広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

カテゴリ: ネットビジネス系

 「共感ブランディング」と題されたこの本は、博報堂DYメディアパートナーズの方が書いています。この会社、あまり馴染みがないかも知れませんが、2003年、博報堂・大広・読売広告社の3社が経営統合した際に、3社のメディア部門が分離・統合されてできた会社です。メディアのプランニング、バイイングが主な仕事ですが、最近は映画コンテンツへの投資など、コンテンツビジネスへの注力が注目されます。過去「電車男」や「世界の中心で愛を叫ぶ」などを手がけましたね。

 著者の鷲尾和彦氏は、そのシンクタンク部門(死語かな?)と言っていいのでしょうか、「メディア環境研究所」に所属しているそうです。

 そういう立場の方だからでしょうか、この本の「はじめに」や第1章でしてきされている今日にメディア環境に対する洞察は、非常に優れたものがあると思います。以下の指摘は、マーケティングコミュニケーションの領域に携わる人にとってはとても参考になると思うので少し引用します。

 例えば、こんな指摘

 「インターネット環境が普及した現在では、顧客は自ら必要とする情報を探し出し、手に入れ、比較・検討して実際の消費行動を決定することはもちろん、自身の意見や感想をウェブ上に発信することで、商品の評判を左右するまでになっています。
 もはや企業側に『情報』の優位性は存在しない時代なのです。
 企業が情報発信力を独占することによって、顧客を『囲い込む』とか、顧客に『刷り込み』を行うといった発想は、まったく通用しなくなりました。」(p3-4)
 太字は著者

 企業側の情報の優位性を前提とした「マスメディア」の売買を最大の収益源とする会社の社員がここまで言い切るのはどうかと、読む方が心配になってしまうほどですが、切れ味のよさはさらに続きます。

 「情報のやりとりのみによって、合理的、理性的に商品サービスを比較・検討してもらう、いわば『損得勘定だけで判断される顧客との関係』は、もはや過去のものになりました。今後は企業の存在そのものの魅力で人を惹きつけ、その魅力が放つ磁力に『共感』を覚えてもらうことで、顧客の心を巻き込んでいくようなメッセージを発信していく発想が重要になります。」(p5) 太字は著者

 私もこの見解には賛成です。特に「企業存在そのものの魅力」という視点はこれから大事ですね。だから企業の環境への配慮や、CSR活動などの実践もこれからはますます重要になるでしょう。逆に、不祥事などへのまずい対応は企業自体を葬りかねません(最近の不二家事件のように)。

 そのために彼は「共感(ブランディング)」というコンセプトを提示してます。

 「自分と商品とのつながり=『共感』を実感した瞬間こそが、モノが買われる瞬間」(p28)

 「企業の個性や精神性をはっきりと示し、顧客との間で共有され、ともに理解を深めていく=『共感』を深める回路があることが求められます。」(p30)

 「企業活動や商品サービスに込められた精神的、情緒的、感性的な価値をはっきりと感じ取ることができるように表現し、インターネットを介して顧客に受け渡すことで、最終的には顧客との間で同じ感覚を有する、そして情緒的・感情的な絆をつくるために活かしていく――インターネットを活用した新たな『共感ブランディング』がこれからの企業のマーケティング活動における基本になっていくと考えます。」(p31)


 なるほど、ふむふむ。これからの企業と消費者との関係においては「感覚の共有」こそが大きな課題だということですね。続けて、

 「『ポッドキャスティング』は、その際の最も重要な手段の一つになるはずです。」(p31) 太字は私

 エッ。「共感」作りのための最も重要な手段が「ポッドキャスティング??」。あのiTuneのですか。。。
 そうかな〜。ちょっと唐突ではないですかね。大切かも知れないですが、企業ブログなり、コミュニティサイト開発なり、既に行われている手段もあるし、最も重要な手段というのは踏み込みすぎではないですか???

 と突っ込みたくなりますが、実はこの本はこの後ずーっと最後まで、ポットキャスティングの話をしています。ポッドキャスティングのビジネス活用の入門書としてはいいと思うし、活用事例をたくさんあるので参考になります。

 しかし本のタイトルは「共感ブランディング」であって、「ポッドキャスティングのビジネス活用」ではなかったですよね(あ、副題はそうなっているか。。。)。それにしても、「共感ブランディング」というタイトルをつける以上、それを達成するための手段を紹介するならば、本の内容は「ポッドキャスティング」だけに焦点を当てるものには普通ならないと思うのですが。。。

 導入部の論旨が秀逸だっただけに、ちょっともったいない感じ。
 共感ブランディングを達成するための手段としてこんなのがあるよ、という全体像に関する新たな著作を期待したいと思います。現状では、タイトルと中身がバランス取れていない感じだし、企画書の良くない例である「『前段』は光ってたけど『具体』がちょっとなぁ、、、」と言われかねないケースになっているような気がします。

☆鷲尾和彦「共感ブランディング」(2007年)講談社

 共感ブランディング 顧客の心を巻き込むポッドキャスティング徹底活用術

 久々の更新になってしまいました。

 前回の更新が昨年の9月だったから、4カ月ぶりの更新です。
かなりサボってしまったのは、本業の仕事が忙しかったのと、いったんやめてしまうと怠けぐせがついてなかなか復帰できなかったからです。
 読んで面白かったからここで紹介しようと思っている本も、もうずっと机の上に積み上げてある状態なのです。

 以前みたいに毎週更新するのはできないかなぁと思いますが、またできるだけ続けてみようと思います。

 さて、久々に紹介する本ですが「マーケティング2.0」という本です。私もそうなのですが、正直もう「WEB2.0に関する話は食傷気味だ」と感じている人、少なくないのではないでしょうか。パラダイムの変換を促す非常に重要な概念であっても、既に多くの人が言っているし、本もたくさん出ているし、もういいよ、次に行こうよ! というのが、この話題に関心のある多くの人の気持ちなのではないかと思っています。
 WEB2.0の「WEB」の部分を別のものに言い換えて、「○○2.0」を名乗る本や相当出ました。もう私も馬鹿馬鹿しくてへどが出そうなくらいです。その意味ではこの本も、話題になった本のようでしたが、いかにもというタイトルです。私も、一応目を通しておくか、ぐらいの大変期待値の低い態度で読み始めたわけでした。

 大まかな印象で言うと、よく整理されて書いてあると思います。WEB2.0というのはWEB全体の新しい動きであるわけですが、それを前提とすると「マーケティング」のあり方がどう変わるのか? という議論が全体を通じてなされています。類書でも同じようなことを言っているので、この本のオリジナリティが高いとは思いませんが、まとまっていていい本だとは確かに思います。
 WEB2.0時代のマーケティングのあり方を考えたい人の入門書としていいかもしてません。

 しかしながら、私がこの本をここで取り上げたのは、こういう紹介がしたかったからではありません。この本の中に、非常に重要な指摘をしている部分があり、それを紹介したいと考えたからです。

 P172から、関西学院大学講師の柿原正郎氏による「ゲートキーピング戦略」という章があります。
 収益性をあげるための視点について書かれている部分です。氏の言いたいことを引用すると、 

 「マーケティングの実務者は、ネット上の消費者の情報行動へのアプローチだけに終始してしまってはいけません。Web2.0の時代だからこそ、マーケティングの本質である『収益への貢献』を目指して、リアルな世界との接続を明確に意識し、現場での実務の設計とマネジメントに取り組む必要があります。(p186)」

 要は、WEB2.0時代でもきちんとお金儲けができるようにビジネスモデルを設計しなさい、という当たり前のことなのですが、WEB2.0関係のビジネスを見ていると、この点が意外と盲点になっている気がするのですよね。WEB2.0の話をしている人はロングテールやら集合知やらといった、ネット上のユーザーの行動に注目するか、マッシュアップや広告テクノロジーの進化のようなネット技術の話ばかりします。共通しているのは、ネットの「あちら側」の議論をしているということです(この「あちら側」の意味がよくわからない人はこちら参照)。

 「Web2.0の時代になり『あちら側』はますます拡張し続けるでしょうが、人間の身体はこれからもずっと『こちら側』に存在し続けるからです。ですからこそ、この両世界をつなぐ『ゲート』の重要性は今後ますます高まってくることでしょう。(P187)」

 柿原氏が言いたいのは、Web2.0の風潮の中では「あちら側」、つまりネット関連の技術やシステムの話ばかり目立つけど、「こちら側」つまり生身の人間がお金を支払わないことには、ビジネスとして成立たない。だから「あちら側」と「こちら側」をつなぐ「ゲート」をうまく作ってやらねば、いけませんよということだと思います。「ゲート」とはもちろん、パソコンや携帯電話のインターフェースなど具象的なものを言っているのではありません。あちら側の技術を生身の人間がお金を出す仕組みの話をしているのです。

 私は、まさにその通りの視点だと思います。彼は成功例として、アップルのiTUNEとiPodを組み合わせたシステムによるビジネスの話をしているのですが、確かにアップルはネットと生身の人間と両方への目配せがうまいですよね。

 WEB2.0の掛け声に浮かれたように、関連するサービスを開始するネットベンチャーも多いと思いますし、彼らに投資するベンチャーキャピタルもいると思います。首尾よくどこかの会社が株式公開されたりすると、その株を買う投資家もいると思います。しかし、「本当に生身の人間が動くビジネスモデルなのか?」を吟味しないと、将来性は渋いと思います。メディアも何か新しい技術を持っている会社があったりすると、ただ「新しい」というだけで大げさに取り上げたりしますよね。目下「WEB2.0」という魔法の言葉に、何となく誰もが踊らされているような、そんなちょっと不安な気持ちに私はなってしまうのです。

みなさまご注意を!。

☆渡辺聡監修「マーケティング2.0」(2006年)翔泳社

マーケティング2.0

 まただいぶ間が空いてしまいました。更新しない間でも、特にWEB関係の技術やサービスはどんどん進んでいく感じがしますね。例えばこのブログでもしばしば話題にしている「放送と通信の融合」問題でも、政府はインターネット通信(IP放送)を地上デジタル放送などと同時放送に限って著作権フリーにするという方向で動き出したようです(読売新聞5月31日)。小さな一歩でありますが、これらのことが積み重なって複雑な問題が解かれていくのだと思います。

 さて、今回もWEB2.0がらみの本を取り上げます。「WEB2.0」も専門家だけではなく、普通のビジネスマンの日常会話の範囲に入ってきたようです。最近もエコノミストで比較的まとまった特集が組まれていました。

 その中でも「RSS(RSSマーケティング)」に関する本を今回紹介します。

 「RSS」という言葉も、最近急に市民権を得た感じです。「半年ぐらい前は聞いたことあるくらいで何のことかさっぱりわからなかったけど、今は何となくわかる」 ...そう感じる人も多いのではないでしょうか。

 しかし、それでも「RSSマーケティング」というのはかなりニッチな感じがします。RSS自体がWEBコミュニケーションのツールとしてようやく普及し始めた段階なのに、もうマーケティングの道具、つまり金儲けの道具に使おうというのですから、ちょっと前のめりな感じがしないでもないですが、野心的な取り組みであることは間違いありません。

 それでもこの本を読むと確かにRSSの可能性に気づかされます(あくまでWEBコミュニケーションのツールとしての可能性で、マーケティングツールとしての直接的な可能性ではありませんが...)。

1.RSSの意義
 
 「1990年代後半からのインターネットの発展によって、私は『情報』に関して2つの大きな革命が起こったと考えている。ひとつはGoogleなどの検索サイトの進化やOvertureなどの検索連動型広告の普及に伴う情報の“検索革命”、そしてもうひとつが、ブログの普及に代表される情報の“発信革命”である。」(p8)

 ここまでの議論はみなさんおなじみの議論ですね。ここで言う「検索革命」の主役はYAHOO!、Googleなどの検索エンジン、「発信革命」の主役はブログ、SNSなどCGM(Consumer Generated Media)と呼ばれるメディアを活用した、普通の消費者の情報発信行動であるわけです。しかし、それに続けてこの本の著者の一人、滝日伴則氏は続けて主張します。

 「ただ、ブログ以外のウェブメディアを含めて何十ものウェブサイトの情報を読みこなすのは、ブラウザのブックマーク機能を駆使しても、非常に手間のかかる作業である。さらにせっかくアクセスしたものの、そのウェブサイトの内容が更新されていないこともある。時間と手間の両方であまりにもロスが大きく、決して効率的とはいえないだろう。
 そこで注目されたのがRSSである。」(p12)
 「RSSリーダーに、自分が取得したいブログのRSSファイルのアドレスを登録しておけば、更新された記事だけが表示される。これによりユーザーは、更新の有無を確認するためにわざわざブログなどのウェブサイトにアクセスする必要がなくなる。つまり、大量の情報を受信する時間を、大幅に削減してくれるのだ。」(p13)


 筆者はこれを、RSSによる情報の“受信革命”と名づけ、検索革命、発信革命に匹敵するWEB世界の大きな出来事と規定しています。

 もう使っている人も多いと思うのであまり説明しませんが、RSSはブログなどの更新情報などを発信するのに使われるXMLベースのフォーマットで、実際の更新情報を「RSSフィード」、RSSフィードを読み取るソフトを「RSSリーダー」と呼びます。

 確かにこの主張を聞くと、RSSというものが大きな革命のように思えます。RSSがWEBの情報が爆発的に増える中で手間をかけずに自分の欲しい情報が得られる手段である、と考えれば、大いに意義あるものです。Yahoo!などポータルサイトでもRSSリーダーを組み込むところが増えているし、マイクロソフトの次期IE7では、RSSリーダーが標準搭載になるとのことです。各社がこのサービスに注力するのも、RSSという機能の意義の大きさからでしょう。

2.RSSの特質...メルマガとの違い

 「情報受信の形態だけを見ればRSSは完全な『プッシュ型情報配信ツール』に見えるが、実情は少し違っている。(中略)更新された情報だけが自動的に表示されるという点では、RSSの役割はメールマガジンに似ているかもしれない。だが、情報収集手段としてのメールにはいくつかの問題点が生じている。そのひとつが、ほぼ無差別的に送りつけられてくるスパムメールである。(中略)一方のRSSは、あくまでユーザーが取得したいRSSを、RSSリーダーに登録して始めて配信される。(中略)RSSについて、よく使われるキーフレーズが『Consumer is in control』である。直訳すると『消費者が支配権を持っている』という意味になるが、RSSにおいては情報の受信決定権はあくまでユーザー側にあるため、企業が一方的に情報を配信することは不可能であるということ、すなわち、RSSが完全な消費者主導型メディアであることを意味している。」(p13-15)

 WEBを使って何か新しい情報を届けたいとき、受信者サイドではスパムメールでなくても、メール(メルマガ)であれば、次から次へと新しいメールが届き、忙しくてうっかりしていると読んでない大量のメールがメーラーに蓄積する、という自体が起きます。これは情報の発信側、受信側双方にとって都合のいいことではありません。しかしRSSならば更新情報だけ表示されるので、受信者は、読みたいときに読みに行けばいいので、受信者の負担はほとんどありません。
 RSSは、情報をメールで配信する行為に似てますが、まさに「消費者(受信側)主導」で、情報の配信がうけられる点で新しいものです。
 会社ではときどき、新聞の切抜きが回覧されてきますが、WEB上で自分の好きな記事を自動的に回覧してもらうような仕組みだといえるかも知れません。

3.RSSの媒体価値

 RSSが次期のコミュニケーションツールとして有望なものである以上、WEBサイトを運営する企業側では、RSSを活用したコミュニケーション戦略のありかた、というのが今後模索されるべきだと思います。この本にはそうした点にも若干触れられています。
 中でも、私自身興味を引かれたのは、RSSを(RSSフィード)を広告媒体として使おうという試みです。
 どういうことかというと、更新情報であるRSSフィードに、コンテンツマッチ技術によって関連ある広告(テキスト広告など)を表示させようという試みです。課金の方法はAdwords(仕組み的にはAdsenseの方が近いようです)などと同様、クリック課金を想定しているようです。「RSS広告社」という社名の会社まであるみたいです。
 まぁ正直言うと、ビジネスの先行きは今のところ?ですが、検索連動広告の盛り上がりを数年前までは誰も予測できなかったように、この業界では新しいサービスが数年後爆発的にヒットする、ということも十分あり得ます。
 新しい広告媒体として、その成長は見守っていきたいと思います。

 RSSのマーケティングツールとしての価値に関心のある方、あまり類書もないと思いますので、ぜひご一読ください。

☆塚田耕司、滝目伴則、田中弦、楳田隆、片岡俊行、渡辺聡著「RSSマーケティングガイド」(2006年)インプレス

RSSマーケティング・ガイド 動き始めたWeb2.0ビジネス

 この本、去年の10月に出版された本で、決して古い本ではないのですが、帯に「ライブドアVSフジテレビ」の次に来るものとは? など書かれているのを見ると、ずいぶん昔の本のような気がしてしまいます。

 この本は、このブログでもたびたび取り上げてきた「放送と通信の融合」をテーマにした本です。タイトルに「デジタル・コンバージェンス」とありますが、これは、

 「コンバージェンス(convergence)とは『収斂。一点に集まる』という意味であり、デジタル・コンバージェンスとは、デジタル技術の進展によって、通信と放送を含むメディアの業際が消えて融合することを指す。」(p2)

 とあるように、放送、通信などのメディアがデジタル技術により融合していくさまを表現しています。

 確かに、時代はこの方向に進んでいることは間違いありません。インターネットの無料配信GyaOの登録者数は900万を超え、5月中にも1千万に届きそうな勢いです。ネット業界の巨人Yahoo!も、動画ページで大量の無料動画コンテンツをそろえてきましたし、TV BANKというWEB上の動画の検索サービスも開始されました。今年4月にはワンセグ放送も始まり、携帯端末と放送との融合が静かに始まっています。またW杯が近づいていますが、インデックスなどはW杯のハイライトシーンのネット配信を予定しています。
 後から振り返ったとき、今年が「インターネット動画元年」になっているのは間違いないのではないでしょうか。

 ビジネスとして本当に独り立ちできるのかというのはおいておいたとしても、技術的にはデジタル化によるネットとメディアの融合がどんどん進んでいるのは事実でしょう。

 今回紹介する本も、その辺りに焦点を合わせている本ではあります。
 著者はデジタルハリウッド大学院大学の斉藤茂樹氏で、帯には「デジハリ大学院の講義をビジネスパーソン向けにわかりやすく書き下ろした一冊」とあります。

 ...というわけで、ある程度期待して読んだのですが、ちょっと著者の現状認識に賛同できなかったので、あまり読後感はよろしくありませんでした。
 そう感じたのは以下の点です。

 一つに、この本は一貫して「オンデマンドテレビ」の可能性について述べています。「オンデマンドテレビ」とは、視聴者が見たい番組をいつでも見ることができるという放送サービスのモデルです。
 しかし、今少なくとも私の知っている限り、放送と通信の融合問題を語る人で「オンデマンドテレビ」という言葉を使う人は、この著者以外聞きません。「オンデマンド」というのは、ちょっと前のブロードバンド放送が普及する前の言葉のような気がします。インターネット動画配信における「オンデマンド」というのは当然のものであり、あえてその言葉を使う必要がないからだと思います。最近では、むしろHDDレコーダーによるテレビ録画の方が、自由な時間にテレビを見られるわけで「オンデマンドテレビ」という名称にふさわしそうな気さえします。
 そういう古臭い言葉をあたかも重要キーワードのごとく堂々と使っているのが疑問を感じた理由の一つです。

 もう一つは、この斉藤氏はセットボックス型インターネットテレビの会社であるDNA社(デジタル・ネットワーク・アプライアンス社)の「でじゃ」を非常に高く評価して記述しています。それは斉藤氏がDNA社の取締役だからだと思います。しかし、このセットトップボックス型の動画配信サービスモデルは、今日のブロードバンド環境の一般への普及と、平行して進むストリーミング技術の進化の中で、将来性はあるのでしょうか? 少なくとも身近には使っている人を知りませんし、話題性の点でももはや???です。

 身内の会社のサービスを持ち上げるのは、自分の著書の中であれば別に構わないと思います。しかし、これが帯にある通り、「デジタルハリウッド大学院で行われている授業」だとしたら、デジハリ大学院は問題があるのではないですかね? 世の中の事情がよくわからない学生に洗脳するようでちょっと怖いです。

 大学というアカデミックな世界は、いい意味でも悪い意味でも商業主義とは一線を画していたために、経済活動に対して中立的な立場を従来とっていたのだと思います。規制緩和によって、企業の出資を受けた株式会社大学が生まれ、出資・支援企業の利害関係によって、大学で教えられることに極端な偏りが生じてしまうのならば、ちょっと恐ろしいことです。
 この本が、そのケースだとは言いませんが。

 全体にためにはなるとは思いますが、利害関係が入っている分だけ、差し引いて読むことをお勧めします。

 また、最近の放送と通信の融合問題についてのよいレポートが、このニュースサイトで読めますので、ご参照ください。

☆齋藤茂樹氏「デジタル・コンバージェンスの衝撃」(2005年)日経BP出版センター
デジタル・コンバージェンスの衝撃―通信と放送の融合で何が変わるのか

 「Web2.0」という言葉を最近よく耳にするようになりました。Webのバージョンアップとして新しく開ける未来を感じさせる言葉ではありますが、一方でジャーゴン(小難しい専門用語)の雰囲気をプンプン漂わせている言葉でもあります。
 もっとも、その意味するところを何となく感じ取ると、意外に便利な言葉です。今日も打ち合わせで、「それはWeb2.0的な仕組みで進めるといいと思う」などと自分でも使ってしまいました。全然伝わってなかったりして(苦笑)。

 それはさておきWebの世界ではホットなテーマであることは間違いなく、Web2.0をテーマにした本も何冊か出ています。今日はその中から最近読んだ2冊を紹介します。「ウェブ進化論」「Web2.0 Book」です。

 まず、そもそも「Web2.0」とは何なんでしょう? それぞれの本からそれを説明している文章を引用します。

 「Web2.0の本質とは何なのか。(中略)『ネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的なサービスの享受者でなく能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢』がその本質だと私は考えている。」(ウェブ進化論 p120)

 「Web2.0とは、『インターネット上でのこの数年間に発生したWebの環境変化とその方向性(トレンド)をまとめたもの』です。特定の技術やサービス、製品などをさすものではありません。第二世代のWebという意味です。(中略)ではWeb2.0時代のトレンドとはなんでしょう? それは『Webのネットワーク化、すなわち構造化が進む』ことです。」(Web2.0 Book p18)


 わかります? よく読めば何となくわかるような気がしますが、わかりにくいですよね。その大きな理由というのは、Web2.0というのが、何か具体的なモノを指し示す語ではなくて、Webに関わる大きな変化のあり方を指しているというところに起因するのだと思います。この2つの文章「Web2.0の本質とは」と「Web2.0とは」についても、全然違うことが書いてあるような気もしますよね。こういうところも、Web2.0がもともと抽象的な概念で、捉えにくいものだからだと思います。ただし、前者がより社会的な視点から、後者がより技術的視点から捉えていると考えることはできそうです。それは前者の著者梅田氏が主にコンサルタントとしてのキャリアの中でWebに関わってきた人であり、後者の著者小川氏と後藤氏がどちらも現にITベンチャーに技術的側面から関わっている人である、という立場の違いが反映しているのかも知れません。

 さて、1冊目「ウェブ進化論」ですが、これはWebの最近の動きがもたらすネット社会全体の大きな変化について書いた本であり、その動きの重要なキーワードとしてWeb2.0が紹介されています。Web2.0がタイトルになってはいませんが、Web2.0という言葉が表現しようとしてる、Webの新しい動きをまとめた本だといえます。
 全体の感想から言うと、新書で薄い本ではありますが、大変内容の詰まった良書だと思いました。非常に大きな視点から書かれていますし、内容もWeb2.0的なものがもたらす希望と課題の両面が語られていてバランスが取れています。Web2.0がらみで、私が漠然と感じていた違和感がいくつかあったのですが、それが解消されるような記述も随所にありました。あのSBIホールディングス北尾吉孝CEOが「ウェブ進化論を全社員の必読書にした」というニュースが流れましたが、それくらいされていい本だと私も思います。

 本書の中でも、いくつか面白いと思ったポイントをまとめました。

・Googleとチープ革命で情報環境が変わる
 ネットを通じて普通の人が情報を発信するコストは劇的に低下しています(チープ革命)。しかし彼らからネット上に発信された情報(コンテンツ)は玉石混交だったため、全体としての影響力はこれまで限られていました。しかし筆者は言います。Googleがコンテンツの価値付けを「民主的」に行う仕組み(Page Rank)を普及させたために、ユーザーは“玉”のコンテンツだけを選び出してアクセスすることが可能になった。その結果、ネット上の情報(消費者発信情報)の影響力が飛躍的に高まるようになるだろう、と。
 なるほど! 確かにネット上にころがっている情報は玉石混交です。そのままの形で情報が増え続けるだけなら、みんなネットから情報を得ることに価値を感じなくなるでしょう。Googleにそれをする明確な意図があるのかどうかわかりませんが、結果として「検索エンジン」というフィルターをかけることで、より人気のあるもの(=価値のある情報)とそうでないものとに分けられていくのでしょう。しかし本書で指摘しているように、もしGoogleが本気でそれを意図しているとしたら、Googleとは凄い会社であり、同時に怖い会社でもあります。

・デジタルコンテンツの著作権問題に見る、交わりがたき2つの立場

 「『総表現社会の到来』とは、著作権に鈍感な人の大量新規参入(ブログの書き手やグーグルのようなサービス提供者の両方)を意味する。新規参入者の大半は、表現それ自体によって生計を立てる気がない。別に正業を持っていて、表現もする書き手などはそういう範疇に入る。そして総表現社会のサービス提供者とは、『表現そのものの政策によってではなく、表現されたコンテンツの加工・整理・配信を事業化する』人たちで、既存の著作権の仕組みを拡大解釈するか、新しい時代に合わせて改善すべきだと考える。Web2.0はそういう方向性を技術面からさらに後押しするのだ。著作権をめぐるさまざまな議論が、感情的かつ平行線をたどりやすい真因はここにある。」(ウェブ進化論 p183) 

 そうなんです。デジタルコンテンツに関わる立場の人を2つに分けるとすると、制作者(クリエイター)と加工者(ネット配信等の事業者)に分かれると思います。私は仕事柄制作者側にシンパシーを感じるわけではありますが、同時に加工者側に対しては、彼らの無形の制作物(コンテンツ)に対するある種のリスペクトのなさや権利関係への鈍感さを感じてしまうときがあります。しかし加工者側は、普段はオープンソース環境でソフト開発を行っているような人であるのでしょうから、「作ったものは共有化してみんなでより良いものを作っていけばいい」「制約されるとやりづらい」という文化が体に染み付いているのかも知れません。そうすると彼らの考え方もちょっとは理解できるような気がしてきます。それでもそれがいいことだとは思えませんが。

・Web2.0のユーフォリア(多幸症)的雰囲気
 さらに、私が気になっていることは「Web2.0」が語られる時の、一種独特のユーフォリア(多幸)的雰囲気です。Web2.0を語る人は、ワクワクしてまさにこれから新しいことが始まるという高揚感と共に語っているようなことが多い気がします。決して悪いことではないですが、そうした雰囲気は批判を封じ込め、新しいことへ盲信や価値の押し付けを伴いがちです。
 だから私は、正面切って「Web2.0は...」というような言い方には違和感があるし、そういうことを言う人には胡散臭さを感じてしまいます。

 このことに関連して筆者はこんなことを書いています。

 「シリコンバレーにあって日本にないもの。それは若い世代の創造性や果敢な行動を刺激する『オプティミズムに支えられたビジョン』である。全く新しい事象を前にして、いくつになっても前向きにそれを面白がり、積極的に未来志向で考え、何かに挑戦したいと思う若い世代を明るく励ます。それがシリコンバレーの『大人の流儀』たるオプティミズムである。もちろんウェブ進化についての語り口はいろいろあるだろう。でも私はオプティミズムを貫いてみたかった。これから直面する難題を創造的に解決する力は、オプティミズムを前提とした試行錯誤以外からは生まれ得ないと信ずるからである。」(p247)
 
 私が違和感を感じるようなことを筆者は「日本にない、シリコンバレー流のよいところ」と言っているような気がします。そう言われれば、私も知らず知らず“守り”に入っているかも知れないと思いました。ちょっと反省です。

 こんな指摘をするあたりでも、この本はバランスの取れたいい本だと思うわけです。他にもWeb2.0的なあり方への課題提起的なテーマとして、Wikipediaを取り上げ、そこに見られる「信頼性」の問題や「管理されないものを管理する人」の問題、「大衆の知恵」の問題などに触れており、考えされられるポイント満載です。


 さて次に、もう一つの本「Web2.0 Book」ですが、これは「ウェブ進化論」に比べ、より技術寄りであり具体的です。Web2.0の背景となっている新しいテクノロジーや、それを活用した新たなサービス、そしれその代表的企業(Google、Amazon、テクノラティ、はてなど)についてページを割いて紹介しています。「本書の読者対象」として、「インターネットビジネスやIT技術に興味を持つビジネスパースンを主な対象としています」とあり、入門書という位置づけではなく、Webを中心としたビジネスにある程度携わっている人向けといえます(技術的な専門用語もたくさん出てきます)。

 ウェブ進化論に比べて、ユーフォリア感が強く、私はそこが少し馴染めませんでしたが、Web2.0で具体的に何ができるの? ということを手短に知りたい人にはいい本だと思います。

 私は逆から読みましたが、最初に「ウェブ進化論」、次に「Web2.0 Book」という順で2冊合わせて読むといいと思いました。最初にWeb2.0が大体どんなことで、どんな社会的インパクトがあるのかということがわかり、次に具体がわかる、ということで、頭の整理もできるし、社会的視点と技術的視点の2つの視点からWeb2.0を考えることができると思うからです。こういう読み方をおススメします。

 今回本当は、Web2.0時代とコミュニケーションビジネスについても少し書こうと思っていたのですが、話が長くなってしまったので、それは機会を改めて触れたいと思います。

☆梅田望夫「ウェブ進化論」(2006年)ちくま新書
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる


☆小川浩、後藤康成「Web2.0 Book」(2006年)インプレス
Web2.0 BOOK

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