この本の著者、参議院議員の世耕弘成議員は、昨年の総選挙で自民党の「コミュニケーション戦略チーム」を主催し、広報戦略という面から自民党の大勝に大きく貢献した人として有名になられた人ですね。
 この本はその世耕議員が、昨年の総選挙の舞台裏を軸に「広報」とはどうあるべきかということについて書いた本です。
 
 昨年の総選挙はコミュニケーションビジネスに携わるものにとって、自民党と民主党が、共にPR会社を雇い入れて本格的な選挙PRに乗り出した選挙として注目を集めました。アメリカでは大統領選挙など大きな選挙の際に、PR会社や選挙コミュニケーションコンサルタントが活躍するという話はよく知られていますが、私は、とうとう日本もそういう時代が来たのかという一種の感慨深さを感じましたし、一足先にPR会社(フライシュマン・ヒラード・ジャパン)を雇い入れ「マニフェスト」という新しい公約の見せ方を開発して選挙に勝利を収めてきた民主党に、プラップジャパンというPR会社を雇った自民党がどう対抗していくのか? PR会社の代理戦争どっちが勝つのか?という野次馬的興味も感じました。
 しかし選挙が終わって、自民党の選挙広報活動の舞台裏が次第に明らかになるにつれて、どうもPR会社の代理戦争などというものではない、もっと次元の違う本格的な選挙コミュニケーション活動が、自民党自らの主導の元に行われていたらしいということがわかってきました。その中心にあったのが自民党の「コミュニケーション戦略チーム」であり、それを統括していたのが世耕議員だったわけです。

 とはいえ、この本で語られているのは昨年の総選挙の単なる裏話ではありません。国や企業におけるコミュニケーション活動とはどうあるべきか、それに携わる人は何をすればいいのか、という比較的大きなテーマが著者の経験を通じて語られています。

 世耕氏はもともとNTT広報部勤務が長く、そこで「広報」についてのさまざまなスキル、例えばマスコミ論調の読み方や記者との付き合い方、企業トップのコミュニケーションのあり方などを身につけたということです。
 新人時代には、毎朝新聞11紙を切抜きして役員に配るなんていうハードな仕事もこなしたそうです。

 「『君、明日から毎朝6時半にくるんだよ』とは、配属された上司から言われた言葉である。毎日、早朝出勤して新聞の切抜きをしろという意味なのだ。これは新入社員には伝わらないようになっている。誰も配属希望を出さなくなるからだ。」(p136)

 その後アメリカの広報専門の大学院にも通い、将来は広報のプロフェッショナルとしてキャリアを積むことを考えていた氏は、参議院議員だった伯父の死により転機を迎えます。本来望まなかった選挙に立候補し当選。政界入りを果たすわけです。それが98年のことでした。
 しかし広報の専門家としてそこで見たのは、政府、特にそのトップである首相についてのあまりにもずさんな広報体制だったといいます。

 「私は森さんが総理になったとき、ぶら下がり取材では、どいうい準備をしているのか尋ねた。答えは『準備ゼロ』。秘書官が『今から出ます』といきなり扉を開け、総理はそのまま記者に囲まれるのである。多忙な総理に、ぶら下がり取材の勉強をしている時間はない。どうしようもない緊急事態が起きているときだけは、走り書きみないなメモを秘書官から手渡される。まったくコミュニケーションに関する戦略的ガードがないのだ。(p29)」
 「私はあるプランを持って、官邸記者クラブのキャップたちと会合した際、こう申し入れた。『とにかくもう、ぶら下がり取材はやめてくれませんか。総理の記者会見は1日1回、夕方に必ず開きますから。その代わり政府のスポークスマンが、1日24時間、いつだってみなさんの質問に答えるようにします』
 しかし、官邸記者クラブ側はそんなことは認められないという。
 『世耕さん、これは我々の権利です。24時間なにがあるかわからない、どんなときでも国民に代わって総理大臣のコメントを取れるというのが、我々の特権なんです。』
 記者たちが国民の知る権利に貢献していることはよくわかる。ただし、それによって日本の総理大臣だけが準備ゼロのままマイクやレコーダーを向けられ、コメントを求められる。総理大臣の発言は準備されたものかどうかに関係なく、世界を駆け巡る。当然、経済で言えば、株価や為替にも影響する。」(p33-34)


 言われてみれば、われわれの生活とも決して無縁ではない深刻な問題です。

 しかし、当選間もない新人議員の叫びでは既成の壁を壊すことが難しく、問題提起はし続けたものの、結局実現はしなかったようです。それが昨年の総選挙で、自民党が民主党への対抗上「広報」の必要性を感じ、いくつかの経緯があって、以前から問題提起をしていた世耕議員に「広報担当者」としての白羽の矢が立ったようです。初当選から7年(!)、ようやく「自民党広報本部代理兼幹事長補佐」という肩書きを手にし、自らの問題意識を実行に移すチャンスを得たわけです。

 総選挙の舞台裏の話を紹介するまでに、ちょっと長くなってしまいました。
 本当はこの本で一番面白いく実務的にも学ぶものが多いのは、やはり選挙の舞台裏で「コミュニケーション戦略チーム」を統括し、まさに水を得た魚のように活躍する話なのですが、もう長くなったのでここでは触れません。みなさん本を読んでみてください。コミュニケーションビジネスに携わる人はもちろん、全く予備知識がない人でも興味深く読めると思います。

 自民党の選挙広報活動も、これからもこんな調子で行くとしたら、他党は地力からいってもかなわないでしょうし、ちょっと怖い気さえします。それくらい、選挙結果だけでなく、コミュニケーション活動も「完勝」だったと言える話です。
  
 さて、最後にもう一つ。
 この本のあとがきの部分で氏は「改革の志」を持つ人にエールを送っています。本文に劣らずこの部分がとても印象的だったので、また少し長いのですが引用してみたいと思います。
 「ゴルバチョフ理論」というものです。

 「改革の同志である読者の方にアドバイスするとしたら、改革の意志を持ち続けることです。ただし、それをいつどうやって実現するのかの潮目を、十分に見極めてください。それを私はゴルバチョフ理論と名付けています。ソ連のゴルバチョフ書記長は、ソビエト共産党を徹底的に改革して最後は党を潰した人ですが、本人はソビエト共産党という組織の中で偉くなった人です。若い頃からトップに立つまでは、上に気を遣いながら、ある時は上司にゴマをすり、自分の言いたいことを我慢して出世したのでしょう。トップになってから初めて改革を断行したのです。彼がもし中途半端なポジションで、自分のやろうとしている改革を声高に主張していたら、必ず潰され粛清されて終わりだったに違いありません。
 組織の中では、ゴルバチョフ書記長のようにトップに登りきらずとも、ポジションとタイミングの組み合わせのどこかで、必ず改革の潮目がくるものなのです。(中略)改革はその時実行すべきです。その潮目が来るのをある程度待ち、チャンスが来たら見逃してはなりません。」(p179-180)


 氏は7年待って実現したわけですから。

 何か「プレジデント」の特集記事みたいな話ではありますが、会社勤めをしている私などにとってはちょっと励まされるいい話だと思いました。

☆世耕弘成「プロフェッショナル広報戦略」(2006年)ゴマブックス

プロフェッショナル広報戦略