広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

カテゴリ: ブランド系

 ブランド論が隆盛になっていたのは、90年代中ごろから2003〜04年頃まででしょうか。当時は企画書の中で「アーカー」と言う言葉が普通に使われ、打ち合わせでは二言目には「ブランドが、、、」「ブランドが、、、」と言われる始末でした。。
 しかし現在、クロスメディア論などに注目が集まる中で、ブランドについて語られることがめっきり減りました。決してブランドの重要性が薄れたわけではないと思うのですが、もう当たり前のことになって、語ることがなくなってしまったのでしょうか? ブランド論の隆盛期に多くの仕事を覚えた私としては、世の中の移ろいに一抹の寂しさを感じずにはいられません。
 
 そうした中で「ブランド論」についての久々の新刊。それもブランド論が隆盛だった時に大きな注目を集めていた(そして今、ブランド論と同じようにあまり人々の話題に上らなくなった)「ブランドコンサル会社」の一つである博報堂ブランドコンサルからの出版ということで、思わず手にとりました。

 読み終えた感想は一言で言うと、「ブランド論は熟成していたのだなぁ」ということでした。

 みんながクロスメディアだ、WEB広告だと言っている一方で、「ブランドをどう考え、顧客(広告主)にどう説明すべきか」ということを、実務を通じて考え抜いている人たちがいて(要するに著者たちです)、その熟成した思考が結実してきた、というような印象を受けたのです。

 本論は「サービスブランド」という、無形の価値を消費者に提供するタイプのブランド(店舗、WEBサービス、旅行会社、会員制クラブなど)について論じられているものです。しかし、サービスブランドだけでなく、すべてタイプのブランドについて当てはまるような論考が、特に前半の部分でなされています。
 特に私はその前半部分が印象に残りました。
 サービスブランドに関心がない人でも、ブランド論の隆盛期から少し時間が経過した今日の、ブランドについての熟成した論考を味わうことができると思います。

 例えば次のような指摘は、とてもシンプルで本質を捉えた言い方だと思います。

 「サービスに限らずブランディングで重要なのは、企業と顧客との関係性である。商標としてのブランドは企業が保有する資産だが、ブランドをつくるのは、顧客の期待や連想である。つまり、ブランドとは、企業と顧客が一緒につくっていくものである。企業が顧客に提供する価値を明確にし、顧客の期待に応え続けることで出来上がる、企業と顧客との長期的に揺るぎない精神的な関係(絆)こそが、ブランディングの最終目標である。そのためには、企業が顧客にどう思われたいか、ブランドを通じてどのような価値を提供するか自己規定する必要がある。」(p22)

 ブランドが企業と顧客との協創物であるという指摘は昔からあるものですが、私が注目したいのは「期待」という概念を取り入れてブランドを語っている点です。数年前までのブランド論では「期待」という概念が明示的に論じられることはあまりなかったと思います。しかし「期待」があって、「実体験」があってブランドに対する評価(態度)が決まってくると言う考え方は、最近のクロスメディアの議論においてよく語られる「メディアの役割論」の文脈(期待を形成するメディアと実体験を提供するメディアは異なる云々)で読み解くととても腑に落ちる考え方です。こうした論は、ひょっとするとクロスメディアの議論の影響を受けて整理された点なのかなと思いました。そういった意味で面白いと思ったのです。

 続けて、次のようにブランディングの本質をさらっと話したりしています。

 「また、ブランドが提供する価値を自己規定するためには、求められること(期待)、できること(能力)、やりたいこと(意志)の三つの視点が必要不可欠である。」(p23)

 さらに「期待」に関してもう一つ面白い指摘がありました。期待を作っていくのが、広告コミュニケーションということになるわけですが、

 「一般的に、顧客の満足は顧客が抱く購買前の期待と購買後の評価との関係によってもたらされる。しかしただ単に、期待を上回れば高い満足度が得られるかというとそうでもない。注意しなけらばならないのは、購買前の期待の持たれ方により、購買後の評価が大きく変わってしまうという点だ。
 そもそも期待がそれほど高くないものは、買ってみていいと思っても、まあこんなものかという評価になってしまう。サービスにそれほど自信がないため強い約束をしなかった場合によく起きる。この場合せっかくよい商品やサービスを提供しても、あまり高い評価を得られず、結局企業にとって損な対応となってしまう。(中略)一番いいのは、サービスとして約束すること明確にし、少し高めの購買前期待を持ってもらうことである。不満を恐れて、何も言わずとにかく期待度を上げないようにするのは結局そんなのだ。」(p25)


 引用が長くて分かりづらいかも知れませんが、筆者がいいたいのはこういうことです。つまり、事前に広告コミュニケーションで期待を膨らませておいてから「実体験」させた方が、期待が低いまま「実体験」するよりも満足が高まりやすい、という指摘です。これは例えば、クルマなどで「加速が良いのに燃費も良い」などと期待を抱かせていた方が、実際に体験したときに、「ああその通りだ、満足した」という満足につながり、何も知らないで「こんなクルマなんだ」と思うよりも、ブランドと顧客との心理的絆(エンゲージメント)が作りやすい、ということだと思います。

 さらに、この議論を突き詰めると、「広告は十分やった方がいい」という議論にもつながります。そうなれば、提案する会社(博報堂ブランドコンサル)にとっては、非常に都合がいい話となります。そこまで落とし込める論理的な議論を構築させているのは、すごいことだと思います(決して皮肉ではなくて)。

 他にも後半には、サービスブランドのタイプを「店舗型か無店舗か」「契約型か非契約型か」で分類し、それぞれのケーススタディを示しながらブランディングのあり方を説明しています。ここもそれぞれに該当するタイプのサービスブランドを持つ人にとっては大変参考になると思います。

 しかし、著者である博報堂ブランドコンサルティングですが、聞く所によると、ブランド論に対する追い風が収まった中でも、さまざまな経営努力によってそれを乗り切り、現在は堅調な経営が続いているとのことです。

 それもまたすごいことです。


☆博報堂ブランドコンサルティング「サービスブランディング」(2008年)ダイヤモンド社

サービスブランディング―「おもてなし」を仕組みに変える

 2012年にロンドンで開かれるオリンピックのロゴが6月4日発表されましたが、これが開催地イギリスで物議をかもしているようです。

2012olympiclogo CNNの記事によると、「発表直後から『みにくい』『金の無駄だ』といった批判が噴出。インターネットでは、取り消しを求める署名が1万7000人分以上集まった。」そうです。

 ちょっと何かねぇ〜、という感じを私も受けてしまいました。しかし、17000人の取り消しを求める署名というのも尋常ではないですね。せっかくパリと争って勝ち取った開催地の名誉が、こんな形で表現されるのかーと思っていたたまれなくなった(笑)人が多いのかも知れません。

 ロンドンのオリンピック委員会の言い分では、「『柔軟性があり、今後5年間で進化していく』と説明。『「すべての人の趣味に合うものにはならない。しかし、若者にもアピールできる非常に有効なブランドになると信じている』」(上記CNNの記事より)と話しているようです。

 若者狙い、ということですかね。
 
 しかし大企業の「若者狙い」で企画された商品などは、得てして若者自身も支持できないほどにぶっとんでしまうことがあります。そんな感じに近いのかも知れません。

 これをデザインしたのは 「Wolff Olins(ウルフ・オリンズ)」というロンドンの著名なブランドコンサル会社で、2004年のアテネオリンピックのシンボルマークなどもデザインしています。日本では博報堂と提携関係にあり、「東京メトロ」のロゴマークを開発したりしています。

 もっともよく見ると、5大陸を象徴しているようですし「2012」をモチーフにしたデザインであることもわかります。こうしたものは、最初は戸惑いますが慣れると意外に抵抗なくなってしまうかも知れません。...でもやっぱりごちゃごちゃしてますね(笑)

 さらにこのロゴマークについては、今後5年間にわたってWebサイトやTシャツ、マグカップなどの関連グッズに使用されるそうです。オリンピック委員会では、「覚えやすいようにデザインされたこのロゴを利用して、運営資金20億ポンド(約4850億円)の確保につなげたい」(時事の記事より)との考えのようです。

 なるほど、オリンピックにはお金もかかりますからね。このロゴは、このロゴをつけることによって「安っちいマグカップを高価で価値あるマグカップに変える魔法の力(笑)」も期待されているわけです。そうするとやはり一般市民やそれだけでなく、オリンピックスポンサーにも愛されなければなりませんね。

 ところが、このロゴマークに不満を持つそのロンドンっ子の一般市民の中には、こんな印象を持つ人もいるようです。 

「最初の印象は、これはキュビズムの絵で、右側に女性がひざまずいている(五輪マークのところが女性の頭部)、それで、左側に立つLondonというシャツを着た男性に対して、とてもエロいことをしている様子を描いていると思った。」
(ブログ「A Legal Alien - City lawyerの英国便り」さんより)

 ははは、ちょっとお下品ですが。でもこんな見方があることが広がったら、ロンドンオリンピック委員会の集金目標4850億円は、茨の道になるでしょうね〜。こういう面白い話は、すぐクチコミで広がりますからね〜。スポンサーも自分の会社のロゴの横に「エロいことをしている様子」のマークか...と思ったら(という風に見えてしまったら)、いやな感じでしょうね。
 
 こういうものを開発する際には、単なるロゴの好みのレベルでなく、ビジネスとして機能するかどうかというレベル(“マグカップへの魔法の力”の強弱)でも考える必要がありそうだということを、改めて考えされられました。


 「共感ブランディング」と題されたこの本は、博報堂DYメディアパートナーズの方が書いています。この会社、あまり馴染みがないかも知れませんが、2003年、博報堂・大広・読売広告社の3社が経営統合した際に、3社のメディア部門が分離・統合されてできた会社です。メディアのプランニング、バイイングが主な仕事ですが、最近は映画コンテンツへの投資など、コンテンツビジネスへの注力が注目されます。過去「電車男」や「世界の中心で愛を叫ぶ」などを手がけましたね。

 著者の鷲尾和彦氏は、そのシンクタンク部門(死語かな?)と言っていいのでしょうか、「メディア環境研究所」に所属しているそうです。

 そういう立場の方だからでしょうか、この本の「はじめに」や第1章でしてきされている今日にメディア環境に対する洞察は、非常に優れたものがあると思います。以下の指摘は、マーケティングコミュニケーションの領域に携わる人にとってはとても参考になると思うので少し引用します。

 例えば、こんな指摘

 「インターネット環境が普及した現在では、顧客は自ら必要とする情報を探し出し、手に入れ、比較・検討して実際の消費行動を決定することはもちろん、自身の意見や感想をウェブ上に発信することで、商品の評判を左右するまでになっています。
 もはや企業側に『情報』の優位性は存在しない時代なのです。
 企業が情報発信力を独占することによって、顧客を『囲い込む』とか、顧客に『刷り込み』を行うといった発想は、まったく通用しなくなりました。」(p3-4)
 太字は著者

 企業側の情報の優位性を前提とした「マスメディア」の売買を最大の収益源とする会社の社員がここまで言い切るのはどうかと、読む方が心配になってしまうほどですが、切れ味のよさはさらに続きます。

 「情報のやりとりのみによって、合理的、理性的に商品サービスを比較・検討してもらう、いわば『損得勘定だけで判断される顧客との関係』は、もはや過去のものになりました。今後は企業の存在そのものの魅力で人を惹きつけ、その魅力が放つ磁力に『共感』を覚えてもらうことで、顧客の心を巻き込んでいくようなメッセージを発信していく発想が重要になります。」(p5) 太字は著者

 私もこの見解には賛成です。特に「企業存在そのものの魅力」という視点はこれから大事ですね。だから企業の環境への配慮や、CSR活動などの実践もこれからはますます重要になるでしょう。逆に、不祥事などへのまずい対応は企業自体を葬りかねません(最近の不二家事件のように)。

 そのために彼は「共感(ブランディング)」というコンセプトを提示してます。

 「自分と商品とのつながり=『共感』を実感した瞬間こそが、モノが買われる瞬間」(p28)

 「企業の個性や精神性をはっきりと示し、顧客との間で共有され、ともに理解を深めていく=『共感』を深める回路があることが求められます。」(p30)

 「企業活動や商品サービスに込められた精神的、情緒的、感性的な価値をはっきりと感じ取ることができるように表現し、インターネットを介して顧客に受け渡すことで、最終的には顧客との間で同じ感覚を有する、そして情緒的・感情的な絆をつくるために活かしていく――インターネットを活用した新たな『共感ブランディング』がこれからの企業のマーケティング活動における基本になっていくと考えます。」(p31)


 なるほど、ふむふむ。これからの企業と消費者との関係においては「感覚の共有」こそが大きな課題だということですね。続けて、

 「『ポッドキャスティング』は、その際の最も重要な手段の一つになるはずです。」(p31) 太字は私

 エッ。「共感」作りのための最も重要な手段が「ポッドキャスティング??」。あのiTuneのですか。。。
 そうかな〜。ちょっと唐突ではないですかね。大切かも知れないですが、企業ブログなり、コミュニティサイト開発なり、既に行われている手段もあるし、最も重要な手段というのは踏み込みすぎではないですか???

 と突っ込みたくなりますが、実はこの本はこの後ずーっと最後まで、ポットキャスティングの話をしています。ポッドキャスティングのビジネス活用の入門書としてはいいと思うし、活用事例をたくさんあるので参考になります。

 しかし本のタイトルは「共感ブランディング」であって、「ポッドキャスティングのビジネス活用」ではなかったですよね(あ、副題はそうなっているか。。。)。それにしても、「共感ブランディング」というタイトルをつける以上、それを達成するための手段を紹介するならば、本の内容は「ポッドキャスティング」だけに焦点を当てるものには普通ならないと思うのですが。。。

 導入部の論旨が秀逸だっただけに、ちょっともったいない感じ。
 共感ブランディングを達成するための手段としてこんなのがあるよ、という全体像に関する新たな著作を期待したいと思います。現状では、タイトルと中身がバランス取れていない感じだし、企画書の良くない例である「『前段』は光ってたけど『具体』がちょっとなぁ、、、」と言われかねないケースになっているような気がします。

☆鷲尾和彦「共感ブランディング」(2007年)講談社

 共感ブランディング 顧客の心を巻き込むポッドキャスティング徹底活用術

 広告業界に就職する前、まだ学生の頃私は「広告代理店」というものは「世の中に『ブーム』を仕掛け、それを裏で操る黒幕」というイメージがありました。ちょうど糸井重里や川崎徹などをはじめとしたクリエイターが活躍していた時代でした(注:2人は著名なコピーライターとCMディレクターです)。バブル景気で沸く世の中を裏で演出する―「広告代理店」というものに対してそんな一種の神秘性を感じていました。
 就職して内部の人間になると、すぐそんなことは幻想だと気づきました。仕事は地味でしたし、ブームを作るなんていうことより、明日提案する企画書を何とか仕上げる、というようなことの方がずっと大ごとでした。
 しかし、自分の手でブームを仕掛け世の中を動かしたい、というのはこの業界で働く人が共通して持つ「夢」ではないでしょうか。クライアントあっての広告会社ですから、クライアントとの良き出会いがなければ、なかなかそれができないし、出会いがあったとしてもその方法がわからないというのが実情だと思います。

 今回紹介する本は、その「ブーム」を生み出す道筋を大胆にも提示した本です。いや、著者はそれを説明したくてこの本を著したのではないのかもしれませんが、私はそう思いましたし、そこに一番のユニークさを感じました。

 最初にこの本を見たときには、何だ?と思いました。本の題が「ブランド・ハイジャック」、副題が「マーケティングしないマーケティング」となっています(原題同じ)。大体、今時("9.11"以降)本のタイトルとして「ハイジャック」という言葉をセンセーショナルに使うこと自体見識を疑いましたし、「マーケティングしないマーケティング」というのも、最近ありきたりのポストモダンマーケティング論の一種かな、と感じてしまいました。
 それでも読んだのは単に新刊だったからですが、よい意味で期待が裏切られました。著者は現状のマーケティングの課題などをよく考えているし、ブランドのカルトなファンを作るためにカルト教団に学ぶなど、視野も広めです。それでいて実務的な内容であり、少なくとも私はこれから仕事をする上で考えさせられることが大でした。

 どんな内容かというと――この本、内容もさることながら、最後にある「訳者あとがき」がとてもよく、本書の言いたいことが簡潔に要約してあるので、まずこれを読んでから本文を読み始めたほうが理解が早いと思います。そこから引用します。

 「この副題はちょっと誤解をまねくもので、原著者も本書の冒頭で明らかにしている通り、ハイジャック・ブランドづくりは、『マーケティングなきマーケティング』では毛頭なく、むしろ緻密な計画に基づいたもの。思い切って市場や消費者の手にブランドを委ねてしまい、成り行きに応じて計画をどんどん変えていく柔軟性を持ち、しかし頃合を見計らって、従来のマス・マーケティングに切り替えて大型ブランドに育て上げていく、という新しい手法です。ちょっと不安に思えるかもしれませんが、今日の人気急上昇ブランドの多くが従来のマーケティングの常識に当てはまらないことを考えると、たしかに卓見かもしれません。」(p340)
 「(中略)先行した草の根マーケティング、ゲリラ・マーケティングとはまったく違うものです。」(p342)


 そうなんです。確かに著者の主張は新しい提案であり、卓見だと思うのです。

 著者の主張をまとめると次のようになると思います。

 ・現代の成功ブランドは正統的マーケティング手法ではなく、絡め手から攻めて来たものが多い。
 ・マーケティングを見透かして単純に受け入れないような、現代の市場にどうやってマーケティングするかが課題だ。
 ・ブランディングの主導権は消費者に移っており、情熱的な無数の人々が大ヒットを後押ししている。この現象を「ブランド・ハイジャック」と呼ぶ。
 ・これらの消費者は、企業のマーケティングのためにタダ働きするのではない。ある種のブランドビジョンに共感し、それにもっと深く関わりたいから自主的に行動すし、それがブランドを成功に導くのだ。


 そしてブランドが共感する消費者により「ハイジャック」され最終的に大ブームになっていく、というストーリーをたどるようにするための戦略的な道筋を、さまざまな事例――レッドブル(欧米の健康ドリンク)、ブレア・ウィッチ・プロジェクト(映画)、パーム、iPodなどの事例を紹介しつつ論じています。
 さらに筆者は、こうした手法は予算の少ない中小企業が予算が少ないことを逆手に取って行うゲリラマーケティング的なものではなく、大企業・大ブランドも応用できるものであるとも主張しています。

 今日本でも注目されている「バズマーケティング」に対しても、こんな意見です。正論だと思います。

 「バズについてはさんざん語られているが、これはマーケティングの中で最も誤解されている概念だ。たいていのマーケターは、バズを戦術やツールの一つとしか考えていない。しかしバズとは何らかの結果であり、方法ではない。」(p274)

 また、著者はブランドが大ヒット化するためには、初期の段階で適切なイノベーターやアーリー・アドプターに受容・共感されることが重要であると説いているのですが、それに失敗した事例として面白い例を紹介しているので紹介します。

 「ベータマックスを覚えているだろうか? これはVHSよりずっと優れた技術だった。だがVHSが標準になったのは、いまや伝説になっているように、アーリー市場としてのポルノ産業を理解していたからだった。VHS陣営は、ほとんどあらゆるメディアにおいて、最初のコンテンツはたいていポルノであることを知っていたが、ソニーはこの点を見逃し、ポルノ業界にライセンスを開放しなかった。この判断がベータマックスの将来を封印した。初めてのセルビデオはアダルト映画だった。それはハリウッドより丸1年も早かった。70年代後半から80年代初頭にかけて、ビデオレンタルの5割以上がXレートものだった。この業界に権利を開放しなかったことで、ソニーは自分の脚を撃ち、アーリー層にVHSを買わせてしまったのだ。」(p270)

 ベータマックスに対してVHSがデファクトになった理由としては、いろいろ言われていると思うのでこれが決定的理由かどうか真相はわかりません。しかし、最初の段階で、普及のために適切な消費者グループを見方につけなくてはならない、ということが端的に分かる事例です。


 この本に書かれている通りにやったとしても、広告業界人の「夢」であった「ブームを生み出す」ことが容易に実現できるとは思いません。しかし、今日の市場・消費者環境の中で、それを生み出す方法論を曲がりなりにも整理したのは貴重ですし、実際のプランニングの現場にいる人ならば、きっと感じるものが何かあると思います。

 タイトルは一般向きですが、実務家が何かを感じる本だと思います。

☆アレックス・ウィッファース著、酒井泰介訳「ブランド・ハイジャック」(2005年)日経BP社
 
ブランド・ハイジャック~マーケティングしないマーケティング

 この本を読んでいてずっと感じていたのは、あまりいい言い方ではありませんが、雑な議論をしている、ということでした。

 本書を要約すると、ブランドが消費者と強い絆を作るうえでは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)をトータルに刺激するブランドコミュニケーション(広義の)が重要だ、という指摘です。本書のカバーもご丁寧に(笑)、触覚を刺激できるよう表面に凹凸ができています。

 「消費者の理性の働きをブロックして、直接感情に働きかけるブランドがもっとも威力を発揮することができるというのは、明白な事実です。そして、感情は感覚への刺激から生まれます。」(訳者まえがき鵝

 こうした指摘自体は正しいと思います。ブランディングはよく恋愛に例えられますが、人(ブランド)を好きになる時に、理性的判断より感覚的な反応が優先してしまうことに同意する人は多いと思います。ちょっとしたしぐさ、香水やコロンの香り、軽いボディタッチで恋に落ちてしまうことはあり得るでしょ?(みなさま!)。ブランドも同じです。
 逆に感覚的要素でそのブランドが嫌いになることもありえます。
 私は、以前住んでいた家の近くにあったあったコンビニの店内にいつも漂っているニオイがとても苦手でした(なぜかそのチェーンの店はどこでも同じニオイが漂っているような気がしました)。いまだに、そのコンビニチェーンは好きになれません。
 
 とはいえ、こうした「五感」に注目する指摘は、マーケティング上では決して新しいものではありません。過去繰り返し繰り返しなされてきたと思います。例えば、「エモーショナルブランディング」(マーク・ゴーべ、2002年)、「エスセティックスのマーケティング戦略」(シュミット、シモンソン、1998年)など。重要性はわかりますが、言い古されたテーマです。

 したがって、筆者が事例として取り上げているのも、ある意味発見の少ないものです。例えば、自動車メーカーがクルマの性能とは直接関係のない「音」にこだわっていることが五感を重視する例として紹介されていますが、よく知られていることです。ドアの閉まる音や排気音(エンジン音)を心地よいものにしようというのは、ドアの閉まるバタンという音や、クルマの排気音が何もしなければ非常に不快なものになってしまうことを考えれば、クルマの開発者でなくても当然考えることではないでしょうか。
 五感で感じさせようとするのは、マーケティングの4Pで言えば、Product、つまり製品・サービスに関する部分が大きいと思います。多くの開発者は、消費者に気持ちよく使って(食べて)もらうために、視覚(デザイン)はもちろんのこと、触覚的なもの、ニオイ、音、食品ならば当然味覚を配慮するものだと思います。
 ちなみに、先ほどの「排気音」については面白い話を聞いたことがあります。以前担当していたある自動車メーカーのスポーツカーについてですが、その開発担当者が言うには、そのクルマの排気音は「夜中コンビニの駐車場でアイドリングしたとき、周りの人を威嚇できる音」をイメージしてチューニングしたということでした。“ヤンキー仕様”ということですね。私は面食いましたが、同時にすごい目の付け所だと感心もしました。下品なようだけど、スポーツカーを欲しがる20代前半男性くらいのターゲット層の心理をうまくとらえているなぁと思ったからです。実際そのクルマはよく売れました。これは10年以上前の話ですが、こうした視点はもの作りに携わる人なら、多かれ少なかれ共有していた感覚だと思うのです。

 したがって、著者のように五感が大事という指摘だけでは、当たり前すぎて物足りません。仮に、上記「エスセティックスのマーケティング」(本は絶版のようです)などで展開されているような、デザイン的なものの優位性を主張する議論だったら、かえって焦点が絞れて有意義感を得たかもしれません。

 むしろ、五感が大事だとしても実際に考えれば本当に難しいのは、具体的に自分の担当するブランドは、顧客にどんな感覚を提供すればいいのか? ということではないかと思います。例えばニオイが大事だとすると、具体的にどんなニオイをつければいいのか? ということです。あるいはどんな触感が必要か? どんな音が必要か? ということです。困ったことに、感覚的要素は商品開発者がよかれと思ってやっていることでも、消費者がそれを喜ぶかどうかはなかなかわからないものです。海外旅行に行ったとき、ホテルに置いてあるシャンプーの香りが強くて閉口した経験を持つ日本人は少なくないと思います。それと同じように、何を心地よいと感じるかの感覚は、人により、文化により、生活環境により異なるがゆえ、何を提供すべきか判断しにくいのです。
 事前に実際に使わせて評価を取る方法もあり得ますが、彼らが調査を通じて、何がいいという方向性を示してくれることはあり得ません。何が不満か語るか、用意された選択肢の中で、一番「まし」なものを選ぶだけです。実際調査をするにしても、商品のコンセプトテストなどに比べずっと手間もかかり大変ことが必要です。

 こうした難しい点について、この本では明確な「答え」を示してはいません。問題提起すらしていません。こういう点が、議論を雑に感じてしまう大きな原因だと思います。
 
 逆にこんな事例を紹介しています。

 「GMは、見込み客が触り、聞き、嗅ぐすべてのものを偶然性にまかせてはいません。キャデラックの新車のニオイ、つまり、工場から出荷されたばかりのエーテルのニオイは、カスタマイズされたエンジニアリングの結果なのです。2003年、彼らは特別な香りを調合し、それは革のシートに化学的に処理されています。(中略)私たちは、今では革の本当のニオイよりも人工的なニオイの方を好むのです。自動車メーカーは、顧客の要求を満足させることに大きな努力を注いでおり、自動車のための人工的な革のニオイを調合したのです。」(p141-142)

 このような人工のニオイをクルマに添加することは、フォードも、クライスラーもやってると指摘しています。さらに、

 「ブラドセンスの調査によると、アメリカの消費者の27%はフォードの自動車は、他と違う独特なニオイがすると信じています。一方トヨタについては、同じ答えは22%しかありませんでした。ヨーロッパではもっと顕著な差があり、34%がフォードのニオイは独特だと答えていますが、対照的にトヨタについては23%しかそう考えていません。」(p142)

 筆者は、フォードに独特のニオイが知覚されていることを好ましく考えているようですが、最近のフォードの凋落、トヨタの躍進を思うと、このニオイの知覚の有無は、フォードにネガティブに働いている可能性があるのではないでしょうか?(特にヨーロッパでは)。そういう可能性についても、本書ではやや注意が足りないように思います。

 もちろん、筆者は五感に注目する必要性だけを述べているのではなく、感覚的要素でブランディングをするという発想に立ち、感覚的視点から見たブランドの現状分析(監査)方法、あるいは、ブランドの感覚的要素を測定する方法についても紹介しています。その測定する試みは新しいものといえそうですが、こんな記述もあります。

 「アメリカの消費者の60%が、ペプシがより強い皮膚感覚を提供すると答えています。対照的に、コカ・コーラが独特だと考える人は55%しかいません。統計的不確実性を考慮に入れるにしても、100年余にわたるライバルであるペプシと比べて5%も低いということは驚くべきことです。」(p136)

 この言っていることの意味自体がわからないのですが、仮に差があったとして、それにどんな意味があるのか、本当に「驚くべきこと」なのかどうかもわかりません。測定できる、といっているものも、So What? と突っ込みを入れたくなります。

 あとは、感覚反応とブランド考慮との関係を共分散構造分析を使ったりして分析しているようですが、これも私は何か新しいことを言えるようなモデルだとも思えませんでした。

 長々と批判的に書いてしまいましたが、感覚の測定方法開発など、筆者が新しいことに挑戦しようとしている意図は認めなくてはなりません。しかし、誰も言ってなかったような新しい仮説を述べるというのと、半分思いつきのような感じで雑な議論をするというのは大きく異なってます。前者はウエルカムですが、後者は「だから何?」という感じになってしまうでしょう。

 とはいえ、感覚が大切だという基本主張は、きっとマーケティングに携わるすべての人が考慮しなければならないポイントだと思うし、ここに書いた感想も私の意見なので、実際に読んだみなさんは私とは全く異なる印象を持たれるかもしれません。
 期待を大きく持って読むと、少し裏切られる気がするかもしれませんが、多少問題あるかな、という目で読むと、意外と発見があって面白いかもしれません。

 この分野にご興味のある方は、ぜひ直接ご自分の目でお確かめください。


☆マーチン・リンストローム著、ルディー和子訳「五感刺激のブランド戦略」(2005年)ダイヤモンド社

五感刺激のブランド戦略

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