すっかり更新がごぶさたしてしまいました。ちょっと忙しい日々が続いていました。読んだけど紹介していない本も溜まってしまいました...。久しぶりになってしまいましたが、自信を持って推薦できる良い本を今日は紹介します。

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 1999年、新規で起業したECビジネスのドットコム企業「ハーフ・ドット・コム」は激しい競争環境に勝ち抜き、十分な登録会員を集めるため、何とかして短期間で知名度をアップさせたいと思いました。しかし広告をやるだけの資金はありませんでした。でも何とかしなければなりません。コンサルタントも雇いました。でもいいアイデアは出ませんでした。サイトオープンを間近に控えて、マーケティング担当副社長としての筆者の緊張とプレッシャーはどんどん高まってきました。
 コンサルの焦点のぼけた提案を聞いて落ち込み、仕方なくその場でブレーンストーミングを始めたときでした。
 ふいにアイデアが浮かびました。「自分の会社を地図に表示させればよい!全国にはハーフという文字が含まれる町の名前が一つはあるはずだ。そこにお願いして『ハーフ・ドット・コム』に変えてもらえばいい!!」、という大変単純なアイデアでした。まさか「地名」と「知名」を引っ掛けて知名率を上げようとしたわけではないと思います(「地図の上に」というOn the Mapという言葉は同時に「有名にする」という意味もあるそうですが...)。とはいえ、町が会社の名前に変更してくれれば、それは話題になるでしょう。テレビや新聞・雑誌も取材になるはずです。一夜にして有名になるのは間違いありません。彼は早速行動を開始しました...

 ...3年後、有名になったハーフ・ドット・コムは、3年間で800万人の登録ユーザーを獲得することができました...

 ...なぜかというと――本当に小さな町の名前を「ハーフ・ドット・コム」に変えてしまったのです。思惑通り全米からメディアがかけつけニュースにし、結果として「大きなバズ」を引き起こし、有名になることができたのです。(拍手...パチパチパチ!)

 このウソみたいな実話、ちょっとリスペクトできる話です。「バズ」、つまり話題を引き起こすための突飛なアイデアは誰もが思いつくもの。しかしそれを実行に移すのが、実は一番大変なのです。実際に、町名を変更してもらうためにいかに町長や議会を説得することが大変だったか、ということも紹介されています。けれども、本当に低コストで有名になりたいのだったら、困難なアイデアに挑戦することが大切であり、そこに世の中を「あっ」と言わせること、つまり「バズ」を引き起こすことができるのだ、ということがわかります。

 最近のはやりで、「予算ないから、ちょっとバズで広告できないかなぁ〜」と気軽に相談してくる、企業のお気軽担当者には是非聞いて欲しい話です。

 さてこの本は、その当事者である著者マーク・ヒューズ氏が、自分の体験を切り口にして「バズ」を上手に引き起こす秘訣を書いた本、つまり今、巷で話題の例の「バズマーケティング」について書いた本です。
 ただ、このように書くと、自分の体験談を膨らませて書いた薄っぺらな本なのか?(例えば、セス・ゴーディンの著作のように)と疑う人もいるでしょう。しかし意外によくまとめられ、また興味深い事例なども紹介されており、納得して読める本でもあります。

 バズマーケティングに方法論があるのかどうか、定かではないですが、少なくともそれに取り組む上で注意すべき点、考慮すべき点はあるはずです。この本にはそういう情報が詰まってます。

 一例ですが、かつて話題を集めたVWの「ニュービートル」というクルマがありました。最近聞きませんよね。それもそのはず、販売が急落しているようなのです。著者いわく「品質の低下がバズを消す」(p152)。バズで話題になっても品質が伴わなくては、バズなどすぐ消えてしまうということです。

 逆に、悪いバズはより早く伝播するといいます。何と1人の苦情の陰には苦情を言わない客が26人おり、それらは平均16人に話をするから、合計で1人の苦情の陰で悪評は423人に伝達されるといいます(p155)。これは昔の調査に基づく数字なので、WEB時代はこの3倍になっているだろうとも筆者は言います。

 こんな風に、いろいろな有用な知識やヒントをわれわれに与えてくれます。さすがに、町の名前を企業名に変えてしまうくらい能力と実行力のある人です。

 さて他に、バズというものがどんな風に機能したのか、という事例もいくつか紹介されています。その中でとても面白かった事例、1984年にオンエアされた、アップル、マッキントッシュの伝説的CM「1984」のケースを紹介したいと思います。

 当時アップルコンピューターは、全くの無名企業でした。それが、全米でたった1回だけ流された「1984」と題するCMが大変な話題になり、それがきっかけで現在に至るアップル成長が始まったという話はよく知られています。
 なぜ、1回しかオンエアされなかったCMでアップルは有名になれたのか? そこには「バス」を引き起こす仕掛けがあったといいます。ちょっと長くなりますが引用します。

 「1984年に始まったアップルのマーケティングの成功は〈マッキントッシュ〉の直前に発表されて不時着した、もうひとつの新製品〈リサ〉に対する取り組みから予想外に発展したものだった。どちらのコンピューターも、映画界の大立者リドリー・スコットが監督したテレビ・コマーシャルで世に送り出された。1983年後半に放送された〈リサ〉のコマーシャルは、まったくの期待はずれに終わった。誰も記事に書かず、誰も話題にしなかった。ただもう、惨めな失敗としか言いようがなかった。〈リサ〉と〈マッキントッシュ〉のコマーシャルはスタイルも撮影法もよく似ており、どちらも監督はリドリー・スコットだった。なぜ片方が失敗し、もう一方は成功したのか? これはバズにおける貴重な教訓を与えてくれる。」(p186)
 「1983年12月、今では『1984コマーシャル』と呼ばれているものの最終版ができあがり、アップルの役員会披露された。役員会では不評だった。見た目も雰囲気も、注目を集めるのに失敗した〈リサ〉のコマーシャルにそっくりだったからだ。CEOのジョン・スカリーさえも、彼が好む従来のライフスタイル提案型の広告でなかったため、決断をためらった。『1984コマーシャル』を支持したのは、スティーブ・ジョブズとマーケティング・販売担当上級副社長のフロイド・クバムだけだった。彼らはその数週間前にハワイでアップルの営業担当者全員にそのコマーシャルを見せていた。見終わった営業担当者の熱狂的な反応を目撃し、ジョッブズとクバムはこれはいけると確信したのだった。
 しかし役員会は及び腰だった。彼らはフロイド・クバムに、スーパーボウルのために買った放送時間をすべて売却し、『1984コマーシャル』をあきらめろと命令した。(中略)ほとんどはなんとか売却できたが、最後に60秒枠だけが残った。(中略)最後に残った60秒枠は売られず、1984年1月22日、『1984コマーシャル』が包装されることになった。」(p187-188)
 「第3クォーターが始まったばかりのころ、タッチダウンが決まって、コマーシャルの時間になった。全米のテレビ画面が真っ暗になったかと思うと、アップルの『1984コマーシャル』の映像がフェードインした。」(p189)


 (注)実際に映像をご覧ください。

 「その直後から、全米のテレビ局の電話が鳴り出した。人々は口々に訊いた。『あれはなんだったんだ?』。そして、もう一度見たいからオンエアしてくれと要求した。アップルでも、電話がひっきりなしに鳴りはじめた。コマーシャルは、全国ネットワークのすべてと、何百という地方テレビ局で再放送された。フットボールの試合は38対9という大差で終了し、何の話題性もなかった。マスコミにとっての真のニュースは、全国を席巻したアップルの『1984コマーシャル』だった。」(p190)

 アップル「1984」のCMは、表現としても刺激的なのですが、その登場秘話というのも劇的なわけですね。このCMがなければ今日のアップルの成功はなかったかもしれないし、iMACやiPodなどという製品もこの世に生み出されることがなかったかも知れないのですから、ひょっとすると人類文化の歴史にとっての特別な一日だったかも知れないですね。

 しかし、アップルは偶然の成功によって生まれた「バズ」に100%依存したわけではありませんでした。

 「バズをさらに生み出したのは、制作に100万ドル近くかかったこの60秒コマーシャルを二度と放映しないという、アップルのとんでもない宣言だった。アップルは100万ドルもする貴重な広告を棒にふろうとしていた! じつのところ、アップルにはそのコマーシャルを再放送する予算が残っていなかったのだ。しかし、スティーブ・ジョブズとその部下たちは、真の理由を公表しなかった。100万ドルの広告を棒にふるという、一見とんでもない決定には排他的な雰囲気が漂い、それがいっそう、大衆ばかりでなくマスコミの興味もかき立てた。アップルが二度と放映しないと宣言したことで、全国ネット、地方局ともテレビはこのコマーシャルを繰り返し流した。何百万ドル分の放送時間を、この会社は費用ゼロで手に入れたのだ。あっぱれ。」(p190)

 すごいですね〜。こうなると神話ですね。特にスティーブ・ジョッブズは、もはや預言者か神ですね。

 「こちらが広めて欲しい話題を、みんなが興味を持って勝手に話してくれる」。その環境を作る、というのがバズマーケティングの真髄だと思うのですが、このアップルのケースからは、バズを引き起こすためにわれわれが学べるポイントがたくさんあると思います。

 この本、他にもコーラ戦争の話、ブリトニー・スピアーズがヒットしたプロセスなど興味深い事例が収められており、読み応えも、学ぶべき点も多い本です。

 バズマーケティングに関心のある方の必読書だと断言できます。

☆マーク・ヒューズ著、依田卓巳訳「バズマーケティング」(2006年)ダイヤモンド社
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