広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

カテゴリ: ネットビジネス系

 著者の湯川氏は、時事通信社の編集委員で、広告・メディア関連の話題を積極的に発信されている方です。今の広告業界のキーワードの一つである「アドテクノロジー」と言う言葉を、私は湯川氏が数年前に主催したセミナーから知ったりしました。(その時のセミナーの内容がまとめられて「次世代広告テクノロジー」という題名で出版されています。)
 そういうこともあって、湯川氏の言動は普段から関心を持っているので、この本も期待を持って読み始めたのですが、読み終わった印象はというと... ちょっと微妙ですね。だいぶ違和感がありました。

 「広告」について、ネット領域だけでなく、オフラインを含む全体的な領域で関わっている人にとっては、きっと私と似たような違和感を感じたのではないかと思うのです。

1.この本はどんな本?

 まずこの本は、筆者がアメリカなどの取材に基づき「広告の近未来」のあり方を筆者なりにまとめた本、と言うことができると思います。結論的には「広告」の近未来のカタチは、私たちが今普通に「広告」と呼ぶものとはまったく異なるカタチのものになるだろうということが書いてあります。例えば以下のフレーズのように。

 「取材を終えて確信に至ったのは、『広く告知する』を意味する20世紀型の広告はいずれ消滅するということだった。」(P7) 

 そして、近未来的なカタチの「広告」の具体例として、「アドマーケットプレイス」「行動ターゲティング広告」「デジタルサイネージ」「モバイル広告」などについて紹介しています。本書の題名が「次世代広告プラットフォーム」なっているように、「広告配信システム」のようなものが次世代の「広告」だ、という主張をしているのだと思いました。

2.違和感の理由は?

 違和感を感じる大きな理由の一つは、その断言調にあるのですが、それは新聞記者の習いなのでしょうか? 無責任に煽っている感じがし、まずはその無責任さにちょっとカチンときます(失礼)。

 さて、「広く告知をする」という20世紀型の広告の限界は、既に多くの人が知っていることであり、ネット上では既に広告配信技術が進化して、よりパーソナルな広告提供が可能になっているのも、周知の事実です。ただ、だからと言って「広く告知をするタイプ」の広告が「消滅する」と言うのは、単純に言いすぎだと思います。そんなことを言う人に会ったことがないですし、そう考える根拠は何なのでしょうか? 著作中にも明確に示されている場所はないように思います。

 では何でそんな思考になってしまったのか? ちょっと思ったのが、筆者は「広告コンテンツ」と「広告メディア」をごちゃごちゃにしているからでは、ということでした。
 どういうことかというと、近年よく言われている「メディアニュートラル」という言葉と関係あります。
 メディアニュートラルの発想では、広告メッセージを最適な媒体(チャネル)を通じて消費者に届けるべきであり、その際、必ずしもマス広告を使う必要はないと考えます。これは別に変わったことを言っていないようですが、これまでの「広告」のあり方からするとかなり革新的な要素を含んでいるとも考えられます。
 考えてみるとこれまでの「広告」は、そのメッセージ(表現)とそれを乗せる媒体とを同一視してきたと言えます。テレビCMはテレビCM、新聞広告は新聞広告であり、テレビCMを「動画表現+テレビ媒体」、新聞広告を「平面表現+新聞紙面」と考える人は、まぁあまりいなかったと思います。
 ところが、メディアニュートラル発想では、広告コンテンツとメディアとを別々に考えます。別々に考えて、適切なメディアに適切な広告コンテンツを乗せていくわけです。そこではもはや「広告」とは呼べないような形のコミュニケーションもあり得るわけです。現実の企業コミュニケーションの主力は、今でも従来型のマス広告が多いのに変わりはないですが、多少なりともこれまでの広告のあり方に問題意識を持っている人は、今後はメディアニュートラル的な方向にどんどん進み、「広告」のカタチも変わっていかざるを得ないことを理解していると思います。

 とすると、上記の引用文に続いて書いてある筆者の以下の文章はどうでしょう?

 「企業から消費者に発するメッセージは、細かなターゲット層向けにいくつも用意され、受け手にとってよりパーソナライズされたものに変化していく。それは広告というより販売促進に近いコミュニケーションになり、クリエイティブよりテクノロジーが重要になるということだ。」(p7)

 こういう認識を見ると、筆者は先ほど「広告コンテンツ」と「広告メディア」を分けたうちの、「広告メディア」の部分しか言及していないように思います。

 他にも、この本では「技術革新の過渡期の推移」と題する、大きな円(中心)とそれを取り囲む外側の円(周縁)のモデル図を基に、技術革新は常に周縁から起きてきて中心を侵食するという紹介をしています。これを広告業界に当てはめて、中心の「マス広告」が、周縁であるアドテクノロジーに支えれられた「新しい形の広告」に侵食され、市場が縮小するという説明をしているのですが、ここで縮小するのはあくまで「広告メディア」でしょう。もちろんそれによって、既存の広告ビジネスが大きな影響を受けるのは間違いないですが、だからといって「広告コンテンツ」の必要性が弱まることの説明ができているとは思えません。
(ちなみに、「中心と周縁」という考え方は、かつて文化人類学を学んでいた私にとっては馴染みのある概念で、懐かしくなりました。関心のある人はコチラ参照)。

 それとも「広告コンテンツ」、すなわちクリエイティビティやアイデアの部分においてもテクノロジーの重要性が増し、人間の想像力や創造力が関与する領域が次第に減少してくると言いたいのでしょうか?

 あえて確信犯的に...? 
 それならば逆に筆者の革命家的指向性が読み取れてかえっていいのですが、そこまで確信性を持って語ってはいないような気がするのです。

3.クリエイティビティが不要?

 いや仮に、クリエイティビティの重要性が低下し、変わってテクノロジーの重要性が増すと筆者が本当に考えているとしましょう。

 実際にそういうことを言う人はいるものです。

 例えばWEB広告において、クリエイティブ自体は素人が作るようなものでよく、それをたくさんの種類作り、実際に露出させてみてレスポンスの高いものだけを残していけば、それが優れたクリエイティブとなる、という考え方です。
 これは「興味に対して露出させるタイプの広告」、つまり検索連動型広告やコンテンツマッチ型の広告などでは効率を上げる手法として成立つかもしれません。しかしこの方法が、現実の広告主のニーズに応えきれるかというとそうではないでしょう。新製品告知などニュース性が必要なタイプのコミュニケーション課題には適しているとはいえませんから。つまり現状のコミュニケーションビジネスにおける「クリエイティブ」の機能を補完するものであっても、代替できるものではないのです。

 一方で、次世代広告におけるクリエイティビティに関して、次のような意見もあります。

 例えば最近行われたデジタルアドの祭典、AD Tech NYで語られた、デジタル時代でもクリエイティブアイデアが重要だ、との記事を、あの「テレビCM崩壊」の訳者である織田浩一氏が伝えています。

 また、その前に行われたロンドンのAD Techの紹介記事では、ロンドンの広告業界の話として、次のようなコメントが載せられています。曰く、「メディアやメーカーなどのマーケッターの間では、テクノロジはあくまで戦略要素でしかないという認識が形成されている」。

 むしろ、デジタル先進国のアメリカ、イギリスなどでも「戦略性の高いクリエイティブ」というものの重要性が認識・共有されているということなのではないでしょうか?

4.電通vsGoogleの方が見たかった!

 ロンドンと言えば、前々回紹介した「コミュニケーションデザインをするための本」の冒頭の「刊行によせて」で電通の杉山恒太郎氏が、「コミュニケーションデザイン」という言葉はロンドンから学んだ、という趣旨のことを書いています。

 電通は今年7月の組織改変で、その杉山氏を責任者とする「コミュニケーションデザインセンター」という名称の、トータルプランニングを行う戦略性の高いセクションを作りました。これはひょっとすると、デジタルの時代でありながら、デジタルを道具として使いこなし、むしろクリエイティビティを重視するといった、ロンドンの広告業界のエッセンスのようなものにヒントを受けているのかも知れません。

 そこでこの本に戻りますが、この本を執筆するきっかけとなる次のようなせぴソードが紹介されています。

 「この本を書くにあたり、『広告の未来はどうなるのか』という観点で取材を始めた(中略)。ある程度の情報が集まり『電通vs.Google』という構図で原稿を書き始めたときのことだ。取材に訪れた渋谷の某ビルのエレベーターに乗っていたら途中階で扉が開き、高広伯彦滋賀乗り込んできた。(中略)一緒にエレベーターに乗っているわずか数十秒。その間に交わしたひと言ふた言が、取材の方向性を大きく変えてしまうことになる。『高広さん、今度の本の話だけど、電通vs.Googleという図式で書こうかなと思ってるんだ』『いや、今起こっていることは、そういうことじゃないんです。そんな話じゃないんですよ。どこかが覇権を握るかというレベルの話じゃないんです』 それだけだった。それだけ言って高広氏はエレベーターを降りていった。」(p206)

 ということがあって、当初の予定「電通vs.Google」ではなくて、本書の内容になったということらしいのです。でもそんなことでひよったりしないで、是非当初の予定通り「電通vs.Google」を書いて欲しかった、と思います。

 もちろんどこが覇権を握るか(←これもあきらかに広告メディア発想ですね)などというのはどうでもよくて、「テクノロジーの権化Google」vs.「デジタルにも手を打ちつつ、あえてクリエイティブで勝負を掛けてきた(かもしれない)、電通」という図式なら、今だったらば非常に面白いテーマなのではないかと思います。
最近のGoogleは、ストリートビューやグーグルマップでの個人情報流出問題など、テクノロジー万能主義が度を過ぎて、便利な反面人々に不安を投げかけるということが起きています。著作権関連の問題なども、欧州では解決していません。テクノロジーも進化すればよいのではなくて、社会との共存が必要なのは当然ですよね。そうした限界に少しぶつかりつつあるGoogleと、あえて人間臭い「クリエイティビティ」で再度勝負をかけてきた(ように見える)電通ということでは、まさに広告業界の未来を占う取材ができるのではいかと思うのです。

5.長くなってしまいました

 軽く書くつもりで思わず長くなってしまいました。
 
 別に著者を攻撃するつもりは毛頭ありません。また本書の「おわりに」で筆者はこういうことも書いていますが、

 「最後に『クリエイティブの重要性は低下する』という私の主張に気分を害された広告業界関係者にお詫びしたい。(中略)広告のプロの方々の誇りを傷つけてしまったとしたら、やはり心苦しい。『部外者のお前に何がわかるものか』と気分を害された方もいらっしゃるだろう。」
(p210)

 別に気分を害されてもいないし、誇りを傷つけられているとも思いません。

 筆者のような考え方は面白いと思いますし、いろいろな角度から広告業界の将来を考えることは有益だと思います。

 その意味では、このブログを奇特にも最後まで読んでしまったみなさんも、一人ひとりが、自分の立場で広告の将来について考えて欲しいと思います。何を言っても広告業界が大きな変革期にあるのは間違いないのですから。

 この本もみなさんなりの批判的視点を持って、是非読み込んでみてください。


☆湯川鶴章「次世代マーケティグプラットフォーム」(2008年)ソフトバンククリエイティブ
次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの

 「グーグルに勝つ広告モデル」とは勇ましいタイトルです。広告ビジネスが伸び悩む今日において、唯一の「勝ち組」と言っていい「Google」を苦々しく思う人も少なくないでしょう。だからこのタイトルを見て思わず本を買ってしまった人も多いと思います。
 
 実は私もその口なのですが(笑)、ちょっと残念なことに、この本は「グーグルへの勝ち方」を述べた本ではありませんでした。今日のメディア環境変化の中で「負け組」に分類される(と言える)「マスメディア」の延命策を述べたものです。その意味では、少々「看板(タイトル)に偽りあり」なのですが、「延命策」以外のところで、意外に面白い論考がありましたので紹介したいと思います。

1.アテンション対インタレスト
 まず、とても鋭い! と思ったのが、マス広告とグーグル広告モデルの違いの指摘。 

 「テレビ、新聞、雑誌、ラジオの4マスメディアのビジネスモデルの本質は、大衆の注目の卸売りです。英語でいうアテンションを集めて卸売りしている、アテンション・エコノミー。これが20世紀型マスメディアの本質です。
 一方、近年騒がれている21世紀型メディアとしてのグーグルが依拠する経済は、インタレスト(能動的な興味・関心)です。グーグルはアテンションではなく、インタレストの卸売りをするビジネスモデルです。」(p11-12)


 この後筆者が説明しているのですが、AIDMA(AISASでも良いが)のようなアテンション→インタレストに移行する広告効果モデルを考えれば、アテンションをターゲットにするより、インタレストを直接ターゲットにしている方が、広告効果の効率性が高くなり、広告単価も高く設定できます。Googleの強みはそこにあると言うのです。さらにYahoo!にも触れていて、Yahoo!はバナー広告に依存しているからマス広告同様、20世紀のアテンション・エコノミーモデルに分類できるのだそうです。

 なるほど、広告手法をこういう視点で理解するのは斬新ですね。もちろん、異論のある人もいるかと思いますが、なぜマス広告が限界を迎え(→人が使える時間量が変わらないのに、世の中の情報量が膨大になりすぎ、アテンションの獲得効率が低下してきたから、が答え)、グーグルが儲かっているのかを大まかに考える上で、こうした単純化した分類は役に立つと思いました。

2.コンテンツビジネスは、未来に行けば行くほど厳しい戦いを強いられる

 これも面白い視点です。コンテンツビジネスは、将来は現在よりも必ず厳しい戦いを強いられる宿命にあると言うのです。
 
 「テレビを含めたメディア/コンテンツ産業が、他の産業と異なる点の一つとして『過去のストックが競合になる』という点が挙げられます。(中略)ストックは時間の経過にともない、いずれ無限大まで増加します。(中略)加えて、名作とか傑作は一定の出現率に基づき生まれてきますから、時間がたてばたつほど過去のストック価値が増大していきます。つまり、常に『現代のコンテンツ』が歴史上どの時点と比較しても、より厳しい戦いを強いられるということになります。」(p16-17)

 そしてこの傾向は、近頃のインターネットによる、モノ(コンテンツ)と情報(コンテンツのメタデータ)が分離することにより、探索コストが劇的に低下し、欲しいコンテンツがいつでも入手可能になることによって、加速されているというのです。確かに、アニメや漫画産業の近頃の勢いの衰えも、こうしたことと関係があるのかもしれません。
 これはコンテンツビジネスに携わる人にとってはかなり暗い話だと思いますが。

 というような鮮やかな分析が冒頭の方にあり、すごく期待が高まったのですが、最初に述べた通り、本書の大半はマスメディアの延命策が延々と述べられている内容でした。そのテーマに関心のある人なら参考になったのかもしれませんが、私はその内容自体についても、新鮮味が薄かったり、実現可能性という点で?の話が少なくなく感じたので、あまり興味を持てませんでした。

(*)上記で「延命策」と書いたのですが適切ではありませんね。別にマスメディアは「絶命」するようなものではありませんから。ビジネスを取り巻く環境が変わってきて、収益効率が悪くなってきているというのが問題点であり、著者はそれへの対応策を書いているというのが正しい説明です。「延命策」ではなくて、「生き残り策」ですかね?(同じか...)

グーグルに勝つ広告モデル (光文社新書 349)



 話は変わりますが、今年もカンヌ国際広告祭が終わりました。ご存知のように日本からはユニクロの「UNIQLOCK」がサイバーとチタニウムでグランプリを取りました。関係者に敬意を表しまして、私のブログにも貼り付けさせてもらいました(笑)。カンヌでは今回のユニクロだけでなく、ここ数年インターネットを活用した新しい広告キャンペーンの領域で、日本の作品がコンスタントに賞を取っています。この領域での、日本の企画力の高さを改めて感じ、なかなか日本も捨てたものではないなと思いました。


 
 一方で、フィルム部門のグランプリは2つあるそうで、そのうちの一つがこのゴリラのCM。イギリスキャドベリーのチョコレートの広告なのですが、正直私は何が“よい”のか分かりません。音楽を入れ替えたリミックスバージョンが多数消費者によって作られているようで(つまりUGC=勝手広告?)、そこも含めての表彰なのでしょうか?
 どなたか分かる方がいたら教えてください!



 昨日は、東京恵比寿のウェスティンホテル東京で行われた、日経BP社主催、「ネットマーケティングフォーラム2008」に行ってきました。

 このフォーラム、「モバイルマーケティングカンファレンス2008」というのと一緒に行われたのですが、ネット(モバイルを含む)上でのマーケティング活動に関する、日本で最も大きいカンファレンスだと思います。

 今年は4回目になり、今回のテーマは『クロスメディアで築くエンゲージメント』。私は初回から毎年行っているのですが、今年の印象はというと......何か例年に比べ、パンチが足りない感じがして帰って来ました。

 まず基調講演からして「クロスメディアによるブランド経験価値の創造『キットカット受験キャンペーンの軌跡』」と題した、ネスレキットカットの事例紹介だったのですが、この事例大変すばらしい事例であることは間違いないと思うのですが、もう既に本にもなっている話ですよね? そういう話題が「基調講演」になってしまうというのは、主催者の方はどういう見識でやっているのだろう、と思ってしまいました。
 スピーチも広告主さんの事例紹介はどれも興味深いものが多かったですが、それ以外のスピーチはお約束のスポンサーの方の商品説明会に終始したように思います。もっとも商品説明会でもいいのですが、昨年までは「未発表」「新たに導入した」と話に枕が付く商品の説明が目立ったと思いましたが、今年は既に実践稼動していてあちこちに売りまくっている商品の紹介をしているケースが多かったと思います。

 だから、「新しい動きを知りたい」という動機で聞きに行った私としては若干物足りなさを感じてしまったというわけです。

 今年は、目玉になるようなテーマがなかったのでしょうか。主催者の人も言ってましたが「クロスメディアで築くエンゲージメント」というテーマ自体、話題の(それも少し古い)言葉を2つくっつけただけで工夫がない感じがします。Web2.0バブルも弾けて、業界全体に何となく沈滞ムードが漂っていることの反映?と思ってしまうのは、考えすぎ??

 あと印象に残ったのが、午前中最後の、Jストリームとマイスペースの社長によるパネルディスカッション。「クロスメディアで築くエンゲージメント」というフォーラムのテーマに沿って、互いに新しいシステムやテクノロジーで顧客に提供する体験やサービスが変わって行く、という話をしていたはずなのに、話が進むうちにいつの間にか「こういったことをするには、やはり社内組織が大切!」「他部署の仕事に何でも口を出せるような雰囲気が必要ですね〜」「上司を説得することが〜」...云々、などと、なぜか昔から言われる泥臭〜いことが大事という話になっていました。

 な〜んだ。最新テクノロジーなんて大して重要じゃないんじゃん!

1.これまでとは違う語り手

 ブログ、CGM、クチコミ、インターネット広告...など、これまで日本でWebに関するマーケティングが語られる際、その語り手はたいていWeb関連のベンチャー企業の人でした。電通や博報堂などの昔からある広告代理店を「トラディショナルエージェンシー」と揶揄することがありますが、Webプロモーション領域に関して、トラディショナルエージェンシーに属する人からの発言はあまり聞こえて来ていない気がします。それはWebを語るとき、「新しいテクノロジーで出来るようになったこと」という視線に立つ事が多く、その視点に立つ限りトラディショナルエージェンシー側から語れる要素がなかったからなのかも知れません。

 しかし、現に彼らは日夜Webサイトを作り、Webをからませたキャンペーンを開発しているわけです。Webについてはさまざまな最新技術・サービスがありますが、それらを実際に使いこなしてきたのも彼らだったと思います。「Web2.0」なんていう流行り言葉を使わずとも、間違いなく彼らはWebを使ったマーケティングの可能性を最大化させる知見を持っているはずだし、我々が学ぶことも多いはずです。

 その意味では、多分トラディショナルエージェンシー側にいる人が初めて声を上げ、自らの考えを語った本として位置づけられるこの「Webキャンペーンのしかけ方。」という本は、大変興味深い本です。事実、書いてあることに類書とは異なる「視野の広さ」や「思考の深さ」を感じます。Web関連の本に食傷気味のみなさんも読んで何か感じる部分が必ずあると思います。

2.「Webキャンペーン」に向かう4人の共通視点

 著者の4人がそれぞれ自分の経験や考えを書いており、当然それぞれ独特なのですが、下記の3点はみなさんが強調していました。当然のことかも知れませんが、私も大切だと思うので、ご紹介します。

◆インターネットは目的でなく手段

 「インターネットマーケティングの話になると、かならずいつも最新のテクノロジーが紹介され、それを活用するテクニックやギミックが取り沙汰される。そして、企業のマーケティングやWebキャンペーンをみても、そうした『手段』をありがたがり、最重要視して中核にすえていることが多い。
 しかし、手段では人の心は動かせない。テクニックやギミックはもちろん、すぐれた技術でさえも、目的を達成するために用いるツールでしかないのだ。ツールでは人の心を動かすことはできない。」(p129)(渡辺氏)


 上で述べたように、Webマーケティングの本は「ブログをやる」「ネット広告について」「CGM」など、Webの何かの機能それ自体がテーマになっていることが多いと思います。その点、この本はWebはあくまでマーケティングコミュニケーションの1手段というスタンスが明快です。それゆえリアルの世界との連携も常に出てくるテーマになっています。

◆新技術に頼るな

 上記とも関係しますが、

 「2001年にBMWは『BMW Films』というすばらしいショートフィルムをつくり、Webキャンペーンを実施した。(中略)これがきっかけとなり、雨後のタケノコのようにしばらくの間ショートフィルムがインターネット上に溢れた。
 おそらく背景には『手法を伝えるだけで企画が認められる』というWebキャンペーンならではの、“妙な現象”があったのだと思う。『ブログを使いましょう』『SNSをつくりましょう』『アメリカの○○という技術を日本で最初に使いましょう』など、新しい技術や手法を口にするだけで、まるで魔法の呪文をかけられたかように、ゴーサインを出してしまう傾向が現在でもまだある。」(p62-63)(阿部氏)


 これ、提案する側の問題というよりも、クライアント側の問題である場合が多いような気がします。何かが受けていると聞いて、広告会社側に「あれ、やってみたいんだけど...」と手法ありきで言い出してくるケースが多いと思います。
 阿部氏は続けて、

 「たしかに、新しい技術や手法には、やり方によっては大きな成功を収められる可能性が秘められている。だが、肝心なのはその技術や手法を使うことではなく、それを使って何をやるかだ。つまり、アイディアの問題である。
 実際に、BMW Films以降、山のようにショートフィルムがつくられたにもかかわらず、それを超える作品はほぼ皆無にひとしかった。加えて、早くもショートフィルムという手法すら、あっというまに過去のものになってしまった。」(p63)(阿部氏)


 4人のみなさん、新技術を否定しているわけではありません。しかし、Webを使ってマーケティングをする人が、つい新技術に頼ってしまう傾向に警鐘をならしているのだと思います。この点、私もまったく同感です。

◆消費者を見る

 「Webで広告的なコミュニケーションを行うためにはどのようなアプローチが必要だろうか。
 筆者の持論は、漫然とWebコンテンツを制作するのではなく、コミュニケーションデザインの概念を持つこと。(中略)そのためには、まずWebコンテンツとして扱う商材やサービスなどが持つ特性および背景を理解し、情報を伝えようとしているユーザー層の行動特性や志向などをよく把握しなくてはならない。」(p136)(螺澤氏)

 「今後もWebキャンペーンが人間を相手に実施されるという点は、おそらくことは変わらない。だとすれば、人の心の琴線への理解は絶対に不可欠だ。」(p67)(阿部氏)

 「太くて骨のある普遍的なものをつくるためにいちばん必要なことは、芯を射抜いたアイディアとインサイト(消費者の動向や欲求など)だと思っている。」(p117)(伊藤氏)


 そして最後に、やっぱり消費者理解が大事、ということ。この点、広告作りもWeb作りも本質は変わらないということでしょうか。

3.Webキャンペーンの倫理(ただし、引用は正確に)

 さて、ちょっと最後に気になったことがあったので付け加えます。
 近年、ブログなどを使った「クチコミ喚起型キャンペーン」が注目されていますが、それはややもすると「やらせ」になってしまい、「炎上」という不幸な結果を導くことがあります。そこで仕掛ける側の我々には、これまでより一層、高い良識や倫理性が求められることになります。

 そこで渡辺氏が文中でWOMMA(Word of Mouth Marketing Association:アメリカのクチコミマーケティングの業界団体)の「倫理規定」として、以下の8項目を紹介しています。(以下、p113より)

1.消費者に報酬をわたしながら、企業との関係を明らかにすることなく、商品推奨を依頼する行為をしない。
2.消費者同士のクチコミにおいて、サクラを起用したり、覆面マーケティングを行わない。
3.クチコミで何をいうべきか消費者に指示しない。
4.クチコミ唱道者の本当の正体について、消費者を混乱させたり誤らせたりするような開示は行わない。
5.クチコミマーケティングプログラムに子供は関与させない。
6.競合企業のネガティブな情報流布を目的とした活動などを行わない。
7.既存ビジネスの慣習を理解し、既存ビジネスで認められている手法は、その領域では継続して活用する。
8.クチコミマーケティングを提案、受注する際には、広告主にこれらのリスクの説明を行う。


 こうした視点は大切ですよね。忘れないようにしたいと思います。
 しかしながら、ちょっとあれっ? と思ったことがありました。上の条文、大変重要だと思ってWOMMAのWEBサイトに直接当たって見たのですが、この8項目の倫理規定にあたる文章がありませんでした。確かにEthics Codeというものがあって、上記条文と同様の内容が書いてはあります。しかし8項目ではないし、内容もかなり異なっています。
 これ本当に、WOMMAから引用したのでしょうか?

 実は、上記の文章はクチコミマーケティングなどを実施している、サイバービュレットという会社が、「米国WOMMAの倫理規定」として紹介している内容と全く同一のものです。
 もしWOMMAから直接引用したのではなく、サイバービュレット社から引用したならば、そう出典を明記すべきです。
 
 「倫理」「良心」を説いている部分で、逆に本人の注意が足りない感じがして、ちょっと残念でした。

☆渡辺英輝、阿部晶人、螺澤裕次郎、伊藤直樹著「Webキャンペーンのしかけ方。」(2007年)インプレスジャパン

Webキャンペーンのしかけ方。 広告のプロたちがつくる“つぎのネット広告”

 ちょっと前に読んだ本ですが紹介します。

 今回はインターネット広告の「メディアプラン(プランニングとその効果)」がテーマです。 

 私が広告会社に入社した頃は、まだインターネットを知っている人は極少数で、屋外広告などもSP扱いでしたから、「広告」といえばイコール4媒体(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)を指していました。
 その「広告」の領域にはメディアプランという考え方があります。それは広告を効果的・効率的に出稿するためにどうすべきか? ということに関するプランニングです。主に定量的な視点からこの課題にアプローチします。

 この「メディアプラン」の視点は昔からあったものでありますが、日本では90年代の不況期にとても脚光を浴びました。なぜなら広告主の間で、限られた広告予算をより効率的に使いたい、というニーズが大変高まったからでした。大手広告代理店各社はそのニーズに対応すべく、例えば「オプティマイザー」と呼ばれるような、より効果の高いメディアプランを作成するコンピューターシステムを開発したりしました。

 今日の広告業界で、電通、博報堂(HDY)、ADKの上位3社へのメディア扱いの集中が進んでいます。上位社へ集中が進んだのは、彼らがこの時期メディアプランのシステムを開発し、クライアントの「効率化」のニーズに応える存在になり得たということが、大きな背景としてあると思います。

 今日インターネット広告市場が急成長しているわけですが、この領域でも、効果的・効率的なプランニングは当然求められます。そしてこのニーズに応え得る広告会社がやはりクライアントからの信頼を勝ち得て生き残って行くのだろうと思います。

 また、インターネット広告はマス広告と異なり、広告テクノロジー進化の影響を受けて、年々複雑・多様化し、新たなサービスがどんどん生まれきている状況です。つい数年前まではインターネット広告といえば「バナー広告」でした。しかし今やリスティング広告、コンテンツ連動広告、アフィリエイトなど新しいタイプの広告がたくさん生まれ、それぞれが急激に成長しています。広告メニューではないものの、「行動ターゲッティング」のような技術を使って、よりカスタマイズした形で広告をターゲットに届ける技術が開発されたりもしています。

 だから、インターネット広告におけるメディアプランと言っても、単純にCTRなどのデータを比較して効率良い順に並べて終わり、ということではなく、それぞれの広告メニューの癖を理解したり、組み合わを工夫するなど、マスメディアとは違ったそれなりの深いスキル開発が求められるのだと思います。

 今回紹介する2冊の本は共に、「インターネット広告専業代理店」といわれる会社によるものです。そして共に、インターネット広告の概要説明とともに、効果的なプランニングの考え方・事例などが紹介されています。この2冊を読むと彼らが単に広告の取次ぎをしているのではなく、求められる「効率・効果」という課題に正面から向き合い、答えを出そうとしているのが感じられます。

 一つはインターネット広告代理店2位の「オプト」による「インターネット広告による売上革新」。もう一つが同じくインターネット広告代理店3位の「セプティーニ」佐藤社長による「Web2.0時代のインターネット広告」です。
 それぞれの本は、それぞれの会社の得意領域を反映してか、内容は重なりながらも、重点を置いて説明している分野に若干違いがあり、そこに特色があるような感じがします。いずれにしても、現在のインターネット広告の概要と事例を手際よく紹介したもので、この領域に関心のある人にとっては入門書・概論書として参考になるはずです。 

 この2冊から、特に私が面白いと思った中身をいくつか紹介します。

◆ブロードリーチ効果の間接効果(「インターネット広告による売上げ革新」より)
 ブロードリーチというのは、「特定の属性や趣味嗜好等にセグメントすることなく、幅広いユーザーに訴求できる広告」(p119)で、ヤフーやMSNのトップページの大きいバナー広告などがそれにあたります。このタイプの広告はテレビCMのようにリーチが稼げて、ブランドイメージを伝達する効果もあるとされていますが、ターゲットを絞らないためCTR(クリックスルーレート)は必ずしもよくない、割高な広告とされます。しかしこの本の指摘によると、実はこのタイプの広告の効果は掲載終了後も引き続き持続するので、出稿後の一定の期間まで考えると、効率が意外と良いのだというのです。

 「出稿期間中の1週間で、クリックが6万クリック、申し込み数が330件(中略)という結果だった。(中略)ただし、注目すべき点は、1週間の掲載期間終了後、その後2ヵ月にわたり掲載期間中にバナーをクリックしたユーザーからの申し込みが発生し続け、合計200件の申し込みが掲載終了後に積みあがった点である。いわゆる『流れ込み効果』である。」(p124-125)

 とても興味深い面白い指摘です。

◆リスティング広告のプランニング(「インターネット広告による売上げ革新」より)
 この本の最後の方には、リスティング広告(検索連動広告)の運用事例がでています。広告額が小さい割りに大きな手間がかかりとても大変だという印象があるリスティング広告の管理ですが、ここでは戦略的な入札キーワード選択や広告タイトル・説明文の書き方の事例が紹介されています。私自身は普段あまりこの領域の仕事はしていないのですが、“こんなに戦略性があるのか!”と興味深く読ませてもらいました。

◆アフィリエイトの活用(「Web2.0時代のインターネット広告」)
 アフィリエイト広告(成果報酬型広告)の仕組みもわかりづらいのですが、広告(プロモーション)媒体として活用するやり方がシンプルに解説がされています。


 しかしいずれにせよ、設立されてまだ10年程度しか経過していないネット広告会社が、ここまでネット広告の可能性や使い方についてまとめた本を出すというのは、なんだか感慨深い気がしますし、彼らの実力や将来性を感じてしまいます。


☆株式会社オプト、ETIM研究所編「インターネット広告による売上げ革新」(2006年)同文館出版
インターネット広告による売上革新


☆佐藤光紀著「Web2.0時代のインターネット広告」(2006年)日本経済新聞社
Web2.0時代のインターネット広告―そのしくみから導入まで

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