広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

May 2007

 前回のエントリ(「2010年の広告会社」の書評)でも広告会社の将来について書きました。今回紹介する本も、前回に引き続いて、広告会社の将来像について書いた本です。

 この本ももう随分話題になったので、今更書評を書くのも気が引けるのですが、広告会社の過去・現在・将来を考える上では、きっと避けては通れない本だと思いますので、ご紹介します。
 著者の藤原氏は元電通総研社長。つまり日本最大の広告会社の中心にいた人による広告会社論が本書ということになります。

 しかしこの本、Amazonなどの評判がまったく良くありません。曰く、「自己中心的」「広告会社のレベルの低さ、広告会社が変われないことを象徴している」「提示される将来像が不鮮明」「Googleを始めとした環境変化への理解が足りない」など。実際そうした批判はその通りだと思いますし、独善的・夢想的な主張も目立ち思考の限界を感じてしまいます。
 特に、著者が電通の幹部だったことから「電通的なものの考え方」が良くも悪くも随所にでているのではないかと思いました。つまり、日本の広告業界を背負ってきたという自負とエリート意識、反面の自分のビジネススタイルに対する無謬性意識と傲慢さ、自分を超える存在を認められないという偏狭性などです。「広告会社は変われるか」というテーマも、結局は「電通は変われるか」を論じているように思います。
 つまりこれは電通の内在的論理に基づいて書かれているもの(一種の「社内論文」でしょうか)なのであり、その辺りに、社外の人が見ると感じる違和感不快感の原因があるような気がします。

 ただしそう割り切って読むと、これは現状の「(電通を中心とした日本の)広告会社」とはこんなもの、ということを理解する格好のテキストなのだとも思います。何しろ、日本の伝統的大手代理店は基本的には電通と同じビジネスモデルで仕事をしているわけですから。

 さてこの本の内容ですが、大きく「広告会社の過去の発展の歴史や現状の問題点」を書いた部分、そして「将来のメディア環境変化(特に2011年からの地上波デジタル放送完全実施以降)に対応したあるべき将来像」を書いている部分に分かれます。

 この中で、広告ビジネスの歴史と今後の課題について書いている部分は、さすが電通の元幹部だけあって、とても読んで参考になると思います。
 その通りだと思った部分何カ所かあるのですが、例えば広告主が変貌するというテーマで広告主と広告会社との関係を論じている部分の指摘。近年の傾向ですが、従来広告会社との主要取引窓口であり、広告会社に仕事をくれる存在だった「宣伝部」の地位が凋落傾向にあります。それに対して著者は、新た関係先部署として3者(経営企画室・資材部・プロダクトマネージャー)を指摘し、彼らとの関係をうまく取り結べないと「『おぜぜ』の取りっぱぐれが起こる」(p63)と指摘しています。
 クライアントが変化していく中で、広告会社との関係も多様化しつつあるのは現実で、非常に実感に合う問題意識です。

 しかしそれにしても「あるべき将来像」についての語りの緩さはどうしてでしょう? 著者の言うように、今後IT化、デジタル化が進展し、テレビ、パソコン、携帯電話など「メディアの種類」に依存しない形で各種コンテンツが流通するようになる、という認識は間違っていないのかも知れません。しかしだからといって、

 「ネットとメディアが融合すると、媒体は一つになる。今までのマス媒体もネットも融合するので一つの媒体の出現と相成るのである。その融合の結果生じる新しい媒体を何と呼ぶか。筆者はそれを『eプラットフォーム』と呼ぶ。」(p50)*下線部私

という将来予想は妥当でしょうか? コンテンツが自由に流通する姿は想像できますが、また新たな「一つの媒体」ができる、という発想は想像しにくいです。媒体を売ってきた電通の元幹部らしい、「結局は新しい媒体が登場しないと、何か不安だ!(笑)」という気持ちがあるのならばそれはわからないでもないですが...(苦笑)。

 もっとも、この本の結論の方で、電通・博報堂などが目指すべき方向性として、新しいメディア「eプラットフォーム」の「盟主になれるか(p160)」が重要なのだが、「このeプラットフォームの盟主になる広告会社は、結果的にグローバル化をせず、いままでどおり国内に専業する(p160)」とあります。

 「盟主」という言葉遣いからして、旧来の電通的価値観のような気がしますが、国際競争の荒波にもまれるのはもうイヤだから、日本の中で生きて行けばいいや、という発想は、しかしながら伝統的広告会社にとっては、もはや意外と現実的な解決方法なのかもしれません。

 ところで、先日の日経ビジネス5月14日号では、「電通が挑むメディア総力戦」というタイトルの中で、上記の「eプラットフォーム」に似たようなシステムをGoogleに対抗すべく整備中というような記事がありました。

 ただその記事で書かれているのは、放送と通信との融合時代における新たなメディアなどではなくて、単なるアドネットワーク(アドサーバー)の一種のようです。

 この本でも「広告会社の最終兵器はアド・サーバー(p167)」なんて書いてあるし、もしかして、電通が来るメディアの大統合時代に向けて整備を進めているのはコレなのでしょうか?? 

 アドサーバーの価値を否定するわけではないですが(もし将来、テレビCMも行動ターゲッティング的な配信ができるというなら、またそれを狙っているならば凄い話ではありますが...)、こうしたものを整備する方向が、筆者の考える「広告会社は変われるか」の結論だとすると、ちょっと最後に問題が矮小化されてしまった感じがします。そもそもアドサーバー(アドネットワーク)なんて既に数多く存在しているわけですし、大手のDoubleClickをGoogleが買収するなんていうニュースもあるような中で「盟主」となるなんてことは簡単に口にできることではありませし、それを達成するその道筋さえも書いてはありません。

 将来の広告会社への提案として、システム周りの話をするのもいいですが、クリエイティブの可能性など、もっとGoogleなどにない広告会社固有の能力についてスポットライトを当てるような方向も考察して欲しかったです。
スペースブローカーとして広告会社を捉える電通的な論理が結局最後まで顔を出している本、ということなのかも知れません。

☆藤原治「広告会社は変われるか」(2007年)ダイヤモンド社

広告会社は変われるか―マスメディア依存体質からの脱却シナリオ

 「このままだと広告ビジネスと広告会社は、早く変わらないと破滅することになる。」(P3)

 この本の書き出しは、この言葉から始まっています。現役で広告会社に籍を置く人ならば、こういわれて何も心当たりがないという人は、多分いないでしょう。

 現在でもなお、大手広告会社は学生の人気就職先の一つであります。多分外側からみれば華やかな仕事に見えているのかもしれません。しかしながら内実を知ってしまうと、その将来性について明るい展望は決して抱けない、というのは事実だと思います。

 理由はいくつもあります。

 広告市場の成熟化・頭打ち傾向、厳しさを増す広告主によるディスカウント要求、非マスメディア領域の注目に伴う煩雑な業務の増加、慢性的な忙しさ、増えない利益、増えない給与、経費の締め付け傾向、成功しない海外展開、買収のうわさ、Googleなど新たなプレーヤーの登場の一方で取り残されている感じ...etc。

 この本は、こうした現状の広告会社・広告ビジネスが持つ限界性を指摘し、「変われ、さもなくば生き残れない!」と叱咤激励するものになっています。

 著者の述べるさまざまな問題点の指摘、確かに鋭いと感じるところがいくつもあります。例えば、以下のような指摘。

 「10年後、広告会社の80%が消滅する」(p14)
 「衰退期に入った広告のライフサイクル」(p18)


 広告会社の80%が消滅するというのは現実問題として大げさかもしれませんが、業態が大変革し、M&Aなども含めて今と同じ会社がそのまま継続して残っているケースは少ないだろうという見方には賛成です。その理由は「衰退期に入った広告のライフサイクル」とありますが、従来の広告会社の収益モデルが限界を迎えている、つまり会社経営の根っこのところが弱くなってきている、という点が最も大きいと思います。

 従来の広告会社の経営を支えてきた収益モデルとは「コミッション型モデル」であり、それはマス広告の仲介に伴う高額の手数料(メディアコミッション)を収入の柱とするモデルです。広告会社(広告の仲介会社なのでまさに「代理店」)はそれにより高い給与と社会的ステータスを得、またクライアントに対しては、マーケティング戦略その他のフルサービスを無料で提供してきたわけです。
 しかしながら、日本のデフレ経済をきっかけに、クライアントが手数料の引き下げ要求を出したり、マスメディア扱いを1つの代理店に集中させることで手数料の引き下げを迫ったりし始めました。それだけではありません。インターネット広告の出現などにより、マス広告の効果の相対的低下が指摘され、出稿自体も減ってきてしまったのです。

 つまり、マス広告に依存していたにも関わらず、マス広告出稿減、手数料も減、一方で提供サービスは変化なし。いや、マス広告以外の領域の業務が増えている分、提供サービスは増加しているかもしれません。
 ちなみに、それではインターネット広告や非マスメディア領域に注力すればいいではないか? という人がいるかも知れません。しかし、そうした分野は成長分野ではありますが収益性がまだまだ低く、既に高年齢者を含む多大な人員を抱えてしまっている広告会社にとっては、そのマス広告の減少・手数料低下を補えるものではないのです。(中には、ご高齢で高給取りの方をすべて辞めさせれば問題解決、という過激なことを言う人いますが...)
 
 こうした問題点に対して、コミッションではなくて、実際に提供したサービスに対する対価(フィー)に依存する経営に転換するべきだ、という意見がしばらく前からあります。実際には欧米では広告会社のフィービジネスが一般化しています。しかしながら商習慣の異なる日本では、広告主にとって目に見えないサービスに対価を払うことに抵抗があるのか、一向に定着しません。
 もっとも、一方でフィーが本当に望ましい結論かどうかということについて、疑問を言う人もいます。

 植田氏は、本書で多岐に渡る広告会社が変わるぺきポイント(イノベーション)を提示し、最後に「いま広告会社に残されている最後の行動は、社長の決断だけである。イノベーションを断行するかどうかだ。」(p248)と指摘しています。

 広告会社は、いろいろな面で変わる必要があるのは間違いないでしょう。ただ、変革すべきポイントが多すぎて、目眩がしそうになるのもまた事実です。

 正直私は、将来を信じながらも、今の広告業界・広告ビジネスについて、多少暗い気持ちを感じざるを得ません。

 このテーマはまた取り上げますが、いずれにせよ、この本は現状の問題点が網羅されていて、参考になる一冊だと思います。

☆植田正也「2010年の広告会社」(2006年)日新報道

2010年の広告会社―革新のみが成功を約束する

1.これまでとは違う語り手

 ブログ、CGM、クチコミ、インターネット広告...など、これまで日本でWebに関するマーケティングが語られる際、その語り手はたいていWeb関連のベンチャー企業の人でした。電通や博報堂などの昔からある広告代理店を「トラディショナルエージェンシー」と揶揄することがありますが、Webプロモーション領域に関して、トラディショナルエージェンシーに属する人からの発言はあまり聞こえて来ていない気がします。それはWebを語るとき、「新しいテクノロジーで出来るようになったこと」という視線に立つ事が多く、その視点に立つ限りトラディショナルエージェンシー側から語れる要素がなかったからなのかも知れません。

 しかし、現に彼らは日夜Webサイトを作り、Webをからませたキャンペーンを開発しているわけです。Webについてはさまざまな最新技術・サービスがありますが、それらを実際に使いこなしてきたのも彼らだったと思います。「Web2.0」なんていう流行り言葉を使わずとも、間違いなく彼らはWebを使ったマーケティングの可能性を最大化させる知見を持っているはずだし、我々が学ぶことも多いはずです。

 その意味では、多分トラディショナルエージェンシー側にいる人が初めて声を上げ、自らの考えを語った本として位置づけられるこの「Webキャンペーンのしかけ方。」という本は、大変興味深い本です。事実、書いてあることに類書とは異なる「視野の広さ」や「思考の深さ」を感じます。Web関連の本に食傷気味のみなさんも読んで何か感じる部分が必ずあると思います。

2.「Webキャンペーン」に向かう4人の共通視点

 著者の4人がそれぞれ自分の経験や考えを書いており、当然それぞれ独特なのですが、下記の3点はみなさんが強調していました。当然のことかも知れませんが、私も大切だと思うので、ご紹介します。

◆インターネットは目的でなく手段

 「インターネットマーケティングの話になると、かならずいつも最新のテクノロジーが紹介され、それを活用するテクニックやギミックが取り沙汰される。そして、企業のマーケティングやWebキャンペーンをみても、そうした『手段』をありがたがり、最重要視して中核にすえていることが多い。
 しかし、手段では人の心は動かせない。テクニックやギミックはもちろん、すぐれた技術でさえも、目的を達成するために用いるツールでしかないのだ。ツールでは人の心を動かすことはできない。」(p129)(渡辺氏)


 上で述べたように、Webマーケティングの本は「ブログをやる」「ネット広告について」「CGM」など、Webの何かの機能それ自体がテーマになっていることが多いと思います。その点、この本はWebはあくまでマーケティングコミュニケーションの1手段というスタンスが明快です。それゆえリアルの世界との連携も常に出てくるテーマになっています。

◆新技術に頼るな

 上記とも関係しますが、

 「2001年にBMWは『BMW Films』というすばらしいショートフィルムをつくり、Webキャンペーンを実施した。(中略)これがきっかけとなり、雨後のタケノコのようにしばらくの間ショートフィルムがインターネット上に溢れた。
 おそらく背景には『手法を伝えるだけで企画が認められる』というWebキャンペーンならではの、“妙な現象”があったのだと思う。『ブログを使いましょう』『SNSをつくりましょう』『アメリカの○○という技術を日本で最初に使いましょう』など、新しい技術や手法を口にするだけで、まるで魔法の呪文をかけられたかように、ゴーサインを出してしまう傾向が現在でもまだある。」(p62-63)(阿部氏)


 これ、提案する側の問題というよりも、クライアント側の問題である場合が多いような気がします。何かが受けていると聞いて、広告会社側に「あれ、やってみたいんだけど...」と手法ありきで言い出してくるケースが多いと思います。
 阿部氏は続けて、

 「たしかに、新しい技術や手法には、やり方によっては大きな成功を収められる可能性が秘められている。だが、肝心なのはその技術や手法を使うことではなく、それを使って何をやるかだ。つまり、アイディアの問題である。
 実際に、BMW Films以降、山のようにショートフィルムがつくられたにもかかわらず、それを超える作品はほぼ皆無にひとしかった。加えて、早くもショートフィルムという手法すら、あっというまに過去のものになってしまった。」(p63)(阿部氏)


 4人のみなさん、新技術を否定しているわけではありません。しかし、Webを使ってマーケティングをする人が、つい新技術に頼ってしまう傾向に警鐘をならしているのだと思います。この点、私もまったく同感です。

◆消費者を見る

 「Webで広告的なコミュニケーションを行うためにはどのようなアプローチが必要だろうか。
 筆者の持論は、漫然とWebコンテンツを制作するのではなく、コミュニケーションデザインの概念を持つこと。(中略)そのためには、まずWebコンテンツとして扱う商材やサービスなどが持つ特性および背景を理解し、情報を伝えようとしているユーザー層の行動特性や志向などをよく把握しなくてはならない。」(p136)(螺澤氏)

 「今後もWebキャンペーンが人間を相手に実施されるという点は、おそらくことは変わらない。だとすれば、人の心の琴線への理解は絶対に不可欠だ。」(p67)(阿部氏)

 「太くて骨のある普遍的なものをつくるためにいちばん必要なことは、芯を射抜いたアイディアとインサイト(消費者の動向や欲求など)だと思っている。」(p117)(伊藤氏)


 そして最後に、やっぱり消費者理解が大事、ということ。この点、広告作りもWeb作りも本質は変わらないということでしょうか。

3.Webキャンペーンの倫理(ただし、引用は正確に)

 さて、ちょっと最後に気になったことがあったので付け加えます。
 近年、ブログなどを使った「クチコミ喚起型キャンペーン」が注目されていますが、それはややもすると「やらせ」になってしまい、「炎上」という不幸な結果を導くことがあります。そこで仕掛ける側の我々には、これまでより一層、高い良識や倫理性が求められることになります。

 そこで渡辺氏が文中でWOMMA(Word of Mouth Marketing Association:アメリカのクチコミマーケティングの業界団体)の「倫理規定」として、以下の8項目を紹介しています。(以下、p113より)

1.消費者に報酬をわたしながら、企業との関係を明らかにすることなく、商品推奨を依頼する行為をしない。
2.消費者同士のクチコミにおいて、サクラを起用したり、覆面マーケティングを行わない。
3.クチコミで何をいうべきか消費者に指示しない。
4.クチコミ唱道者の本当の正体について、消費者を混乱させたり誤らせたりするような開示は行わない。
5.クチコミマーケティングプログラムに子供は関与させない。
6.競合企業のネガティブな情報流布を目的とした活動などを行わない。
7.既存ビジネスの慣習を理解し、既存ビジネスで認められている手法は、その領域では継続して活用する。
8.クチコミマーケティングを提案、受注する際には、広告主にこれらのリスクの説明を行う。


 こうした視点は大切ですよね。忘れないようにしたいと思います。
 しかしながら、ちょっとあれっ? と思ったことがありました。上の条文、大変重要だと思ってWOMMAのWEBサイトに直接当たって見たのですが、この8項目の倫理規定にあたる文章がありませんでした。確かにEthics Codeというものがあって、上記条文と同様の内容が書いてはあります。しかし8項目ではないし、内容もかなり異なっています。
 これ本当に、WOMMAから引用したのでしょうか?

 実は、上記の文章はクチコミマーケティングなどを実施している、サイバービュレットという会社が、「米国WOMMAの倫理規定」として紹介している内容と全く同一のものです。
 もしWOMMAから直接引用したのではなく、サイバービュレット社から引用したならば、そう出典を明記すべきです。
 
 「倫理」「良心」を説いている部分で、逆に本人の注意が足りない感じがして、ちょっと残念でした。

☆渡辺英輝、阿部晶人、螺澤裕次郎、伊藤直樹著「Webキャンペーンのしかけ方。」(2007年)インプレスジャパン

Webキャンペーンのしかけ方。 広告のプロたちがつくる“つぎのネット広告”

 ちょっと前に読んだ本ですが紹介します。

 今回はインターネット広告の「メディアプラン(プランニングとその効果)」がテーマです。 

 私が広告会社に入社した頃は、まだインターネットを知っている人は極少数で、屋外広告などもSP扱いでしたから、「広告」といえばイコール4媒体(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)を指していました。
 その「広告」の領域にはメディアプランという考え方があります。それは広告を効果的・効率的に出稿するためにどうすべきか? ということに関するプランニングです。主に定量的な視点からこの課題にアプローチします。

 この「メディアプラン」の視点は昔からあったものでありますが、日本では90年代の不況期にとても脚光を浴びました。なぜなら広告主の間で、限られた広告予算をより効率的に使いたい、というニーズが大変高まったからでした。大手広告代理店各社はそのニーズに対応すべく、例えば「オプティマイザー」と呼ばれるような、より効果の高いメディアプランを作成するコンピューターシステムを開発したりしました。

 今日の広告業界で、電通、博報堂(HDY)、ADKの上位3社へのメディア扱いの集中が進んでいます。上位社へ集中が進んだのは、彼らがこの時期メディアプランのシステムを開発し、クライアントの「効率化」のニーズに応える存在になり得たということが、大きな背景としてあると思います。

 今日インターネット広告市場が急成長しているわけですが、この領域でも、効果的・効率的なプランニングは当然求められます。そしてこのニーズに応え得る広告会社がやはりクライアントからの信頼を勝ち得て生き残って行くのだろうと思います。

 また、インターネット広告はマス広告と異なり、広告テクノロジー進化の影響を受けて、年々複雑・多様化し、新たなサービスがどんどん生まれきている状況です。つい数年前まではインターネット広告といえば「バナー広告」でした。しかし今やリスティング広告、コンテンツ連動広告、アフィリエイトなど新しいタイプの広告がたくさん生まれ、それぞれが急激に成長しています。広告メニューではないものの、「行動ターゲッティング」のような技術を使って、よりカスタマイズした形で広告をターゲットに届ける技術が開発されたりもしています。

 だから、インターネット広告におけるメディアプランと言っても、単純にCTRなどのデータを比較して効率良い順に並べて終わり、ということではなく、それぞれの広告メニューの癖を理解したり、組み合わを工夫するなど、マスメディアとは違ったそれなりの深いスキル開発が求められるのだと思います。

 今回紹介する2冊の本は共に、「インターネット広告専業代理店」といわれる会社によるものです。そして共に、インターネット広告の概要説明とともに、効果的なプランニングの考え方・事例などが紹介されています。この2冊を読むと彼らが単に広告の取次ぎをしているのではなく、求められる「効率・効果」という課題に正面から向き合い、答えを出そうとしているのが感じられます。

 一つはインターネット広告代理店2位の「オプト」による「インターネット広告による売上革新」。もう一つが同じくインターネット広告代理店3位の「セプティーニ」佐藤社長による「Web2.0時代のインターネット広告」です。
 それぞれの本は、それぞれの会社の得意領域を反映してか、内容は重なりながらも、重点を置いて説明している分野に若干違いがあり、そこに特色があるような感じがします。いずれにしても、現在のインターネット広告の概要と事例を手際よく紹介したもので、この領域に関心のある人にとっては入門書・概論書として参考になるはずです。 

 この2冊から、特に私が面白いと思った中身をいくつか紹介します。

◆ブロードリーチ効果の間接効果(「インターネット広告による売上げ革新」より)
 ブロードリーチというのは、「特定の属性や趣味嗜好等にセグメントすることなく、幅広いユーザーに訴求できる広告」(p119)で、ヤフーやMSNのトップページの大きいバナー広告などがそれにあたります。このタイプの広告はテレビCMのようにリーチが稼げて、ブランドイメージを伝達する効果もあるとされていますが、ターゲットを絞らないためCTR(クリックスルーレート)は必ずしもよくない、割高な広告とされます。しかしこの本の指摘によると、実はこのタイプの広告の効果は掲載終了後も引き続き持続するので、出稿後の一定の期間まで考えると、効率が意外と良いのだというのです。

 「出稿期間中の1週間で、クリックが6万クリック、申し込み数が330件(中略)という結果だった。(中略)ただし、注目すべき点は、1週間の掲載期間終了後、その後2ヵ月にわたり掲載期間中にバナーをクリックしたユーザーからの申し込みが発生し続け、合計200件の申し込みが掲載終了後に積みあがった点である。いわゆる『流れ込み効果』である。」(p124-125)

 とても興味深い面白い指摘です。

◆リスティング広告のプランニング(「インターネット広告による売上げ革新」より)
 この本の最後の方には、リスティング広告(検索連動広告)の運用事例がでています。広告額が小さい割りに大きな手間がかかりとても大変だという印象があるリスティング広告の管理ですが、ここでは戦略的な入札キーワード選択や広告タイトル・説明文の書き方の事例が紹介されています。私自身は普段あまりこの領域の仕事はしていないのですが、“こんなに戦略性があるのか!”と興味深く読ませてもらいました。

◆アフィリエイトの活用(「Web2.0時代のインターネット広告」)
 アフィリエイト広告(成果報酬型広告)の仕組みもわかりづらいのですが、広告(プロモーション)媒体として活用するやり方がシンプルに解説がされています。


 しかしいずれにせよ、設立されてまだ10年程度しか経過していないネット広告会社が、ここまでネット広告の可能性や使い方についてまとめた本を出すというのは、なんだか感慨深い気がしますし、彼らの実力や将来性を感じてしまいます。


☆株式会社オプト、ETIM研究所編「インターネット広告による売上げ革新」(2006年)同文館出版
インターネット広告による売上革新


☆佐藤光紀著「Web2.0時代のインターネット広告」(2006年)日本経済新聞社
Web2.0時代のインターネット広告―そのしくみから導入まで

 「共感ブランディング」と題されたこの本は、博報堂DYメディアパートナーズの方が書いています。この会社、あまり馴染みがないかも知れませんが、2003年、博報堂・大広・読売広告社の3社が経営統合した際に、3社のメディア部門が分離・統合されてできた会社です。メディアのプランニング、バイイングが主な仕事ですが、最近は映画コンテンツへの投資など、コンテンツビジネスへの注力が注目されます。過去「電車男」や「世界の中心で愛を叫ぶ」などを手がけましたね。

 著者の鷲尾和彦氏は、そのシンクタンク部門(死語かな?)と言っていいのでしょうか、「メディア環境研究所」に所属しているそうです。

 そういう立場の方だからでしょうか、この本の「はじめに」や第1章でしてきされている今日にメディア環境に対する洞察は、非常に優れたものがあると思います。以下の指摘は、マーケティングコミュニケーションの領域に携わる人にとってはとても参考になると思うので少し引用します。

 例えば、こんな指摘

 「インターネット環境が普及した現在では、顧客は自ら必要とする情報を探し出し、手に入れ、比較・検討して実際の消費行動を決定することはもちろん、自身の意見や感想をウェブ上に発信することで、商品の評判を左右するまでになっています。
 もはや企業側に『情報』の優位性は存在しない時代なのです。
 企業が情報発信力を独占することによって、顧客を『囲い込む』とか、顧客に『刷り込み』を行うといった発想は、まったく通用しなくなりました。」(p3-4)
 太字は著者

 企業側の情報の優位性を前提とした「マスメディア」の売買を最大の収益源とする会社の社員がここまで言い切るのはどうかと、読む方が心配になってしまうほどですが、切れ味のよさはさらに続きます。

 「情報のやりとりのみによって、合理的、理性的に商品サービスを比較・検討してもらう、いわば『損得勘定だけで判断される顧客との関係』は、もはや過去のものになりました。今後は企業の存在そのものの魅力で人を惹きつけ、その魅力が放つ磁力に『共感』を覚えてもらうことで、顧客の心を巻き込んでいくようなメッセージを発信していく発想が重要になります。」(p5) 太字は著者

 私もこの見解には賛成です。特に「企業存在そのものの魅力」という視点はこれから大事ですね。だから企業の環境への配慮や、CSR活動などの実践もこれからはますます重要になるでしょう。逆に、不祥事などへのまずい対応は企業自体を葬りかねません(最近の不二家事件のように)。

 そのために彼は「共感(ブランディング)」というコンセプトを提示してます。

 「自分と商品とのつながり=『共感』を実感した瞬間こそが、モノが買われる瞬間」(p28)

 「企業の個性や精神性をはっきりと示し、顧客との間で共有され、ともに理解を深めていく=『共感』を深める回路があることが求められます。」(p30)

 「企業活動や商品サービスに込められた精神的、情緒的、感性的な価値をはっきりと感じ取ることができるように表現し、インターネットを介して顧客に受け渡すことで、最終的には顧客との間で同じ感覚を有する、そして情緒的・感情的な絆をつくるために活かしていく――インターネットを活用した新たな『共感ブランディング』がこれからの企業のマーケティング活動における基本になっていくと考えます。」(p31)


 なるほど、ふむふむ。これからの企業と消費者との関係においては「感覚の共有」こそが大きな課題だということですね。続けて、

 「『ポッドキャスティング』は、その際の最も重要な手段の一つになるはずです。」(p31) 太字は私

 エッ。「共感」作りのための最も重要な手段が「ポッドキャスティング??」。あのiTuneのですか。。。
 そうかな〜。ちょっと唐突ではないですかね。大切かも知れないですが、企業ブログなり、コミュニティサイト開発なり、既に行われている手段もあるし、最も重要な手段というのは踏み込みすぎではないですか???

 と突っ込みたくなりますが、実はこの本はこの後ずーっと最後まで、ポットキャスティングの話をしています。ポッドキャスティングのビジネス活用の入門書としてはいいと思うし、活用事例をたくさんあるので参考になります。

 しかし本のタイトルは「共感ブランディング」であって、「ポッドキャスティングのビジネス活用」ではなかったですよね(あ、副題はそうなっているか。。。)。それにしても、「共感ブランディング」というタイトルをつける以上、それを達成するための手段を紹介するならば、本の内容は「ポッドキャスティング」だけに焦点を当てるものには普通ならないと思うのですが。。。

 導入部の論旨が秀逸だっただけに、ちょっともったいない感じ。
 共感ブランディングを達成するための手段としてこんなのがあるよ、という全体像に関する新たな著作を期待したいと思います。現状では、タイトルと中身がバランス取れていない感じだし、企画書の良くない例である「『前段』は光ってたけど『具体』がちょっとなぁ、、、」と言われかねないケースになっているような気がします。

☆鷲尾和彦「共感ブランディング」(2007年)講談社

 共感ブランディング 顧客の心を巻き込むポッドキャスティング徹底活用術

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