広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

カテゴリ: 経済・金融・経営

 この本にあった事例から・・・

 “義理のお母さんに招待された感謝祭のパーティ。とてもおいしいご馳走を振舞われて感謝の気持を表現したいと思った。
 おもむろに立ち上がって財布を取り出す。「お義母さん。この日のためにあなたが注いでくださった愛情に、いくらお支払いすればよろしいでしょう? 300ドルくらいでしょうか? いいえ400ドルはお支払いしないと。」”

 こんな会話があったらどうでしょう。その場にいた人はみな凍りついてしまいます。しかしお礼の気持として提示するものが「現金」でなくて「プレゼント」だったならば、価格は100ドルであっても周りの人からは賞賛され義母さんからも感謝されるでしょう。

 合理的に考えれば、お義母さんにとってお金をもらった方がいいはずです。お金はオールマイティに使えるわけですから。しかしこうした場で「お金による対価」に触れることは、よそよそしさを感じさせお義母を落胆させるでしょう。だから一般的にはしないわけです。

 筆者は主流の経済学では、人間は自分の利益を最大化するように行動する「合理的」存在と位置づけているとし、決してそんなことはないと異議を唱えています。ただ異議を唱えるのではなくて、人間行動が「必ずしも合理的でない」ことを実験で明らかにし、さらにそこに一定の規則性があることを発見します。さらにそれが一般化できれば、「不合理な行動を合理的に予測できる」ようになります。そうするとそれは科学となり、一般の社会現象に適用できるようになります。こうした学問分野を「行動経済学」と呼んでいるようです。実験を通じて行動パターンを一般化しようというアプローチは心理学にも似てますね。そして、この本は行動経済学の代表的な著作です。

 さて、この本の魅力は、こうした一見不合理だけど、考えてみれば「そうやってしまうよな」と思ってしまうような人間の行動について多くの事例を、実験結果と共に紹介しているところです。

 その中でも私は、上記で述べた「お金」に対する私たちの特別な意識や、お金で解決できない(=買えない)社会的な信頼性についての考察などが面白いと思いました。

 例えば、普段から仕事に貢献してくれている従業員に報いるのに、お金をあげるのがいいか、特別なプレゼントを提供した方がいいか? 普通に考えればお金ですが、プレゼントには会社や上司からの感謝のメッセージを込めやすく、引き続きそこで熱心に働いてもらうためのモチベーションを高めることができそうです。一方でお金をもらっても、その従業員は当然だと思っても会社や上司に感謝をすることなとはないような気がします。より高い給与を提示する会社があればそちらに転職する可能性もあります。一概にどちらがいいか判断はできませんが、すべてが「お金」によってスムーズに運ぶことばかりではないというのは、この本を読んで感じさせられました。

広告に関しても「仮想の所有意識」として、CMを見て擬似的に商品を所有すると(つまりクルマのCMを見てあたかも自分がそのクルマに乗ってどこかに行くような気持になると)、その商品に対して執着感が生まれる(だから広告として機能する)、というようなことを紹介しています。本当かどうかわかりませんが、覚えておくとプレゼンの時に役に立つかも知れませんね。

 いずれにせよ、人間行動に関して発見の多い本です。読みやすいものなので、行動経済学の入門書としてもどうぞ。

☆ダン アリエリー著、熊谷 淳子訳「予想どおりに不合理 行動経済学が明かす『あなたがそれを選ぶわけ』 増補版」(2010年)早川書房

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版
予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版 [ペーパーバック]

 「統計学が最強の学問である」という挑発的なタイトルのこの本。だいたい「統計学」って小難しいし、それが最強!と言われても、「はぁ〜?、あなたは何と戦っているのですか?」という感じしか私は受けませんでした。
 ところが、なぜかこの本、意外と売れているようです。新聞広告にもどこどここの書店でペストセラーとありました。実際、身近な人で話題にする人も何人かいます。

 何か秘密がありそうです。

 実際に読んでみました。感想は、「読みやすくわかりやすかった」でした。。。

 広告の仕事の文脈で感じたことを書いてみたいと思います。広告の仕事の中でも、プランニングやマーケティングの仕事をしていれば、消費者調査などで統計的なデータを扱う仕事が必ずついて回ります。ところが私たち全てが大学で統計の勉強をしてきたような専門家ではありません。大学の授業で触れたことがあるという人でも、表面をかじっただけという場合が多いのではないでしょうか。まったく何の勉強もしてこなかったという人も少なくないはずです。一応、社会人になった後はOJTなどで少しは学ぶ機会があるかも知れません。とはいっても、データの集計方法や、せいぜい相関を見たりするぐらいでしょう。日々の仕事に追われる中で、統計学の最低限の知識すら学ぶことは少ないのではないかと思います。

 するとある日、こんなことが起こります。

Case1: 消費者調査の報告会で
 クライアント:「この数字、本当に差があるのか? 検定して確かめてくれよ!」
 私たち:「はい、わかりました。ではすぐ調べて報告します・・・(心の中で;『あれ〜、検定ってどうやるんだっけ? 調査会社に聞けば教えてくれるかなぁ〜』)

Case2: 消費者調査の企画打ち合わせで
 調査会社さん:「では今回の企画は実験計画法的なやり方でやろうと思います」
 私たち:「はぁ。そうですね・・・(心の中で;『実験計画法ってなんだ???』)

 なかなか立場上その場で「知らないんです」とは言いにくいものです。会社に帰って「さて、困ったな・・・」ということになってしまいます。

 もし上記のような経験をしたことがある人なら、この本はすぐに読むべきです(笑)。その価値はありそうな気がします。

 統計の基本を学ばなくっちゃなぁと思って入門書を買っても、ウェブで検索したりしてみても、数式(それも積分みたいな馴染みのないもの)が出てくると、挫折してしまうのが普通の人ではないかと思います。しかしこの本は主に「統計的なものの考え方」に焦点が当ててあるため、難しい数式はほとんど出てきません。一方で、知っておくべき重要な知識、例えば「p値」のような指標についてはキチンと解説してくれます。
 その他にもt検定、カイ2乗検定、回帰分析、ロジスティック回帰、実験計画法(ランダム化実験)なども紹介されており、これらの言葉を「聞いたことはあるけどよくわからないなぁ」というぐらいのレベルの人にとっては、この本から得られるものは多いと思います。(これらの言葉をまったく聞いたこともないような人は、やっぱり最初から最後までちんぷんかんぷんである恐れもありますが・・・)

 私自身にとっての収穫は、長年のナゾであった「ベイズ統計」という概念がようやくわかった(気になった?)ことかな。


☆西内啓「統計学が最強の学問である」(2013年)ダイヤモンド社

統計学が最強の学問である
統計学が最強の学問である [単行本(ソフトカバー)]

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