを実際に使いこなしてきたのも彼らだったと思います。「Web2.0」なんていう流行り言葉を使わずとも、間違いなく彼らはWebを使ったマーケティングの可能性を最大化させる知見を持っているはずだし、我々が学ぶことも多いはずです。

 その意味では、多分トラディショナルエージェンシー側にいる人が初めて声を上げ、自らの考えを語った本として位置づけられるこの「Webキャンペーンのしかけ方。」という本は、大変興味深い本です。事実、書いてあることに類書とは異なる「視野の広さ」や「思考の深さ」を感じます。Web関連の本に食傷気味のみなさんも読んで何か感じる部分が必ずあると思います。

2.「Webキャンペーン」に向かう4人の共通視点

 著者の4人がそれぞれ自分の経験や考えを書いており、当然それぞれ独特なのですが、下記の3点はみなさんが強調していました。当然のことかも知れませんが、私も大切だと思うので、ご紹介します。

◆インターネットは目的でなく手段

 「インターネットマーケティングの話になると、かならずいつも最新のテクノロジーが紹介され、それを活用するテクニックやギミックが取り沙汰される。そして、企業のマーケティングやWebキャンペーンをみても、そうした『手段』をありがたがり、最重要視して中核にすえていることが多い。
 しかし、手段では人の心は動かせない。テクニックやギミックはもちろん、すぐれた技術でさえも、目的を達成するために用いるツールでしかないのだ。ツールでは人の心を動かすことはできない。」(p129)(渡辺氏)


 上で述べたように、Webマーケティングの本は「ブログをやる」「ネット広告について」「CGM」など、Webの何かの機能それ自体がテーマになっていることが多いと思います。その点、この本はWebはあくまでマーケティングコミュニケーションの1手段というスタンスが明快です。それゆえリアルの世界との連携も常に出てくるテーマになっています。

◆新技術に頼るな

 上記とも関係しますが、

 「2001年にBMWは『BMW Films』というすばらしいショートフィルムをつくり、Webキャンペーンを実施した。(中略)これがきっかけとなり、雨後のタケノコのようにしばらくの間ショートフィルムがインターネット上に溢れた。
 おそらく背景には『手法を伝えるだけで企画が認められる』というWebキャンペーンならではの、“妙な現象”があったのだと思う。『ブログを使いましょう』『SNSをつくりましょう』『アメリカの○○という技術を日本で最初に使いましょう』など、新しい技術や手法を口にするだけで、まるで魔法の呪文をかけられたかように、ゴーサインを出してしまう傾向が現在でもまだある。」(p62-63)(阿部氏)


 これ、提案する側の問題というよりも、クライアント側の問題である場合が多いような気がします。何かが受けていると聞いて、広告会社側に「あれ、やってみたいんだけど...」と手法ありきで言い出してくるケースが多いと思います。
 阿部氏は続けて、

 「たしかに、新しい技術や手法には、やり方によっては大きな成功を収められる可能性が秘められている。だが、肝心なのはその技術や手法を使うことではなく、それを使って何をやるかだ。つまり、アイディアの問題である。
 実際に、BMW Films以降、山のようにショートフィルムがつくられたにもかかわらず、それを超える作品はほぼ皆無にひとしかった。加えて、早くもショートフィルムという手法すら、あっというまに過去のものになってしまった。」(p63)(阿部氏)


 4人のみなさん、新技術を否定しているわけではありません。しかし、Webを使ってマーケティングをする人が、つい新技術に頼ってしまう傾向に警鐘をならしているのだと思います。この点、私もまったく同感です。

◆消費者を見る

 「Webで広告的なコミュニケーションを行うためにはどのようなアプローチが必要だろうか。
 筆者の持論は、漫然とWebコンテンツを制作するのではなく、コミュニケーションデザインの概念を持つこと。(中略)そのためには、まずWebコンテンツとして扱う商材やサービスなどが持つ特性および背景を理解し、情報を伝えようとしているユーザー層の行動特性や志向などをよく把握しなくてはならない。」(p136)(螺澤氏)

 「今後もWebキャンペーンが人間を相手に実施されるという点は、おそらくことは変わらない。だとすれば、人の心の琴線への理解は絶対に不可欠だ。」(p67)(阿部氏)

 「太くて骨のある普遍的なものをつくるためにいちばん必要なことは、芯を射抜いたアイディアとインサイト(消費者の動向や欲求など)だと思っている。」(p117)(伊藤氏)


 そして最後に、やっぱり消費者理解が大事、ということ。この点、広告作りもWeb作りも本質は変わらないということでしょうか。

3.Webキャンペーンの倫理(ただし、引用は正確に)

 さて、ちょっと最後に気になったことがあったので付け加えます。
 近年、ブログなどを使った「クチコミ喚起型キャンペーン」が注目されていますが、それはややもすると「やらせ」になってしまい、「炎上」という不幸な結果を導くことがあります。そこで仕掛ける側の我々には、これまでより一層、高い良識や倫理性が求められることになります。

 そこで渡辺氏が文中でWOMMA(Word of Mouth Marketing Association:アメリカのクチコミマーケティングの業界団体)の「倫理規定」として、以下の8項目を紹介しています。(以下、p113より)

1.消費者に報酬をわたしながら、企業との関係を明らかにすることなく、商品推奨を依頼する行為をしない。
2.消費者同士のクチコミにおいて、サクラを起用したり、覆面マーケティングを行わない。
3.クチコミで何をいうべきか消費者に指示しない。
4.クチコミ唱道者の本当の正体について、消費者を混乱させたり誤らせたりするような開示は行わない。
5.クチコミマーケティングプログラムに子供は関与させない。
6.競合企業のネガティブな情報流布を目的とした活動などを行わない。
7.既存ビジネスの慣習を理解し、既存ビジネスで認められている手法は、その領域では継続して活用する。
8.クチコミマーケティングを提案、受注する際には、広告主にこれらのリスクの説明を行う。


 こうした視点は大切ですよね。忘れないようにしたいと思います。
 しかしながら、ちょっとあれっ? と思ったことがありました。上の条文、大変重要だと思ってWOMMAのWEBサイトに直接当たって見たのですが、この8項目の倫理規定にあたる文章がありませんでした。確かにEthics Codeというものがあって、上記条文と同様の内容が書いてはあります。しかし8項目ではないし、内容もかなり異なっています。
 これ本当に、WOMMAから引用したのでしょうか?

 実は、上記の文章はクチコミマーケティングなどを実施している、サイバービュレットという会社が、「米国WOMMAの倫理規定」として紹介している内容と全く同一のものです。
 もしWOMMAから直接引用したのではなく、サイバービュレット社から引用したならば、そう出典を明記すべきです。
 
 「倫理」「良心」を説いている部分で、逆に本人の注意が足りない感じがして、ちょっと残念でした。

☆渡辺英輝、阿部晶人、螺澤裕次郎、伊藤直樹著「Webキャンペーンのしかけ方。」(2007年)インプレスジャパン

Webキャンペーンのしかけ方。 広告のプロたちがつくる“つぎのネット広告”