この本、昔流行った「ウルトラマン研究序説」を連想させるような妙なタイトルですが、れっきとしたマーケティング本です(だと思います)。
 ブランドのネーミング、それもその音のリズムが生み出す印象の質(「クオリア」と本書では言っています)をテーマにしたユニークな本です。

 「音の響きのもたらす印象」といっても曖昧模糊として、それをマーケティングの中に持ち込むのは抵抗を感じる人が多いかも知れません。それはそうかも知れないのですが、一方で言語というものが、人間の「口」という器官を用いることで成立つ、生理的な営みである以上、感覚的に感じる強弱の印象や快・不快があると仮定してもおかしくなないと思うのです。

 例えば子音M音について、こんな記述がされています。

「私の赤ん坊が最初の発声した有声子音はMだった。(中略)空腹の彼は、何時間ぶりかに乳房を見て興奮し、ふがふが鼻を鳴らしながら吸い付こうとする。(中略)乳首から外れた瞬間、彼の口から漏れる音は、立派なMなのであった。(中略)赤ん坊にとってM音は、口いっぱいの乳首や、掌いっぱいの乳房、お腹に満ちていく甘い乳と共に存在している。Mは赤ん坊のまっさらな脳に、満ち足りた、充足感の音として刷り込まれているのである。ママ、マム、マミー、マーマー、オンマ……世界中の多くの幼児がM音で母を呼ぶ。幼児のM音獲得シーンを見ていたら、それが当然のことであるのがよくわかる」(p19-20)

 実は私は以前から、なぜ地球的に母親をMAを使った音で呼ぶのか不思議に思っていたのですが、これを読んで謎が解けた気がしました(ちなみに父親をPAを使った音で発音する場合が多いことについても触れています)。そしてこのように、M音は満ち足りた母性を感じさせる音であり、例えば「聖母マリア」も、MAで始まる音だからこそ2千年もの長い間「聖母」として支持され続けたのだろうとも主張しています。また、

「B音は、閉じた唇から溜めた息を放出させ、両唇を震わせて出す音である。発音直前の溜めた息が唇を膨らますので、私たちの脳には、まず、膨張の印象が強くもたらされる。「膨張」のボウは、まさに膨張のイメージとシンクロする音だ。Bに続く二重母音ouが、膨張した息の膨張感を逃さないのである。これに対し、Bに続くのがaだと、次に来る息の放出の方が強く印象に残ることになる。膨張の次に来る放出は、私たちの脳に力強さ、すなわちパワーや迫力を感じさせる」(p78)

 こんな具合に子音・母音の発声上の特徴を分析しながら、印象として受けるイメージをバサバサと論じていっています。(バサバサという音にはパワーを感じますよね?)
 面白いところでは、女性の名前についてのこんな分析もあります。「イホコ」という名前を基に、最初の母音(イ)に付く子音を変化させてみます。

 イホコ(I)・・・人懐っこく、のほほんとした感じ(著者の名前)
 シホコ(SH+I)・・・しっとりとして、華奢な感じ。
 ミホコ(M+I)・・・女らしいが現実感のある感じ。
 チホコ(CH+I)・・・華があり、ちゃっかりした感じ。
 リホコ(R+I)・・・知性的、クールビューティーな感じ。

 違った子音を足しただけで、確かに名前の印象が変わります。

 中には、そうかな?と思えるものがないわけではないのですが、音(発声特徴)に基づき形成される特定のイメージというのは確かにあるような気がします。少なくともその視点を提供してくれる、という意味で、この本は一読の価値があります。

 もっとも、この本ではブランドのネーミングを分析するツールとして、要素分解をして数値化したりレーダーチャートで表現するようなものも紹介しています。しかし、こちらの方は、正直言ってしっくりとは来ませんでした。
 何でも分析して数値化すればいい、というわけではないですよね。

☆黒川伊保子「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」(2004年)新潮選書

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか