著者のスティーブン・ブラウンは「マーケティング」を激しく攻撃しています。訳者前書きに彼の主張が整理されているのですが、こういうことのようです。

・マーケティングで偉そうに言う「顧客第一主義」はうんざりだ。モノを売ることはきれいごとではないだろう? 顧客の奴隷になるのはやめた方がいい。
・コトラーなどの学者が本来創造的でエキサイティングだったマーケティングをビジネスライクで退屈なものにした。もはや「差別化」「セグメンテーション」「3C」「4P」などは役に立たない。くだらない商品やキャンペーンが次から次へと出てくるだけだ。
・顧客を無視したり、じらしたり、びっくりさせたり、目立つトリッキーな方法こそが大事なのだ!

マーケティングに慣れっこになった現代の消費者像として、サンフランシスコの広告代理店創業者のこんな言葉も引用しています。

「消費者はまるでコギブリのようです。われわれがマーケティングをスプレーすると、しばらくは効果があります。でも、彼らは必ず、免疫力、抵抗力を育成するのです」(p38-39)

批判されたコトラーとスティーブン・ブラウンとが「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌で派手に論争をしたこともあるようで、彼は学会の反逆児としても有名なようです。

本書を読むと随所に彼の異端児ぶり、反逆ぶりが出ており、今のマーケティングって何か難しくてつまらないと日々感じている人にとっては、ひょっとすると面白いかもしれません。

しかし正直言うと、私はまるで共感できませんでした。例えばコトラーも言っているのですが、少々退屈な商品やキャンペーンが量産される現状があるとしても、それは「マーケティング」や「顧客主義」のせいではなく、単にそれをやっている人のせいです。マーケティングの知識を身につけたとしてもヒット商品が出ないのは誰でも知っており、マーケティングという活動ではレベルの高いクリエイティビティが要求される、というのは実際に携わった人なら誰でもわかる事です。

スティーブン・ブラウンの批判精神はよしとしたいし、もっとエキサイティングに! もっとクリエイティビティを! という主張は正論だと思うのですが、実際にはそれは「マーケティング」の基本的な考えの上にプラスオンされるべきもので、「マーケティング」それ自体を否定するのは課題の設定が間違っているとしか言いようがありません。「言いがかり」に聞こえてしまいます。

そもそも、マーケティング的な知識やものの考え方は、仕事をしていく上での「基礎体力」です。私が新卒で今の会社に入社した時、すぐ上についた上司はこの言葉をよく使っていました。スポーツで基礎体力がない選手が勝ち続けられないように、マーケティングでも基本的な訓練の乏しい人はまぐれで成功することはあっても、それを続けるのは難しいのではないかと思います。まずは身に着けることです。その上で、彼の言うような実践を試してみるのがいいのではないでしょうか。

言いがかり的に「偉そうなマーケティングを攻撃する」彼の姿勢は、まじめに誠実に日々の仕事に向き合っている多くのマーケティング担当者を愚弄するかのようで、かえってとても「偉そう」に見え、その矛盾が共感できない(胸くそ悪くなる)最も大きな部分だったのかも知れません。

それから、この本の邦訳題ですが、現題は"Free Gift Inside"となっていて、「ポストモダンマーケティング」とはどこにも書いてありません。出版社は「ポストモダンマーケティング」とした方が売れると思ったのでしょうが、これを読んだ人が、これがポストモダンマーケティングなんだ、と思ってしまったら、「ポストモダンマーケティング」という概念がかわいそうですし、これまでこの概念を日本に紹介してきた人もかわいそうですね。現代マーケティングに対する問題意識は共通していても、アプローチはかなり違うような気がしますから。私自身はもともと「ポストモダンマーケティング」には懐疑的ですが、この本の主張よりはもっと課題に真摯だと思いますから。

☆スティーブン・ブラウン著、ルディー和子訳「ポストモダンマーケティング」(2005年)ダイヤモンド社

ポストモダン・マーケティング―「顧客志向」は捨ててしまえ!