「クロスメディア」あるいは「クロスコミュニケーション」と呼ばれるある種のコミュニケーション戦略の方法論が提唱されるようになってから、4〜5年は経つでしょうか。しかし、もうすっかり定着しました。
 消費者のメディア接触・利用環境が多様化していることを背景に、いわゆるマスメディアだけに依存することなく、目的のために必要なメディアを組み合わせて最適なコミュニケーションプランを企画・実施することをクロスメディアと一般に言うのではないかと思います(→良い解説とは言えませんが一応ウィキペディアの説明はここ)。とりわけ「WEBを中心に」据えることを重視する考え方もあります。また「IMC」とか「統合的マーケティング戦略」、あるいは「コンタクトポイント戦略」「タッチポイント戦略」などと呼ばれる考え方とも近いものです。
 こうした考え方について、解説したり事例を述べる本がこれまでにもたくさん出てきました(このブログでも何冊か取り上げてきました)。しかしこの本はこれまでの類書に比べると、圧倒的に分かりやすいものだと思います。
 きっと、クロスメディアについて何年も議論がなされ、実際の提案活動もなされ、段々概念が整理された結果として、何がポイントかということが明確になってきたということなのだと思います。

 電通「クロスメディア開発プロジェクトチーム」によって書かれたこの本、クロスメディアについて理解したい人、実践したい人にとっては非常に助けになるでしょう。

 しかし... だとしても、読んでいて私はずっと何か違和感を感じていました。内容が整理されていて、とても分かりやすい本だ、ということがわかっているのにです。

 このブログを書きながら思いついたのですが、それは言葉は悪いですが、“フィクション(虚構)臭い”ということなのかなと思いました。 

 もちろんウソが書いてあるということではありません。この本には「クロスメディアのプランニングのやり方」がずっと書いてあります。しかし、「やり方」を完成度高く語れば語るほど、「現実」との差異が大きくなるような気がして「嘘くさく」感じてしまうのです。それはあるいは、この本自体ではなく「クロスメディア」という流行概念に対して、ある種の危うさを私が感じているからかも知れません。

 私の感じる「危うさ」とは例えば次のようなことです。(これ以降は、この本の批判というよりも、「クロスメディアプランニング(のやり方)」というものに対する批判だと思って読んでください。)

.瓮妊アニュートラルは現実的か?
 クロスメディアが語られる文脈でしばしば出てくる言葉に「メディアニュートラル」という言葉があります。私たちの情報への接し方が多様化しているから、マスメディアを前提としないて、コミュニケーションプランを組み立てましょう、という考え方です。これは従来のマスメディア中心主義への一種のアンチテーゼとも言えます。
 この考え自体は一点の曇りもなく正しいと思います。しかしだからと言って現実的に、企業や広告会社など「情報の出し手」が取れる手段と言うのは限られています。自社WEBサイトを活用したコミュニケーションができることが、インターネット浸透以降の最も大きなマーケティングコミュニケーションにおける変化だと思いますが、それ以外で「目に見えて効果のある」あるいは「費用対効果の高い」コミュニケーション手段は、実は旧来からある手段とそんなに変わらないのではないか、というのが私の実感なのです。具体的には、WEBサイトを中心にビジネスをしている広告主は別ですが、それ以外の多くの広告主の場合、結局はテレビ広告や店頭などが大事、ということです。
 例えばクチコミが購買意思決定に重要だとしても、それを企業がコントロールするのはかなり難しいのが現実です。消費者を巻き込もうと思っても彼らは簡単には巻き込まれません。結局、良いクチコミがなされるためには良い商品を出すことが最も大事、というありきたりの結論しか出ないわけです。
 現実的に影響を与える手段がそもそも限定されているなら、あえて「クロスメディア」と大上段から構えて、複雑なコミュニケーションプランを作っても、多くの場合影響力が限定される、ということになるでしょう。掛けた費用に対してリターンがまったく不足しているということにもなりかねません。「クロスメディア」を謳えば謳うだけ、幻想を煽っているだけの感じがしてしまうのです。

⊃佑詫尭海任るのか?
 次に、この本ではクロスメディアの定義を「ターゲットを動かすためのシナリオ(導線)づくり」(p39)とユニークに規定しています。この考え方はとてもわかりやすいもので、クロスメディア企画を立てるときの指針となるものです。
 しかし考え方はいいのですが、人は本当にシナリオ通りに行動するのでしょうか? 人の購買に至るメディア接触経路は十人十色です。だから「テレビCMで認知させて、店頭でブランド名を想起させて購買に至らせる」と言った程度のアバウトな想定ならそのパターンに当てはまる人も多いでしょう。しかし仮に、CMで接触させ、ネットで即サーチさせ、WEBに流入させ、ネットキャンペーンに参加させ、その様子を自分のブログやmixiでクチコミしてもらい...などというような、消費者の行動導線の設計を詳細にすればするほど当てはまらない人がどんどん増えるでしょう。特にWEBサイトへの訪問は思った以上に障壁が高いと思うので、ほとんどの人がシナリオ通りに行動しないことが予想されます。「いや、CMを投下するとWEBサイトへの訪問も増えるよ!」という人もいるでしょう。もちろんそれも事実だと思うのですが、私が問題にしたいのは絶対的な量の話です。例えば仮に全国でテレビCMを2000GRP投下して広告認知率50%を達成したとします。すると認知者は日本全国で数千万人に上るはずです。その数字に比べて、WEBのユニークユーザー(U/U)はどの程度になるでしょうか? 仮に期間中100万U/Uだったとしても認知者の20〜30分の1の数字です。これでも立派だと思いますが、事前にCM→WEBサイトへというシナリオを想定したとき、このような結果となったなら、これは人をシナリオ通り動かしたということに当てはまるのでしょうか? 想定通りだったとして、そのシナリオの中には事前に「WEBへの流入者はテレビCM認知者の約3〜5%程度です」と書かれているのでしょうか?

 完璧なキャンペーン企画を立てているはずなのに、何かがずれているような気がするのです。

ブログで書かれましたw
 また、△力辰箸盍慙△靴泙垢、クロスメディアキャンペーンの「効果」の現れとして、よく「ブログで取り上げられた」ということを取り上げる人がいます。これ、かなり要注意な効果指標です。
 いわゆる「クチコミ効果」を言いたい時に使われがちです。確かに企業とは何の理解関係のない第3者が、商品やキャンペーンを取り上げて自分のブログに書いてくれれば、企業にとってはうれしいものです。さらにそうした反応は今日では、さまざまなブログ解析ツールによって件数・内容とも簡単に把握することができます。自社の話題がどうなったのだろう。ちょっとでも数字が伸びていればすごく反応が良かった気がします。
 しかし私の経験からいうと、キャンペーンの話題や新商品ブランドをブログに書いてくれる人などほんの一握りです。いわゆるインセンティブを提供しての「書き込み」を除くと、広告出稿を伴うキャンペーンだったとしても、数十件がいいところではないでしょうか。すると、仮に1ブログ100人が見るとしても、ブログによる接触者は1万人にも満ちません。仮に関東地区に1GRP程度のCMを投下しただけでも、数十万の人間に情報を接触させることができます。ブログで取り上げられた、すなわち「数十人が取り上げて、合計1万人が見た」、ということは効果のうちに入るのでしょうか?

 考えればとても影響力を行使しうるものとはいえないと思います。
 ブログでのクチコミは、大概この程度のものだと思います。だから「ブログに書かれた」と、さも効果があったように言う人がいたら疑ってみるべきです。効果を肥大化して話している可能性大ですから。

 もっとも私はクチコミ自体の力を評価しないわけではありません。クチコミを引き起こすことを狙ったキャンペーンというのは意味があると思います。しかし、大抵のクチコミはオフラインで起こるものであり、ブログ云々とは関係があまりないものだと思っています。きちんと認知率調査などをした方がよほどためになると思います。

AISASとは使いにくい
 もう一つ思うのが、この本でも触れられている「AISASモデル」についてです。この電通の登録商標であるところのモデル、従来のAIDMAモデルが通用した時代と現代とを比較して、「コミュニケーションの環境が変わったのだよ」ということを問題提起する意味では非常に優れたモデルだと思います。しかし購買までのメディア接触経路は本当に多様であり、とても「A→I→S→A→S」の流れで捉えられるものではありません。だから、実際のプランニングには使いにくいものです。少なくとも、人をこのモデル通りに動かそうと意図すると、結構破綻するのではないかと思います。しかしながら、AISASを金科玉条のごとく無理して当てはめて考えようとする人をたまに見かけます。あくまで問題提起のためのモデルなのだから、実務に当てはめて考えない方がいいとは思うのですが。

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 文句ばかり書いてしまいましたが、言いたいことは、「クロスメディアプランニング」と言ったって、そんなに変わったことやる必要があるとは思わないし、あるいは現実的にできることは限られているのだから、小難しいロジックで固めてしまったり、実現しそうにもないシナリオ(仕組み)作りに熱中してしまったりすると、自分たちの首を絞めることになるよ(あるいは机上の空論で終わるよ)、ということだと思います。

 むしろ、問われるのはそういう小手先のことではなくて、メディア多様化時代の中で、いかに消費者をよく見て、1つ1つの課題に向き合うか? というプランナーの姿勢、あるいはWEBという自由度の高い“素材”をいかに活用して全体の企画を調理するかという、クリエイティビティの方だという気がします。

 その意味では、クロスメディアのプランニング手法論をずっと論じているこの本の中にあって、趣旨とはまったく反対のことを言っている下記のコラムの言葉には含蓄を感じました。

 「『仕組み』ではなく、消費者の『気持ちをデザインする』 岸勇希
 (前略)クロスメディア時代のプランニングに重要な視点は、『仕組み』をデザインするのではなく、消費者の『気持ち』をデザインすることです。『クロスメディアにしたい』『消費者に検索させたい』というのがゴールではありません。コンタクトポイントの先の『光景(シーン)』をイメージすることが重要です。つまりターゲットが直面する事態や場面、その時の気持ち(心理)を想像する。それは『妄想力』と言ってもいいでしょう」(p111-112)
(太字は私)

 あぁ、そうですよね。シナリオ作りを否定するわけではありませんが、「妄想力」の方が100倍ぐらい大切な気がします。
 どうせ不確かな世界に挑むのですから、虚構力ではなくて、妄想力の方で行きたいものです。

 分かりやすいよくできた本のはずなのに、上記の一節が最も印象に残りました。


☆電通「クロスメディア開発プロジェクト」チーム著『クロスイッチ』(2008年)ダイヤモンド社

クロスイッチ―電通式クロスメディアコミュニケーションのつくりかた