北京オリンピックも近づいて来たことですし、またスポーツマーケティングの本を読んでおこうと思いました。
 そこで手にとったのがこの本。
 「スポート・マーケティング」と書いてありますが、もちろん誤植ではありません。この本ではこだわりがあって、「スポーツ・sports(複数形)」ではなく「スポートsport(単数形)」を使っているのです。

 「スポート・マネジメント北米協会によれば、『スポーツは、ゴルフやサッカー、ホッケー、バレーボール、ソフトボール、体操などのような個々別々の活動の集合体を意味する』。(中略)しかしながら、スポートは、集約的な名詞であり、より広くすべてを包含する概念なのである。」(p5)

 とのことです。確かに「スポーツに関連するもの全部」を包括的に学術的な視点から論じられることがこれまであまりなかったのかも知れませんので、このこだわりは一つの見識ではあるのでしょう。 ...もっとも日本語にしてしまうと、かえって分かりづらくなってしまいますが。

 本自体は大学生向けのテキストブックです。スポーツマーケティングに関わるあらゆる領域を網羅しており、元の原書はアメリカでも定評のあるテキストとのことですから、最近はスポーツマーケティングが大学でも人気らしいですし、この領域を勉強したい学生さんにとってはいい本だとは思います。ただ実務家向きではないでしょう。なにしろ、この本は580ページにも及ぶ大著なのですから。

 話が少しそれるかも知れませんが、読んでいて思ったのは、「500ページものマーケティングの本の意味」という点についてでした。
 説明が必要かも知れません。マーケティングの領域は広いので、しばしば特定テーマに焦点を当てた、例えば「○○マーケティング」(例えば、WEBとか、ダイレクトとか、飲料とか...)というタイトルの本が出版されることがあります。そうした本は、普通一般的なマーケティングの基礎概念の読者の理解を前提とし書かれており、例えば「ダイレクトマーケティングにおいてターゲットをどう考えればよいのか」という問題設定はなされますが、「ターゲットとはそもそも何か?」という説明はしないものです。その分だけ分量もコンパクトになり、読みやすくもあるわけです。一般的なマーケティング概念を説明する本が「基礎」だとすると、その「応用」的な位置づけとも言えます。
 ところがこの本は、「マーケティングで言うところのターゲットとは何か?」と「スポーツマーケティングでターゲットはどう考えればよいのか?」という、「基礎」「応用」の両方が盛り込まれているところに特徴があります。もちろん「この1冊だけ読めば十分」という親切設計であるとも言えるのですが、別に「基礎」と「応用」の2冊を興味に応じて別々に読めばいいという考えもあるはずです。そうすれば、いかにテキストといえども580ページの大著にはならないでしょう。
 実はこんなことが気になるのも、スポーツマーケティングに関して以前読んだ本からも「基礎」「応用」を盛り込んだ「この1冊読めば十分」オーラが出ている印象を受けたからでした。

 何か、「スポーツマーケティング」という領域が、マーケティング分野の中で特定テーマとは違う、独特の扱いがされているように感じます。そこにちょっと違和感があるのですよね。
考えてみると、日本のマーケティング研究の中で、「スポーツマーケティング」領域の扱い自体も独特です。例えば日本の大学でのマーケティング研究は、通常、経済・経営学部系の先生方が中心になって行われています。ところが、スポーツマーケティングの研究が行われているのはほとんど体育系大学・学部です。反対に経済・経営学部系の先生方で、スポーツマーケティングをやっている人は私の知る限りほとんどいません。そして両者の交流もあまりないようです。「スポーツマーケティング」と名乗っていても、普通のマーケティングの先生方は自分に関係ない領域だと思っているようですし、スポーツをやっている先生方は、あくまで「スポーツビジネス」の一環であり、あたかも「スポーツ独立王国」で暮らしているかのように、スポーツの世界に限定して捉えているのが実態のようです。

 訳者の方もあとがきでこんなようなことを書いています。

 「アメリカ合衆国やヨーロッパなどでは1980年代からスポート・マーケティングの研究が確立され、その分野における研究も盛んに行われており、(中略)わが国ではスポート・マーケティング自体もあまり知られておらず、研究レベルもそれほど進んでいない(後略)。」(p577)
 「欧米ではスポート・マーケティングは、マーケティングの一分野として考えられているか、マネジメント系の研究者が、その研究に携わっていることが多いが、わが国では、どうもイベントないしはスポーツの側面からのアプローチが主流であるために、スポート・マーケティングが体系的に研究されていない(後略)」(p578)


だそうです。

 しかし、スポーツマーケティングが注目されているというのは、日本のような成熟社会において、経済活動、いや人間生活の中で「スポーツ」というものの重みが増してきていることの反映に違いありません。
 訳者の見解では、アメリカ・ヨーロッパに比べて日本の状況が特殊なのかも知れませんが、「一般のマーケティング」「スポーツマーケティング」が互いに違う世界にいるのはもったいないことなのだから、日本でも互いに両者の知見を融合させて何かを語るような新しい知見や研究が欲しいところです。

 あ、そういえば実務家向きではないと書きましたが巻末のスポーツに関するアンケート調査項目は使えると思います。
 実務家の方も懲りずに是非580ページに挑戦してみてください!

☆B.G.ピッツ、D.K.ストッラー編著、首藤禎史、伊藤友章訳「スポート・マーケティングの基礎[第2版]」2006年、白桃書房

スポート・マーケティングの基礎 第2版 (HAKUTO Management)