あの永遠に終わらないと思っていたブランドブームが過ぎ去り、今広告業界を席巻している話題は「顧客接点」論です。どういう話かというと、まぁメディア論の一種なのですが、顧客とブランド(商品or企業)が出会う場所というのは広告だけではなく、店頭、WEB、新聞記事、社員・従業員(!)などさまざまあり、すべての顧客接点を上手に管理していかなければいけないのだ、という主張です。90年代初めに、アメリカのドン・シュルツという人が主張した「IMC(Integrated Marketing Communicaton)」という考え方の延長線上にあるものです。
 ただし10年前と違うのは、シュルツは「効率」というコンセプトで、どの接点をとっても同じようにコミュニケーションが伝達されることを重視しましたが、現在の顧客接点論では、各接点固有の役割や組み合わせを重視します。例えば古いIMCの発想では、有名タレントを起用したりして、CMでも新聞広告でも店頭でも同じ「顔」が見えることが重要とされていたのに対し、今はCMの役割、新聞広告の役割、店頭の役割をそれぞれ考えて最適な管理をすることが推奨されます。その結果として、別々のメッセージが送られ、顧客からの見え方が異なることもありますよ、と考えるのです。

 さてこの本、要はそういうことをまとめた本です。この本では、特に購買プロセスに沿った顧客接点の役割という視点を持っていて、購買前・購買時・購買後の顧客接点は何で、ブランド評価を高めるためにどんな課題があるのか、ということを整理しています。
 例えば、購買前であればブランドの認知を高めたり、イメージを形成することが重要で、広告やプロモーション、WEBサイトの情報などが効果的である。購買時には、売上げを最大化するためにパッケージや品揃え・ディスプレイ、店員など説明が大切である。さらに、購買後は満足を高めるために商品そのもののパフォーマンスやアフターサービスが重要などという主張です。あるいは接点として「社員」の重要性も語っています。実際にその会社で働いている人の印象で、その会社やブランドへの好悪が決定される場合ってありますものね。
 もっともこの本の著者はアメリカプロフェット社(あのアーカーが顧問をしているブランドコンサルです)の人なので、顧客接点の話を中心に据えながらも、もっとブランドをどう築いていくのか、という全体的なプロセスを説明する内容になっています。
 今の「顧客接点」ブームの先駆け的な本であり、大手の代理店はこの本で示されているようなフレームを実際に提案活動で使っているようなので、読んでおいて損はないと思います。

 ところで、これは元はアメリカで出版された本です。原書名は、“BUILDING THE BRAND-DRIVEN BUSINESS -Oprationalize Your Brand to Drive Profitable Growth”です。訳書名の「コンタクト・ポイント」の「コ」の字も出てきません。全く違う題名になって翻訳されているわけです。なぜでしょうか? もっと言うと、この本の文中には「顧客接点」を指し示す英語として、“Touchpoint(タッチポイント)”という言葉が使われているそうです。しかし日本語訳では「コンタクト・ポイント」が使われています。訳語を当てているわけではなく、わざわざ読み替えているわけです。なぜでしょうか? 

ちなみにプロフェットでは、顧客接点を「タッチポイント」(touchpoint)と呼んでおり、原著でもこの語が使われているが、訳出に当たり、より人口に膾炙する同義の「コンタクト・ポイント」を採用することとしたことを念のため書き添える。(p241訳者あとがき)

ウソ! 英語では標準的な言葉遣いではタッチポイントであり、「より人口に膾炙する」なんて誰が決めたのでしょうか? 原著の用語を採用せず、特殊な言葉を当てるのは、日本の読者に対して大きな問題では?

 なぞのヒントは翻訳者にあります。この本の翻訳者は電通ブランド・クリエーションセンター(今はない組織です)。「コンタクト・ポイント」は電通の登録商標で、「タッチポイント」は博報堂の登録商標です...。翻訳者の電通が「コンタクト・ポイント」を使った理由が推察できると思います。企業活動上の要因とでも言うべきものでしょうか。日本の広告関係の書籍では実はしばしばこういうこと、つまりもともとの言葉や概念がある特定の利害関係の下で、変えられて日本に紹介されるというがあります。読者は注意が必要です。
 しかし、こんな簡単な言葉を商標登録してしまう電通も博報堂もどうかしています。ちなみに、アサツーディ・ケイでは「体験ポイント」、東急エージェンシーでは「リレーションポイント」という言葉を使っているようです...。

 余談ですが、もし代理店以外の会社(広告主さんなど)で、「顧客接点」のことを上記のどれかで言い換えて使っているところがあったら、それはその言葉を登録商標としている代理店の影響下にある広告主さんだと考えて間違いありません。

☆スコットM.デイビス、マイケル・ダン著、電通ブランドクリエーションセンター訳「ブランド価値を高める コンタクト・ポイント戦略」(2004年)ダイヤモンド社

ブランド価値を高める コンタクト・ポイント戦略