広告代理店の現場からみた読書案内

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タグ:スポーツマーケティング

 北京オリンピックの熱戦が続いているこの頃です。別に普段は何の関心もないスポーツ種目も、オリンピックでは日本人が出ているだけでなぜかテレビを見てしまいます。見ているうちに、そのスポーツにも興味が出てきて次第に引き込まれていったりします。そういう人は多いのではないでしょうか? そういえば、かつて冬季オリンピックで「カーリング」の日本チームが活躍してが急に注目を浴びたことがありました。
 まったく関心を持たれなかったのに、急に人気になる。場合によっては競技人口も増えてくる...。今回のオリンピックでもそんな競技が出てくるかもしれません。

 スポーツって不思議な力を持っていることを改めて感じさせられます。

 そういえば意識しなかったですけど、今回のオリンピックがらみに限らず、CMキャラクターとしてスポーツ選手が登場したり、スポーツをモチーフにしたCMというのは少なくないですよね。私たちの生活に何気にスポーツが入り込んでいる証でしょう。

 さて今回ご紹介する本も、前回に続いてスポーツマーケティングの本です。この本はアメリカのビジネスマネジメント向けに、さまざまなマーケティング課題に対して、彼らの意思決定・課題解決に参考になるケーススタディを、アメリカのスポーツにおける事例から抜き出してまとめたものです。
 その事例、というよりもエピソードに近いのですが、非常に豊富なのが特徴です。例えば前回紹介したアメリカのスポーツマーケティングに関する本が、過去のスポーツマーケティングにおける研究成果に基づいて何かを語ろうとしているのに対して、こちらはアメリカのあらゆるスポーツの事例をとにかく積み重ねて何かを語ろうとしており、前者が「スポーツマーケティング自体を語る本」であり、これは「スポーツでマーケティングを語る本」という視点の違いはありますが、対照的な本だと言えます。

 ところでちょっと話が飛びますが、北京オリンピックの中国つながりで言うと、今から約2500年前の春秋戦国時代、中国各地で「諸子百家」と呼ばれる思想家たちが現れ活躍しました。いわゆる孔子・孟子などの儒家、老子・荘子などの道家などです。彼らは各地の諸侯をまわって自らの思想を説き、その思想の実現と自らの“雇用”を図っていたわけでした。ここで「思想を説き」と書きましたが、これは今で言う「プレゼンテーション」に当るものだと思います。いや、かつては、採用されれば自らが宰相(首相)などの地位と権力を得るものであり、採用されなければ自らの命を落とすことさえあるものだったから、現代の「プレゼンテーション」という言葉からは想像できないくらいシビアなものだったと思います。

 さてその時代の「プレゼンテーション」では、どんな方法で諸侯を説得したのしょうか。当然今と違って「データ」のような客観情報はありません。ではどうしたかというと、どうも「事例」や「ケーススタディ」を素にして説得していたようなのです。
 史記などを読むと、よく「かつて○○では△△して成功し、××して滅亡した」などという言い回しで諸侯を説得している場面が出てきます。データなどのない時代ですから、2500年前から説得力を上げる方法として「過去の事例」というのが使われていたのですね。

 その意味では、この本も数千年の歴史の重みを持つ「事例による説得」という“術”を使って書かれた本の一つだといえます(別に皮肉って言っている訳ではなくて、北京オリンピックを見ながら読んでいたので、古代中国との接点を何か感じてしまったわけでした)。

 もちろん現代のプレゼンテーションでは、さすがに事例だけでは説得はできなません。データが基本だし、事例の事実関係もネットで検索すればいろいろなことがわかりますから、自説に都合のいいように事例を多少曲げて使ったりすることも難しい時代です。とはいっても、プレゼンテーションの最中に、適切な事例をさらっと言ったりすると説得力が高まる、ということは間違いなくあるでしょう。

 その意味で、アメリカのスポーツエピソード満載ですので、スポーツに興味があり、普段からスポーツネタを使ってプレゼンをしているような人には、ネタの仕入れとして、いいかも知れません。
 もっとも、題材はあくまでマイナーなものも含むアメリカのスポーツです。当然日本の読者を想定して書かれているわけではありません。せっかく仕入れて使ってみても、相手がピンとこない話の方が残念ながら多いかも知れませんが。

☆デビッド・M・カーター、ダレン・ロベル著、原田宗彦訳『アメリカ・スポーツビジネスに学ぶ経営戦略』(2006年)大修館書店

 アメリカ・スポーツビジネスに学ぶ経営戦略

 北京オリンピックも近づいて来たことですし、またスポーツマーケティングの本を読んでおこうと思いました。
 そこで手にとったのがこの本。
 「スポート・マーケティング」と書いてありますが、もちろん誤植ではありません。この本ではこだわりがあって、「スポーツ・sports(複数形)」ではなく「スポートsport(単数形)」を使っているのです。

 「スポート・マネジメント北米協会によれば、『スポーツは、ゴルフやサッカー、ホッケー、バレーボール、ソフトボール、体操などのような個々別々の活動の集合体を意味する』。(中略)しかしながら、スポートは、集約的な名詞であり、より広くすべてを包含する概念なのである。」(p5)

 とのことです。確かに「スポーツに関連するもの全部」を包括的に学術的な視点から論じられることがこれまであまりなかったのかも知れませんので、このこだわりは一つの見識ではあるのでしょう。 ...もっとも日本語にしてしまうと、かえって分かりづらくなってしまいますが。

 本自体は大学生向けのテキストブックです。スポーツマーケティングに関わるあらゆる領域を網羅しており、元の原書はアメリカでも定評のあるテキストとのことですから、最近はスポーツマーケティングが大学でも人気らしいですし、この領域を勉強したい学生さんにとってはいい本だとは思います。ただ実務家向きではないでしょう。なにしろ、この本は580ページにも及ぶ大著なのですから。

 話が少しそれるかも知れませんが、読んでいて思ったのは、「500ページものマーケティングの本の意味」という点についてでした。
 説明が必要かも知れません。マーケティングの領域は広いので、しばしば特定テーマに焦点を当てた、例えば「○○マーケティング」(例えば、WEBとか、ダイレクトとか、飲料とか...)というタイトルの本が出版されることがあります。そうした本は、普通一般的なマーケティングの基礎概念の読者の理解を前提とし書かれており、例えば「ダイレクトマーケティングにおいてターゲットをどう考えればよいのか」という問題設定はなされますが、「ターゲットとはそもそも何か?」という説明はしないものです。その分だけ分量もコンパクトになり、読みやすくもあるわけです。一般的なマーケティング概念を説明する本が「基礎」だとすると、その「応用」的な位置づけとも言えます。
 ところがこの本は、「マーケティングで言うところのターゲットとは何か?」と「スポーツマーケティングでターゲットはどう考えればよいのか?」という、「基礎」「応用」の両方が盛り込まれているところに特徴があります。もちろん「この1冊だけ読めば十分」という親切設計であるとも言えるのですが、別に「基礎」と「応用」の2冊を興味に応じて別々に読めばいいという考えもあるはずです。そうすれば、いかにテキストといえども580ページの大著にはならないでしょう。
 実はこんなことが気になるのも、スポーツマーケティングに関して以前読んだ本からも「基礎」「応用」を盛り込んだ「この1冊読めば十分」オーラが出ている印象を受けたからでした。

 何か、「スポーツマーケティング」という領域が、マーケティング分野の中で特定テーマとは違う、独特の扱いがされているように感じます。そこにちょっと違和感があるのですよね。
考えてみると、日本のマーケティング研究の中で、「スポーツマーケティング」領域の扱い自体も独特です。例えば日本の大学でのマーケティング研究は、通常、経済・経営学部系の先生方が中心になって行われています。ところが、スポーツマーケティングの研究が行われているのはほとんど体育系大学・学部です。反対に経済・経営学部系の先生方で、スポーツマーケティングをやっている人は私の知る限りほとんどいません。そして両者の交流もあまりないようです。「スポーツマーケティング」と名乗っていても、普通のマーケティングの先生方は自分に関係ない領域だと思っているようですし、スポーツをやっている先生方は、あくまで「スポーツビジネス」の一環であり、あたかも「スポーツ独立王国」で暮らしているかのように、スポーツの世界に限定して捉えているのが実態のようです。

 訳者の方もあとがきでこんなようなことを書いています。

 「アメリカ合衆国やヨーロッパなどでは1980年代からスポート・マーケティングの研究が確立され、その分野における研究も盛んに行われており、(中略)わが国ではスポート・マーケティング自体もあまり知られておらず、研究レベルもそれほど進んでいない(後略)。」(p577)
 「欧米ではスポート・マーケティングは、マーケティングの一分野として考えられているか、マネジメント系の研究者が、その研究に携わっていることが多いが、わが国では、どうもイベントないしはスポーツの側面からのアプローチが主流であるために、スポート・マーケティングが体系的に研究されていない(後略)」(p578)


だそうです。

 しかし、スポーツマーケティングが注目されているというのは、日本のような成熟社会において、経済活動、いや人間生活の中で「スポーツ」というものの重みが増してきていることの反映に違いありません。
 訳者の見解では、アメリカ・ヨーロッパに比べて日本の状況が特殊なのかも知れませんが、「一般のマーケティング」「スポーツマーケティング」が互いに違う世界にいるのはもったいないことなのだから、日本でも互いに両者の知見を融合させて何かを語るような新しい知見や研究が欲しいところです。

 あ、そういえば実務家向きではないと書きましたが巻末のスポーツに関するアンケート調査項目は使えると思います。
 実務家の方も懲りずに是非580ページに挑戦してみてください!

☆B.G.ピッツ、D.K.ストッラー編著、首藤禎史、伊藤友章訳「スポート・マーケティングの基礎[第2版]」2006年、白桃書房

スポート・マーケティングの基礎 第2版 (HAKUTO Management)

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