広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

カテゴリ: IMC系

 9月の半ばに、この本を強烈に薦めてくれた人がいて、急いで本屋に行きましたが売り切れていたのか、どこにも見当たりませんでした。仕方なくアマゾンで注文しようと思いましたが、在庫切れで直ぐ配達できないとのこと。びっくりしました。
 出版したばかりの業界向け書籍で(しかも「電通選書!」)、それほど人気が出た本も珍しいのではないでしょうか?

 ようやく10月上旬に入手し早速読んでみました(書評は遅いですが...苦笑)。

 感想は...うむむむむ、、、早熟の天才現る、あるいは“神降臨”としか言い様がない、というのが第一印象でした。

 まずこの本は、電通に勤務する筆者(岸氏)が、自ら「コミュニケーション・デザイナー」として手がけた6つのキャンペーン事例の紹介(プランニングのインサイドストーリー)を中心に、筆者が考える、「これから広告が発展していくうえでとても大切な概念」(p4)であり、「広告人の誰もが持つべき意識」(p4)であるところの「コミュニケーション・デザイン」について語ったものです。

 「コミュニケーションデザイン」については、定義のようなものも示されているので紹介します。

 「プロモーションやブランディングなどの広告キャンペーンから商品開発、事業企画に至るまで、企業(クライアント)と生活者の間に存在する、ありとあらゆるコミュニケーションを設計していく仕事」(p4)

 とのことです。
 
 さて読んで私は、これはスゴイ本だと思ったわけですが、何がスゴイと思ったのか、感じたところを簡単にまとめてみました。

 1.これからの広告キャンペーンのあり方のお手本を示したところがスゴイ!
 2.企画のつくりがスゴイ!
 3.手の内を惜しげもなく開示しているところがスゴイ!
 4.チームワークの良さが見えるようでスゴイ!


 以下、ちょっと解説。

1.お手本を示したところがスゴイ

 近年、複数のメディアを適切に組み合わせてキャンペーンを行う「クロスコミュニケーション」「クロスメディア」などと呼ばれる手法が注目を集めているのは、このブログでも何度か触れました。それは「メディアニュートラル」という視点から、効果が最大化するように必要なメディアを組み合わせてキャンペーンを組み立てる、という発想を持つところに最大の特徴があるわけですが、この本で「コミュニケーションデザイン」という言葉を使っているものも、同一ではありませんが、概念的には重なる部分が多いものだと思います。
 とはいうものの、これまでの「クロスコミュニケーション」の議論においては、メディアニュートラルの視点から必要なメディアを組み合わせるとは言っても、ケーススタディとして紹介されるものは、単に「複数のメディアを組み合わせた」というレベルにとどまるものが少なくなかったと思います。もちろん古典的なメディアミックスではなく、WEBサイトなどもうまく組み合わせたものではあるのですが、例えば「CMでリーチ+認知獲得、PRで話題喚起、WEBで理解促進+参加性→エンゲージメント(!)」というもので、確かに古典的なキャンペーンよりは効果は高まるかもしれませんが、「メディアの特性に合わせて的確なメッセージを伝達する」という意味では、従来のマスメディアミックスの発想法の延長線上でしかないような気がしていました。
 みなさん、トラディッショナルな広告のあり方を否定している割には、革新性が十分でないと言うか...。もちろんお前がヤレ!と言われてちゃんとやれる自信はないのですが、、、
 しかしこの本で紹介されている事例での複数メディアの使い方には、これまでとは違う、なるほど! それは非常にメディアの使い方が上手だ、と思わせる“何か”が感じられます。それはうまく説明できないので、アートとしかいいようがないのかもしれませんが。メディアの領域は、これまで数値や理屈で語らせる「サイエンス」の領域だと思われてきたと思います。しかしそこには高いクリエイティビティが必要で、やりようによっては、理屈を超えて人の心に訴えうる何かを持つ、ということを実際の事例を持って示しているのだと思います。
 企画立案のインサイドストーリーを見せてもらっているからそう感じるのかも知れませんが、いずれにせよ、これから自分で「クロスコミュニケーション」のキャンペーン企画を作ろうと思っている人、それも効果的に人を動かし結果的にコミュニケーション効果もあげようとする企画を作ろうと企む人にとっては、この本で示されているような事例は、大変良いお手本になるのだと思います

2.企画のつくりがスゴイ!
 
 紹介されている事例ですが、「漢検DS」「マリエール」など以前から話題になっていたキャンペーンがいくつか含まれています。それぞれの企画が非常に良くできてると思うのですが、私がそこで一つ感じた思ったことは「畳み掛ける凄さ」ということでした。
 例えば、マリエールの事例などは本当にうまいと思います。これは、名古屋の結婚式場マリエールのキャンペーンで、結婚を迎える女性の等身大の気持ちを40通りのCMにするという企画。40通り作り全部オンエアすることもスゴイのですが、普通ならこれをWEBに乗せて終わりです。しかし40通りものCMがあれば共感できるものもそうでないものもあるわけです。そこでWEBサイト上では、40通りのCM全部が見られるようにして、さらに⊆分が共感できるCMに一票入れランキングさせる仕掛けを作る。すると、女性ならば自分の好きなCMの順位が気になるし、評価の高いもの低いものも見たくなります。するとアクセス・滞在時間とも増加します。さらに工夫があって、CM一つ一つにコメント記入欄があって、感想をみんなで書き込めるようになっていたりします。するとそこで自分の思いを書き込んだり、それを人が見て感動したり、さらに書き込んだり...コミュニケーションが深まっていくことになるでしょう。結果として「マリエール」に対する女性の関与(エンゲージメント)が高まり、利用増加にも結びつくと思います。単にWEBサイトにCMを乗せるだけでなくて、◆↓といった仕掛けを用意し、畳み掛けるように「人を深みにはまらせるような」戦略。
 見事です。プランナーというより、完全な脚本家です。
 というよりも、これからの良いプランナーは、脚本家であるべきなのかも知れません。いやそうであるべきです。
 大変だ、面倒だと言って妥協しないで、伏線をあちこちに用意し、これでもか、これでもか、と人をひきつけていく。ヒットする映画では必ず見られますよね。
 大いに見習うべき点と考えます。

3.手の内を惜しげもなく開示しているところがスゴイ!

 例え、面白いし、公開したらみんなの役に立つかも...と思ったにしても、こうしたインサイドストーリーを一般向けに公開するのは、現役の広告会社の1社員である限り、結構厄介なことではないかと思います。社内や内輪の会で話すのならまだしも、出版するとなると、営業を始めとする社内の了解、お客さんの了解を取る必要があり、それはとても面倒なことだと思われます。自社の事例が他社に知られることを良く思わない人もいるはずです。だから途中で面倒くさくなってしまい、事例を取り上げるにしても当たり障りのないことを書いてお茶を濁したくもなるものです。筆者もそういう誘惑があったのかもしれませんが、きっといろいろな障害を乗り越えてきたのだと思います。それには拍手です。

4.チームワークの良さが見えるようでスゴイ!

 広告会社の仕事は必ずさまざまな職能を持った人たちがチームを作って行うことになります。しかし、役割の異なる人が集まる分、時にチーム運営が難しくなることがあります。特に、今日のように、広告やメディアの役割が変化しつつある中では、誰もが変化に対応できるわけではないし、その対応のスピードも個人差があります。その意味では、この本の冒頭にある以下の言葉には深く同意します。長いけど引用します。

 「コミュニケーション・デザインは、マーケティングパート(戦略)、クリエーティブ・パート(表現)、メディア・パート(実施)といった分業をしません。最初から最後までコミュニケーション・デザイナーが一貫して作業に絡みます。そんな些細なことですが実際に行おうとすると、既存の分業スタイルの発想のプロセスが弊害となることも少なくありません。クライアントからの課題を最上流で受け、チーム編成や方向性などを決定する場である営業やクリエーティブ・ディレクターの意識改革が今後、優れたコミュニケーション・デザインを支えていくうえでとても重要になると思います。」(p5)

 残念ながら私の経験から言っても、例え優秀な人間が集まったチームであっても、優れたキャンペーンを生み出せるとは限りません。部門間の主導権争い、妬み・ひがみなど仕事の本質とは異なるつまらない部分でチームワークは乱れ、結果として不満足な企画しか生み出せないことがしばしばあります。
 それが、筆者の指向するような、クリエイティブ・マーケ・メディアなどの領域を自由に行き来しプランニングする「コミュニケーション・デザイナー」であれば、なおのこと既存の分業スタイルの中で仕事をやって来た人たちと摩擦が心配になります。
 しかしながら文中何箇所かでさりげなく書かれた企画チームの様子などから察するに、筆者はそうした問題に陥ることなく、むしろ違うタイプの人とのコラボレーションを楽しんでいるかのようです。もし本当にそうだとすれば、それはきっと筆者の超人的な努力によるものだと思いますし、とてもスゴイところだと思います。
 上記引用文で筆者の指摘するように、これからのコミュニケーションのあり方を考えれば、既存の分業体制の中で仕事をしてきた人たちの「意識改革」がとても大切なのだと思います。しかし、実際にはそれがとても大変なのだとも思います。

 さて、ずっと賛辞を送ってしまったので、最後に一つだけ心配を。

 この本が多くの人に評価され、筆者の名前が有名になると、きっと「スター」として活躍させられることになるでしょう。つまり、多くの予算を持つ大手広告主の担当業務を任せられるということです。
 この本を読むと、事例で紹介されている広告主は、いずれも規模が中程度の広告主です。予算規模の小さい広告主だと、広告会社との距離も近く、思い切っていろいろな提案を受け入れてくれる余地が大きいと思います。
 しかし、これが広告予算を100億も持っている企業だと、関係する人間が広告主・広告会社共に多く、またキャンペーン自体も複雑、さらに広告主の要求も多いなど、いろいろな面で自由が利かなくなってくるような気がします。
 仮に「スター」として、大手広告主を担当するようになった場合、それは筆者にとってステップアップのプロセスとして喜ばしいことなのだとは思いますが、そこで筆者の考える理想的な「コミュニケーション・デザイン」のカタチはそのまま続けられるのでしょうか? 官僚主義的な現実が現れたりして挫折しないのでしょうか? ...本当に他人事で余計なお世話ですが、ちょっと心配になります。

 ...と思いましたが逆ですね。そうした大手広告主特有の障壁を乗り越えて、筆者が腕を振るったキャンペーン事例というものを、今度は是非見てみたい、と思います。 もちろんこの本を読んで刺激を受けたわれわれ一人ひとりが実践すればよいことではありますが、筆者によるそうした環境での新しい事例が生み出されれば、筆者の言う議論が、本当に日本のコミュニケーションビジネス環境でも根付けるということが分かって、周りの人はもっと勇気がもらえると思いますから。

 筆者の岸氏は、このブログの前々回の書評で紹介した「クロスイッチ」の本の中で、「『仕組み』ではなく、消費者の『気持ちをデザインする』」と題したコラムを書き、クロスメディアの仕組みを作り込むより、消費者の気持ちを想像することの大切さを説いていました。メディアの仕掛け作りについて述べた「クロスイッチ」という本の中で、あえてそれの反対を行くような言い方が印象的でしたが、この本を読んで、そのコラムに込めた気持ちも分かる気がしました。

 「クロスイッチ」も併せて読むと良いかもしれません。

☆岸勇希「コミュニケーションをデザインするための本」(2008年)電通選書


コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)
コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)

 「クロスメディア」あるいは「クロスコミュニケーション」と呼ばれるある種のコミュニケーション戦略の方法論が提唱されるようになってから、4〜5年は経つでしょうか。しかし、もうすっかり定着しました。
 消費者のメディア接触・利用環境が多様化していることを背景に、いわゆるマスメディアだけに依存することなく、目的のために必要なメディアを組み合わせて最適なコミュニケーションプランを企画・実施することをクロスメディアと一般に言うのではないかと思います(→良い解説とは言えませんが一応ウィキペディアの説明はここ)。とりわけ「WEBを中心に」据えることを重視する考え方もあります。また「IMC」とか「統合的マーケティング戦略」、あるいは「コンタクトポイント戦略」「タッチポイント戦略」などと呼ばれる考え方とも近いものです。
 こうした考え方について、解説したり事例を述べる本がこれまでにもたくさん出てきました(このブログでも何冊か取り上げてきました)。しかしこの本はこれまでの類書に比べると、圧倒的に分かりやすいものだと思います。
 きっと、クロスメディアについて何年も議論がなされ、実際の提案活動もなされ、段々概念が整理された結果として、何がポイントかということが明確になってきたということなのだと思います。

 電通「クロスメディア開発プロジェクトチーム」によって書かれたこの本、クロスメディアについて理解したい人、実践したい人にとっては非常に助けになるでしょう。

 しかし... だとしても、読んでいて私はずっと何か違和感を感じていました。内容が整理されていて、とても分かりやすい本だ、ということがわかっているのにです。

 このブログを書きながら思いついたのですが、それは言葉は悪いですが、“フィクション(虚構)臭い”ということなのかなと思いました。 

 もちろんウソが書いてあるということではありません。この本には「クロスメディアのプランニングのやり方」がずっと書いてあります。しかし、「やり方」を完成度高く語れば語るほど、「現実」との差異が大きくなるような気がして「嘘くさく」感じてしまうのです。それはあるいは、この本自体ではなく「クロスメディア」という流行概念に対して、ある種の危うさを私が感じているからかも知れません。

 私の感じる「危うさ」とは例えば次のようなことです。(これ以降は、この本の批判というよりも、「クロスメディアプランニング(のやり方)」というものに対する批判だと思って読んでください。)

.瓮妊アニュートラルは現実的か?
 クロスメディアが語られる文脈でしばしば出てくる言葉に「メディアニュートラル」という言葉があります。私たちの情報への接し方が多様化しているから、マスメディアを前提としないて、コミュニケーションプランを組み立てましょう、という考え方です。これは従来のマスメディア中心主義への一種のアンチテーゼとも言えます。
 この考え自体は一点の曇りもなく正しいと思います。しかしだからと言って現実的に、企業や広告会社など「情報の出し手」が取れる手段と言うのは限られています。自社WEBサイトを活用したコミュニケーションができることが、インターネット浸透以降の最も大きなマーケティングコミュニケーションにおける変化だと思いますが、それ以外で「目に見えて効果のある」あるいは「費用対効果の高い」コミュニケーション手段は、実は旧来からある手段とそんなに変わらないのではないか、というのが私の実感なのです。具体的には、WEBサイトを中心にビジネスをしている広告主は別ですが、それ以外の多くの広告主の場合、結局はテレビ広告や店頭などが大事、ということです。
 例えばクチコミが購買意思決定に重要だとしても、それを企業がコントロールするのはかなり難しいのが現実です。消費者を巻き込もうと思っても彼らは簡単には巻き込まれません。結局、良いクチコミがなされるためには良い商品を出すことが最も大事、というありきたりの結論しか出ないわけです。
 現実的に影響を与える手段がそもそも限定されているなら、あえて「クロスメディア」と大上段から構えて、複雑なコミュニケーションプランを作っても、多くの場合影響力が限定される、ということになるでしょう。掛けた費用に対してリターンがまったく不足しているということにもなりかねません。「クロスメディア」を謳えば謳うだけ、幻想を煽っているだけの感じがしてしまうのです。

⊃佑詫尭海任るのか?
 次に、この本ではクロスメディアの定義を「ターゲットを動かすためのシナリオ(導線)づくり」(p39)とユニークに規定しています。この考え方はとてもわかりやすいもので、クロスメディア企画を立てるときの指針となるものです。
 しかし考え方はいいのですが、人は本当にシナリオ通りに行動するのでしょうか? 人の購買に至るメディア接触経路は十人十色です。だから「テレビCMで認知させて、店頭でブランド名を想起させて購買に至らせる」と言った程度のアバウトな想定ならそのパターンに当てはまる人も多いでしょう。しかし仮に、CMで接触させ、ネットで即サーチさせ、WEBに流入させ、ネットキャンペーンに参加させ、その様子を自分のブログやmixiでクチコミしてもらい...などというような、消費者の行動導線の設計を詳細にすればするほど当てはまらない人がどんどん増えるでしょう。特にWEBサイトへの訪問は思った以上に障壁が高いと思うので、ほとんどの人がシナリオ通りに行動しないことが予想されます。「いや、CMを投下するとWEBサイトへの訪問も増えるよ!」という人もいるでしょう。もちろんそれも事実だと思うのですが、私が問題にしたいのは絶対的な量の話です。例えば仮に全国でテレビCMを2000GRP投下して広告認知率50%を達成したとします。すると認知者は日本全国で数千万人に上るはずです。その数字に比べて、WEBのユニークユーザー(U/U)はどの程度になるでしょうか? 仮に期間中100万U/Uだったとしても認知者の20〜30分の1の数字です。これでも立派だと思いますが、事前にCM→WEBサイトへというシナリオを想定したとき、このような結果となったなら、これは人をシナリオ通り動かしたということに当てはまるのでしょうか? 想定通りだったとして、そのシナリオの中には事前に「WEBへの流入者はテレビCM認知者の約3〜5%程度です」と書かれているのでしょうか?

 完璧なキャンペーン企画を立てているはずなのに、何かがずれているような気がするのです。

ブログで書かれましたw
 また、△力辰箸盍慙△靴泙垢、クロスメディアキャンペーンの「効果」の現れとして、よく「ブログで取り上げられた」ということを取り上げる人がいます。これ、かなり要注意な効果指標です。
 いわゆる「クチコミ効果」を言いたい時に使われがちです。確かに企業とは何の理解関係のない第3者が、商品やキャンペーンを取り上げて自分のブログに書いてくれれば、企業にとってはうれしいものです。さらにそうした反応は今日では、さまざまなブログ解析ツールによって件数・内容とも簡単に把握することができます。自社の話題がどうなったのだろう。ちょっとでも数字が伸びていればすごく反応が良かった気がします。
 しかし私の経験からいうと、キャンペーンの話題や新商品ブランドをブログに書いてくれる人などほんの一握りです。いわゆるインセンティブを提供しての「書き込み」を除くと、広告出稿を伴うキャンペーンだったとしても、数十件がいいところではないでしょうか。すると、仮に1ブログ100人が見るとしても、ブログによる接触者は1万人にも満ちません。仮に関東地区に1GRP程度のCMを投下しただけでも、数十万の人間に情報を接触させることができます。ブログで取り上げられた、すなわち「数十人が取り上げて、合計1万人が見た」、ということは効果のうちに入るのでしょうか?

 考えればとても影響力を行使しうるものとはいえないと思います。
 ブログでのクチコミは、大概この程度のものだと思います。だから「ブログに書かれた」と、さも効果があったように言う人がいたら疑ってみるべきです。効果を肥大化して話している可能性大ですから。

 もっとも私はクチコミ自体の力を評価しないわけではありません。クチコミを引き起こすことを狙ったキャンペーンというのは意味があると思います。しかし、大抵のクチコミはオフラインで起こるものであり、ブログ云々とは関係があまりないものだと思っています。きちんと認知率調査などをした方がよほどためになると思います。

AISASとは使いにくい
 もう一つ思うのが、この本でも触れられている「AISASモデル」についてです。この電通の登録商標であるところのモデル、従来のAIDMAモデルが通用した時代と現代とを比較して、「コミュニケーションの環境が変わったのだよ」ということを問題提起する意味では非常に優れたモデルだと思います。しかし購買までのメディア接触経路は本当に多様であり、とても「A→I→S→A→S」の流れで捉えられるものではありません。だから、実際のプランニングには使いにくいものです。少なくとも、人をこのモデル通りに動かそうと意図すると、結構破綻するのではないかと思います。しかしながら、AISASを金科玉条のごとく無理して当てはめて考えようとする人をたまに見かけます。あくまで問題提起のためのモデルなのだから、実務に当てはめて考えない方がいいとは思うのですが。

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 文句ばかり書いてしまいましたが、言いたいことは、「クロスメディアプランニング」と言ったって、そんなに変わったことやる必要があるとは思わないし、あるいは現実的にできることは限られているのだから、小難しいロジックで固めてしまったり、実現しそうにもないシナリオ(仕組み)作りに熱中してしまったりすると、自分たちの首を絞めることになるよ(あるいは机上の空論で終わるよ)、ということだと思います。

 むしろ、問われるのはそういう小手先のことではなくて、メディア多様化時代の中で、いかに消費者をよく見て、1つ1つの課題に向き合うか? というプランナーの姿勢、あるいはWEBという自由度の高い“素材”をいかに活用して全体の企画を調理するかという、クリエイティビティの方だという気がします。

 その意味では、クロスメディアのプランニング手法論をずっと論じているこの本の中にあって、趣旨とはまったく反対のことを言っている下記のコラムの言葉には含蓄を感じました。

 「『仕組み』ではなく、消費者の『気持ちをデザインする』 岸勇希
 (前略)クロスメディア時代のプランニングに重要な視点は、『仕組み』をデザインするのではなく、消費者の『気持ち』をデザインすることです。『クロスメディアにしたい』『消費者に検索させたい』というのがゴールではありません。コンタクトポイントの先の『光景(シーン)』をイメージすることが重要です。つまりターゲットが直面する事態や場面、その時の気持ち(心理)を想像する。それは『妄想力』と言ってもいいでしょう」(p111-112)
(太字は私)

 あぁ、そうですよね。シナリオ作りを否定するわけではありませんが、「妄想力」の方が100倍ぐらい大切な気がします。
 どうせ不確かな世界に挑むのですから、虚構力ではなくて、妄想力の方で行きたいものです。

 分かりやすいよくできた本のはずなのに、上記の一節が最も印象に残りました。


☆電通「クロスメディア開発プロジェクト」チーム著『クロスイッチ』(2008年)ダイヤモンド社

クロスイッチ―電通式クロスメディアコミュニケーションのつくりかた

 ドン・シュルツといえば、アメリカのマーケティング関係のビジネススクールの最高峰と言われるケロッグスクールを擁するノースウエスタン大学の、もう一つの広告・ジャーナリズムを専門に教えるビジネススクールであるメディル校で世界最初のIMC学科を開設し(1991年)、IMC(統合マーケティングコミュニケーション)という概念を最初に提唱した教授として知られています。
 94年にドン・シュルツの書いた「広告革命米国に吹き荒れるIMC旋風」という本が日本で発刊され、「IMC」が一時ブームになりましたが、すぐ廃れてしまいました。「マス広告だけではなくて、それ以外のコミュニケーション手段もトータルで管理してやりなさい」という主張が、当時ほとんどマス媒体広告しかやらず、プロモーションその他が管轄外だったアメリカの大手広告代理店にとっては目新しかったかも知れませんが、昔からマス広告もプロモーションも両方やっていた日本の広告代理店にとっては、取り立てて新しい主張ではなかったからです。逆に当時は、何でもやる日本の広告代理店のサービス体制の先進性が認められた、などと理解する論調もあったくらいです。
 一度評価を下げた言葉の名誉挽回は難しいものです。「IMC」という概念と「ドン・シュルツ」という名前は、日本では大騒ぎした割には目新しくない概念、あるいはそれを言った人、ぐらいの理解しかされてこなかったのではないかと思います。
 最近こそ顧客接点論(コンタクトポイント/タッチポイント)への関心が高まり、統合的コミュニケーションの重要性が再び指摘されていますが、顧客接点論の「顧客とブランドとが出会う接点をすべて統合的・効果的にマネジメントしなさい」という主張は、日本でも既に理念から具体的実践のフェーズに移ってきています。
 今更ドン・シュルツが、何を言うのだろう? というのが読む前の正直な思いでした。

 しかし、読んで行くうちにその考えは完全に打ち消されました。これは以前のIMCの主張とは全く異なるものです。もちろん以前のコンセプトは受け継がれています。しかしそれは全体のほんの一部分であり、本書の主張はもっと包括的・野心的です。訳書だとわかりづらいのですが、原著のタイトルは“IMC: The Next Generation”となっており、明らかにマーケティング論全体に関わる新しいパラダイムの提案です。そして確かに、ここにはこれからのマーケティングに必要と考えられる要素がさまざまな形で詰め込まれています。それもわかりやすい形で。
 本書の帯に「P.コトラー推薦! 次世代に必要なマーケティングのテーマは本書にすべて書かれている」とありますが、決して大げさではありません。もっともすべての主張が新しいわけではありません。むしろ、これまで言われてきたマーケティングについての新しいコンセプトを、まさに「統合」した部分に本書の価値があるのかも知れません。今後マーケティングを語る上での基本文献になることは間違いないと思いますし、これから多くの人に大いに参照・引用される文献となるでしょう。

 さて、ではどこが新しいのでしょう? 私なりにまとめてみました。

1.顧客(ターゲット)は資産

 「企業には、顧客こそ本当の『資産』であると認識する必要がある。ほとんどの企業では、収入フローを最も活発にもたらしているのは顧客である。(中略)マーケターやコミュニケーション・マネージャーが『アセット・マネージャー』と自認することが特に重要である」(p60)
 「さまざまなタイプのマーケティングやコミュニケーションのプログラムを通じて、顧客への投資を実施する。その成果が、企業への収入フローとして現れる。これこそ顧客を資産として扱うことで生じる『ループ・システム』なのだ。」(p61)
 「企業が『資産』を利用する目的は、自社に売上げや利益をもたらすことにある。そして顧客も同じような存在だからこそ、『資産』として管理する必要があるのだ。」(p102)


 コミュニケーションコストを「投資」と考えるべきだ、という議論はしばしば行われます。しかし多くの場合、クライアントに広告費を出させるため、詭弁的に「広告効果は蓄積するから」程度のあまり深みのない理論的背景で論じられることが多かったのではないかと思います。
 こういう現状に忸怩たる思いを感じていたのは私だけはないと思います。会計上は経費であっても、きちんと「投資」として捉える理論的根拠が欲しい。そしてクライアントにもコミュニケーションコストの意義を納得して欲しい、というのは広告業界に籍を置く人間ならば誰もが感じる思いだと思います。そういう中で「顧客が資産」というコンセプトは魅力的です。つまり生産設備や店舗のように価値(キャッシュフロー)を生み出すものとして「顧客」があり、彼らに対する継続的な投資(つまりコミュニケーション活動)は、キャッシュを生む力を減じさせないための必要条件だ、と言えるわけです。これはマーケティングコミュニケーション上の新しいコンセプトとして面白いだけでなく、企業の経営層にコミュニケーションコストの必要性を感じさせるアナロジーとしても優れています。もちろんここで言う「顧客」とは、商品・サービスの実際のユーザーに限りません。潜在的な顧客も含みます。

 そして、資産への投資である以上、単にお金をかければいいということではなく、「効率よく投資をする」という視点が重要になってきます。それが上記に引用した「アセット・マネージャー」になれということでしょうし、次の2、3のポイントにつながってきます。

2.顧客行動をベースに顧客をグルーピングし、顧客の価値を定める

 「統合マーケティングは『セグメンテーション』というコンセプトを超えていく。つまり、市場における個々人の行動から、個人のグループを集約するのだ。(中略)たとえば、顧客や見込み客を、既存顧客、浮動顧客、新規顧客という3つの大まかなグループにまず分類する。既存顧客はすべて、単一のターゲットとして扱うが、いくつかのサブカテゴリ、たとえば『大量購入−高利益顧客』と『低頻度−低利益顧客』に分割して扱うことが可能だ。同じように、浮動顧客も競合へのロイヤルティが極めてて強い層や、競合からの乗換えを示唆する行動が見られる層、といったサブカテゴリに分割できる。」(p79-80)

 以前、このブログでも行動主義のターゲッティングを紹介したことがありますが、個性化が進み、ターゲッティングにおいてデモグラ(人口統計)でもサイコグラフィックでも分類が難しくなったと現代の消費者をうまく捉えるには、分類ではなくて類似した行動傾向によりグルーピングすることが有効だという考え方です。
 しかもここでユニークなのは、グルーピングされるターゲット(顧客)は「資産」であり、ターゲットへのコミュニケーションは「投資」であるから、どの資産にどれくらいどういう方法で投資をするのが、最もリターン(ROI)が良いか、という視点が前提としてあらかじめ組み込まれているということです。
 したがってターゲットグループを作る際には、デモグラ属性や態度など曖昧なものではなく、購入量や購入頻度など、財務的に投資効率を判断し得る尺度に基づいて行う必要があるというわけです。

3.顧客の財務的価値の測定

 投資効率(ROI)を判断できるように顧客をグルーピングする場合、当然グルーピングした顧客層それぞれの価値の大きさや、投資(コミュニケーション投資)に対するリターンの大きさが計算(測定)できていないといけません。計算するためには、計算方法(測定方法)のロジックがセットで必要です。
 本書ではこの課題に対して、投資活動により顧客から短期的に生み出される収益と、顧客の生涯価値(LTV)などに注目した、顧客から長期的に生み出される収益とを分けて捉える方法を提示し、さらにそれぞれの算出方法の考え方(ロジック)を例を挙げながら説明しています。
  もちろん、生身の人間の生み出す価値を測定するわけです。単純な手続きで計算ができるわけでもなく、本書の提案であっても、必ずしも納得できるものではないかも知れません。しかし、広告の効果測定の歴史において長らく無理と諦められていたROIの算出に、それなりに論理的なフレームをともなって真正面から取り組んでいるものであり、画期的なものであることに違いはありません。

4.顧客接点の捉え方
 
 「マーケターにとって、クリエイティブや、マーケターが何を言うかについての重要性は低下し、どこでどのようにそれを言うかのほうに、重点が移ってきたのである。」(p130)

 「顧客接点」(タッチポイント、コンタクトポイント)論の考え方ですね。すべての接点が重要で、それらを適切にマネジメントしなさいという指摘はもはや当たり前になっていますが、現代のマーケティングコミュニケーションにおいては、何を言うか(What to Say)より、どこでどう言うか(How to Say)の方がより重要だという指摘は、ユニークで真をついているような気がします。


 まとめると、「ブランドエクイティ」ではなく「カスタマーエクイティ」「顧客の態度変容」ではなく「顧客の行動変容」「コミュニケーション効果」ではなく「フィナンシャル効果」「What to Say」ではなく「How to Say」、というように、本書で提示された「統合マーケティング」の枠組みでは、新しいコンセプトがさまざまに提案されています。こうしたコンセプトは実務上どこまで使いこなせるかは別としても、われわれのクライアントが最近問題にしている事柄に応えうる要素をふんだんに含んでいます。同時に、従来さまざまに議論されてきたマーケティングコミュニケーション論の課題にも応えるものでもあり、マーケティングコミュニケーションの考え方と方法を、まさに21世紀版に導くものになっていると言えると思います。

 ところで最後になりますが、この本の訳について気になったことが一つだけあります。「タッチポイント」と訳出されている言葉の問題です。
 以前からこのブログでは、海外文献の用語やタイトルが、特定の企業の利害関係によって原著にそぐわない形で翻訳されることを問題視してきました。この本で「タッチポイント」と訳されている原著の言葉は、どうも“contact point”という言葉のようなのです。あえてそれを「タッチポイント」と訳したのは、訳者が「博報堂タッチポイント・プロジェクト」であり、「タッチポイント」が博報堂の、「コンタクトポイント」が電通のそれぞれ登録商標だからだと思うのですが、こういうのはもうやめていただければと思います。もちろんどっちの言葉を使っても厳密に間違いとはいえないでしょうし、博報堂の社員がこうした価値のある本を訳出した手間に比べれば、これくらいのこと目をつぶってもいいのではない? という人もいるかも知れません。しかしこれは重要な外国文献の翻訳であって、特定の会社のPR資料ではないはずです。価値のある文献であればあるほど、それはわれわれ日本語を母国語とする者の文化であり共有財産として捉えるべきものだとも思います。そこに企業の都合を持ち込むことは、企業の社会的責任(CSR)の観点からしても少々残念なことです。どうしてもコンタクトポイントという言葉を使いたくなければ、最初に断りを入れるとか、一般名称である「顧客接点」などの言い方を使う方法もあったと思います。重要文献となると思われるだけに、他の文献との関連で、日本人の読み手に後で混乱を生じさせる可能性もあります(例えば、他のケロッグスクールの教授が書いた本の訳本の中にはそのままコンタクトポイントとなっている訳本もあります)。

 大変すばらしい著作だし翻訳書だと思いますが、ちょっと後味の悪さが残りました。


☆ドン・シュルツ、ハイジ・シュルツ、博報堂タッチポイント・プロジェクト「ドン・シュルツの統合マーケティング」(2005年)ダイヤモンド社

 ドン・シュルツの統合マーケティング

 あの永遠に終わらないと思っていたブランドブームが過ぎ去り、今広告業界を席巻している話題は「顧客接点」論です。どういう話かというと、まぁメディア論の一種なのですが、顧客とブランド(商品or企業)が出会う場所というのは広告だけではなく、店頭、WEB、新聞記事、社員・従業員(!)などさまざまあり、すべての顧客接点を上手に管理していかなければいけないのだ、という主張です。90年代初めに、アメリカのドン・シュルツという人が主張した「IMC(Integrated Marketing Communicaton)」という考え方の延長線上にあるものです。
 ただし10年前と違うのは、シュルツは「効率」というコンセプトで、どの接点をとっても同じようにコミュニケーションが伝達されることを重視しましたが、現在の顧客接点論では、各接点固有の役割や組み合わせを重視します。例えば古いIMCの発想では、有名タレントを起用したりして、CMでも新聞広告でも店頭でも同じ「顔」が見えることが重要とされていたのに対し、今はCMの役割、新聞広告の役割、店頭の役割をそれぞれ考えて最適な管理をすることが推奨されます。その結果として、別々のメッセージが送られ、顧客からの見え方が異なることもありますよ、と考えるのです。

 さてこの本、要はそういうことをまとめた本です。この本では、特に購買プロセスに沿った顧客接点の役割という視点を持っていて、購買前・購買時・購買後の顧客接点は何で、ブランド評価を高めるためにどんな課題があるのか、ということを整理しています。
 例えば、購買前であればブランドの認知を高めたり、イメージを形成することが重要で、広告やプロモーション、WEBサイトの情報などが効果的である。購買時には、売上げを最大化するためにパッケージや品揃え・ディスプレイ、店員など説明が大切である。さらに、購買後は満足を高めるために商品そのもののパフォーマンスやアフターサービスが重要などという主張です。あるいは接点として「社員」の重要性も語っています。実際にその会社で働いている人の印象で、その会社やブランドへの好悪が決定される場合ってありますものね。
 もっともこの本の著者はアメリカプロフェット社(あのアーカーが顧問をしているブランドコンサルです)の人なので、顧客接点の話を中心に据えながらも、もっとブランドをどう築いていくのか、という全体的なプロセスを説明する内容になっています。
 今の「顧客接点」ブームの先駆け的な本であり、大手の代理店はこの本で示されているようなフレームを実際に提案活動で使っているようなので、読んでおいて損はないと思います。

 ところで、これは元はアメリカで出版された本です。原書名は、“BUILDING THE BRAND-DRIVEN BUSINESS -Oprationalize Your Brand to Drive Profitable Growth”です。訳書名の「コンタクト・ポイント」の「コ」の字も出てきません。全く違う題名になって翻訳されているわけです。なぜでしょうか? もっと言うと、この本の文中には「顧客接点」を指し示す英語として、“Touchpoint(タッチポイント)”という言葉が使われているそうです。しかし日本語訳では「コンタクト・ポイント」が使われています。訳語を当てているわけではなく、わざわざ読み替えているわけです。なぜでしょうか? 

ちなみにプロフェットでは、顧客接点を「タッチポイント」(touchpoint)と呼んでおり、原著でもこの語が使われているが、訳出に当たり、より人口に膾炙する同義の「コンタクト・ポイント」を採用することとしたことを念のため書き添える。(p241訳者あとがき)

ウソ! 英語では標準的な言葉遣いではタッチポイントであり、「より人口に膾炙する」なんて誰が決めたのでしょうか? 原著の用語を採用せず、特殊な言葉を当てるのは、日本の読者に対して大きな問題では?

 なぞのヒントは翻訳者にあります。この本の翻訳者は電通ブランド・クリエーションセンター(今はない組織です)。「コンタクト・ポイント」は電通の登録商標で、「タッチポイント」は博報堂の登録商標です...。翻訳者の電通が「コンタクト・ポイント」を使った理由が推察できると思います。企業活動上の要因とでも言うべきものでしょうか。日本の広告関係の書籍では実はしばしばこういうこと、つまりもともとの言葉や概念がある特定の利害関係の下で、変えられて日本に紹介されるというがあります。読者は注意が必要です。
 しかし、こんな簡単な言葉を商標登録してしまう電通も博報堂もどうかしています。ちなみに、アサツーディ・ケイでは「体験ポイント」、東急エージェンシーでは「リレーションポイント」という言葉を使っているようです...。

 余談ですが、もし代理店以外の会社(広告主さんなど)で、「顧客接点」のことを上記のどれかで言い換えて使っているところがあったら、それはその言葉を登録商標としている代理店の影響下にある広告主さんだと考えて間違いありません。

☆スコットM.デイビス、マイケル・ダン著、電通ブランドクリエーションセンター訳「ブランド価値を高める コンタクト・ポイント戦略」(2004年)ダイヤモンド社

ブランド価値を高める コンタクト・ポイント戦略

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