広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

タグ:電通

 9月の半ばに、この本を強烈に薦めてくれた人がいて、急いで本屋に行きましたが売り切れていたのか、どこにも見当たりませんでした。仕方なくアマゾンで注文しようと思いましたが、在庫切れで直ぐ配達できないとのこと。びっくりしました。
 出版したばかりの業界向け書籍で(しかも「電通選書!」)、それほど人気が出た本も珍しいのではないでしょうか?

 ようやく10月上旬に入手し早速読んでみました(書評は遅いですが...苦笑)。

 感想は...うむむむむ、、、早熟の天才現る、あるいは“神降臨”としか言い様がない、というのが第一印象でした。

 まずこの本は、電通に勤務する筆者(岸氏)が、自ら「コミュニケーション・デザイナー」として手がけた6つのキャンペーン事例の紹介(プランニングのインサイドストーリー)を中心に、筆者が考える、「これから広告が発展していくうえでとても大切な概念」(p4)であり、「広告人の誰もが持つべき意識」(p4)であるところの「コミュニケーション・デザイン」について語ったものです。

 「コミュニケーションデザイン」については、定義のようなものも示されているので紹介します。

 「プロモーションやブランディングなどの広告キャンペーンから商品開発、事業企画に至るまで、企業(クライアント)と生活者の間に存在する、ありとあらゆるコミュニケーションを設計していく仕事」(p4)

 とのことです。
 
 さて読んで私は、これはスゴイ本だと思ったわけですが、何がスゴイと思ったのか、感じたところを簡単にまとめてみました。

 1.これからの広告キャンペーンのあり方のお手本を示したところがスゴイ!
 2.企画のつくりがスゴイ!
 3.手の内を惜しげもなく開示しているところがスゴイ!
 4.チームワークの良さが見えるようでスゴイ!


 以下、ちょっと解説。

1.お手本を示したところがスゴイ

 近年、複数のメディアを適切に組み合わせてキャンペーンを行う「クロスコミュニケーション」「クロスメディア」などと呼ばれる手法が注目を集めているのは、このブログでも何度か触れました。それは「メディアニュートラル」という視点から、効果が最大化するように必要なメディアを組み合わせてキャンペーンを組み立てる、という発想を持つところに最大の特徴があるわけですが、この本で「コミュニケーションデザイン」という言葉を使っているものも、同一ではありませんが、概念的には重なる部分が多いものだと思います。
 とはいうものの、これまでの「クロスコミュニケーション」の議論においては、メディアニュートラルの視点から必要なメディアを組み合わせるとは言っても、ケーススタディとして紹介されるものは、単に「複数のメディアを組み合わせた」というレベルにとどまるものが少なくなかったと思います。もちろん古典的なメディアミックスではなく、WEBサイトなどもうまく組み合わせたものではあるのですが、例えば「CMでリーチ+認知獲得、PRで話題喚起、WEBで理解促進+参加性→エンゲージメント(!)」というもので、確かに古典的なキャンペーンよりは効果は高まるかもしれませんが、「メディアの特性に合わせて的確なメッセージを伝達する」という意味では、従来のマスメディアミックスの発想法の延長線上でしかないような気がしていました。
 みなさん、トラディッショナルな広告のあり方を否定している割には、革新性が十分でないと言うか...。もちろんお前がヤレ!と言われてちゃんとやれる自信はないのですが、、、
 しかしこの本で紹介されている事例での複数メディアの使い方には、これまでとは違う、なるほど! それは非常にメディアの使い方が上手だ、と思わせる“何か”が感じられます。それはうまく説明できないので、アートとしかいいようがないのかもしれませんが。メディアの領域は、これまで数値や理屈で語らせる「サイエンス」の領域だと思われてきたと思います。しかしそこには高いクリエイティビティが必要で、やりようによっては、理屈を超えて人の心に訴えうる何かを持つ、ということを実際の事例を持って示しているのだと思います。
 企画立案のインサイドストーリーを見せてもらっているからそう感じるのかも知れませんが、いずれにせよ、これから自分で「クロスコミュニケーション」のキャンペーン企画を作ろうと思っている人、それも効果的に人を動かし結果的にコミュニケーション効果もあげようとする企画を作ろうと企む人にとっては、この本で示されているような事例は、大変良いお手本になるのだと思います

2.企画のつくりがスゴイ!
 
 紹介されている事例ですが、「漢検DS」「マリエール」など以前から話題になっていたキャンペーンがいくつか含まれています。それぞれの企画が非常に良くできてると思うのですが、私がそこで一つ感じた思ったことは「畳み掛ける凄さ」ということでした。
 例えば、マリエールの事例などは本当にうまいと思います。これは、名古屋の結婚式場マリエールのキャンペーンで、結婚を迎える女性の等身大の気持ちを40通りのCMにするという企画。40通り作り全部オンエアすることもスゴイのですが、普通ならこれをWEBに乗せて終わりです。しかし40通りものCMがあれば共感できるものもそうでないものもあるわけです。そこでWEBサイト上では、40通りのCM全部が見られるようにして、さらに⊆分が共感できるCMに一票入れランキングさせる仕掛けを作る。すると、女性ならば自分の好きなCMの順位が気になるし、評価の高いもの低いものも見たくなります。するとアクセス・滞在時間とも増加します。さらに工夫があって、CM一つ一つにコメント記入欄があって、感想をみんなで書き込めるようになっていたりします。するとそこで自分の思いを書き込んだり、それを人が見て感動したり、さらに書き込んだり...コミュニケーションが深まっていくことになるでしょう。結果として「マリエール」に対する女性の関与(エンゲージメント)が高まり、利用増加にも結びつくと思います。単にWEBサイトにCMを乗せるだけでなくて、◆↓といった仕掛けを用意し、畳み掛けるように「人を深みにはまらせるような」戦略。
 見事です。プランナーというより、完全な脚本家です。
 というよりも、これからの良いプランナーは、脚本家であるべきなのかも知れません。いやそうであるべきです。
 大変だ、面倒だと言って妥協しないで、伏線をあちこちに用意し、これでもか、これでもか、と人をひきつけていく。ヒットする映画では必ず見られますよね。
 大いに見習うべき点と考えます。

3.手の内を惜しげもなく開示しているところがスゴイ!

 例え、面白いし、公開したらみんなの役に立つかも...と思ったにしても、こうしたインサイドストーリーを一般向けに公開するのは、現役の広告会社の1社員である限り、結構厄介なことではないかと思います。社内や内輪の会で話すのならまだしも、出版するとなると、営業を始めとする社内の了解、お客さんの了解を取る必要があり、それはとても面倒なことだと思われます。自社の事例が他社に知られることを良く思わない人もいるはずです。だから途中で面倒くさくなってしまい、事例を取り上げるにしても当たり障りのないことを書いてお茶を濁したくもなるものです。筆者もそういう誘惑があったのかもしれませんが、きっといろいろな障害を乗り越えてきたのだと思います。それには拍手です。

4.チームワークの良さが見えるようでスゴイ!

 広告会社の仕事は必ずさまざまな職能を持った人たちがチームを作って行うことになります。しかし、役割の異なる人が集まる分、時にチーム運営が難しくなることがあります。特に、今日のように、広告やメディアの役割が変化しつつある中では、誰もが変化に対応できるわけではないし、その対応のスピードも個人差があります。その意味では、この本の冒頭にある以下の言葉には深く同意します。長いけど引用します。

 「コミュニケーション・デザインは、マーケティングパート(戦略)、クリエーティブ・パート(表現)、メディア・パート(実施)といった分業をしません。最初から最後までコミュニケーション・デザイナーが一貫して作業に絡みます。そんな些細なことですが実際に行おうとすると、既存の分業スタイルの発想のプロセスが弊害となることも少なくありません。クライアントからの課題を最上流で受け、チーム編成や方向性などを決定する場である営業やクリエーティブ・ディレクターの意識改革が今後、優れたコミュニケーション・デザインを支えていくうえでとても重要になると思います。」(p5)

 残念ながら私の経験から言っても、例え優秀な人間が集まったチームであっても、優れたキャンペーンを生み出せるとは限りません。部門間の主導権争い、妬み・ひがみなど仕事の本質とは異なるつまらない部分でチームワークは乱れ、結果として不満足な企画しか生み出せないことがしばしばあります。
 それが、筆者の指向するような、クリエイティブ・マーケ・メディアなどの領域を自由に行き来しプランニングする「コミュニケーション・デザイナー」であれば、なおのこと既存の分業スタイルの中で仕事をやって来た人たちと摩擦が心配になります。
 しかしながら文中何箇所かでさりげなく書かれた企画チームの様子などから察するに、筆者はそうした問題に陥ることなく、むしろ違うタイプの人とのコラボレーションを楽しんでいるかのようです。もし本当にそうだとすれば、それはきっと筆者の超人的な努力によるものだと思いますし、とてもスゴイところだと思います。
 上記引用文で筆者の指摘するように、これからのコミュニケーションのあり方を考えれば、既存の分業体制の中で仕事をしてきた人たちの「意識改革」がとても大切なのだと思います。しかし、実際にはそれがとても大変なのだとも思います。

 さて、ずっと賛辞を送ってしまったので、最後に一つだけ心配を。

 この本が多くの人に評価され、筆者の名前が有名になると、きっと「スター」として活躍させられることになるでしょう。つまり、多くの予算を持つ大手広告主の担当業務を任せられるということです。
 この本を読むと、事例で紹介されている広告主は、いずれも規模が中程度の広告主です。予算規模の小さい広告主だと、広告会社との距離も近く、思い切っていろいろな提案を受け入れてくれる余地が大きいと思います。
 しかし、これが広告予算を100億も持っている企業だと、関係する人間が広告主・広告会社共に多く、またキャンペーン自体も複雑、さらに広告主の要求も多いなど、いろいろな面で自由が利かなくなってくるような気がします。
 仮に「スター」として、大手広告主を担当するようになった場合、それは筆者にとってステップアップのプロセスとして喜ばしいことなのだとは思いますが、そこで筆者の考える理想的な「コミュニケーション・デザイン」のカタチはそのまま続けられるのでしょうか? 官僚主義的な現実が現れたりして挫折しないのでしょうか? ...本当に他人事で余計なお世話ですが、ちょっと心配になります。

 ...と思いましたが逆ですね。そうした大手広告主特有の障壁を乗り越えて、筆者が腕を振るったキャンペーン事例というものを、今度は是非見てみたい、と思います。 もちろんこの本を読んで刺激を受けたわれわれ一人ひとりが実践すればよいことではありますが、筆者によるそうした環境での新しい事例が生み出されれば、筆者の言う議論が、本当に日本のコミュニケーションビジネス環境でも根付けるということが分かって、周りの人はもっと勇気がもらえると思いますから。

 筆者の岸氏は、このブログの前々回の書評で紹介した「クロスイッチ」の本の中で、「『仕組み』ではなく、消費者の『気持ちをデザインする』」と題したコラムを書き、クロスメディアの仕組みを作り込むより、消費者の気持ちを想像することの大切さを説いていました。メディアの仕掛け作りについて述べた「クロスイッチ」という本の中で、あえてそれの反対を行くような言い方が印象的でしたが、この本を読んで、そのコラムに込めた気持ちも分かる気がしました。

 「クロスイッチ」も併せて読むと良いかもしれません。

☆岸勇希「コミュニケーションをデザインするための本」(2008年)電通選書


コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)
コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)

 前回のエントリ(「2010年の広告会社」の書評)でも広告会社の将来について書きました。今回紹介する本も、前回に引き続いて、広告会社の将来像について書いた本です。

 この本ももう随分話題になったので、今更書評を書くのも気が引けるのですが、広告会社の過去・現在・将来を考える上では、きっと避けては通れない本だと思いますので、ご紹介します。
 著者の藤原氏は元電通総研社長。つまり日本最大の広告会社の中心にいた人による広告会社論が本書ということになります。

 しかしこの本、Amazonなどの評判がまったく良くありません。曰く、「自己中心的」「広告会社のレベルの低さ、広告会社が変われないことを象徴している」「提示される将来像が不鮮明」「Googleを始めとした環境変化への理解が足りない」など。実際そうした批判はその通りだと思いますし、独善的・夢想的な主張も目立ち思考の限界を感じてしまいます。
 特に、著者が電通の幹部だったことから「電通的なものの考え方」が良くも悪くも随所にでているのではないかと思いました。つまり、日本の広告業界を背負ってきたという自負とエリート意識、反面の自分のビジネススタイルに対する無謬性意識と傲慢さ、自分を超える存在を認められないという偏狭性などです。「広告会社は変われるか」というテーマも、結局は「電通は変われるか」を論じているように思います。
 つまりこれは電通の内在的論理に基づいて書かれているもの(一種の「社内論文」でしょうか)なのであり、その辺りに、社外の人が見ると感じる違和感不快感の原因があるような気がします。

 ただしそう割り切って読むと、これは現状の「(電通を中心とした日本の)広告会社」とはこんなもの、ということを理解する格好のテキストなのだとも思います。何しろ、日本の伝統的大手代理店は基本的には電通と同じビジネスモデルで仕事をしているわけですから。

 さてこの本の内容ですが、大きく「広告会社の過去の発展の歴史や現状の問題点」を書いた部分、そして「将来のメディア環境変化(特に2011年からの地上波デジタル放送完全実施以降)に対応したあるべき将来像」を書いている部分に分かれます。

 この中で、広告ビジネスの歴史と今後の課題について書いている部分は、さすが電通の元幹部だけあって、とても読んで参考になると思います。
 その通りだと思った部分何カ所かあるのですが、例えば広告主が変貌するというテーマで広告主と広告会社との関係を論じている部分の指摘。近年の傾向ですが、従来広告会社との主要取引窓口であり、広告会社に仕事をくれる存在だった「宣伝部」の地位が凋落傾向にあります。それに対して著者は、新た関係先部署として3者(経営企画室・資材部・プロダクトマネージャー)を指摘し、彼らとの関係をうまく取り結べないと「『おぜぜ』の取りっぱぐれが起こる」(p63)と指摘しています。
 クライアントが変化していく中で、広告会社との関係も多様化しつつあるのは現実で、非常に実感に合う問題意識です。

 しかしそれにしても「あるべき将来像」についての語りの緩さはどうしてでしょう? 著者の言うように、今後IT化、デジタル化が進展し、テレビ、パソコン、携帯電話など「メディアの種類」に依存しない形で各種コンテンツが流通するようになる、という認識は間違っていないのかも知れません。しかしだからといって、

 「ネットとメディアが融合すると、媒体は一つになる。今までのマス媒体もネットも融合するので一つの媒体の出現と相成るのである。その融合の結果生じる新しい媒体を何と呼ぶか。筆者はそれを『eプラットフォーム』と呼ぶ。」(p50)*下線部私

という将来予想は妥当でしょうか? コンテンツが自由に流通する姿は想像できますが、また新たな「一つの媒体」ができる、という発想は想像しにくいです。媒体を売ってきた電通の元幹部らしい、「結局は新しい媒体が登場しないと、何か不安だ!(笑)」という気持ちがあるのならばそれはわからないでもないですが...(苦笑)。

 もっとも、この本の結論の方で、電通・博報堂などが目指すべき方向性として、新しいメディア「eプラットフォーム」の「盟主になれるか(p160)」が重要なのだが、「このeプラットフォームの盟主になる広告会社は、結果的にグローバル化をせず、いままでどおり国内に専業する(p160)」とあります。

 「盟主」という言葉遣いからして、旧来の電通的価値観のような気がしますが、国際競争の荒波にもまれるのはもうイヤだから、日本の中で生きて行けばいいや、という発想は、しかしながら伝統的広告会社にとっては、もはや意外と現実的な解決方法なのかもしれません。

 ところで、先日の日経ビジネス5月14日号では、「電通が挑むメディア総力戦」というタイトルの中で、上記の「eプラットフォーム」に似たようなシステムをGoogleに対抗すべく整備中というような記事がありました。

 ただその記事で書かれているのは、放送と通信との融合時代における新たなメディアなどではなくて、単なるアドネットワーク(アドサーバー)の一種のようです。

 この本でも「広告会社の最終兵器はアド・サーバー(p167)」なんて書いてあるし、もしかして、電通が来るメディアの大統合時代に向けて整備を進めているのはコレなのでしょうか?? 

 アドサーバーの価値を否定するわけではないですが(もし将来、テレビCMも行動ターゲッティング的な配信ができるというなら、またそれを狙っているならば凄い話ではありますが...)、こうしたものを整備する方向が、筆者の考える「広告会社は変われるか」の結論だとすると、ちょっと最後に問題が矮小化されてしまった感じがします。そもそもアドサーバー(アドネットワーク)なんて既に数多く存在しているわけですし、大手のDoubleClickをGoogleが買収するなんていうニュースもあるような中で「盟主」となるなんてことは簡単に口にできることではありませし、それを達成するその道筋さえも書いてはありません。

 将来の広告会社への提案として、システム周りの話をするのもいいですが、クリエイティブの可能性など、もっとGoogleなどにない広告会社固有の能力についてスポットライトを当てるような方向も考察して欲しかったです。
スペースブローカーとして広告会社を捉える電通的な論理が結局最後まで顔を出している本、ということなのかも知れません。

☆藤原治「広告会社は変われるか」(2007年)ダイヤモンド社

広告会社は変われるか―マスメディア依存体質からの脱却シナリオ

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