「共感ブランディング」と題されたこの本は、博報堂DYメディアパートナーズの方が書いています。この会社、あまり馴染みがないかも知れませんが、2003年、博報堂・大広・読売広告社の3社が経営統合した際に、3社のメディア部門が分離・統合されてできた会社です。メディアのプランニング、バイイングが主な仕事ですが、最近は映画コンテンツへの投資など、コンテンツビジネスへの注力が注目されます。過去「電車男」や「世界の中心で愛を叫ぶ」などを手がけましたね。

 著者の鷲尾和彦氏は、そのシンクタンク部門(死語かな?)と言っていいのでしょうか、「メディア環境研究所」に所属しているそうです。

 そういう立場の方だからでしょうか、この本の「はじめに」や第1章でしてきされている今日にメディア環境に対する洞察は、非常に優れたものがあると思います。以下の指摘は、マーケティングコミュニケーションの領域に携わる人にとってはとても参考になると思うので少し引用します。

 例えば、こんな指摘

 「インターネット環境が普及した現在では、顧客は自ら必要とする情報を探し出し、手に入れ、比較・検討して実際の消費行動を決定することはもちろん、自身の意見や感想をウェブ上に発信することで、商品の評判を左右するまでになっています。
 もはや企業側に『情報』の優位性は存在しない時代なのです。
 企業が情報発信力を独占することによって、顧客を『囲い込む』とか、顧客に『刷り込み』を行うといった発想は、まったく通用しなくなりました。」(p3-4)
 太字は著者

 企業側の情報の優位性を前提とした「マスメディア」の売買を最大の収益源とする会社の社員がここまで言い切るのはどうかと、読む方が心配になってしまうほどですが、切れ味のよさはさらに続きます。

 「情報のやりとりのみによって、合理的、理性的に商品サービスを比較・検討してもらう、いわば『損得勘定だけで判断される顧客との関係』は、もはや過去のものになりました。今後は企業の存在そのものの魅力で人を惹きつけ、その魅力が放つ磁力に『共感』を覚えてもらうことで、顧客の心を巻き込んでいくようなメッセージを発信していく発想が重要になります。」(p5) 太字は著者

 私もこの見解には賛成です。特に「企業存在そのものの魅力」という視点はこれから大事ですね。だから企業の環境への配慮や、CSR活動などの実践もこれからはますます重要になるでしょう。逆に、不祥事などへのまずい対応は企業自体を葬りかねません(最近の不二家事件のように)。

 そのために彼は「共感(ブランディング)」というコンセプトを提示してます。

 「自分と商品とのつながり=『共感』を実感した瞬間こそが、モノが買われる瞬間」(p28)

 「企業の個性や精神性をはっきりと示し、顧客との間で共有され、ともに理解を深めていく=『共感』を深める回路があることが求められます。」(p30)

 「企業活動や商品サービスに込められた精神的、情緒的、感性的な価値をはっきりと感じ取ることができるように表現し、インターネットを介して顧客に受け渡すことで、最終的には顧客との間で同じ感覚を有する、そして情緒的・感情的な絆をつくるために活かしていく――インターネットを活用した新たな『共感ブランディング』がこれからの企業のマーケティング活動における基本になっていくと考えます。」(p31)


 なるほど、ふむふむ。これからの企業と消費者との関係においては「感覚の共有」こそが大きな課題だということですね。続けて、

 「『ポッドキャスティング』は、その際の最も重要な手段の一つになるはずです。」(p31) 太字は私

 エッ。「共感」作りのための最も重要な手段が「ポッドキャスティング??」。あのiTuneのですか。。。
 そうかな〜。ちょっと唐突ではないですかね。大切かも知れないですが、企業ブログなり、コミュニティサイト開発なり、既に行われている手段もあるし、最も重要な手段というのは踏み込みすぎではないですか???

 と突っ込みたくなりますが、実はこの本はこの後ずーっと最後まで、ポットキャスティングの話をしています。ポッドキャスティングのビジネス活用の入門書としてはいいと思うし、活用事例をたくさんあるので参考になります。

 しかし本のタイトルは「共感ブランディング」であって、「ポッドキャスティングのビジネス活用」ではなかったですよね(あ、副題はそうなっているか。。。)。それにしても、「共感ブランディング」というタイトルをつける以上、それを達成するための手段を紹介するならば、本の内容は「ポッドキャスティング」だけに焦点を当てるものには普通ならないと思うのですが。。。

 導入部の論旨が秀逸だっただけに、ちょっともったいない感じ。
 共感ブランディングを達成するための手段としてこんなのがあるよ、という全体像に関する新たな著作を期待したいと思います。現状では、タイトルと中身がバランス取れていない感じだし、企画書の良くない例である「『前段』は光ってたけど『具体』がちょっとなぁ、、、」と言われかねないケースになっているような気がします。

☆鷲尾和彦「共感ブランディング」(2007年)講談社

 共感ブランディング 顧客の心を巻き込むポッドキャスティング徹底活用術