広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

カテゴリ: ブランド系

 アーカーといえば、ブランドブームの生みの親です。彼の「ブランド・エクイティ戦略」(1994年)、続く「ブランド優位の戦略」(1997年)による、「ブランドエクイティ」の概念、ブランドの3つのベネフィット――「機能的ベネフィット」「情緒的ベネフィット」「自己表現的ベネフィット」の概念、「ブランドアイデンティティ」の概念などは非常に衝撃的で、私たちを新しい知見と多少の迷いの森へと誘ってくれたくれたわけでした。3冊目の「ブランド・リーダーシップ」(2000年)は前2冊ほどは注目されなかったように記憶してますが、私は結構好きで、広告以外のコミュニケーションファクターをうまく使ってブランドを構築した例などがいろいろ紹介されていました。

 ブランドブームの沈静化と共に、アーカーはもはや過去の人になったかのように言われてますが、多少ブランドをかじった人ならあまり専門的に勉強していなくてもこの人の名前くらいは知っているはずの人であり、コミュニケーションビジネスにおけるこれまでの貢献の大きさでいえば、まさに巨人なのであります。

 そのアーカーのブランド論の4冊目です。こんどは「ブランド・ポートフォリオ」に焦点を当ててきました。「ブランド・ポートフォリオ」とは、企業内の複数ブランドの関係性をどう規定すべきか、ということについての問題です。例えば、企業ブランドと個別ブランドとの関係性、ファミリーブランドや技術ブランドといわれる、中間的なブランドの位置づけ方、ブランドエクステンション(拡張)の問題、M&Aなども含めたブランドの統廃合の問題などです。一般には「ブランド体系(アーキテクチャー)」という言い方の方が馴染みがある人が多いのではと思います。しかしアーカー自身、前作まではこの概念を「ブランドアーキテクチャー」と呼んでいたにも関わらず、この著作の中で、それが誤解を招きやすい悪い言い方だったとして撤回し、「ブランド・ポートフォリオ」という言葉を使う旨を表明しています。
 ここでも著作に従い、ブランドポートフォリオという言葉を使います。

 さて、広告代理店がクライアントさんからブランドコンサル的な依頼を受ける場合、ブランド開発などの課題もありますが、結構多いのが、実はこの「ブランド・ポートフォリオ」に関わる相談です。ブランド間の関係や、ブランドがカバーできる領域の問題などは、扱いが複雑に感じられ、なおかつ変にいじくると影響も大きいので、クライアントも専門家に頼りたくなるのでしょう。ところが、関心の高いテーマであるにも関わらず難易度の高さのためか、このテーマに関して総括的に取り上げ深く掘り下げた論考はこれまで日本にはありませんでした。そんな状態でしたから、われわれ(もとい、私は)はクライアントの依頼に対して、断片的な情報の寄せ集めと経験的なカンとでその場をしのいでいたような状態でした。
 それだけにアーカーのこの著作はわれわれの業務にとって大いに価値あるものだと思うし、こうした著作を世に問うアーカーに対しては、決して過去の人とは思えない、変わらぬ存在感を感じてもしまいます。

 本書がどんな内容を網羅しているのか、つまりどんな課題に直面した時に役立ちそうか、ということについては、「まえがき」にまとまっています。例えば
・ブランド拡張による製品市場の拡大戦略
・ブランドの垂直方向、低価格品や高級品への参入
・ブランドがカバーする製品の流行り廃りのなかで「らしさ」を維持する方法
・自社内の複数ブランドの活性化、差別化
・ブランド提携
・企業ブランドの活用
・M&Aなど事業再構築にともなうブランドマネジメント
などの課題です。

 とはいえ、肝心のその内容に関しては...評価は難しいですねぇ(爆)。持ちあげておいてなんなんですが、これもアーカー流で、上記のような各々のテーマについては、必要な要素が大変きちんと整理されています。だから例えば、本の中身を実務を進めていく上での留意点として使えば間違いを犯す可能性がグッと減るような気がしますし、そう活用していけばいいと思います。しかし全体を通して読むと、似たような概念や言葉があちこち出てきたり、執筆当時は成功していたかも知れないが今はちょっと、というようなブランドを持ち上げていたり(例えば「ソニー」を礼賛していたり。そういえば2冊目「ブランド優位の戦略」の中で褒めちぎっていたGM「サターン」も今はフツーのブランドになってしまいました)しています。読んでいるうち、言っていることがわからなくなったり、本当かぁ〜と突っ込みたくなることが少なくないのですよね。
 発想力の優れた天才、ではなくて、多くの情報を整理分類することに長けた官僚的秀才が書いた本、とでも例えられそうに思います。

 ちょっと思ったのですが、ブランドというのは本来人間の「記憶」がベースになっているから、ブランド論を語る際には、認知心理学とか大脳生理学とかの学問的バックボーンがないと話が表層的になってしまうような気がするのですよね。アーカーは企業活動上の「ブランド」の話に終始していますから、こうした部分が決定的に欠けているように思います。その点アーカーと並び称されるケラー(*注)は「顧客視点のブランド論」というのを心理学の知見をバックに展開しており、こちらの方がずっと議論の深みは感じます。
*(注)代表著作:「戦略的ブランド・マネジメント」(2000年)など

 アーカーには、偉大な面とこうした薄っぺらい面との両方が見えてしまうので、多少毀誉褒貶的に語られるところがあるのかも知れません。

 でも、人としてはいい人みたいですよ。相撲が好きで、日本に来て講演した時に、講演の前にアメリカ人がよくやる「アメリカンジョーク」を相撲ネタでやったことがあったそうです。それがいかにも考え抜いて準備しました、という感じの話で、おまけに全然面白くなかったそうです。
 そんな話を聞くと、人間臭くて好感が持てますよね。

☆デービッド・A・アーカー著、阿久津聡訳「ブランド・ポートフォリオ戦略」(2005年)、ダイヤモンド社
 ブランド・ポートフォリオ戦略

 この本、昔流行った「ウルトラマン研究序説」を連想させるような妙なタイトルですが、れっきとしたマーケティング本です(だと思います)。
 ブランドのネーミング、それもその音のリズムが生み出す印象の質(「クオリア」と本書では言っています)をテーマにしたユニークな本です。

 「音の響きのもたらす印象」といっても曖昧模糊として、それをマーケティングの中に持ち込むのは抵抗を感じる人が多いかも知れません。それはそうかも知れないのですが、一方で言語というものが、人間の「口」という器官を用いることで成立つ、生理的な営みである以上、感覚的に感じる強弱の印象や快・不快があると仮定してもおかしくなないと思うのです。

 例えば子音M音について、こんな記述がされています。

「私の赤ん坊が最初の発声した有声子音はMだった。(中略)空腹の彼は、何時間ぶりかに乳房を見て興奮し、ふがふが鼻を鳴らしながら吸い付こうとする。(中略)乳首から外れた瞬間、彼の口から漏れる音は、立派なMなのであった。(中略)赤ん坊にとってM音は、口いっぱいの乳首や、掌いっぱいの乳房、お腹に満ちていく甘い乳と共に存在している。Mは赤ん坊のまっさらな脳に、満ち足りた、充足感の音として刷り込まれているのである。ママ、マム、マミー、マーマー、オンマ……世界中の多くの幼児がM音で母を呼ぶ。幼児のM音獲得シーンを見ていたら、それが当然のことであるのがよくわかる」(p19-20)

 実は私は以前から、なぜ地球的に母親をMAを使った音で呼ぶのか不思議に思っていたのですが、これを読んで謎が解けた気がしました(ちなみに父親をPAを使った音で発音する場合が多いことについても触れています)。そしてこのように、M音は満ち足りた母性を感じさせる音であり、例えば「聖母マリア」も、MAで始まる音だからこそ2千年もの長い間「聖母」として支持され続けたのだろうとも主張しています。また、

「B音は、閉じた唇から溜めた息を放出させ、両唇を震わせて出す音である。発音直前の溜めた息が唇を膨らますので、私たちの脳には、まず、膨張の印象が強くもたらされる。「膨張」のボウは、まさに膨張のイメージとシンクロする音だ。Bに続く二重母音ouが、膨張した息の膨張感を逃さないのである。これに対し、Bに続くのがaだと、次に来る息の放出の方が強く印象に残ることになる。膨張の次に来る放出は、私たちの脳に力強さ、すなわちパワーや迫力を感じさせる」(p78)

 こんな具合に子音・母音の発声上の特徴を分析しながら、印象として受けるイメージをバサバサと論じていっています。(バサバサという音にはパワーを感じますよね?)
 面白いところでは、女性の名前についてのこんな分析もあります。「イホコ」という名前を基に、最初の母音(イ)に付く子音を変化させてみます。

 イホコ(I)・・・人懐っこく、のほほんとした感じ(著者の名前)
 シホコ(SH+I)・・・しっとりとして、華奢な感じ。
 ミホコ(M+I)・・・女らしいが現実感のある感じ。
 チホコ(CH+I)・・・華があり、ちゃっかりした感じ。
 リホコ(R+I)・・・知性的、クールビューティーな感じ。

 違った子音を足しただけで、確かに名前の印象が変わります。

 中には、そうかな?と思えるものがないわけではないのですが、音(発声特徴)に基づき形成される特定のイメージというのは確かにあるような気がします。少なくともその視点を提供してくれる、という意味で、この本は一読の価値があります。

 もっとも、この本ではブランドのネーミングを分析するツールとして、要素分解をして数値化したりレーダーチャートで表現するようなものも紹介しています。しかし、こちらの方は、正直言ってしっくりとは来ませんでした。
 何でも分析して数値化すればいい、というわけではないですよね。

☆黒川伊保子「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」(2004年)新潮選書

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか

 今年もカンヌ国際広告祭が終わりました。Film部門では、イギリスホンダの"GRRR"という作品がグランプリを獲ったようです。ディーゼルエンジンの広告ですが、このインド風(?)の色彩感覚と、独特のメロディーは印象に残ります。
 最近のグランプリは去年のPS2とか、ナイキのやつとか、あまりにも比喩が行き過ぎていて、広告の仕事をしていてもクリエーターでない私は、何が良いのやら理解に苦しむところがありました(こういうのはなかなか周りに素直に言えないんですよね。必死に良さの理由を自分なりに考えてました)。その意味では今年のクランプリは商品説明がストレートで、広告の原点に戻ったようでした。好感を持ちました。

 ところで、仕事でお客さんと話をするときも、社内で他のセクションのメンバーと話をするときも、カンヌの話題のような「基礎教養」は不可欠です。よくアンテナ張ってるな、と思われ一目置かれます(たぶん)。
 ブランドについての有名な失敗談も、恐らく「基礎教養」の一つでしょう。今日紹介する本はアメリカの本ですが、そうした知っていて決して損はしない有名な失敗談を、すごーく古いのを含めていろいろ集めています。

 有名なところでは、「ニューコーク」の失敗でしょうか? 私はこの失敗談をリアルタイムで見ていたので印象深いのですが、もう本の中の話としてしか知らない人も多いことでしょう。
 1985年4月、競合のペプシに追い上げられていたコークは、大規模な消費者調査の結果、今の味よりやや甘めの味の方が高い支持を受けるとの結論に達し、オリジナルのコークを販売停止にして、新製法の「ニューコーク」に全面的に切り替えると発表しました。すると、、、

コカコーラの本当の問題は、自分のブランド力を過小評価していたことによる。オリジナルのコカ・コーラの販売停止が発表されたとたん、多くの米国人が新商品をボイコットした。オリジナルがもはや手に入らないことに消費者は怒り狂ったのだ。ニューコークの売上げも伸び悩んだ。(p18)

 結局わずか3カ月で決定を覆し、オリジナルのコカ・コーラを復活しました(Classic Cokeという名前になってしまいましたが)。

 この事件は、ブランドが商品の名前以上であるということをはっきりとわれわれに見せ付けた事件で、その後のブランドブームの一つの背景になったともいえるでしょう。
 このほかにもゼロックスのコンピューターや「.com」企業の失敗例などいろいろ載っています。全部読むと、何をしてはいけないか、ということがなんとなく感じられるようになるはずです。

 日本でもありましたね。有名なところでは「雪印事件」(2000年)。ブランドがいかに脆いのかということを私たちに知らしめさせた事件でありました。ニューコークの話に似た「キリンラガーの生化」(1996年)という戦略も、いまだに当否が問われる戦略変更だったと思います。

 こうしたことをたくさん知っていると、プレゼンの質疑応答のときなど箔が出ていいですよ。

☆マット・ヘイグ著、田中洋・森口美由紀訳『あのブランドの失敗に学べ!』(2005年)ダイヤモンド社

あのブランドの失敗に学べ!

思い起こせば、90年代後半から始まった空前のブランドブームも最近は下火になりました。あれは「ブランドバブル」だったのかも知れません。当時はブランドに関するさまざまな本が出版され、さまざまな意見が出されました。そして「ブランド」こそすべてであり、「ブランド」を何とかすれば、すべてが解決すると考えていた人も少なくなかったと思います。
実際そういう姿勢のクライアントさんは少なくなかったですし、セミナーなどでは、そういうことを高らかに宣言する人も少なくなかったと思います。

しかし、派手にブランディングをした会社(例えば、Inspire the Nextの某電機メーカー)や最強のブランドを保有していると言われた会社(例えば最近トップが外国人になったAVが本業のメーカー)が、その後業績が???になったりして、ブランドを良くしようとすることは会社の業績をよくすることとイコールではなさそうだし、現在強いブランドを持っていることが、将来の業績を保証するわけでもなさそうだ、ということがわかってきました。ブランドが魔法の杖でないことにようやくみんなが気づいてきたわけです。

「8カ月の時間と膨大なエネルギーをブランド戦略に費やして、変わったのはロゴとタグラインだけたった」投資サービス会社CEO(p28)

「コンサルタントを雇って基本ブランド戦略を策定したが、広告代理店はわが社の能力以上のことをブランド・プロミスにして広告キャンペーンを行った。その結果、顧客は失望し、社内ではコンフリクト(衝突)が生じ、ブランドへの信用は失われてしまった」公益事業会社CEO(p29)

これはアメリカの話なのですが、日本でも頭良さそうなブランドコンサルや広告代理店に騙されて(結果的に)、ずいぶんお金とエネルギーを使ってしまった会社は、少なからずあったと思います。

ところで、この本の面白いところは、こうした「ブランドバブル」の問題点を認識して、どうもそこから出発しているというところです。

「60分であなたもブランド戦略家」のタイトル通り、さっと読める本ではあります。しかし、「ブランドとは何か?」「ブランド構築はどう進めればいいのか」などという、やっぱり大切なベーシックなことについて、それなりにきちんと書いてあります。さっと読める本にしては、「ブランド」について悩み抜いた人が、「そーなんだよねー」と言えるような、かなり哲学的な情報が満載です。

ところが、「ブランドバブル」の洗礼を受けておらず、これからブランドに学びたい、という人にはかえって難しいかもしれません。文中ではさまざまな先哲(?)たちの「ブランド」に対する言葉が数多く引用されていますが、いやぁ、いろいろな人が本当にいろいろなことを言っています。世の中における、ブランドのわかりにくさをそのまま写し取っているようなところがあります。それらを理解するのは困難だと思います。

きっと、著者がブランドに悩みすぎているからでしょう。
「ブランドの迷いの森にようこそ!」。私たちをそんな風に誘う一冊のように思えました。

☆イドリス・ムーティ著、青木幸弘訳「60分であなたもブランド戦略家」(2005年)宣伝会議


60分であなたもブランド戦略家

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