広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

March 2006

 トリノオリンピックも終わりました。女子フィギュアで荒川選手が金メダルを取るまでは、日本勢は全く振るわず、世の中のオリンピックへの関心も下向き加減でしたから、あの金メダルでまた盛り上がって本当に喜んだ人がいると思います。

 JOCなどオリンピック関係者でも、スルツカヤ選手が転倒して喜んだ某大臣でも、地元応援団のことでもありません。例えば、直接・間接的に選手を支援し、そのことを通じて宣伝活動を行っているスポーツ用品メーカー。例えば、オリンピック特番を放送した民放各局。それに番組提供した広告主。直接JOCやIOCとスポンサーシップ契約を結んだ企業もそうでしょう。そしてまた、選手をCMに起用した会社。もちろん諸々に関わっている広告業界関係者もです。もっとも、選手をCMに起用した会社は、選手が活躍した場合は良かったと思いますが、残念ながら活躍できなかった場合はそれをするためにかかった費用のことを考えるとかなりブルーになったかも知れませんね。荒川選手をCMに起用し、金メダルをまさに予知していたかのようなトーヨーライス「金芽米」は、飛ぶように売れてうれしい悲鳴だそうですし、女子フィギュアの3選手を揃えて起用したロッテなどもまあ満足していると思います。一方上村愛子選手を起用した日清オイリオなどは、ちょっと落胆というところでしょうね。選手に罪はありませんが。

 つまり「喜んだ人」というのは、オカネを投じてオリンピックの行く末を見ていたような人、つまりオリンピックを使って自らのビジネスを展開していた人々です。彼らにとってはオリンピックが盛り上がって、関連して消費活動が活発になり、結果として自社への波及効果が高まることが理想的なシナリオで、支払った巨額のスポンサーシップやライセンシング費用を考えると、盛り上がらないで終了してしまうなんて、絶対にあってはならない事態だからです。

 こうした「スポーツ」にまつわるビジネスの側面を「スポーツマーケティング」という概念で考えます。スポーツマーケティングは、いわゆるコンテンツビジネスの一つでもあり、国際的には「スポーツ」が最も有力な(つまりカネを生み出す)コンテンツとして扱われたりもします。
  
 今回紹介する本は、その「スポーツビジネス」を取り上げた本です。

 スポーツビジネスといっても、大きく2つの視点があります。一つは「スポーツそのもの」のビジネス。つまりサッカークラブ経営、スポーツイベントの運営など、スポーツを商品として扱う視点です。もう一つは、「スポーツを使った」ビジネス。オリンピックへのスポンサードであったり、スポーツイベントへの協賛、広告活動での有名スポーツ選手の起用など、自社商品をスポーツを使って効果的に販売しようという視点です。

 この本では、主に前者の視点に立って書かれているようですが、章を割いてスポンサーシップの問題やライセンシングの問題にも触れています。
 私もあまりこういう領域になじみがあったわけではないのですが、中身を読むと、いわゆるマーケティングの理論が非常にわかりやすくスポーツに適用して説明してあって、スポーツも他の商品カテゴリー同様にマーケティングの基本的な考え方が適用できるものなんだなぁ、と思うと同時に、説明自体もわかりやすかったので、スポーツに直接関心のない人でもためになる本だな、とも思いました。

 とはいえ、スポーツは通常の商品とは全く異なる点もあって、それも面白かったのでちょっと取り上げてみたいと思います。それはスポーツを商品と見立てた場合のターゲットに当たる「ファン」の存在です。

 「一般的な消費者においては、購入したモノの品質が悪い、あるいは享受したサービスの質が悪ければ、再び同じ消費を繰り返す可能性は極めて低くなり、代案を検討することになる。(中略)しかし、見るスポーツの消費者の中には、質の悪いパフォーマンスを何度見せられても、継続して消費するものが多く存在する。つまり、チームがどんなに負け続けてもチームから離れることなく応援し、スタジアムへ足を運んだり、テレビで見たりする消費行動を続けるのである。」(p79) 

 面白い心理ですよね。阪神ファンとかを思い浮かべました。オリンピックでも日本選手がどんなに弱体でもその選手を応援してしまいますものね。対象物に対する絆を特に深く感るのがスポーツなのかもしれませんね。

 さて、もう一つ面白い話を取り上げたいと思います。スポーツも今やオリンピックなどは巨額な金の動くビジネスシーンですが、スポーツとビジネスとの結びつきは、そんなに歴史があるわけではないようなのです。

 「かつてアマチュアリズムが支配的であったスポーツ界では、『スポーツ』と『ビジネス』は水と油のように異質な概念であり、時に選手生活を脅かす危険な関係であった。たとえば1972年、オーストリアのスキー選手であったカール・シュランツは、自分の使用したスキー(クライスル社製)を両手で掲げ、マスコミにロゴを露出したという理由だけで、IOCから札幌冬季オリンピック出場停止の処分を受けた。彼はこの事件によって、偏狭なアマチュアリズム最後の犠牲者として歴史に名を刻むことになった。」(はじめに)

 今から考えれば驚きですね。今ならば選手がTVに映る際は、スポンサーロゴが露出するようにさせることが当然のマナーとされています。
 もっともこの事件を教訓にIOCでは選手の金銭授受が可能となるという大きな方針転換が図られ、ついに1980年ロス五輪、――大会委員長ピーター・ユベロスのもとで全面的な民間資金の導入が図られた初のオリンピック、で、‘叛衒映権販売、公式スポンサー・サプライヤー制度、商品ライセンシングによるマーチャンダイジングを核とした、今日まで引き継がれるオリンピックビジネスの基本形態が作られたわけです。

 実は今年は日本はスポーツイベントの当たり年で、オリンピックを皮切りに、ワールド・ベースボール・クラシック、サッカーワールドカップ、男子バスケットの世界選手権、バレーの世界選手権など、大きなイベントが続きます。
 商業主義化してしまったスポーツのあり方の是非については、人により意見が分かれるかも知れません。しかし、経済活性化と世の中の盛り上げに一役も二役もかっているのは間違いありませんよね。

☆原田宗彦編著、藤本淳也・松岡宏高著「スポーツマーケティング」(2004年)大修館書店

 スポーツマーケティング

 この本は、2005年3月に出版され、以前ここでも紹介した「ひとつ上のプレゼン。」という本の続編に当たります。20人の広告・建築業界で活躍するクリエイター・建築家が登場し、自らの「アイディアの生み出し方」について語っています。

 「アイディア」というのは、広告会社の生命線のようによく言われます。つまり広告会社がクライアントにお買い上げ頂くものの本質はアイディアであって、広告制作物自体ではない、ということです(アイディアのない広告はただの動画や“紙”に過ぎません)。それだけに我々の毎日の仕事それ自体が、新しいアイディアを考え、生み出し、持ち寄り、形にして、という作業の繰り返しであると言っても過言ではありません。
 広告の仕事の中では「アイディアを生み出す」ということが仕事の本質であるわけです。

 その意味で、優れたクリエイターの「アイディアの生み出し方」を集めたこの本は興味深いわけです。他人の方法をただ読んだぐらいで、自分の身につくということはないかもしれません。しかし、著名なクリエイターが著名であるゆえんは、優れたアイディアを生み出し続けてきたということだと思いますし、アイディアを商売とする我々にとって参考にならないはずがありません。この本から、自分と似たタイプの思考をするクリエイターを発見して、その人の制作物をちょっと注意して見てみる、という使い方もできると思いますし、何人かの人の方法を比較することで自分なりに共通点を発見したり、自分の持っている考え方を相対化したりすることもできると思います。
 前に出版された「ひとつ上のプレゼン。」もそうでしたが、私は自分の仕事に活かせるヒントがたくさんちりばめられていると思います。
 これだけ粒揃いのクリエイターが同じテーマで話をするということはなかなかないわけですから、広告の仕事に携わっている人、あるいは「アイディア」に関心のある人には一読をお勧めします。

 さて、ここでは「ひとつ上のプレゼン。」を紹介した時同様、私の印象に残った、偉大な先達たちの金言(?)をいくつかピックアップしたいと思います。

・佐藤可士和氏(サムライ)
 「広告はほとんど見られていない。ぼくはそう思っています。大げさに言えば、誰にも見られていない。そういう前提で広告を作っています。(中略)よほどのことをしなければ、人は注目などしないと考えています。ただ目立つだけでも難しい。ましてや正確に何かを伝達することなど、実はできないのではないかと思うぐらいです。だから、感性のハードルをずっと下げてみて、何とか伝えようと努力するわけです。」(p31)
 「こういうマインドで、ポスターやCM、ロゴマーク、パッケージなどをつくっているのですが、でも制作物はあくまでインターフェースです。実際に作るのは、それを見たあとの感触だと思っています。びっくりした、かわいい、面白い、かっこいいと感じたりする、その感触をクリエイトするわけです。(p31)
 
 
 佐藤氏は、新進気鋭のクリエイターとして最近よく名前を聞きます。ホンダステップワゴンやキリン「極生」の新発売時の広告を制作された方ですね。私は「広告は見られていない、そこでどうするか?」という問題意識と、「広告はそれに接した後の受け手の気持ち(感情等々)を作るのだ」という視点に深く共感します。

・多田琢氏(タグボート)
 「だいたいいつも、扱う商品について『自分にとって理想的なCMをいま見た』と仮定することから始めます。それを見た自分はどういう感覚になって、どういう気持ちになるのか。その点だけをまず思い浮かべてみる。それからその後味を味わうためには、どういうCMを見なければいけないのかを考えます。それは映像に重点を置いたものなのか。ストーリーを重視したものなのか。それともメッセージ性の強いものなのか、と。」(p41) 

 多田氏というと、感覚的・感性的なCMを作る方、という印象を私は持っていたのですが、上記のコメントなどを見ると、感覚的ではありますが、実はとてもロジカルな発想法をされているのだなと思いました。広告を見た後の受け手を考える視点という意味では、佐藤氏と通じるところがありますね。

・岡康道氏(タグボート)
 「ぼくがいつもやっているのは頭のなかにあるサイコロの6つの面を埋めることです。例えば、以前つくった化粧品『UVカット』の広告を考えたときには、サイコロの最初の1面には、その商品そのものである『UVカット』という言葉を入れました。そして、それを転がした次の面には、少し噛み砕いた『夏、肌が日に焼けない』という言葉。さらにひとつ転がした3つめの面には、少しだけひねって『だから、海に行ったことが誰にもわからない』と書く。その調子で思考を発展させて、4つめの面には『アリバイ』と。5つめの面には『夏、女の子が誰かと海に行っても他人にわからない』。そして最後の面には、『夏、女の子が男をだますためのツール』と入れる。『UVカット』という商品から、『夏、女の子が男をだますためのツール』という最終アイディアを、一足飛びに連想するのは難しいでしょうが、こうしてサイコロの6つの面を埋めるようにしながら、順々にアイディアを転がしていけば、たどりつくことができるわけです。」(p138)
 「自分なりにロジカルに展開しているがゆえに、スタートからゴールまでの思考の道筋はよく見えています。プロセスがはっきりしているということは、他人にも説明がしやすいということでもある。つまり、クライアントへのプレゼンがしやすいというメリットがあります。」(p139)
 

 面白い! これはいいです! 連想ゲームみたいですね。このセオリーなら私でも面白いアイディアを生み出せそうだし、よいプレゼンもできそうです(笑)。
 それにしても多田氏にしても岡氏にしても発想がロジカル(つまり一種の理詰め)ですね。意外とタグボートは、ロジカルクリエイター集団なのでしょうか?

・柴田常文氏(博報堂C&D)
 「アイディアとえば、必ず『どこでひらめくのですか?』とたずねられます。でも、実際のところは、『ひらめく』ものではないというのがぼくの実感です」(p161) 

 柴田氏は続けて、アイディアを生み出すためには、オリエンテーションの情報や市場データ、競合の動向、そしてそれだけでなく一人の生活者としての自分の皮膚感覚のようなものも大切にして商品の抱える問題点を見つけ出す、ということが必要だと述べています。

・杉山恒太郎氏(電通)
 「アイディアは確かに直感から生まれるものですが、いつまでもただじっとと浮かぶのを待っていればいいというものではありません。(中略)テーマを相当ロジカルに追い詰めて、追い詰めた先にロジックを超えて生まれてくるものです。ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんは、とにかく毎日、勉強しろとおっしゃっています。コツコツと、とにかく勉強しろ。勉強して勉強して、そして直感を磨くんだ! と一見矛盾したことを言っているようですが、これにつきます。ぼくはこの小柴さんの言葉は、アイディアの本質をとらえていると思います。」(p201)

 いい言葉ですね〜。「勉強して、勉強して、直感を磨け!」。座右の銘にしたいくらいです。本当に「アイディアを生み出す」ことの本質を突いているような気がします。


 まあ、全体的に見ますと共通している意見が2つくらいありそうです。

 一つは、アイディアは無から生まれることはなくて、商品や企業の課題、あるいはクライアントの問題意識の中にアイディアを生み出すヒントが必ずあるということ。そして、もう一つはアイディアは直感的かもしれないけれど、ロジカルに考えて生み出すものである、ということです。

 なるほどな、という感じです。

 あと、最後にアイディアについてこんな意見もありました。社会に対するコミュニケーション活動を実施している我々の立場からすると当然のことですが、受ければ何でも良いと安易に考えているような人もたまにいたりするので、困りますね。
 クライアントの商品に対する責任を背負っている広告は、バラエティ番組とは違うのですから。
 
 ・大島征夫氏(dof)
 「視点がユニークであれば何をやってもいいと思っている人がいるが、その考えには同意できない。ぼくはアイディアや企画は、ある程度、社会的な責任を負うべきだと考えている。人を貶め、心を傷つけるようなアイディアや企画ならば、やらないほうがいい。」(p25) 

☆眞木準編「ひとつ上のアイディア。」(2005年)インプレス

ひとつ上のアイディア。

このページのトップヘ