広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

カテゴリ: 非マス広告コミュニケーション系

 電通や博報堂クラスの広告会社からは、時々執筆者がその会社の社員、あるいはその会社内のプロジェクトであることを明記した本が出版されることがあります。
 内容は、その会社独自のマーケティング戦略の切り口提案だったり、コンシューマーに関する新しい捉え方の紹介だったりします。会社の名前が入った本である以上は、もちろんその会社のPR活動の一環としての出版ということになるのでしょう。

 しかしPR活動だからといって、宣伝臭かったり、独善的なものであったりするとは限りません。過去には非常に優れた、インサイトフルな内容の本がたくさん出版されてきました。例えば私が印象に残っているので言うと、大変古い話ですが、こうした本の先駆けとも言える、今から30年前に出版された博報堂生活総研の「分衆の誕生」「タウンウオッチング」などがその典型です。この本は実は私が広告業界を志望する上で大きな影響を受けた本でもありました。
 しかし一方では、あからさまな宣伝目的の本もあるわけです。今は、一定のお金を支払えば出版社から本を出してもらえる時代でもありますから。しばらく前に紹介した電通の「クロスイッチ」という本も、クロスメディア戦略の入門書として優れた本ではありますが、電通のプランニングシステムの紹介本であるという点ではその範疇に入るでしょう。

 ただ、いずれにしてもその出版がPR活動であるならば、その本は企業にとっての「自己紹介」「プレゼンテーション」でもあるわけで、クオリティが高ければ評価も高めるし、そうでなければかえって評判を落とすリスクがあるものだと言えます。

 今回紹介する「リアルヂカラ」を読んで、私は、正直これはちょっと「リスクのある方」だったのかな、と思ってしまいました。

 「リアルヂカラ」というネーミングは秀逸なものです。ちょっと前に流行った「目ヂカラ」という言葉から取ったのでしょうか? これだけバーチャルなものが持てはやされている時代にあえて「リアル」で勝負をかけるという着眼点はいいし、デザイン系の人たちが執筆者ということもあるのか、中身のデザインもクールです。

 しかし肝心の内容の方は、たとえ宣伝本だとしても、着眼点がよいだけに、「もう少し頑張って欲しかった」というのが正直な感想です。

 まず、考えれば分かる当たり前のことしか書いてないような気がします。例えば、

 「そもそも実体験領域の施策は圧倒的な情報力を持っています。空間、音楽、映像、素材など五感を刺激するすべての要素がそこにあります。さらに実体験の場では人的な接触や、同時に体験している人々の反応までもが体験要素となります。実体験領域では、一方向的で限られた時間スペースの中で情報を凝縮して発信するマス宣伝や、モニター画面だけで情報の受発信が行われるインターネット情報とは比較にならないほどの情報が発信され、実体験という形で生活者につよいインパクトを与えています。」(p5)

 と、さもすごい発見のような書き方をしていますが、既に誰でも知っていることではないでしょうか? 「実体験」が重要だから、どの企業も店頭を大切にしたり、ショールームを設置したりするわけですよね? 新しい話ではないわけです。むしろこの領域の課題は、「実体験ができる施設」への誘客だったり、そこを情報発信源にした情報の拡散だったりすると思うのですが、この本にはあまりそうした点が触れられていません。おまけに、今日ではインターネットを通じた体験も重要な“実体験”なのだと思いますが、上記ではそれを過小評価するような書き方さえされています。
 
 また、冒頭には「リアルヂカラ」という言葉の定義が次のように記されています。

 「『リアルヂカラ』とは、イベント、コンベンション、店舗、ショールームなどブランドと生活者がリアルに接触できるタッチポイントが持っているコミュニケーション力を指している言葉」(p3)

 しかし少し突っ込むと、実は最大の「実体験」はそのブランドの使用・利用体験なのではないでしょうか? 例えばそれは次のブランドの購入(リピート購入)に決定的に大きな影響を与えます。ところが、この本では「リアル」が大切だといいつつ、そうしたブランド使用・利用体験についての役割に関する記述が見当たりません。この点は大きな疑問です。

 あとは、紹介されている事例も掘り下げ方が不十分かな、とか、最後に載っている自転車の架空のケーススタディに関しては、まったく普通の商品キャンペーンケースと変わらないんじゃないなか、とかいう印象も受けました。この本の帯には建築家の隈研吾氏が顔写真入りで登場し、「この本は建築と広告の境界線上にある。」と言ってますが、隈氏、絶対この本読んでないな、読んでいてこんなコメント出すのだったら、よほど目が節穴か、お金を積まれているかのどちらかに違いない、などと意地悪にも私は思ってしまいました。

 と、批判めいたことを書いてしまいましたが、このブログは良いものは良い、良くないものは良くない、というのがモットーですから(あくまで私の視点でですが...)、気分を害された方いらっしゃったらご勘弁ください。。。


 さて、最初に書いたテーマ「企業の宣伝本」としてリスクがあるのではないか、ということについてですが、このエントリでこのテーマを書こうと思ったのは、次ことを感じたからでした。

 博報堂の場合、今回紹介した本と類似したテーマについて過去書かれた本として「ライブマーケティング」という良書があります。しかし、この本ではまったく「ライブマーケティング」について触れていません。これは博報堂に何かを期待して両方読んだ人からすると、同じ博報堂の本なのに「ライブ」と「リアル」は何が違うのか? あるいは同じなのか? などと混乱してしまうでしょう。
 また、博報堂はブランディングに関しても過去多くの本を出していて、最近では「エンゲージメントリング」という概念をよく紹介しています。しかし、その概念との関係についても何も触れないばかりか、まったく独自のブランディングメソッドを提唱しています。
 つまり、過去に博報堂からいくつも出版された似たようなテーマの本と、この本はまったく連携がないため、それぞれの本が勝手なことを言い合っている、という印象を読者に持たせてしまう恐れが少なくないのです。
 これではいろいろな本を出しているのに、「博報堂は、こんな概念を大切に考えいて、こういうサービスを広告主に提供したいと思っている」ということが、かえって分かりにくくなります。広告会社のプレゼンテーションで、マーケとクリエイティブの言っていることが互いに関係のないことを言っているため、プレがしらけるということと似ています。企業PRが目的のはずなのに、その目的とは反対の方向に進んでいるように思うのです。

 せっかく手間をかけて出版する本なのに、それではもったいないでしょう。
 本当は企業の広報なりの部署が、ある程度内容をコントロールするのがいいのかも知れませんが(一種のブランディング!)、現実的には難しいのでしょうか。

 「宣伝本」の出版というのも良し悪しなものだ、と今回は思いました。

☆博報堂エクスペリエンスデザイン編「リアルヂカラ」(2008年)弘文堂
リアルヂカラ
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 本屋でこの本を見つけて思わず手にとりました。
 「CGMイベント」という聞きなれない言い方に引っかかりました。

 そもそも「イベント」といえばアナログの極致。片やCGMはみなさんご存知の通り今流行のあれです。矛盾しているものをくっつけてどうよ、ということですが、案外内容はまっとうで提案性のあるものでした。

 要は「イベント(リアルイベント)」と「CGM」を組み合わせて考えることで、従来にない効果的なコミュニケーションができるのでは、という提案です。
 例えば最近の流れで言うと、広告の費用対効果に対する見方がシビアになってきておいます。すると単純に考えると、展示会のようなイベントは費用の割りにリーチする(メッセージが届く)範囲が狭く、極めて効率の悪いプロモーション手段だということになります。しかし、イベントには「臨場感や双方向性といったイベントプロモーションにしか提供できない価値がある(p15)」というのは事実ですし、イベント来場者がその内容をクチコミすることで、より広い範囲にメッセージが広がるのでは、という視点を組み込むと、従来とは違う視点でイベントの効果・効率を捉えることができそうです。

 「イベントプロモーションのありかたも、従来の集客数やアンケートによる満足価値を評価ポイントとして設計していたプランニング方法だけでは、費用対効果という観点から難しい状況となってきた。『イベントもかわらなくちゃ』である。イベント単体の評価ではなく、イベントと接触した来場者を媒介に、BUZZ(口コミ効果)がいかに効率よく生み出されるかがプロモーションの成否にかかる非常に重要な評価となってきたのだ。この口コミ効果の最大化というお題に対して、イベントプロモーション単体での施策提案だけではなく、昨今爆発的にその存在感を示し始めてきたWeb上での施策と上手に組み合わせることによって生まれる新しいコミュニケーションアプローチを『CGMイベント』として定義し、本書のタイトルとした」(p15)

 こうした組み合わせの視点はユニークだし、私もこの前面賛成です。メディア環境は日々変化しているのですから、環境変化を嘆くのではなく、新しい視点から従来のプロモーション活動のあり方を再検討し、お客さん(クライアント)に対し、時代に合った高付加価値のサービスを提供していくということは、今の広告ビジネスに携わるものに求められる姿勢かなとも思います。
 その意味でこの本は、こうした可能性について気づかせてくれる良書です。多少理屈っぽいところや、対談を入れて多少“水増し”している感のある部分もないではないですが、Web2.0時代におけるイベントのあり方、というテーマが整理されており、イベント分野の仕事をしている人に限らず読んで損はないと思います。

 ただ、最後に一つだけ気になった点を。筆者な、こうした筆者が主張する「Web+リアルイベントプロモーションの好例」として、2005年夏に行われた「ポカリスエットスカイメッセージキャンペーン」を紹介しています。このキャンペーン、飛行機で空に「POCARI SWEAT」という文字を雲で描き出すというイベントを全国各地で実施するというものでしたが、当時非常に話題になりました。またこのキャンペーンを有名にしたのは当時まだ活用が始まったばかりだったブログをキャンペーンに用いた点でした。まずWebサイトを開設し飛行機の飛ぶ場所・日時を発表し、キャンペーンブログでは「POCARI SWEAT」と描かれた雲を撮影したフォトをトラックバックの形で募集し、最優秀作品を表彰するという消費者参加型のキャンペーンを実施したのでした。キャンペーンブログの非常に巧みな使い方と言われました。

 しかし、問題はその先です。このキャンペーン、大変なコスト(マーケティングコスト)がかかったと思うのですが、その夏のポカリスエットの売上げは競合(アクエリアスなど)が大きく伸ばした中で、ほとんど伸びなかったというのです。つまり、「キャンペーンとしては成功したけど、売上げには貢献しなかった」というまずいケースだったわけです。
 これはどう考えればいいのでしょうね。確かにキャンペーンの仕掛けとしては「Web+リアルイベント」の上手な組み合わせでしたが、売上げにはつながらないのであれば、そもそも「Web+リアルイベント」をやる価値を証明する根拠が失われてしまいます。
 そういう意味では本書でこうしたケースを「好例」として紹介するのは疑問ですし、単純に「Webとイベントをくっつければいい」ということでもなさそうですね。そのあたりの詰め、つまり単純に「Web+イベント」ではなくて、それを前提としつつも「効果をあげるためにはどうしたらいいのか」「成功したケースはどううまくやったのか」ということを含めて論理を展開してもらえればもっとよかったかも知れません。
 まぁ、難しいことだとは思いますけど。

 それにしても大塚製薬という会社は、このキャンペーンのような新しい試みへのチャレンジが積極的ですね。昨年もファイブミニで、「体内怪獣キャンペーン」というCGMを活用したユニークなキャンペーンをやり、話題になりました。もっともこれもキャンペーンが話題になった割には商品は動かなかったらしいですが。。。

☆川本達人「CGMイベントがプロモーションを変える」(2007年)日経BP
CGMイベントがプロモーションを変える―今、広告周辺ビジネスがアツイ

1.これまでとは違う語り手

 ブログ、CGM、クチコミ、インターネット広告...など、これまで日本でWebに関するマーケティングが語られる際、その語り手はたいていWeb関連のベンチャー企業の人でした。電通や博報堂などの昔からある広告代理店を「トラディショナルエージェンシー」と揶揄することがありますが、Webプロモーション領域に関して、トラディショナルエージェンシーに属する人からの発言はあまり聞こえて来ていない気がします。それはWebを語るとき、「新しいテクノロジーで出来るようになったこと」という視線に立つ事が多く、その視点に立つ限りトラディショナルエージェンシー側から語れる要素がなかったからなのかも知れません。

 しかし、現に彼らは日夜Webサイトを作り、Webをからませたキャンペーンを開発しているわけです。Webについてはさまざまな最新技術・サービスがありますが、それらを実際に使いこなしてきたのも彼らだったと思います。「Web2.0」なんていう流行り言葉を使わずとも、間違いなく彼らはWebを使ったマーケティングの可能性を最大化させる知見を持っているはずだし、我々が学ぶことも多いはずです。

 その意味では、多分トラディショナルエージェンシー側にいる人が初めて声を上げ、自らの考えを語った本として位置づけられるこの「Webキャンペーンのしかけ方。」という本は、大変興味深い本です。事実、書いてあることに類書とは異なる「視野の広さ」や「思考の深さ」を感じます。Web関連の本に食傷気味のみなさんも読んで何か感じる部分が必ずあると思います。

2.「Webキャンペーン」に向かう4人の共通視点

 著者の4人がそれぞれ自分の経験や考えを書いており、当然それぞれ独特なのですが、下記の3点はみなさんが強調していました。当然のことかも知れませんが、私も大切だと思うので、ご紹介します。

◆インターネットは目的でなく手段

 「インターネットマーケティングの話になると、かならずいつも最新のテクノロジーが紹介され、それを活用するテクニックやギミックが取り沙汰される。そして、企業のマーケティングやWebキャンペーンをみても、そうした『手段』をありがたがり、最重要視して中核にすえていることが多い。
 しかし、手段では人の心は動かせない。テクニックやギミックはもちろん、すぐれた技術でさえも、目的を達成するために用いるツールでしかないのだ。ツールでは人の心を動かすことはできない。」(p129)(渡辺氏)


 上で述べたように、Webマーケティングの本は「ブログをやる」「ネット広告について」「CGM」など、Webの何かの機能それ自体がテーマになっていることが多いと思います。その点、この本はWebはあくまでマーケティングコミュニケーションの1手段というスタンスが明快です。それゆえリアルの世界との連携も常に出てくるテーマになっています。

◆新技術に頼るな

 上記とも関係しますが、

 「2001年にBMWは『BMW Films』というすばらしいショートフィルムをつくり、Webキャンペーンを実施した。(中略)これがきっかけとなり、雨後のタケノコのようにしばらくの間ショートフィルムがインターネット上に溢れた。
 おそらく背景には『手法を伝えるだけで企画が認められる』というWebキャンペーンならではの、“妙な現象”があったのだと思う。『ブログを使いましょう』『SNSをつくりましょう』『アメリカの○○という技術を日本で最初に使いましょう』など、新しい技術や手法を口にするだけで、まるで魔法の呪文をかけられたかように、ゴーサインを出してしまう傾向が現在でもまだある。」(p62-63)(阿部氏)


 これ、提案する側の問題というよりも、クライアント側の問題である場合が多いような気がします。何かが受けていると聞いて、広告会社側に「あれ、やってみたいんだけど...」と手法ありきで言い出してくるケースが多いと思います。
 阿部氏は続けて、

 「たしかに、新しい技術や手法には、やり方によっては大きな成功を収められる可能性が秘められている。だが、肝心なのはその技術や手法を使うことではなく、それを使って何をやるかだ。つまり、アイディアの問題である。
 実際に、BMW Films以降、山のようにショートフィルムがつくられたにもかかわらず、それを超える作品はほぼ皆無にひとしかった。加えて、早くもショートフィルムという手法すら、あっというまに過去のものになってしまった。」(p63)(阿部氏)


 4人のみなさん、新技術を否定しているわけではありません。しかし、Webを使ってマーケティングをする人が、つい新技術に頼ってしまう傾向に警鐘をならしているのだと思います。この点、私もまったく同感です。

◆消費者を見る

 「Webで広告的なコミュニケーションを行うためにはどのようなアプローチが必要だろうか。
 筆者の持論は、漫然とWebコンテンツを制作するのではなく、コミュニケーションデザインの概念を持つこと。(中略)そのためには、まずWebコンテンツとして扱う商材やサービスなどが持つ特性および背景を理解し、情報を伝えようとしているユーザー層の行動特性や志向などをよく把握しなくてはならない。」(p136)(螺澤氏)

 「今後もWebキャンペーンが人間を相手に実施されるという点は、おそらくことは変わらない。だとすれば、人の心の琴線への理解は絶対に不可欠だ。」(p67)(阿部氏)

 「太くて骨のある普遍的なものをつくるためにいちばん必要なことは、芯を射抜いたアイディアとインサイト(消費者の動向や欲求など)だと思っている。」(p117)(伊藤氏)


 そして最後に、やっぱり消費者理解が大事、ということ。この点、広告作りもWeb作りも本質は変わらないということでしょうか。

3.Webキャンペーンの倫理(ただし、引用は正確に)

 さて、ちょっと最後に気になったことがあったので付け加えます。
 近年、ブログなどを使った「クチコミ喚起型キャンペーン」が注目されていますが、それはややもすると「やらせ」になってしまい、「炎上」という不幸な結果を導くことがあります。そこで仕掛ける側の我々には、これまでより一層、高い良識や倫理性が求められることになります。

 そこで渡辺氏が文中でWOMMA(Word of Mouth Marketing Association:アメリカのクチコミマーケティングの業界団体)の「倫理規定」として、以下の8項目を紹介しています。(以下、p113より)

1.消費者に報酬をわたしながら、企業との関係を明らかにすることなく、商品推奨を依頼する行為をしない。
2.消費者同士のクチコミにおいて、サクラを起用したり、覆面マーケティングを行わない。
3.クチコミで何をいうべきか消費者に指示しない。
4.クチコミ唱道者の本当の正体について、消費者を混乱させたり誤らせたりするような開示は行わない。
5.クチコミマーケティングプログラムに子供は関与させない。
6.競合企業のネガティブな情報流布を目的とした活動などを行わない。
7.既存ビジネスの慣習を理解し、既存ビジネスで認められている手法は、その領域では継続して活用する。
8.クチコミマーケティングを提案、受注する際には、広告主にこれらのリスクの説明を行う。


 こうした視点は大切ですよね。忘れないようにしたいと思います。
 しかしながら、ちょっとあれっ? と思ったことがありました。上の条文、大変重要だと思ってWOMMAのWEBサイトに直接当たって見たのですが、この8項目の倫理規定にあたる文章がありませんでした。確かにEthics Codeというものがあって、上記条文と同様の内容が書いてはあります。しかし8項目ではないし、内容もかなり異なっています。
 これ本当に、WOMMAから引用したのでしょうか?

 実は、上記の文章はクチコミマーケティングなどを実施している、サイバービュレットという会社が、「米国WOMMAの倫理規定」として紹介している内容と全く同一のものです。
 もしWOMMAから直接引用したのではなく、サイバービュレット社から引用したならば、そう出典を明記すべきです。
 
 「倫理」「良心」を説いている部分で、逆に本人の注意が足りない感じがして、ちょっと残念でした。

☆渡辺英輝、阿部晶人、螺澤裕次郎、伊藤直樹著「Webキャンペーンのしかけ方。」(2007年)インプレスジャパン

Webキャンペーンのしかけ方。 広告のプロたちがつくる“つぎのネット広告”

 話題の本です。今Googleで検索したら、268,000件(!)も出てきました(2006年9月10日現在)。ひょっとして発行部数より多いのではないでしょうか??

 それだけこのテーマ、つまり、マス広告批判や新しいマーケティングコミュニケーションの方法について関心が高い、ということなのだと思います。

 これだけみんなが読んでいる本となると、ここで特に書評する必要もなさそうですね...。内容については、とても“正しい”議論をしていると思います。アメリカの話ではありますが、日本にも当てはまる話です。現状の問題点の指摘はその通りだと思いますし、消費者の認識についても指摘の通りだと思います。
 強いて言えば、これらの議論は広告業界に身を置いて現状に危機感を持っている人なら誰でも共有している、特に新しくはない議論だとは思いますが。

 とはいえ、それを手際よく整理してのは筆者の力量です。正直言って、最初の方を読んでいたときには、当たり前に言われていることを大げさに語っているだけだし、説教臭くて気に入りませんでした。しかし、後半部分、「10のアプローチ」と題された、これからのマーケティングコミュニケーション方法を語っている部分に来たら、ポイントがとてもよくまとまっており、それなりによくできた本だ、という印象に変わりました。

 テレビCMの問題や新しいコミュニケーションの方法論などの問題に関心のある人ならば、頭が整理できますし、あまりよく知らなかった人ならば、啓発される本だと思います。
 誰が読んでもためになる本だと思います。

 それに筆者のこんなたとえ話も面白いですしね。

 「テレビCMが、その全盛期には時代の寵児であったことは間違いない。しかし、登場から65年を過ぎた今、それはまるでショーン・コネリーだ。つまり、今でもセクシーだが、これからの展望はあまりないということだ。」(p264)

 ワハハ。うまい!座布団一枚、というところですね。

 ところで、そういうことを前提にして、このブログ、書評を専門にやっているものですから、他の人とは違う視点で、批判的な話をしたいとも思います。それは著者へではなく、こうした本をありがたがる風潮に対してです。

1.広告に関心のある多くの読者に親切か?

 例えば、この本のカバーにこんな文句が書いてあります。

 「テレビCMは、質、信憑性、効果のどれをとっても最低だ。さらに最悪なのは、肝心の消費者が広告の何もかもをまったく気にしていないことである。」(カバーより)

 日本の話で言えば、現在のテレビCMビジネスで不合理なところ、おかしいところはたくさんあります。だから、それを批判することは正しい姿勢だと思うし、多くの広告主のためにもなることです。しかし、それが単なるアジテーションだったらどうでしょう? テレビCMを巡る本質的な問題点が隠蔽され、広告ビジネス全体にとっても何のメリットも与えません。
 この本はアメリカの話だから日本に単純に置き換えられないし、それをしようとすると誤解が生じて危険だと思うのですが、訳者・編集者はあえてそれをやろうとしているようです(訳者前書きにもその旨が書いてあります)。例えば、このブログでしばしば言及している邦訳書と原著タイトルとの意味の相違問題ですが、この本でも意図的に変更されています。原著は“Life After the 30-Second Spot”であり、テレビCMの問題点の指摘より、新しい広告コミュニケーションの方法論について主眼を置いているように感じられます。

 アジテーションも過ぎると、無責任と紙一重です。内容を鵜呑みにすることなく自分なりに消化できる人でなければ、この本のメッセージを正しく理解することができないような気がします。その意味では読み手の力量が問われますが、それは一方で、本として不親切だということも意味すると思うのです。

 知識や経験のない若者をミスリードしかねない、取り扱い危険な本にあえてしてしまった訳者・編集者の姿勢は疑問です。

2.新しい手法はショーン・コネリーを超えているのか?

 筆者は、これまでのマス広告の手法に変わる手段として、「10の新しいアプローチ」を提案しています。それは「インターネット」「ゲーム」「オンデマンド視聴」「体験型マーケティング」「長編コンテンツ」「コミュニケティ・マーケティング」「消費者作成コンテンツ」「検索」「Mで始まるマーケティングツール」「ブランデット・エンターテイメント」の10です。

 こんな言葉と共に紹介しています。

 「ここからは、テレビCMに代わる10の新しいアプローチを紹介したい。」(p112)

 こう言うと、上の例えではないですが、老いたショーン・コネリーに代わる主役級の役者が続々が登場している感じがします。
 しかし、実務に携わっている人ならすぐわかることですが、せいぜいインターネット、検索広告以外は、広告コミュニケーションの手段としては、まだまだ大部屋住まいの役者です。もちろん将来はあると思います。しかし、確実な未来はまったく約束されていないというのが現状だと思います。
 大部屋役者をショーン・コネリーに代わる役者として紹介するのですから、これも一種のミスリーディングではないでしょうか。

3.大切なのは手法なのか?

 さて、ここが一番言いたい点ですが、テレビCMの批判を始めると、クチコミをやろうとかバズを引き起こすのがいいとかライブマーケティングだとか、いつも「手法」の話に落ちていきます。この本のように、テレビCMは崩壊したから、インターネットなどの新しい手法をどんどん取り入れよう、という議論です。

 この議論は、何か大切なものを見落としているといつも思うのです。消費者から見れば、何となくテレビCM見なくなったなぁと思っていても、テレビCMの情報はもはや信頼できないと思っている人はほとんどいないと思います。つまり普通の人にとって、この本の議論は自分の生活に何の関係もないことです。要は、広告される商品・サービスが自分にとってどうなのかということだけが大切なのであって、それがテレビCMからの情報だろうが、ブログの情報だろうが、関係ないと思うのです。せいぜいその商品に関心を持ったときに、より詳しい情報にアクセスできるようであれば十分ではないのでしょうか。ということは、やはりとんなに環境が変化しても、基本に立ち返って消費者が望むような商品を市場に投入するのが企業の役割になると思うし、その際の広告の手法が何だというのに過度に気を取られるのは本末転倒だと思うのですよね。
 だから、この手の「手法」の議論を多くの人が面白がるのは何か不健全ですね。いい商品でなければ、どんなに頑張ったってそもそもクチコミなんか広がるわけがないのだから、いい商品を開発するなど、もっと大事なことに目を向けた方がずっと健全だと思います。
 つまりショーン・コネリーが演じようが、大部屋住まいの無名俳優が演じようが、大切なのは、ストーリーや演じられたものそのものではないか、ということです。

 もっとも、日本の民放も「コマーサル君のCM」なんていうくだらないお金の使い方しているから、CMの崩壊と言って面白がったりする変な風潮が広がってしまうのでしょうけどね。

☆Joseph Jaffe著、織田浩一監修、西脇千賀子、水野さより訳「テレビCMの崩壊」(2006年)翔泳社

テレビCM崩壊 マス広告の終焉と動き始めたマーケティング2.0

「アンチ広告」の本を2冊続けて紹介してきましたが、この本もその流れに位置づけられます。私と同業者の人の著作です。

まずこの本は2003年の本ですが、「はじめに」に書かれている以下のことが、現在の広告業界における共通の問題意識と言えます。

1990年代からはインターネット・携帯電話などのパーソナルメディアやデジタル放送などの多メディア化が進み(中略)、これまでのマス広告に偏ったコミュニケーションのあり方への疑問も高まり、近年、世界中で新しいマーケティングの手法の模索が一斉に始まっている。(P1)

この本ではこの問題意識への著者なりの回答として「ライブマーケティング」という概念を提案しています。

“ライブマーケティング”では、「マスメディア主導で、非マスメディアで補完する」という従来のマーケティングフレームとは逆の発想をもとに、メディアの「フレーム」を定めている。つまり非マスメディアによる体感性創出がコア(主導)で、それをマスメディアで補完するのである。(P56)

この主張は以前紹介した「ブランドは広告では作れない」という本の主旨に似ていますね。こうしたコンセプトは今の時代、非常に考慮すべきコンセプトだといえるのです。

他にこの本には「T型志向生活者」など彼らの若者研究から導かれたユニークな概念も提唱されていますが、私がここで取り上げて紹介したかった最も大きな理由は、この本の「非マス広告」についての豊富な事例です。

例えば、数年前に「BMW Films」というのが話題になりました。これはBMWのサイトだけで見られたショートフィルムで、その後のショートフィルムブームのさきがけになったものです。
このショートフィルム、制作料が噂では5億円かかったと聞いていましたが(通常のCMは高くても数千万円)、WEBサイトだけでしか見せないものに、そんなに大金をかけてどうするのだ? と当時思っていました。
しかし、この本によるとBMW側は、そもそもBMW購入者の85%は事前にWEBサイトを見るから、そこで魅力的な体験を提供するのが重要で、それで十分ペイすると考えていたようです。

なるほど、と思いました。

こうした事例や裏話が、手際よく分類整理されています。

こんな簡潔にまとめられた事例があれば、「いやぁ、最近では非マス広告に注目するのがトレンドなんですよ。こんな事例がありまして...」というお客さまへのセールストークの際のネタ本(笑)にバッチリです。

ただ「マス広告」をあんまり否定すると、実は今の日本の大きな広告代理店はすべて自分の首をしめる事になるのですが。


★田中双葉、小野彩「ライブマーケティング」(2003年)東洋経済新報社

ライブマーケティング―「見せる」広告から「まきこむ」広告へ

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