広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

June 2008

 「グーグルに勝つ広告モデル」とは勇ましいタイトルです。広告ビジネスが伸び悩む今日において、唯一の「勝ち組」と言っていい「Google」を苦々しく思う人も少なくないでしょう。だからこのタイトルを見て思わず本を買ってしまった人も多いと思います。
 
 実は私もその口なのですが(笑)、ちょっと残念なことに、この本は「グーグルへの勝ち方」を述べた本ではありませんでした。今日のメディア環境変化の中で「負け組」に分類される(と言える)「マスメディア」の延命策を述べたものです。その意味では、少々「看板(タイトル)に偽りあり」なのですが、「延命策」以外のところで、意外に面白い論考がありましたので紹介したいと思います。

1.アテンション対インタレスト
 まず、とても鋭い! と思ったのが、マス広告とグーグル広告モデルの違いの指摘。 

 「テレビ、新聞、雑誌、ラジオの4マスメディアのビジネスモデルの本質は、大衆の注目の卸売りです。英語でいうアテンションを集めて卸売りしている、アテンション・エコノミー。これが20世紀型マスメディアの本質です。
 一方、近年騒がれている21世紀型メディアとしてのグーグルが依拠する経済は、インタレスト(能動的な興味・関心)です。グーグルはアテンションではなく、インタレストの卸売りをするビジネスモデルです。」(p11-12)


 この後筆者が説明しているのですが、AIDMA(AISASでも良いが)のようなアテンション→インタレストに移行する広告効果モデルを考えれば、アテンションをターゲットにするより、インタレストを直接ターゲットにしている方が、広告効果の効率性が高くなり、広告単価も高く設定できます。Googleの強みはそこにあると言うのです。さらにYahoo!にも触れていて、Yahoo!はバナー広告に依存しているからマス広告同様、20世紀のアテンション・エコノミーモデルに分類できるのだそうです。

 なるほど、広告手法をこういう視点で理解するのは斬新ですね。もちろん、異論のある人もいるかと思いますが、なぜマス広告が限界を迎え(→人が使える時間量が変わらないのに、世の中の情報量が膨大になりすぎ、アテンションの獲得効率が低下してきたから、が答え)、グーグルが儲かっているのかを大まかに考える上で、こうした単純化した分類は役に立つと思いました。

2.コンテンツビジネスは、未来に行けば行くほど厳しい戦いを強いられる

 これも面白い視点です。コンテンツビジネスは、将来は現在よりも必ず厳しい戦いを強いられる宿命にあると言うのです。
 
 「テレビを含めたメディア/コンテンツ産業が、他の産業と異なる点の一つとして『過去のストックが競合になる』という点が挙げられます。(中略)ストックは時間の経過にともない、いずれ無限大まで増加します。(中略)加えて、名作とか傑作は一定の出現率に基づき生まれてきますから、時間がたてばたつほど過去のストック価値が増大していきます。つまり、常に『現代のコンテンツ』が歴史上どの時点と比較しても、より厳しい戦いを強いられるということになります。」(p16-17)

 そしてこの傾向は、近頃のインターネットによる、モノ(コンテンツ)と情報(コンテンツのメタデータ)が分離することにより、探索コストが劇的に低下し、欲しいコンテンツがいつでも入手可能になることによって、加速されているというのです。確かに、アニメや漫画産業の近頃の勢いの衰えも、こうしたことと関係があるのかもしれません。
 これはコンテンツビジネスに携わる人にとってはかなり暗い話だと思いますが。

 というような鮮やかな分析が冒頭の方にあり、すごく期待が高まったのですが、最初に述べた通り、本書の大半はマスメディアの延命策が延々と述べられている内容でした。そのテーマに関心のある人なら参考になったのかもしれませんが、私はその内容自体についても、新鮮味が薄かったり、実現可能性という点で?の話が少なくなく感じたので、あまり興味を持てませんでした。

(*)上記で「延命策」と書いたのですが適切ではありませんね。別にマスメディアは「絶命」するようなものではありませんから。ビジネスを取り巻く環境が変わってきて、収益効率が悪くなってきているというのが問題点であり、著者はそれへの対応策を書いているというのが正しい説明です。「延命策」ではなくて、「生き残り策」ですかね?(同じか...)

グーグルに勝つ広告モデル (光文社新書 349)



 話は変わりますが、今年もカンヌ国際広告祭が終わりました。ご存知のように日本からはユニクロの「UNIQLOCK」がサイバーとチタニウムでグランプリを取りました。関係者に敬意を表しまして、私のブログにも貼り付けさせてもらいました(笑)。カンヌでは今回のユニクロだけでなく、ここ数年インターネットを活用した新しい広告キャンペーンの領域で、日本の作品がコンスタントに賞を取っています。この領域での、日本の企画力の高さを改めて感じ、なかなか日本も捨てたものではないなと思いました。


 
 一方で、フィルム部門のグランプリは2つあるそうで、そのうちの一つがこのゴリラのCM。イギリスキャドベリーのチョコレートの広告なのですが、正直私は何が“よい”のか分かりません。音楽を入れ替えたリミックスバージョンが多数消費者によって作られているようで(つまりUGC=勝手広告?)、そこも含めての表彰なのでしょうか?
 どなたか分かる方がいたら教えてください!



 昨日は、東京恵比寿のウェスティンホテル東京で行われた、日経BP社主催、「ネットマーケティングフォーラム2008」に行ってきました。

 このフォーラム、「モバイルマーケティングカンファレンス2008」というのと一緒に行われたのですが、ネット(モバイルを含む)上でのマーケティング活動に関する、日本で最も大きいカンファレンスだと思います。

 今年は4回目になり、今回のテーマは『クロスメディアで築くエンゲージメント』。私は初回から毎年行っているのですが、今年の印象はというと......何か例年に比べ、パンチが足りない感じがして帰って来ました。

 まず基調講演からして「クロスメディアによるブランド経験価値の創造『キットカット受験キャンペーンの軌跡』」と題した、ネスレキットカットの事例紹介だったのですが、この事例大変すばらしい事例であることは間違いないと思うのですが、もう既に本にもなっている話ですよね? そういう話題が「基調講演」になってしまうというのは、主催者の方はどういう見識でやっているのだろう、と思ってしまいました。
 スピーチも広告主さんの事例紹介はどれも興味深いものが多かったですが、それ以外のスピーチはお約束のスポンサーの方の商品説明会に終始したように思います。もっとも商品説明会でもいいのですが、昨年までは「未発表」「新たに導入した」と話に枕が付く商品の説明が目立ったと思いましたが、今年は既に実践稼動していてあちこちに売りまくっている商品の紹介をしているケースが多かったと思います。

 だから、「新しい動きを知りたい」という動機で聞きに行った私としては若干物足りなさを感じてしまったというわけです。

 今年は、目玉になるようなテーマがなかったのでしょうか。主催者の人も言ってましたが「クロスメディアで築くエンゲージメント」というテーマ自体、話題の(それも少し古い)言葉を2つくっつけただけで工夫がない感じがします。Web2.0バブルも弾けて、業界全体に何となく沈滞ムードが漂っていることの反映?と思ってしまうのは、考えすぎ??

 あと印象に残ったのが、午前中最後の、Jストリームとマイスペースの社長によるパネルディスカッション。「クロスメディアで築くエンゲージメント」というフォーラムのテーマに沿って、互いに新しいシステムやテクノロジーで顧客に提供する体験やサービスが変わって行く、という話をしていたはずなのに、話が進むうちにいつの間にか「こういったことをするには、やはり社内組織が大切!」「他部署の仕事に何でも口を出せるような雰囲気が必要ですね〜」「上司を説得することが〜」...云々、などと、なぜか昔から言われる泥臭〜いことが大事という話になっていました。

 な〜んだ。最新テクノロジーなんて大して重要じゃないんじゃん!

 久々に刺激を受けた本でした。

 実はあまり最初は興味がなかったのです。もともと消費者論みたいな本は読んでも「だから何なの?」としか感じないことが多かったし、著者の鈴木謙介氏も1976年生まれとのことでまだ若いし、カヴァーの写真も売れないミュージシャンみたいだし(失礼!)、それなのに文章をちらちら読んだら妙に老成しているし...。昨年末に買って机の上に置いたまますっかり忘れていました。しかし他に読む本もなくなったし、読んでみようかなぁと軽い気持ちで読み進めるうちに、なかなか着目ポイントが良いぞ、と思ってきました。

 まずこの本は、今日の消費社会、とりわけ若者層に見られる消費意識や行動について分析した本です。車が売れない、ビールを飲まない、海外旅行に行かない...など、今日の若者層の消費行動について“???”を感じる人は多いような気がします。それを単なる現象の羅列や定量調査結果などから分析するのではなく、消費行動を説明する理論を構築して論じている点がユニークなところです。

 特に印象に残った視点は「共同体」に関する論考でした。
 1980年代以降の消費者論では、大衆が分衆になったとか、中流層が崩壊して上流と下流に二極化したとか、同じ価値観やライフスタイルを共有するグループがどんどんミニサイズになってきたというのがずっと語られてきました。結果として、多様な個性や価値観にフィットするような商品やサービスが好ましいと言われてきた訳です。しかし一方で今日でも「ブーム」というのは健在で、しばしば互いに脈絡のない短期的なブームが次々に現れては消えていきます。ばらばらな価値観を消費者が持っているのになぜそのようなことが起きるのか、ということを筆者は問題意識として設定したようです。

 「とはいえ、人びとがそうした関心の分化に基づいて、個々ばらばらになっていったというわけでもない、というのが本書における私の立場です。『みんな』というモノサシ(ブログ作成者注:「共同体の共有する価値観」)が自明なものでなくなり、個別の動機が重要になったとしても、それが集合し、『わたし』という動機の結合体としての〈わたしたち〉を生んでいる。それが、様々な場面での『見えないヒット商品』の登場の要因であると私は考えています。」(p85)

 そして短期的ブームが次々起きる現象を説明することとして筆者は、何らかの「ネタ」を介して一時的に集まった同じ関心を持った人たちがブームを盛り上げ、そして飽きてまたバラバラになっていくのではないのか、という説明をしています。彼らは、「わたしたち」というつながりを求めて結合するのだといいます。そしてそれは「参加者にとって理想の共同体のように感じられるつながり、すなわり『共同性』と呼ぶべきものだ」(p107)というのです。

 さらに、
 「共同体から共同性へ、人々のつながりへの希求のあり方が変化してくると、そこで重要になるのは、そのつながりが共同体の形式をとっているかどうかではなく、参加しているメンバーにとって『共同体のように感じられるかどうか』という点になります。ここにわたしたち消費の源泉となっている人々の繋がりに、『ネタ的コミュニケーション』のような、コミュニケーションのためのコミュニケーションが求められる要因があります。」(p107)

 この指摘はなかなか面白いと思いました。「共同体のように感じられるつながりをどう作るか」なんていう指摘は、明日から企画書の中で使えそうです(笑)。まぁ冗談はさておき、まじめに頭の片隅においておいても損をしない視点だと思いました。

 ただし、この本のほかの部分にはピンと来ない部分、話が散らかる部分、ネット上の流行をさも大流行したかのような過大評価をしていると感じるような部分が多少ありました。あと、電通の担当者が書いた最後の章は、鈴木氏の論考とも直接関係していないような感じがして、全体として散漫な印象も受けました。

 上記の「共同性」の指摘を読むだけでも、買う価値はあると思いますが。


☆鈴木謙介+電通消費者研究センター『わたしたち消費』

わたしたち消費―カーニヴァル化する社会の巨大ビジネス (幻冬舎新書 す 1-1)

 長く更新を休んでしまいました。
 約1年ぶりの更新になります。

 これまで書くたびに長文の投稿になってしまって、正直疲れてしまっていたのでした。それで一度止めるとだめですね。本当に再開するのが億劫になってしまうから。

 しかしながら、何となくまた書評を始めてみようと思いました。実はしばらく広告・マーケティングとは関係ない本ばかり読んでいたのですが、最近またその手の本を固めて読んだことがあるのかもしれません。仕事も少し忙しくなくなって、生活全体にゆとりが生まれたからかも知れませんが。

 さて書評は今読んでいる本についてしたいので次回からにしますが、話題を変えて、今日は幕張メッセで行われているIMC Tokyo 2008という展示会に行ってきたのでその報告。
 これは、Interop Tokyo 2008というIT展示会と併せて行われている、主に放送・通信などメディアに関するテクノロジーの展示会です。講演会・セミナーも行われており、私は電通の杉山恒太郎氏の講演を聞いてきました。この人、「ぴっかぴかの一年生」や「セブンイレブンいい気分」などのキャンペーンを手がけたクリエイターの大御所ですが、WEBマーケティングをやっている若手の人には、「AISASモデル」を考えた人、というほうが馴染みがあるでしょうか。杉山氏はクロスメディアキャンペーンをテーマに話をしていたのですが、最近の若者(10代、20代)のケータイを使ったライフスタイルの実態調査の話が面白かったです。何と今や卒論をケータイで書く大学生がいるそうで(笑)、驚きました。彼の言う、「まず生活者のメディアの中での泳ぎ方を知ることが、クロスメディアキャンペーンの出発点だ」という話にはその通りだと思いました。

 その他、さまざまな放送・通信・WEBに関する最新技術の展示がありました。個人的には、動画をオンライン上で簡単に編集できるこんなサービス(スプラシアhttp://www.sprasia.com/)もCGM時代の面白いサービスだと思いました。
 
 もっとも私は文系なので、あまり技術の深い話はちんぷんかんぷんだったですけど。

 IMC Tokyo 2008は幕張メッセで、6月13日(金)まで。

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