広告代理店に入社すると、広告業という仕事が如何に他の業種の仕事と違うのか、ということを繰り返し教えられます。一種のプライドみたいなものがあるのでしょうが、確かに工場のような固定資産を持たず、クライアントの課題に応じて社内外のさまざまな専門性を持つスタッフが協働し、高度なクリエイティビティを駆使して、毎回異なるアウトプットを提供する、という意味では多くの仕事の中でも少数派なのかも知れません。
それだけに、そこでは高い専門性やチームワークが求められ、「人が最大の資本」などとよく言われる所以でもあります。
こうした独特の業務スタイルを持つだけに、組織をマネジメントする上で、独特の課題が生まれます。例えば、仕事の評価の問題、「成果」の捉え方の問題(新規獲得と既存維持の仕事、どちらをどう評価するかなど)、社員のモチベーション維持の方法、クライアントの質による対応方法...など。これまで、会社組織のマネジメント
について語った本は数多くあったと思いますが、広告代理店のようなスタイルの会社のマネジメントについて触れた本はほとんどなかったのではないかと思います。
この本「プロフェッショナル・サービスファーム」は、広告会社の他、コンサル会社、弁護士事務所、会計事務所、投資銀行など、カスタマイズされた「プロフェッショナルなサービス」を提供することを業務とする会社(ファーム)について、そのマネジメントのあり方について語った、数少ない本です。原著が執筆されたのは1993年と古く、また上記のような全く異なった業種の会社の研究結果としてこの本が書かれているわけですが、少しも古く感じず、また自分の今の仕事(会社)に当てはまるな、と感じる部分が多く驚きました。
本書の内容は多岐に渡っており、例えば会社におけるシニア(高スキル・高給与)とジュニア(低スキル・低給与)との構成バランスの問題、クライアントへの接し方の問題、社員昇進やモチベーションの維持など人材に関する問題、経営管理の問題、パートナーシップ(経営陣)の問題、「ザ・ワンファーム・ファーム」と呼ばれる優れた会社のケースなどについて述べられています。
私自身は、特に「人材」についての部分が面白かったので紹介します。
・「プロフェッショナルな人」とは?
「プロフェッショナルは他の労働者とは違うのだろうか。特別の方法で管理され、動機付けされなければならないのだろうか。(中略)プロフェッショナルは、教育レベルではなく、プロフェッショナルな職業を選んだという精神において、他の労働者とは違っている。(中略)プロフェッショナルというものは、新しく、なじみがなく、チャレンジングなことに駆り立てられる人間である。」(p170)
「多くのプロフェッショナルは、著者が『ペテン師症候群』と呼ぶ症状を持っている。それは、ある日、誰かに肩をたたかれて、『やっとわかった。君はずっとインチキをやってきただろう』と言われることを恐れる成功した人々である。(中略)彼らは継続的なチャレンジと個人の成長を必要とし、それが得られないときには我慢できない。自分の不安定さとプロフェッショナルとしての『良い仕事』の定義の不明確さにより、成果や努力に対する素早く、しかも繰り返されるフィードバックを求める。」(p170)
・動機付けと監督のスタイル
「やる気を注意深く養成していかねばならないとしたら、どうしたらよいだろうか。第1に、やる気のない人間にやる気を持たせるのは難しいという考えによれば、最も良いことは、まず野心のある人間のやる気をくじかないことである。第2には、そのやる気を実りの多い、生産性のある努力に結びつけることである。」(p169)
「プロフェッショナルにやる気を起こさせるためには、プレッシャーを減らすのではなく、プライドへのチャレンジとしてプレッシャーを与えるほうが有効である。」(p171)
「成功したリーダーは、部下に何かやらせることに時間を割くよりも、部下がやっていることに対して意味ある理解を与えることに、より多くの時間を割いている。(中略)このことは、特にジュニアプロフェッショナルにとって重要である。(中略)ジュニアが、仕事が多すぎるからといってやる気を失うとは、聞いたことがない。しかし、意味のない仕事でやる気が失せることはしばしばある。」(p173)
引用が長くなりました。こうした指摘を読んで思ったのですが、われわれの周りの多くの人は、結構みなプライドが高く、有能で、そしてデリケートです。こうした実感は、ここに指摘されている人物像と一致しているように思えます。
実は最近私の周りで、仕事へのモチベーションの低下というか、仕事への燃え尽き症候群というか、そういう人をたまに見かけるのですが、そのことについて考えさせられました。
本来能力を持っているし、新入社員として入ってきた時は、厳しい就職戦線に打ち勝った組みとして、多くの期待に胸膨らませてこの業界に入ってきたと思うのです。しかし毎日の仕事に流され、あるいは仕事で行き詰まり、次第に仕事へのモチベーションを失っていき、妙に保守的になったり、最悪、広告業界を後にしたりするような人が後を絶ちません。そして、そういう人が多くなると、会社の雰囲気も悪くなり、生産性も低下し、いい仕事をクライアントに提供する上で害となります。
「やる気のない働き手は、どんな事業組織にとっても非常に不利となるが、特にプロフェッショナルの仕事においては、仕事の生産性も質も、プロフェッショナルが自分の仕事にコミットする度合いに大きく影響される。(p167)
大体、職場に不満を持ったり会社を辞めたりするのは、上司との関係に原因があることが多いものです。本書の指摘を読み、管理する側が「プロフェッショナル」としての私たちのマインドにもっと思いをはせることが出来れば、われわれはもっと力を発揮できるのに、と思いました。そういうデリカシーが意外と会社組織というものにはないような気がします(私の会社だけではないと思います)。もっとも、自分が後輩に当たるときの姿勢としても考えておかなければならない点ではあります。
多少重い話になってしまいましたが、本書には、こうした普段考えなかったような、仕事組織についての鋭い指摘がちりばめられています。本来広告業種に絞った話ではないので、広告業で働く人にとってすべてがピンとくる話ではありませんが、わわれわれの会社組織を考える上で何かの役に立つと思います。
この本の訳者ですが、博報堂の有志の人がやっています。そもそもオムニコムグループ(現在世界第2位の広告会社グループ)の副会長に紹介されたとのことですが、こうした価値はあるけれど難解・地味で売れるかどうかわからないような本を、日本の読者のために翻訳してくださったことに、敬意を表さねばならないと思います。(Amazonの書評で訳が悪いと酷評している人もいましたが、それはそれです。不満な方は原著をお勧めします。)
☆デービット・マイスター著、高橋俊介監訳、博報堂マイスター研究会訳「プロフェッショナル・サービスファーム」(2002年)東洋経済新報社
プロフェッショナル・サービス・ファーム―知識創造企業のマネジメント
それだけに、そこでは高い専門性やチームワークが求められ、「人が最大の資本」などとよく言われる所以でもあります。
こうした独特の業務スタイルを持つだけに、組織をマネジメントする上で、独特の課題が生まれます。例えば、仕事の評価の問題、「成果」の捉え方の問題(新規獲得と既存維持の仕事、どちらをどう評価するかなど)、社員のモチベーション維持の方法、クライアントの質による対応方法...など。これまで、会社組織のマネジメント
について語った本は数多くあったと思いますが、広告代理店のようなスタイルの会社のマネジメントについて触れた本はほとんどなかったのではないかと思います。
この本「プロフェッショナル・サービスファーム」は、広告会社の他、コンサル会社、弁護士事務所、会計事務所、投資銀行など、カスタマイズされた「プロフェッショナルなサービス」を提供することを業務とする会社(ファーム)について、そのマネジメントのあり方について語った、数少ない本です。原著が執筆されたのは1993年と古く、また上記のような全く異なった業種の会社の研究結果としてこの本が書かれているわけですが、少しも古く感じず、また自分の今の仕事(会社)に当てはまるな、と感じる部分が多く驚きました。
本書の内容は多岐に渡っており、例えば会社におけるシニア(高スキル・高給与)とジュニア(低スキル・低給与)との構成バランスの問題、クライアントへの接し方の問題、社員昇進やモチベーションの維持など人材に関する問題、経営管理の問題、パートナーシップ(経営陣)の問題、「ザ・ワンファーム・ファーム」と呼ばれる優れた会社のケースなどについて述べられています。
私自身は、特に「人材」についての部分が面白かったので紹介します。
・「プロフェッショナルな人」とは?
「プロフェッショナルは他の労働者とは違うのだろうか。特別の方法で管理され、動機付けされなければならないのだろうか。(中略)プロフェッショナルは、教育レベルではなく、プロフェッショナルな職業を選んだという精神において、他の労働者とは違っている。(中略)プロフェッショナルというものは、新しく、なじみがなく、チャレンジングなことに駆り立てられる人間である。」(p170)
「多くのプロフェッショナルは、著者が『ペテン師症候群』と呼ぶ症状を持っている。それは、ある日、誰かに肩をたたかれて、『やっとわかった。君はずっとインチキをやってきただろう』と言われることを恐れる成功した人々である。(中略)彼らは継続的なチャレンジと個人の成長を必要とし、それが得られないときには我慢できない。自分の不安定さとプロフェッショナルとしての『良い仕事』の定義の不明確さにより、成果や努力に対する素早く、しかも繰り返されるフィードバックを求める。」(p170)
・動機付けと監督のスタイル
「やる気を注意深く養成していかねばならないとしたら、どうしたらよいだろうか。第1に、やる気のない人間にやる気を持たせるのは難しいという考えによれば、最も良いことは、まず野心のある人間のやる気をくじかないことである。第2には、そのやる気を実りの多い、生産性のある努力に結びつけることである。」(p169)
「プロフェッショナルにやる気を起こさせるためには、プレッシャーを減らすのではなく、プライドへのチャレンジとしてプレッシャーを与えるほうが有効である。」(p171)
「成功したリーダーは、部下に何かやらせることに時間を割くよりも、部下がやっていることに対して意味ある理解を与えることに、より多くの時間を割いている。(中略)このことは、特にジュニアプロフェッショナルにとって重要である。(中略)ジュニアが、仕事が多すぎるからといってやる気を失うとは、聞いたことがない。しかし、意味のない仕事でやる気が失せることはしばしばある。」(p173)
引用が長くなりました。こうした指摘を読んで思ったのですが、われわれの周りの多くの人は、結構みなプライドが高く、有能で、そしてデリケートです。こうした実感は、ここに指摘されている人物像と一致しているように思えます。
実は最近私の周りで、仕事へのモチベーションの低下というか、仕事への燃え尽き症候群というか、そういう人をたまに見かけるのですが、そのことについて考えさせられました。
本来能力を持っているし、新入社員として入ってきた時は、厳しい就職戦線に打ち勝った組みとして、多くの期待に胸膨らませてこの業界に入ってきたと思うのです。しかし毎日の仕事に流され、あるいは仕事で行き詰まり、次第に仕事へのモチベーションを失っていき、妙に保守的になったり、最悪、広告業界を後にしたりするような人が後を絶ちません。そして、そういう人が多くなると、会社の雰囲気も悪くなり、生産性も低下し、いい仕事をクライアントに提供する上で害となります。
「やる気のない働き手は、どんな事業組織にとっても非常に不利となるが、特にプロフェッショナルの仕事においては、仕事の生産性も質も、プロフェッショナルが自分の仕事にコミットする度合いに大きく影響される。(p167)
大体、職場に不満を持ったり会社を辞めたりするのは、上司との関係に原因があることが多いものです。本書の指摘を読み、管理する側が「プロフェッショナル」としての私たちのマインドにもっと思いをはせることが出来れば、われわれはもっと力を発揮できるのに、と思いました。そういうデリカシーが意外と会社組織というものにはないような気がします(私の会社だけではないと思います)。もっとも、自分が後輩に当たるときの姿勢としても考えておかなければならない点ではあります。
多少重い話になってしまいましたが、本書には、こうした普段考えなかったような、仕事組織についての鋭い指摘がちりばめられています。本来広告業種に絞った話ではないので、広告業で働く人にとってすべてがピンとくる話ではありませんが、わわれわれの会社組織を考える上で何かの役に立つと思います。
この本の訳者ですが、博報堂の有志の人がやっています。そもそもオムニコムグループ(現在世界第2位の広告会社グループ)の副会長に紹介されたとのことですが、こうした価値はあるけれど難解・地味で売れるかどうかわからないような本を、日本の読者のために翻訳してくださったことに、敬意を表さねばならないと思います。(Amazonの書評で訳が悪いと酷評している人もいましたが、それはそれです。不満な方は原著をお勧めします。)
☆デービット・マイスター著、高橋俊介監訳、博報堂マイスター研究会訳「プロフェッショナル・サービスファーム」(2002年)東洋経済新報社
プロフェッショナル・サービス・ファーム―知識創造企業のマネジメント
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