広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

October 2008

 9月の半ばに、この本を強烈に薦めてくれた人がいて、急いで本屋に行きましたが売り切れていたのか、どこにも見当たりませんでした。仕方なくアマゾンで注文しようと思いましたが、在庫切れで直ぐ配達できないとのこと。びっくりしました。
 出版したばかりの業界向け書籍で(しかも「電通選書!」)、それほど人気が出た本も珍しいのではないでしょうか?

 ようやく10月上旬に入手し早速読んでみました(書評は遅いですが...苦笑)。

 感想は...うむむむむ、、、早熟の天才現る、あるいは“神降臨”としか言い様がない、というのが第一印象でした。

 まずこの本は、電通に勤務する筆者(岸氏)が、自ら「コミュニケーション・デザイナー」として手がけた6つのキャンペーン事例の紹介(プランニングのインサイドストーリー)を中心に、筆者が考える、「これから広告が発展していくうえでとても大切な概念」(p4)であり、「広告人の誰もが持つべき意識」(p4)であるところの「コミュニケーション・デザイン」について語ったものです。

 「コミュニケーションデザイン」については、定義のようなものも示されているので紹介します。

 「プロモーションやブランディングなどの広告キャンペーンから商品開発、事業企画に至るまで、企業(クライアント)と生活者の間に存在する、ありとあらゆるコミュニケーションを設計していく仕事」(p4)

 とのことです。
 
 さて読んで私は、これはスゴイ本だと思ったわけですが、何がスゴイと思ったのか、感じたところを簡単にまとめてみました。

 1.これからの広告キャンペーンのあり方のお手本を示したところがスゴイ!
 2.企画のつくりがスゴイ!
 3.手の内を惜しげもなく開示しているところがスゴイ!
 4.チームワークの良さが見えるようでスゴイ!


 以下、ちょっと解説。

1.お手本を示したところがスゴイ

 近年、複数のメディアを適切に組み合わせてキャンペーンを行う「クロスコミュニケーション」「クロスメディア」などと呼ばれる手法が注目を集めているのは、このブログでも何度か触れました。それは「メディアニュートラル」という視点から、効果が最大化するように必要なメディアを組み合わせてキャンペーンを組み立てる、という発想を持つところに最大の特徴があるわけですが、この本で「コミュニケーションデザイン」という言葉を使っているものも、同一ではありませんが、概念的には重なる部分が多いものだと思います。
 とはいうものの、これまでの「クロスコミュニケーション」の議論においては、メディアニュートラルの視点から必要なメディアを組み合わせるとは言っても、ケーススタディとして紹介されるものは、単に「複数のメディアを組み合わせた」というレベルにとどまるものが少なくなかったと思います。もちろん古典的なメディアミックスではなく、WEBサイトなどもうまく組み合わせたものではあるのですが、例えば「CMでリーチ+認知獲得、PRで話題喚起、WEBで理解促進+参加性→エンゲージメント(!)」というもので、確かに古典的なキャンペーンよりは効果は高まるかもしれませんが、「メディアの特性に合わせて的確なメッセージを伝達する」という意味では、従来のマスメディアミックスの発想法の延長線上でしかないような気がしていました。
 みなさん、トラディッショナルな広告のあり方を否定している割には、革新性が十分でないと言うか...。もちろんお前がヤレ!と言われてちゃんとやれる自信はないのですが、、、
 しかしこの本で紹介されている事例での複数メディアの使い方には、これまでとは違う、なるほど! それは非常にメディアの使い方が上手だ、と思わせる“何か”が感じられます。それはうまく説明できないので、アートとしかいいようがないのかもしれませんが。メディアの領域は、これまで数値や理屈で語らせる「サイエンス」の領域だと思われてきたと思います。しかしそこには高いクリエイティビティが必要で、やりようによっては、理屈を超えて人の心に訴えうる何かを持つ、ということを実際の事例を持って示しているのだと思います。
 企画立案のインサイドストーリーを見せてもらっているからそう感じるのかも知れませんが、いずれにせよ、これから自分で「クロスコミュニケーション」のキャンペーン企画を作ろうと思っている人、それも効果的に人を動かし結果的にコミュニケーション効果もあげようとする企画を作ろうと企む人にとっては、この本で示されているような事例は、大変良いお手本になるのだと思います

2.企画のつくりがスゴイ!
 
 紹介されている事例ですが、「漢検DS」「マリエール」など以前から話題になっていたキャンペーンがいくつか含まれています。それぞれの企画が非常に良くできてると思うのですが、私がそこで一つ感じた思ったことは「畳み掛ける凄さ」ということでした。
 例えば、マリエールの事例などは本当にうまいと思います。これは、名古屋の結婚式場マリエールのキャンペーンで、結婚を迎える女性の等身大の気持ちを40通りのCMにするという企画。40通り作り全部オンエアすることもスゴイのですが、普通ならこれをWEBに乗せて終わりです。しかし40通りものCMがあれば共感できるものもそうでないものもあるわけです。そこでWEBサイト上では、40通りのCM全部が見られるようにして、さらに⊆分が共感できるCMに一票入れランキングさせる仕掛けを作る。すると、女性ならば自分の好きなCMの順位が気になるし、評価の高いもの低いものも見たくなります。するとアクセス・滞在時間とも増加します。さらに工夫があって、CM一つ一つにコメント記入欄があって、感想をみんなで書き込めるようになっていたりします。するとそこで自分の思いを書き込んだり、それを人が見て感動したり、さらに書き込んだり...コミュニケーションが深まっていくことになるでしょう。結果として「マリエール」に対する女性の関与(エンゲージメント)が高まり、利用増加にも結びつくと思います。単にWEBサイトにCMを乗せるだけでなくて、◆↓といった仕掛けを用意し、畳み掛けるように「人を深みにはまらせるような」戦略。
 見事です。プランナーというより、完全な脚本家です。
 というよりも、これからの良いプランナーは、脚本家であるべきなのかも知れません。いやそうであるべきです。
 大変だ、面倒だと言って妥協しないで、伏線をあちこちに用意し、これでもか、これでもか、と人をひきつけていく。ヒットする映画では必ず見られますよね。
 大いに見習うべき点と考えます。

3.手の内を惜しげもなく開示しているところがスゴイ!

 例え、面白いし、公開したらみんなの役に立つかも...と思ったにしても、こうしたインサイドストーリーを一般向けに公開するのは、現役の広告会社の1社員である限り、結構厄介なことではないかと思います。社内や内輪の会で話すのならまだしも、出版するとなると、営業を始めとする社内の了解、お客さんの了解を取る必要があり、それはとても面倒なことだと思われます。自社の事例が他社に知られることを良く思わない人もいるはずです。だから途中で面倒くさくなってしまい、事例を取り上げるにしても当たり障りのないことを書いてお茶を濁したくもなるものです。筆者もそういう誘惑があったのかもしれませんが、きっといろいろな障害を乗り越えてきたのだと思います。それには拍手です。

4.チームワークの良さが見えるようでスゴイ!

 広告会社の仕事は必ずさまざまな職能を持った人たちがチームを作って行うことになります。しかし、役割の異なる人が集まる分、時にチーム運営が難しくなることがあります。特に、今日のように、広告やメディアの役割が変化しつつある中では、誰もが変化に対応できるわけではないし、その対応のスピードも個人差があります。その意味では、この本の冒頭にある以下の言葉には深く同意します。長いけど引用します。

 「コミュニケーション・デザインは、マーケティングパート(戦略)、クリエーティブ・パート(表現)、メディア・パート(実施)といった分業をしません。最初から最後までコミュニケーション・デザイナーが一貫して作業に絡みます。そんな些細なことですが実際に行おうとすると、既存の分業スタイルの発想のプロセスが弊害となることも少なくありません。クライアントからの課題を最上流で受け、チーム編成や方向性などを決定する場である営業やクリエーティブ・ディレクターの意識改革が今後、優れたコミュニケーション・デザインを支えていくうえでとても重要になると思います。」(p5)

 残念ながら私の経験から言っても、例え優秀な人間が集まったチームであっても、優れたキャンペーンを生み出せるとは限りません。部門間の主導権争い、妬み・ひがみなど仕事の本質とは異なるつまらない部分でチームワークは乱れ、結果として不満足な企画しか生み出せないことがしばしばあります。
 それが、筆者の指向するような、クリエイティブ・マーケ・メディアなどの領域を自由に行き来しプランニングする「コミュニケーション・デザイナー」であれば、なおのこと既存の分業スタイルの中で仕事をやって来た人たちと摩擦が心配になります。
 しかしながら文中何箇所かでさりげなく書かれた企画チームの様子などから察するに、筆者はそうした問題に陥ることなく、むしろ違うタイプの人とのコラボレーションを楽しんでいるかのようです。もし本当にそうだとすれば、それはきっと筆者の超人的な努力によるものだと思いますし、とてもスゴイところだと思います。
 上記引用文で筆者の指摘するように、これからのコミュニケーションのあり方を考えれば、既存の分業体制の中で仕事をしてきた人たちの「意識改革」がとても大切なのだと思います。しかし、実際にはそれがとても大変なのだとも思います。

 さて、ずっと賛辞を送ってしまったので、最後に一つだけ心配を。

 この本が多くの人に評価され、筆者の名前が有名になると、きっと「スター」として活躍させられることになるでしょう。つまり、多くの予算を持つ大手広告主の担当業務を任せられるということです。
 この本を読むと、事例で紹介されている広告主は、いずれも規模が中程度の広告主です。予算規模の小さい広告主だと、広告会社との距離も近く、思い切っていろいろな提案を受け入れてくれる余地が大きいと思います。
 しかし、これが広告予算を100億も持っている企業だと、関係する人間が広告主・広告会社共に多く、またキャンペーン自体も複雑、さらに広告主の要求も多いなど、いろいろな面で自由が利かなくなってくるような気がします。
 仮に「スター」として、大手広告主を担当するようになった場合、それは筆者にとってステップアップのプロセスとして喜ばしいことなのだとは思いますが、そこで筆者の考える理想的な「コミュニケーション・デザイン」のカタチはそのまま続けられるのでしょうか? 官僚主義的な現実が現れたりして挫折しないのでしょうか? ...本当に他人事で余計なお世話ですが、ちょっと心配になります。

 ...と思いましたが逆ですね。そうした大手広告主特有の障壁を乗り越えて、筆者が腕を振るったキャンペーン事例というものを、今度は是非見てみたい、と思います。 もちろんこの本を読んで刺激を受けたわれわれ一人ひとりが実践すればよいことではありますが、筆者によるそうした環境での新しい事例が生み出されれば、筆者の言う議論が、本当に日本のコミュニケーションビジネス環境でも根付けるということが分かって、周りの人はもっと勇気がもらえると思いますから。

 筆者の岸氏は、このブログの前々回の書評で紹介した「クロスイッチ」の本の中で、「『仕組み』ではなく、消費者の『気持ちをデザインする』」と題したコラムを書き、クロスメディアの仕組みを作り込むより、消費者の気持ちを想像することの大切さを説いていました。メディアの仕掛け作りについて述べた「クロスイッチ」という本の中で、あえてそれの反対を行くような言い方が印象的でしたが、この本を読んで、そのコラムに込めた気持ちも分かる気がしました。

 「クロスイッチ」も併せて読むと良いかもしれません。

☆岸勇希「コミュニケーションをデザインするための本」(2008年)電通選書


コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)
コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)

 ブランド論が隆盛になっていたのは、90年代中ごろから2003〜04年頃まででしょうか。当時は企画書の中で「アーカー」と言う言葉が普通に使われ、打ち合わせでは二言目には「ブランドが、、、」「ブランドが、、、」と言われる始末でした。。
 しかし現在、クロスメディア論などに注目が集まる中で、ブランドについて語られることがめっきり減りました。決してブランドの重要性が薄れたわけではないと思うのですが、もう当たり前のことになって、語ることがなくなってしまったのでしょうか? ブランド論の隆盛期に多くの仕事を覚えた私としては、世の中の移ろいに一抹の寂しさを感じずにはいられません。
 
 そうした中で「ブランド論」についての久々の新刊。それもブランド論が隆盛だった時に大きな注目を集めていた(そして今、ブランド論と同じようにあまり人々の話題に上らなくなった)「ブランドコンサル会社」の一つである博報堂ブランドコンサルからの出版ということで、思わず手にとりました。

 読み終えた感想は一言で言うと、「ブランド論は熟成していたのだなぁ」ということでした。

 みんながクロスメディアだ、WEB広告だと言っている一方で、「ブランドをどう考え、顧客(広告主)にどう説明すべきか」ということを、実務を通じて考え抜いている人たちがいて(要するに著者たちです)、その熟成した思考が結実してきた、というような印象を受けたのです。

 本論は「サービスブランド」という、無形の価値を消費者に提供するタイプのブランド(店舗、WEBサービス、旅行会社、会員制クラブなど)について論じられているものです。しかし、サービスブランドだけでなく、すべてタイプのブランドについて当てはまるような論考が、特に前半の部分でなされています。
 特に私はその前半部分が印象に残りました。
 サービスブランドに関心がない人でも、ブランド論の隆盛期から少し時間が経過した今日の、ブランドについての熟成した論考を味わうことができると思います。

 例えば次のような指摘は、とてもシンプルで本質を捉えた言い方だと思います。

 「サービスに限らずブランディングで重要なのは、企業と顧客との関係性である。商標としてのブランドは企業が保有する資産だが、ブランドをつくるのは、顧客の期待や連想である。つまり、ブランドとは、企業と顧客が一緒につくっていくものである。企業が顧客に提供する価値を明確にし、顧客の期待に応え続けることで出来上がる、企業と顧客との長期的に揺るぎない精神的な関係(絆)こそが、ブランディングの最終目標である。そのためには、企業が顧客にどう思われたいか、ブランドを通じてどのような価値を提供するか自己規定する必要がある。」(p22)

 ブランドが企業と顧客との協創物であるという指摘は昔からあるものですが、私が注目したいのは「期待」という概念を取り入れてブランドを語っている点です。数年前までのブランド論では「期待」という概念が明示的に論じられることはあまりなかったと思います。しかし「期待」があって、「実体験」があってブランドに対する評価(態度)が決まってくると言う考え方は、最近のクロスメディアの議論においてよく語られる「メディアの役割論」の文脈(期待を形成するメディアと実体験を提供するメディアは異なる云々)で読み解くととても腑に落ちる考え方です。こうした論は、ひょっとするとクロスメディアの議論の影響を受けて整理された点なのかなと思いました。そういった意味で面白いと思ったのです。

 続けて、次のようにブランディングの本質をさらっと話したりしています。

 「また、ブランドが提供する価値を自己規定するためには、求められること(期待)、できること(能力)、やりたいこと(意志)の三つの視点が必要不可欠である。」(p23)

 さらに「期待」に関してもう一つ面白い指摘がありました。期待を作っていくのが、広告コミュニケーションということになるわけですが、

 「一般的に、顧客の満足は顧客が抱く購買前の期待と購買後の評価との関係によってもたらされる。しかしただ単に、期待を上回れば高い満足度が得られるかというとそうでもない。注意しなけらばならないのは、購買前の期待の持たれ方により、購買後の評価が大きく変わってしまうという点だ。
 そもそも期待がそれほど高くないものは、買ってみていいと思っても、まあこんなものかという評価になってしまう。サービスにそれほど自信がないため強い約束をしなかった場合によく起きる。この場合せっかくよい商品やサービスを提供しても、あまり高い評価を得られず、結局企業にとって損な対応となってしまう。(中略)一番いいのは、サービスとして約束すること明確にし、少し高めの購買前期待を持ってもらうことである。不満を恐れて、何も言わずとにかく期待度を上げないようにするのは結局そんなのだ。」(p25)


 引用が長くて分かりづらいかも知れませんが、筆者がいいたいのはこういうことです。つまり、事前に広告コミュニケーションで期待を膨らませておいてから「実体験」させた方が、期待が低いまま「実体験」するよりも満足が高まりやすい、という指摘です。これは例えば、クルマなどで「加速が良いのに燃費も良い」などと期待を抱かせていた方が、実際に体験したときに、「ああその通りだ、満足した」という満足につながり、何も知らないで「こんなクルマなんだ」と思うよりも、ブランドと顧客との心理的絆(エンゲージメント)が作りやすい、ということだと思います。

 さらに、この議論を突き詰めると、「広告は十分やった方がいい」という議論にもつながります。そうなれば、提案する会社(博報堂ブランドコンサル)にとっては、非常に都合がいい話となります。そこまで落とし込める論理的な議論を構築させているのは、すごいことだと思います(決して皮肉ではなくて)。

 他にも後半には、サービスブランドのタイプを「店舗型か無店舗か」「契約型か非契約型か」で分類し、それぞれのケーススタディを示しながらブランディングのあり方を説明しています。ここもそれぞれに該当するタイプのサービスブランドを持つ人にとっては大変参考になると思います。

 しかし、著者である博報堂ブランドコンサルティングですが、聞く所によると、ブランド論に対する追い風が収まった中でも、さまざまな経営努力によってそれを乗り切り、現在は堅調な経営が続いているとのことです。

 それもまたすごいことです。


☆博報堂ブランドコンサルティング「サービスブランディング」(2008年)ダイヤモンド社

サービスブランディング―「おもてなし」を仕組みに変える

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