「プレゼン」...広告業界にあまり馴染みのない方に説明をしますと、「プレゼンテーション」の略で、広告会社がクライアントに対して比較的あらたまった場で行う、自社プランを説明して採用を働きかける機会を言います。「プレテ」という人もいます。
30分から2時間程度時間をもらって、2〜3人から、多い時には会議室を埋め尽くす20人以上の人に対して、いかに自分たちの提案内容が優れているのかをいろいろな手段を使って説得するわけですが、これが成功するか失敗するかで(つまり採用・不採用により)数十億円のアカウント(仕事の扱い)が左右されることがあるので、大変重要な機会です。
そうしたものですから、広告会社にいる人は当然プレゼンを大切に考えているわけですし、プレゼンが上手な人(つまりその機会を上手に演出できる人)は、会社の中でも高い評価が与えられることが多いと思います。
それだけ重要なプレゼンですから、他の人、とりわけ広告業界で活躍している人はどんなプレゼンをしているのだろう、ということは興味があります。あまりそうした話は表に出て来ないし、他社のプレゼンを見ることも通常ありません。自分に参考にできる部分があれば参考にしたいし、単純にのぞいてみたい気もします。
今回紹介する本は、主に広告業界で活躍する19人のクリエイターが「私のプレゼン」をさまざまな角度から語ったアソート集です。
読んでみて、なるほど〜、と興味深いところがいくつもありました。
ちなみに、クリエイターの話なので、クリエイティブプランを提案する話がメインとなっています。これ、同じプレゼンに望むにしても営業やプランナーの立場ならば、まったく別の話があると思いますが、それは置いておきましょう。
以下、印象に残った偉大な先達たちの金言(?)をいくつかピックアップしました。
・岡康道氏(タグボート)
「うまいプレゼンなんかいらない。いい企画を考えることが重要だ。」(p40)
「プレゼンが迫ってきたらやることはひとつしかない。直前までもっといい企画はないのか考えることだ」(p41)
いいですね。一つ二つ出てきたアイデアに最後まで縛られてしまう人って、クリエイターに限らず少なくないと思うのですが、直前まで油断せず考え抜くことは大事にしたいです。意外と後からいいアイデア出ると、前に固執していたアイデアが陳腐に見えたりしますから。
・中島信也氏(東北新社)
「パワーポイントを使った説明が始まると、突然プレゼンそのものがつまらなくなる。内容も理解できなくなってしまう。(中略)なぜ、つまらないと感じるのか、それは、プレゼンの主役が『資料』になってしまうことが最大の原因でしょう。」(p49)
パワーポイントがイヤだという声は、おおむね共通していました。クリエイターは特にそうでしょうが、プランナーも心に留めるべき言葉ですね。
・團紀彦氏(建築家)
「大切なのは、自分の意図を理解してもらうことではなく、クライアントが積極的に参加してくれる姿勢になることです。いわば、提案者である私たちの手を離れて、クライアントが内容に対していろんな解釈をして、イマジネーションを働かせながら参加してくれる状況を作り出すこと。」(p78)
團氏は建築家ですが、広告業にも全く当てはまる話です。こちらが詳しい説明をしないでも、聞き手がこんな風な効果がありそうだとか、こんな風に使えるとか、勝手に考え始めた時、それは提案物が送り手と受け手の共有物になった「いいプレゼン」の瞬間だと思うのです。こうなれば、間違いなく採用されそうです。
この話は、19人の中でもとりわけ大切にすべき視点だと思いました。
・佐々木宏氏(シンガタ)
「ちょっとダサいですが、ぼくにとってプレゼンは『プレゼント』という感じがするんです。リボンをつけて人に贈り物をするのと同じで、靴下を欲しがっている相手に、そのままの靴下をわたしても、『私の欲しいものが買ってあったのね』程度の反応でしょうが、靴下型のダイヤモンドだったりとか、靴下だけど、その中に意外なものが入っていたりとか、ちょっとした工夫をしてあげれば喜んでもらえますよね。そのちょっとした工夫が、自分がひと晩徹夜をすることでできるならば、やってみたいと僕は思う。」(p89)
正直言って「靴下」の比喩はわからないのですが(苦笑)、プレゼンはプレゼントという発想はいいですね。私も人にプレゼントを贈ることは好きで、悩んで工夫したりするもの好きなのですが、そう思うとプレゼンも相手に喜んでもらえるようする、という視点で工夫できると思います。「相手本位」というのは商売なら何でも大切な態度ですしね。
・多田琢氏(タグボート)
「クライアントの方針はもちろん重視しますが、相手の好みなどはあまり考えない。要するに、どういうものが通りやすい、ということは考えないんです。そうではなくて、相手にとって一番必要なはずのものを提案したい。いい寿司屋は、お客さんの好みを事前に調べたりしないで、とりあえず一番いいネタで勝負しますよね。それと同じです。」(p133)
私は多田氏のこうした主張に賛成ではなくて、むしろ反対です。お客の好みをさりげなく聞き出してネタを出してくれる寿司屋の方が、本当のいい寿司屋なんじゃないかなぁ、と思うからです。しかしいいアイデアで勝負をすべきという考えは、本当に優れたクリエイティブを生み出す秘訣として傾聴すべきだ、とも思うのです。特に広告がつまらなくなったといわれる今日においては。
・小沢正光氏(博報堂)
「もちろんお客様(注:たぶん消費者)の声もよく聞きますし、クリエイティブの声を聞くのも当然ですが、最もその商品のことを考えているクライアントの声を聞けというのがぼくの主義なんです。だいたい、そのなかに答えがあります。」(p139)
「企業のトップが考えていないことが切り口になるというケースは、まずありえないと思います。そんな企業はつぶれますよ」(p142)
本の中で、多田氏と小沢氏は続けて紹介されているのですが、制作方針は真逆とも受け取れます。クリエイティブのやり方に決まりはないということを感じさせる上で、この対比は編集の妙ですね。私自身は小沢氏の発想に近しいものを感じますが。
みなさんそれぞれ自分の考えや秘訣を持っていて、引き込まれます。「プレゼン」というものが身近な人にとっては、多くの発見があるのではないかと思います。
さて、一人ひとりアプローチは個性もあってさまざまなのですが、そうした中にあって、奇妙なくらい、ほぼすべての人が共通して主張していた内容が一つだけありました。
「競合コンペ」についてです。
代表して、柴田常文氏(博報堂)の意見を紹介します。
「大きなビジネス案件になると、ズラーッと何社もが競合でプレゼンするわけです。確かに、その中のどの会社が最もよく自分たちの悩みを聞いてくれるのだろうか、広く叡智を集めたい、という気持ちはわかります。でも取り組む側にすれば、いかにコンペに勝つかが優先になって、クライアントやその商品のことが二の次になりかねません。(中略)結果的に勝ったのはいいけど、物が売れなかった、広告がつまらなかったという事態にもなりかねないわけです。
いいキャンペーンを長く続けている企業というのは、クリエイターとクライアントの信頼関係が非常にしっかりしています。膝を突きあわせて侃々諤々やる仕事のほうがうまくいくわけで、ぼくは競合のプレゼンというのはなくなればいいと願っていますけれど。」(p160)
同感です。残念ながらわれわれも人間ですから、お客さん(クライアント)のことを考えた提案より、勝つための提案を優先することがあります。それに何より、競合コンペでは、お客さん課題や悩みを理解しきれないまま短期間で企画を立てなければならないことが多く、そうして作ったプランは、結局は無駄になることが少なくないですし、そのまま実制作に進んでもお客さんの課題に答えたものにならないリスクが高いと思います。
このブログをご覧になっている方で、広告主の立場の方がいらっしゃいましたら、競合コンペの弊害について真剣に考えていただきたいと思います。
いいキャンペーンのために大切なのは、出てくるアイデアの数ではなくて、信頼関係の強さだと、私は絶対思いますから。
☆眞木準編「ひとつ上のプレゼン。」(2005年)インプレス
ひとつ上のプレゼン。
30分から2時間程度時間をもらって、2〜3人から、多い時には会議室を埋め尽くす20人以上の人に対して、いかに自分たちの提案内容が優れているのかをいろいろな手段を使って説得するわけですが、これが成功するか失敗するかで(つまり採用・不採用により)数十億円のアカウント(仕事の扱い)が左右されることがあるので、大変重要な機会です。
そうしたものですから、広告会社にいる人は当然プレゼンを大切に考えているわけですし、プレゼンが上手な人(つまりその機会を上手に演出できる人)は、会社の中でも高い評価が与えられることが多いと思います。
それだけ重要なプレゼンですから、他の人、とりわけ広告業界で活躍している人はどんなプレゼンをしているのだろう、ということは興味があります。あまりそうした話は表に出て来ないし、他社のプレゼンを見ることも通常ありません。自分に参考にできる部分があれば参考にしたいし、単純にのぞいてみたい気もします。
今回紹介する本は、主に広告業界で活躍する19人のクリエイターが「私のプレゼン」をさまざまな角度から語ったアソート集です。
読んでみて、なるほど〜、と興味深いところがいくつもありました。
ちなみに、クリエイターの話なので、クリエイティブプランを提案する話がメインとなっています。これ、同じプレゼンに望むにしても営業やプランナーの立場ならば、まったく別の話があると思いますが、それは置いておきましょう。
以下、印象に残った偉大な先達たちの金言(?)をいくつかピックアップしました。
・岡康道氏(タグボート)
「うまいプレゼンなんかいらない。いい企画を考えることが重要だ。」(p40)
「プレゼンが迫ってきたらやることはひとつしかない。直前までもっといい企画はないのか考えることだ」(p41)
いいですね。一つ二つ出てきたアイデアに最後まで縛られてしまう人って、クリエイターに限らず少なくないと思うのですが、直前まで油断せず考え抜くことは大事にしたいです。意外と後からいいアイデア出ると、前に固執していたアイデアが陳腐に見えたりしますから。
・中島信也氏(東北新社)
「パワーポイントを使った説明が始まると、突然プレゼンそのものがつまらなくなる。内容も理解できなくなってしまう。(中略)なぜ、つまらないと感じるのか、それは、プレゼンの主役が『資料』になってしまうことが最大の原因でしょう。」(p49)
パワーポイントがイヤだという声は、おおむね共通していました。クリエイターは特にそうでしょうが、プランナーも心に留めるべき言葉ですね。
・團紀彦氏(建築家)
「大切なのは、自分の意図を理解してもらうことではなく、クライアントが積極的に参加してくれる姿勢になることです。いわば、提案者である私たちの手を離れて、クライアントが内容に対していろんな解釈をして、イマジネーションを働かせながら参加してくれる状況を作り出すこと。」(p78)
團氏は建築家ですが、広告業にも全く当てはまる話です。こちらが詳しい説明をしないでも、聞き手がこんな風な効果がありそうだとか、こんな風に使えるとか、勝手に考え始めた時、それは提案物が送り手と受け手の共有物になった「いいプレゼン」の瞬間だと思うのです。こうなれば、間違いなく採用されそうです。
この話は、19人の中でもとりわけ大切にすべき視点だと思いました。
・佐々木宏氏(シンガタ)
「ちょっとダサいですが、ぼくにとってプレゼンは『プレゼント』という感じがするんです。リボンをつけて人に贈り物をするのと同じで、靴下を欲しがっている相手に、そのままの靴下をわたしても、『私の欲しいものが買ってあったのね』程度の反応でしょうが、靴下型のダイヤモンドだったりとか、靴下だけど、その中に意外なものが入っていたりとか、ちょっとした工夫をしてあげれば喜んでもらえますよね。そのちょっとした工夫が、自分がひと晩徹夜をすることでできるならば、やってみたいと僕は思う。」(p89)
正直言って「靴下」の比喩はわからないのですが(苦笑)、プレゼンはプレゼントという発想はいいですね。私も人にプレゼントを贈ることは好きで、悩んで工夫したりするもの好きなのですが、そう思うとプレゼンも相手に喜んでもらえるようする、という視点で工夫できると思います。「相手本位」というのは商売なら何でも大切な態度ですしね。
・多田琢氏(タグボート)
「クライアントの方針はもちろん重視しますが、相手の好みなどはあまり考えない。要するに、どういうものが通りやすい、ということは考えないんです。そうではなくて、相手にとって一番必要なはずのものを提案したい。いい寿司屋は、お客さんの好みを事前に調べたりしないで、とりあえず一番いいネタで勝負しますよね。それと同じです。」(p133)
私は多田氏のこうした主張に賛成ではなくて、むしろ反対です。お客の好みをさりげなく聞き出してネタを出してくれる寿司屋の方が、本当のいい寿司屋なんじゃないかなぁ、と思うからです。しかしいいアイデアで勝負をすべきという考えは、本当に優れたクリエイティブを生み出す秘訣として傾聴すべきだ、とも思うのです。特に広告がつまらなくなったといわれる今日においては。
・小沢正光氏(博報堂)
「もちろんお客様(注:たぶん消費者)の声もよく聞きますし、クリエイティブの声を聞くのも当然ですが、最もその商品のことを考えているクライアントの声を聞けというのがぼくの主義なんです。だいたい、そのなかに答えがあります。」(p139)
「企業のトップが考えていないことが切り口になるというケースは、まずありえないと思います。そんな企業はつぶれますよ」(p142)
本の中で、多田氏と小沢氏は続けて紹介されているのですが、制作方針は真逆とも受け取れます。クリエイティブのやり方に決まりはないということを感じさせる上で、この対比は編集の妙ですね。私自身は小沢氏の発想に近しいものを感じますが。
みなさんそれぞれ自分の考えや秘訣を持っていて、引き込まれます。「プレゼン」というものが身近な人にとっては、多くの発見があるのではないかと思います。
さて、一人ひとりアプローチは個性もあってさまざまなのですが、そうした中にあって、奇妙なくらい、ほぼすべての人が共通して主張していた内容が一つだけありました。
「競合コンペ」についてです。
代表して、柴田常文氏(博報堂)の意見を紹介します。
「大きなビジネス案件になると、ズラーッと何社もが競合でプレゼンするわけです。確かに、その中のどの会社が最もよく自分たちの悩みを聞いてくれるのだろうか、広く叡智を集めたい、という気持ちはわかります。でも取り組む側にすれば、いかにコンペに勝つかが優先になって、クライアントやその商品のことが二の次になりかねません。(中略)結果的に勝ったのはいいけど、物が売れなかった、広告がつまらなかったという事態にもなりかねないわけです。
いいキャンペーンを長く続けている企業というのは、クリエイターとクライアントの信頼関係が非常にしっかりしています。膝を突きあわせて侃々諤々やる仕事のほうがうまくいくわけで、ぼくは競合のプレゼンというのはなくなればいいと願っていますけれど。」(p160)
同感です。残念ながらわれわれも人間ですから、お客さん(クライアント)のことを考えた提案より、勝つための提案を優先することがあります。それに何より、競合コンペでは、お客さん課題や悩みを理解しきれないまま短期間で企画を立てなければならないことが多く、そうして作ったプランは、結局は無駄になることが少なくないですし、そのまま実制作に進んでもお客さんの課題に答えたものにならないリスクが高いと思います。
このブログをご覧になっている方で、広告主の立場の方がいらっしゃいましたら、競合コンペの弊害について真剣に考えていただきたいと思います。
いいキャンペーンのために大切なのは、出てくるアイデアの数ではなくて、信頼関係の強さだと、私は絶対思いますから。
☆眞木準編「ひとつ上のプレゼン。」(2005年)インプレス
ひとつ上のプレゼン。
コメント
コメント一覧 (2)
この本、タイトルにつられて私も思わず買ってしまったのですが(笑)。
おっしゃる通り、それぞれ個性のカタマリのようなクリエーター達の話なので、どうもそれぞれの自己満足の話を聞かされているような気もちょっとしました。個人的にはネタ本のようで、あまり参考にはならなかったなあ。
競合プレゼンの話、一般論としては賛成なんですが、でもその「信頼関係」という名の馴れ合いとか甘えとかがかなり多いのも事実で、そういう場合や新しい血を入れたいときの「後々遺恨を残さないため」の手法としても私はある程度必要なんじゃないか、と思ったりもします。
業界の全員がすばらしい人たちばかりじゃない、とすると、ビジネスとしてそういう取捨選択の機会はクライアントにもあるべきで。
ではまた!
すごいクリエーターのいうことは、自分で実践できっこないから、結局は役に立たない読み物であるのも、まぁ真実ではありますね(苦笑)。
競合プレゼンの話で言うと、代理店を変更したい時に使う、というのは正統な使い方でしょうね。でもそういう時は、次の代理店と話がついていて、事前に有利な情報をもらっているときが多いと思いますがどうでしょう。
そうではなくて、2〜3社呼んで軽く話を聞きたいくらいの感覚で、安易に競合にする会社が少なくないのも事実だと思います。そういう時に限って2週間ぐらいしか時間がなく突貫工事で仕上げたのに、オリエンとは違う他店案が採用になったりして、「何だよそれ!オレの時間と精力を返せ!(怒+涙)」と思って、クライアントも仕事も嫌いになる、というようなことが往々にしてあります。
そういうのは本当に、私はすべてを破壊する諸悪の根源だと思うのです。