この本は、2005年3月に出版され、以前ここでも紹介した「ひとつ上のプレゼン。」という本の続編に当たります。20人の広告・建築業界で活躍するクリエイター・建築家が登場し、自らの「アイディアの生み出し方」について語っています。

 「アイディア」というのは、広告会社の生命線のようによく言われます。つまり広告会社がクライアントにお買い上げ頂くものの本質はアイディアであって、広告制作物自体ではない、ということです(アイディアのない広告はただの動画や“紙”に過ぎません)。それだけに我々の毎日の仕事それ自体が、新しいアイディアを考え、生み出し、持ち寄り、形にして、という作業の繰り返しであると言っても過言ではありません。
 広告の仕事の中では「アイディアを生み出す」ということが仕事の本質であるわけです。

 その意味で、優れたクリエイターの「アイディアの生み出し方」を集めたこの本は興味深いわけです。他人の方法をただ読んだぐらいで、自分の身につくということはないかもしれません。しかし、著名なクリエイターが著名であるゆえんは、優れたアイディアを生み出し続けてきたということだと思いますし、アイディアを商売とする我々にとって参考にならないはずがありません。この本から、自分と似たタイプの思考をするクリエイターを発見して、その人の制作物をちょっと注意して見てみる、という使い方もできると思いますし、何人かの人の方法を比較することで自分なりに共通点を発見したり、自分の持っている考え方を相対化したりすることもできると思います。
 前に出版された「ひとつ上のプレゼン。」もそうでしたが、私は自分の仕事に活かせるヒントがたくさんちりばめられていると思います。
 これだけ粒揃いのクリエイターが同じテーマで話をするということはなかなかないわけですから、広告の仕事に携わっている人、あるいは「アイディア」に関心のある人には一読をお勧めします。

 さて、ここでは「ひとつ上のプレゼン。」を紹介した時同様、私の印象に残った、偉大な先達たちの金言(?)をいくつかピックアップしたいと思います。

・佐藤可士和氏(サムライ)
 「広告はほとんど見られていない。ぼくはそう思っています。大げさに言えば、誰にも見られていない。そういう前提で広告を作っています。(中略)よほどのことをしなければ、人は注目などしないと考えています。ただ目立つだけでも難しい。ましてや正確に何かを伝達することなど、実はできないのではないかと思うぐらいです。だから、感性のハードルをずっと下げてみて、何とか伝えようと努力するわけです。」(p31)
 「こういうマインドで、ポスターやCM、ロゴマーク、パッケージなどをつくっているのですが、でも制作物はあくまでインターフェースです。実際に作るのは、それを見たあとの感触だと思っています。びっくりした、かわいい、面白い、かっこいいと感じたりする、その感触をクリエイトするわけです。(p31)
 
 
 佐藤氏は、新進気鋭のクリエイターとして最近よく名前を聞きます。ホンダステップワゴンやキリン「極生」の新発売時の広告を制作された方ですね。私は「広告は見られていない、そこでどうするか?」という問題意識と、「広告はそれに接した後の受け手の気持ち(感情等々)を作るのだ」という視点に深く共感します。

・多田琢氏(タグボート)
 「だいたいいつも、扱う商品について『自分にとって理想的なCMをいま見た』と仮定することから始めます。それを見た自分はどういう感覚になって、どういう気持ちになるのか。その点だけをまず思い浮かべてみる。それからその後味を味わうためには、どういうCMを見なければいけないのかを考えます。それは映像に重点を置いたものなのか。ストーリーを重視したものなのか。それともメッセージ性の強いものなのか、と。」(p41) 

 多田氏というと、感覚的・感性的なCMを作る方、という印象を私は持っていたのですが、上記のコメントなどを見ると、感覚的ではありますが、実はとてもロジカルな発想法をされているのだなと思いました。広告を見た後の受け手を考える視点という意味では、佐藤氏と通じるところがありますね。

・岡康道氏(タグボート)
 「ぼくがいつもやっているのは頭のなかにあるサイコロの6つの面を埋めることです。例えば、以前つくった化粧品『UVカット』の広告を考えたときには、サイコロの最初の1面には、その商品そのものである『UVカット』という言葉を入れました。そして、それを転がした次の面には、少し噛み砕いた『夏、肌が日に焼けない』という言葉。さらにひとつ転がした3つめの面には、少しだけひねって『だから、海に行ったことが誰にもわからない』と書く。その調子で思考を発展させて、4つめの面には『アリバイ』と。5つめの面には『夏、女の子が誰かと海に行っても他人にわからない』。そして最後の面には、『夏、女の子が男をだますためのツール』と入れる。『UVカット』という商品から、『夏、女の子が男をだますためのツール』という最終アイディアを、一足飛びに連想するのは難しいでしょうが、こうしてサイコロの6つの面を埋めるようにしながら、順々にアイディアを転がしていけば、たどりつくことができるわけです。」(p138)
 「自分なりにロジカルに展開しているがゆえに、スタートからゴールまでの思考の道筋はよく見えています。プロセスがはっきりしているということは、他人にも説明がしやすいということでもある。つまり、クライアントへのプレゼンがしやすいというメリットがあります。」(p139)
 

 面白い! これはいいです! 連想ゲームみたいですね。このセオリーなら私でも面白いアイディアを生み出せそうだし、よいプレゼンもできそうです(笑)。
 それにしても多田氏にしても岡氏にしても発想がロジカル(つまり一種の理詰め)ですね。意外とタグボートは、ロジカルクリエイター集団なのでしょうか?

・柴田常文氏(博報堂C&D)
 「アイディアとえば、必ず『どこでひらめくのですか?』とたずねられます。でも、実際のところは、『ひらめく』ものではないというのがぼくの実感です」(p161) 

 柴田氏は続けて、アイディアを生み出すためには、オリエンテーションの情報や市場データ、競合の動向、そしてそれだけでなく一人の生活者としての自分の皮膚感覚のようなものも大切にして商品の抱える問題点を見つけ出す、ということが必要だと述べています。

・杉山恒太郎氏(電通)
 「アイディアは確かに直感から生まれるものですが、いつまでもただじっとと浮かぶのを待っていればいいというものではありません。(中略)テーマを相当ロジカルに追い詰めて、追い詰めた先にロジックを超えて生まれてくるものです。ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんは、とにかく毎日、勉強しろとおっしゃっています。コツコツと、とにかく勉強しろ。勉強して勉強して、そして直感を磨くんだ! と一見矛盾したことを言っているようですが、これにつきます。ぼくはこの小柴さんの言葉は、アイディアの本質をとらえていると思います。」(p201)

 いい言葉ですね〜。「勉強して、勉強して、直感を磨け!」。座右の銘にしたいくらいです。本当に「アイディアを生み出す」ことの本質を突いているような気がします。


 まあ、全体的に見ますと共通している意見が2つくらいありそうです。

 一つは、アイディアは無から生まれることはなくて、商品や企業の課題、あるいはクライアントの問題意識の中にアイディアを生み出すヒントが必ずあるということ。そして、もう一つはアイディアは直感的かもしれないけれど、ロジカルに考えて生み出すものである、ということです。

 なるほどな、という感じです。

 あと、最後にアイディアについてこんな意見もありました。社会に対するコミュニケーション活動を実施している我々の立場からすると当然のことですが、受ければ何でも良いと安易に考えているような人もたまにいたりするので、困りますね。
 クライアントの商品に対する責任を背負っている広告は、バラエティ番組とは違うのですから。
 
 ・大島征夫氏(dof)
 「視点がユニークであれば何をやってもいいと思っている人がいるが、その考えには同意できない。ぼくはアイディアや企画は、ある程度、社会的な責任を負うべきだと考えている。人を貶め、心を傷つけるようなアイディアや企画ならば、やらないほうがいい。」(p25) 

☆眞木準編「ひとつ上のアイディア。」(2005年)インプレス

ひとつ上のアイディア。