思い起こせば、90年代後半から始まった空前のブランドブームも最近は下火になりました。あれは「ブランドバブル」だったのかも知れません。当時はブランドに関するさまざまな本が出版され、さまざまな意見が出されました。そして「ブランド」こそすべてであり、「ブランド」を何とかすれば、すべてが解決すると考えていた人も少なくなかったと思います。
実際そういう姿勢のクライアントさんは少なくなかったですし、セミナーなどでは、そういうことを高らかに宣言する人も少なくなかったと思います。

しかし、派手にブランディングをした会社(例えば、Inspire the Nextの某電機メーカー)や最強のブランドを保有していると言われた会社(例えば最近トップが外国人になったAVが本業のメーカー)が、その後業績が???になったりして、ブランドを良くしようとすることは会社の業績をよくすることとイコールではなさそうだし、現在強いブランドを持っていることが、将来の業績を保証するわけでもなさそうだ、ということがわかってきました。ブランドが魔法の杖でないことにようやくみんなが気づいてきたわけです。

「8カ月の時間と膨大なエネルギーをブランド戦略に費やして、変わったのはロゴとタグラインだけたった」投資サービス会社CEO(p28)

「コンサルタントを雇って基本ブランド戦略を策定したが、広告代理店はわが社の能力以上のことをブランド・プロミスにして広告キャンペーンを行った。その結果、顧客は失望し、社内ではコンフリクト(衝突)が生じ、ブランドへの信用は失われてしまった」公益事業会社CEO(p29)

これはアメリカの話なのですが、日本でも頭良さそうなブランドコンサルや広告代理店に騙されて(結果的に)、ずいぶんお金とエネルギーを使ってしまった会社は、少なからずあったと思います。

ところで、この本の面白いところは、こうした「ブランドバブル」の問題点を認識して、どうもそこから出発しているというところです。

「60分であなたもブランド戦略家」のタイトル通り、さっと読める本ではあります。しかし、「ブランドとは何か?」「ブランド構築はどう進めればいいのか」などという、やっぱり大切なベーシックなことについて、それなりにきちんと書いてあります。さっと読める本にしては、「ブランド」について悩み抜いた人が、「そーなんだよねー」と言えるような、かなり哲学的な情報が満載です。

ところが、「ブランドバブル」の洗礼を受けておらず、これからブランドに学びたい、という人にはかえって難しいかもしれません。文中ではさまざまな先哲(?)たちの「ブランド」に対する言葉が数多く引用されていますが、いやぁ、いろいろな人が本当にいろいろなことを言っています。世の中における、ブランドのわかりにくさをそのまま写し取っているようなところがあります。それらを理解するのは困難だと思います。

きっと、著者がブランドに悩みすぎているからでしょう。
「ブランドの迷いの森にようこそ!」。私たちをそんな風に誘う一冊のように思えました。

☆イドリス・ムーティ著、青木幸弘訳「60分であなたもブランド戦略家」(2005年)宣伝会議


60分であなたもブランド戦略家