この本を読んでいてずっと感じていたのは、あまりいい言い方ではありませんが、雑な議論をしている、ということでした。

 本書を要約すると、ブランドが消費者と強い絆を作るうえでは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)をトータルに刺激するブランドコミュニケーション(広義の)が重要だ、という指摘です。本書のカバーもご丁寧に(笑)、触覚を刺激できるよう表面に凹凸ができています。

 「消費者の理性の働きをブロックして、直接感情に働きかけるブランドがもっとも威力を発揮することができるというのは、明白な事実です。そして、感情は感覚への刺激から生まれます。」(訳者まえがき鵝

 こうした指摘自体は正しいと思います。ブランディングはよく恋愛に例えられますが、人(ブランド)を好きになる時に、理性的判断より感覚的な反応が優先してしまうことに同意する人は多いと思います。ちょっとしたしぐさ、香水やコロンの香り、軽いボディタッチで恋に落ちてしまうことはあり得るでしょ?(みなさま!)。ブランドも同じです。
 逆に感覚的要素でそのブランドが嫌いになることもありえます。
 私は、以前住んでいた家の近くにあったあったコンビニの店内にいつも漂っているニオイがとても苦手でした(なぜかそのチェーンの店はどこでも同じニオイが漂っているような気がしました)。いまだに、そのコンビニチェーンは好きになれません。
 
 とはいえ、こうした「五感」に注目する指摘は、マーケティング上では決して新しいものではありません。過去繰り返し繰り返しなされてきたと思います。例えば、「エモーショナルブランディング」(マーク・ゴーべ、2002年)、「エスセティックスのマーケティング戦略」(シュミット、シモンソン、1998年)など。重要性はわかりますが、言い古されたテーマです。

 したがって、筆者が事例として取り上げているのも、ある意味発見の少ないものです。例えば、自動車メーカーがクルマの性能とは直接関係のない「音」にこだわっていることが五感を重視する例として紹介されていますが、よく知られていることです。ドアの閉まる音や排気音(エンジン音)を心地よいものにしようというのは、ドアの閉まるバタンという音や、クルマの排気音が何もしなければ非常に不快なものになってしまうことを考えれば、クルマの開発者でなくても当然考えることではないでしょうか。
 五感で感じさせようとするのは、マーケティングの4Pで言えば、Product、つまり製品・サービスに関する部分が大きいと思います。多くの開発者は、消費者に気持ちよく使って(食べて)もらうために、視覚(デザイン)はもちろんのこと、触覚的なもの、ニオイ、音、食品ならば当然味覚を配慮するものだと思います。
 ちなみに、先ほどの「排気音」については面白い話を聞いたことがあります。以前担当していたある自動車メーカーのスポーツカーについてですが、その開発担当者が言うには、そのクルマの排気音は「夜中コンビニの駐車場でアイドリングしたとき、周りの人を威嚇できる音」をイメージしてチューニングしたということでした。“ヤンキー仕様”ということですね。私は面食いましたが、同時にすごい目の付け所だと感心もしました。下品なようだけど、スポーツカーを欲しがる20代前半男性くらいのターゲット層の心理をうまくとらえているなぁと思ったからです。実際そのクルマはよく売れました。これは10年以上前の話ですが、こうした視点はもの作りに携わる人なら、多かれ少なかれ共有していた感覚だと思うのです。

 したがって、著者のように五感が大事という指摘だけでは、当たり前すぎて物足りません。仮に、上記「エスセティックスのマーケティング」(本は絶版のようです)などで展開されているような、デザイン的なものの優位性を主張する議論だったら、かえって焦点が絞れて有意義感を得たかもしれません。

 むしろ、五感が大事だとしても実際に考えれば本当に難しいのは、具体的に自分の担当するブランドは、顧客にどんな感覚を提供すればいいのか? ということではないかと思います。例えばニオイが大事だとすると、具体的にどんなニオイをつければいいのか? ということです。あるいはどんな触感が必要か? どんな音が必要か? ということです。困ったことに、感覚的要素は商品開発者がよかれと思ってやっていることでも、消費者がそれを喜ぶかどうかはなかなかわからないものです。海外旅行に行ったとき、ホテルに置いてあるシャンプーの香りが強くて閉口した経験を持つ日本人は少なくないと思います。それと同じように、何を心地よいと感じるかの感覚は、人により、文化により、生活環境により異なるがゆえ、何を提供すべきか判断しにくいのです。
 事前に実際に使わせて評価を取る方法もあり得ますが、彼らが調査を通じて、何がいいという方向性を示してくれることはあり得ません。何が不満か語るか、用意された選択肢の中で、一番「まし」なものを選ぶだけです。実際調査をするにしても、商品のコンセプトテストなどに比べずっと手間もかかり大変ことが必要です。

 こうした難しい点について、この本では明確な「答え」を示してはいません。問題提起すらしていません。こういう点が、議論を雑に感じてしまう大きな原因だと思います。
 
 逆にこんな事例を紹介しています。

 「GMは、見込み客が触り、聞き、嗅ぐすべてのものを偶然性にまかせてはいません。キャデラックの新車のニオイ、つまり、工場から出荷されたばかりのエーテルのニオイは、カスタマイズされたエンジニアリングの結果なのです。2003年、彼らは特別な香りを調合し、それは革のシートに化学的に処理されています。(中略)私たちは、今では革の本当のニオイよりも人工的なニオイの方を好むのです。自動車メーカーは、顧客の要求を満足させることに大きな努力を注いでおり、自動車のための人工的な革のニオイを調合したのです。」(p141-142)

 このような人工のニオイをクルマに添加することは、フォードも、クライスラーもやってると指摘しています。さらに、

 「ブラドセンスの調査によると、アメリカの消費者の27%はフォードの自動車は、他と違う独特なニオイがすると信じています。一方トヨタについては、同じ答えは22%しかありませんでした。ヨーロッパではもっと顕著な差があり、34%がフォードのニオイは独特だと答えていますが、対照的にトヨタについては23%しかそう考えていません。」(p142)

 筆者は、フォードに独特のニオイが知覚されていることを好ましく考えているようですが、最近のフォードの凋落、トヨタの躍進を思うと、このニオイの知覚の有無は、フォードにネガティブに働いている可能性があるのではないでしょうか?(特にヨーロッパでは)。そういう可能性についても、本書ではやや注意が足りないように思います。

 もちろん、筆者は五感に注目する必要性だけを述べているのではなく、感覚的要素でブランディングをするという発想に立ち、感覚的視点から見たブランドの現状分析(監査)方法、あるいは、ブランドの感覚的要素を測定する方法についても紹介しています。その測定する試みは新しいものといえそうですが、こんな記述もあります。

 「アメリカの消費者の60%が、ペプシがより強い皮膚感覚を提供すると答えています。対照的に、コカ・コーラが独特だと考える人は55%しかいません。統計的不確実性を考慮に入れるにしても、100年余にわたるライバルであるペプシと比べて5%も低いということは驚くべきことです。」(p136)

 この言っていることの意味自体がわからないのですが、仮に差があったとして、それにどんな意味があるのか、本当に「驚くべきこと」なのかどうかもわかりません。測定できる、といっているものも、So What? と突っ込みを入れたくなります。

 あとは、感覚反応とブランド考慮との関係を共分散構造分析を使ったりして分析しているようですが、これも私は何か新しいことを言えるようなモデルだとも思えませんでした。

 長々と批判的に書いてしまいましたが、感覚の測定方法開発など、筆者が新しいことに挑戦しようとしている意図は認めなくてはなりません。しかし、誰も言ってなかったような新しい仮説を述べるというのと、半分思いつきのような感じで雑な議論をするというのは大きく異なってます。前者はウエルカムですが、後者は「だから何?」という感じになってしまうでしょう。

 とはいえ、感覚が大切だという基本主張は、きっとマーケティングに携わるすべての人が考慮しなければならないポイントだと思うし、ここに書いた感想も私の意見なので、実際に読んだみなさんは私とは全く異なる印象を持たれるかもしれません。
 期待を大きく持って読むと、少し裏切られる気がするかもしれませんが、多少問題あるかな、という目で読むと、意外と発見があって面白いかもしれません。

 この分野にご興味のある方は、ぜひ直接ご自分の目でお確かめください。


☆マーチン・リンストローム著、ルディー和子訳「五感刺激のブランド戦略」(2005年)ダイヤモンド社

五感刺激のブランド戦略