インターネットによって、コミュニケーション環境が革命的に変化したと誰もが感じているでしょう。ビジネスシーンでも同じです。しかし、単にメールが使える、情報が集められる、eコマースが可能になるなど、手段としてできるようになったことではなくて、それらができることで、本質的にビジネスの何か変わるのか、ということに焦点を当てて書かれているのがこの本です。
 こう書くと哲学的で眠くなりそうだ、と思う人もいるでしょう。私もそう思って読み始めましたが、意外に引き込まれました。

この本は1999年アメリカのネットシーンで話題になった「クルートレイン宣言」を基にして書かれた本です。これはルターの宗教改革にならい、インターネットで変わるビジネスのあり方について主張された、95カ条からなる宣言文(マニフェスト)です。あたかも宗教改革者の檄文のように、インターネットで変わる(変わるべき)企業やビジネスのあり方について熱く述べられたものです。

 この本には、インターネット時代のビジネスのあり方を予言するような、ユニークな視点がたくさんあるのですが、例えばこんな主張です。

●Back to the Bazaar(バザール)の社会
 私は海外に行ったとき、その街の市場(いちば)をぶらぶら見るのが好きで、時間があれば必ず立ち寄ります。片言の現地語を使って珍しいものを買ったり、交渉して値切ったりすることは、とても楽しい体験です。古来、ものを買う場所はそうした「市場(いちば)」であり、そこでは売り手と買い手の交渉があり、双方向のコミュニケーションがありました。互いに同じ目線の高さで取引が成り立っていたはずでした。ところが、大量生産・大量消費の産業社会以降、様相は一変してしまいます。

こうして、市場(マーケット)で物品を手にとっていた人びとは消費者として位置づけられることになった。(中略)需要と供給の間の力関係が供給側に決定的にシフトしてしまった結果、「マーケット」という単語は、消費者に対して何かを行うことを意味する動詞になってしまった。(p146)

 つまり「市場」という単語は、いつの間にか「イチバ」から「シジョウ」呼ばれるようになり、「マーケット」という英語は「マーケッティング」という大量消費社会の言葉になってしまったわけです。

 しかし、インターネット時代になって、再び「イチバ」に戻って来ました。インターネットユーザーは互いにつなっがって、あーだこーだと商品のうわさや品定めを行い、価格交渉さえもできるようになったのです。それはまさに海の向こうの見知らぬ小さな街の「市場(バザール)」で起きていることと一緒です。
 確かにこれは大きな変化でしょう。あのインターネットの申し子、楽天が「らくてんいちば」を名乗っているのはとても象徴的です。

●ハイパーリンク量が価値を決める社会
 YAHOOやGoogleなど大規模な検索サイトは、毎日何千万というユーザーが訪れ、会社の時価総額は膨大な額に上っています。しかし、彼らの価値の源泉は自分自身の中身にはなく、彼らが他のサイトを適切に「案内する」という行為に基づいています。これは考えてみると不思議なことです。普通「価値」の源泉は、その内容にあるはずです。しかし情報が爆発的に増大している今日の社会においてはそういう常識が通用しない局面が現れます。

何かを専門にする人とは、書物が情報を内包しているように、たくさんの情報を持っている人のことだ。しかし、世の中の情報量がどんどん増加しつつある今日では、専門家の知識といえども、全体のほんの一部にすぎない。(中略)そのため、有能な専門家とは、すべての解答を知っている人のことではなく、どこに解答があるかを知っている人ということにだんだんなってきている。情報を集中管理することが新しいタイプの専門家の価値ではない。彼の価値は、有益かつ最新の情報のありかを指し示せるところにある。(p219)

 つまり、あふれる情報に溺れそうな社会にあっては、適切な「ハイパーリンク」を大量に持ち、必要に応じて適切な先にたどり着く能力こそが価値を生み出すということです。YAHOOやGoogleはそれゆえに価値があるということなのです。Googleがリンク数の多いサイトを重要サイトとして認識しているのは有名な話ですが、ネット時代の価値が何かを考る上で、このことも暗示的です。

 インターネットがわれわれの生活にもビジネスにも不可欠なものになっている以上、それがもたらす変化の意味を考え、対応することは重要なはずです。
 この本では、こうしたインターネットによってもたらされる、社会的な変化についていくつも指摘し、今後の企業やビジネスのあるべき姿をいろいろ提案しており、大変刺激を受けます。

 ところでこの本、アメリカではずいぶん話題になったようで、私は、あるアメリカのインターネットプロモーション会社のサイトで紹介していたものを見て知りました。しかし、訳書を日本のAmazonで検索するとさすがにあったのですが、ユーズド価格で57円で売られていました。2001年発行と多少古い本ではありますが、内容の豊かさに比べれば寂しい限りです。
 そもそも訳書のタイトルが悪すぎますね。特に副題が悪いです。「絶滅恐竜にしない95の法則」ですよ! これでは読み捨てのビジネス書と誤解されても仕方ありません。原書と意味の異なる訳書のタイトルは少なくないですが、これは大変悪い例だと思います。

☆リック・レバイン、クリストファー・ロック、ドク・サールズ、デビット・ワインバーガー、倉骨彰訳「これまでのビジネスのやり方は終わりだ」(2001年)日本経済新聞社

これまでのビジネスのやり方は終わりだ―あなたの会社を絶滅恐竜にしない95の法則