年の瀬になってきました。

 年の瀬になるとよく新聞・雑誌では、今年のMy Bestなどの企画をします。私、意外とああいうの見てしまうのですよね。自分が読んで面白かったと思った本を、誰かがそこで良かった本として取り上げて紹介していれば、「おおそうだよな。この人は何が面白いと思ったのだろう」などと見てしまうわけです。
 また、3冊ぐらい本を紹介する中で同じ専門分野の人が互いに全く違った本を紹介していたりして、本を見る目は人により違うものだ、と思ったりすることもあります。

 もともとこのブログ、自分で読んだ本の備忘録程度のつもりで始めたもので、新聞・雑誌など読まれることを前提にしたものとは違いますが(中には読んでくれている方もいらっしゃるようですが。そういう人はたまにはコメントなど残してくださいね)、“あぁ、あの時あの本に影響受けていたのか”と懐かしく思い出されたりすることもあると思うので、ここで「今年の3冊」を選んで記しておこうと思います。

1位 12月15日書評 「ドン・シュルツの統合マーケティング」
 ◆ドン・シュルツ、ハイジ・シュルツ、博報堂タッチポイント・プロジェクト「ドン・シュルツの統合マーケティング」(2005年)ダイヤモンド社

 一番最近紹介した本ですが、一番刺激を受けました。IMCというと「商品と消費者の接点をうまく管理することだよね。でもそれってもう当たり前だよね。」という人がいると思います。確かにその通りですが、この本はそんな薄っぺらなことを長々と主張した本ではありません。新しい視点での「顧客の捉え方」を中核に据えて、新しいマーケティングの考え方にトライしたものでした。そしてその顧客の捉え方とは「顧客は企業にとって、価値を生み出す資産である」という捉え方です。こうした捉え方をすることにより、マーケティングに「投資効果」というフィナンシャルの考え方を適用することが可能になります。そしてマーケティングとフィナンシャルの幸せな(たぶん...)出会いが生まれ、そこに新しい可能性が生じます(うまく行けば)。同時にこれは、広告業界にとっての鬼門「投資効果のアカウンタビリティ」という課題を解く鍵を与えてくれそうなものでもあります。

 本は厚いし専門的ですから、じっくり読む必要はないかも知れませんが、ナナメ読みをすればきっと「この部分はわかる」とか「この部分は共感できる」という箇所に出会います。その部分だけじっくり読むような読み方でも良いかも知れません。例えば、広告業界では誰でも知っている「AIDMA」を完全否定する一節などもあります。少しだけかじっただけでも、何かは残ると思います。
ドン・シュルツの統合マーケティング


2位 5月22日書評 「心脳マーケティング」
 ◆ジェラルド・ザルトマン著、藤川佳則、阿久津聡訳「心脳マーケティング」(2005年)ダイヤモンド社
  
 これも難しい本ではあります。従来一般に行われている消費者調査を批判し、新しい調査方法を提案するものです。主張の背景になっているものに、こんな認識があります――「人間の意思決定の95%は無意識下で行われる。従来は残り5%を対象に調査をしてきた。しかし無意識にアプローチしないと、真の消費者理解には到達しない」。確かに「5%の意思決定部分」を対象とした調査では心もとないです。
 消費者調査に疑問を感じ、深いインサイトを探りたいと考えている人にとっては、ザルトマン博士の主張は心に響くものがあると思います。

 ただ、博士の提唱する手法自体が必ずしもいい方法とは限りません。博報堂が今年の7月に博士の提唱する「ZMET」という手法を日本で提供すると発表しましたが、聞くところによると費用は高額で調査ステップも複雑、時間もかかるようです。ZMETは世界中で実績があるようですが、手間とコストと時間がかかる調査がそんなに普及するとは思えません。実際の仕事の現場で使いやすいようでないとダメでしょう。
 博士の問題提起はその通りだと思いますので、われわれとしては、博士の問題意識を共有した上で、従来の調査方法にひと工夫加えるようなことが、取るべき対応法なのではないかと思います。ちょっと工夫するだけで、これまでよりもずっと消費者の「インサイト」に到達できそうな気もします。
 博士の手法をまるごと持ってくるのではなくて、われわれの仕事の現場で、われわれ自身が創意工夫をすることが大切だと思いますし、そのヒントがこの本にはちりばめられているような気がします。
心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす Harvard Business School Press


3位 8月13日書評 「マーケティング企画技術」
 ◆山本直人「マーケティング企画技術 マーケティング・マインド養成講座」(2005年)東洋経済新報社

 この本は、マーケティングコミュニケーションの領域におけるプランニングの仕方、あるいは企画書の書き方について書いた本です。
 新入社員のテキストとしていいような気もしますが、3〜5年くらいの実務経験のある人が見るととても役に立つと思います。
 大手の広告代理店に入ったとしても、あるいは中小の広告代理店に入った場合はなおさら、プランニングの進め方など誰も教えてくれないものではないでしょうか。結局は自己流に開発するしかないのですが、3〜5年実務をこなすと少し余裕も出て、自分のプランニングの方法はこれでいいのかな? という疑問を感じたりすることがあると思います。そんな人の参考書として優れていると思うのです。
 懇切丁寧にプランニング上のポイントをまとめてありますので、机の横に置いておいて、気になったところを探して読んでみる、という使い方でいいと思います。
 これまでの企画書に「ロジカルな感じ」というスパイスがかかって、説得力が高まると思いますよ。
マーケティング企画技術―マーケティング・マインド養成講座


 次回も書評は休んで、マーケティングコミュニケーション領域における今年のトピック――来年以降に向けての潮目の変化のようなもの――をまとめてみようと思います。