「コンテンツビジネス」をテーマにした本を最近よく目にするようになりました。私もこれまで「何冊かコンテンツをテーマにした本をここで紹介してきました。
近年の海外における日本アニメ・漫画・ゲームの人気や知的財産への関心の高まりなどを背景にして、2004年政府が「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」を制定し、コンテンツビジネスの振興に乗り出しているようなことも関係していると思います。昨年の、ホリエモンのニッポン放送買収事件で「放送とネットの融合」を言い出したことも関心を高めることに一役買っているのでしょう。
広告会社にとっても注目のビジネステーマであり、私にとっても目下ホットなテーマの一つであるわけです。
今回紹介する本は、タイトルにある通りコンテンツビジネスについての本ですが、テレビ、インターネット、アニメ、ゲーム、音楽、新聞、出版など、コンテンツビジネスに関連するさまざまな領域の現状と課題を概括的に紹介したものです。本の帯に「2006年版 本邦初のコンテンツビジネス概論書」と書かれている通り、特に何かテーマを絞っているのではなく、「コンテンツビジネス」というものを幅広い視点から取り上げているところに特徴があると思います。
著者の猪熊氏は毎日新聞記者出身で、現在拓殖大学客員教授を務めていらっしゃる方。元々が新聞記者出身ということで、ジャーナリスティック(批判精神的)な筆致で書いてあり、それがこの本のもう一つの特徴になっています。
つまり、包括的な内容な上に、新聞記事的な事実を積み重ね、数字を多用しながら記述する姿勢が貫かれているといえばいいのでしょうか。それゆえコンテンツビジネスとそれを取り巻く状況を客観的、かつ平易に理解できる、そんな本だと思います。
概論書というのは、概して退屈なものですが、新聞を読む感覚で手軽に読めるという意味ではグッドでしょう。
ジャーナリスティックな視点と言えば、内容に関して通常のビジネス書ではあまり触れられないようなテーマもいくつか取り上げられていて、その意味でもユニークです。紹介すると興味深いものもあると思いますので、3点だけ取り上げて紹介したいと思います。
(1) 30度理論
テレビとパソコンとの融合が進んでいます。最近のパソコンにはテレビチューナー
が搭載されているものも多く、パソコンなのにディスプレイがハイビジョン対応されているものもあります。こういう動きに対して、家電業界側には、「将来テレビがパソコンに置き換わってしまうのではないか?」という不安が昔からありました。
一部はそうであっても、現実には必ずしもそうなっていないわけですが、その理由として「30度理論」というものがあるそうです。
「『パソコンの画面を見るときは30度、前かがみになるが、テレビを見る時は30度、後ろに傾ける』という姿勢のことを『30度理論』という。(中略)パソコンはある程度の集中力や能動性がなくては、使えない。離れた位置でソファに座って、くつろぎながらマウスを操作する、などということはできない。それに家族揃って見られない。テレビは、誰にとっても操作が簡単で、『ながら視聴』が可能だ。リラックスして見られる。パソコンは情報を探す道具だが、テレビは娯楽、という役割の違いを、『30度理論』は端的に表現しているのである。」(p97-98)
なるほど。自分もそういう風にテレビやパソコンに接しています。面白い理屈ですね。
(2) 通貨としての視聴率
テレビ番組の作り手が視聴率に一喜一憂する、という話を聞いたことがある人は多いと思いますが、そこで「なんでそんな1%2%の数字に大騒ぎしているのか?」と疑問に思った人も少なくないと思います。テレビ広告の仕事をしている人ではみな知っている話ですが、それは視聴率がお金に換算され、視聴率が高ければテレビ局に入るお金(広告費)が増える、という事情があるからです。そのあたりの事情にもこの本では触れています。
「視聴率は民放のビジネスモデルと直結しているのだ。視聴率をどれくらいとれるかによって、民放の収入源である広告費が左右されるのである。(中略)視聴率の高低はスポット広告といわれる広告料金に反映される。利益率の高いスポット広告はまず視聴率の高い局や、番組に集まり、その局のCM枠があふれると、次に視聴率の高い局に流れていく。こうして『1%でも高く』と民放各社には、視聴率至上主義が定着した。」(p68-69)
まあ、「利益率の高い〜」の部分は、実情とは違ってますけどね。この「通貨といしての視聴率」を巡る問題は、日本の広告ビジネスの根幹に横たわっていて、いろいろなことに対し影響を与えている、とても大きな問題です。あまりきれいとは言えない側面もあると思います。本当にジャーナリストでないとなかなか取り上げられないような問題です。機会があったらもう少し説明したいですが、とりあえずは視聴率はお金と直結しているという現状を理解ください。
(3) 新聞広告の影響度
最近「テレビ広告が効かなくなった」という言い方が良くされます。確かに若年層での視聴率は低下傾向にあります。しかしその影に隠れてあまり議論されませんが、新聞広告の影響力低下の方が私はより深刻に思えます。
「年齢層別に『新聞への毎日の接触度』を見ると、40歳未満でこの10年の落ち込みが目立っている。16〜19歳の年齢層では、1995年が75%だったのに、05年は54%まで下がった。同様に、20〜24歳では79%から55%に、25〜29歳では87%から64%に、30〜34歳では89%から77%に、35〜39歳では89%から73%に落ちている。」[NHK調査](p231-232)
確かに急激に落ち込んでいる感じですね。考えてみれば、ニュースはテレビとインターネットで済むし、テレビ欄が見たければテレビ雑誌を買ってみる時代です。やむ終えないかもしれません。
結果として、新聞広告にも元気がないということでしょう。
「バブル崩壊後の1992年頃から、そもそも広告費全体が一進一退を続けているため、新聞業界の広告収入は不振が続いた。日本新聞協会加盟会社の広告収入は、1997年が9127億円なのに、03年は7544億円と、1500億円以上も減っている状態である。」(p235)
新聞広告は以前はじっくり読ませる説得媒体と呼ばれてきました。しかし今は詳しい情報が欲しければ、ネットで検索して手に入る時代です。ページをめくるときにちらっと眺めるだけの人も決して少なくないと思われる現状の新聞広告に対して、全国紙1ページ(15段)出稿するなら1回数千万円の費用が必要なわけです。なんか工夫がないと新聞社の出す広告料金には合理性が少ないような気がします。もちろん効果がないとはいいませんが。
メディアの中で、最も保守的で変わりにくいと言われている新聞業界です。不祥事とか社内抗争とかに明け暮れていないで、ダイナミックな変革を先導して欲しいところです。
ジャーナリストが書いた本ですから、専門性を求める人には肩透かしを食らった感じになるかも知れません。人により好みが分かれるかもしれませんが、ビジネスとしてコンテンツやメディアを見る人と違う独特の視点と掘り下げが見られる本だというのは確かだと思います。
意外と一般の人や学生でなく、コンテンツビジネスやメディア領域にどっぷりと業務で浸かっている人が読んだ方が、かえって新鮮でためになるかも知れませんね。
☆猪熊建夫「日本のコンテンツビジネス」(2006年)新風社
日本のコンテンツビジネス―ネット時代にどう変わる
近年の海外における日本アニメ・漫画・ゲームの人気や知的財産への関心の高まりなどを背景にして、2004年政府が「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」を制定し、コンテンツビジネスの振興に乗り出しているようなことも関係していると思います。昨年の、ホリエモンのニッポン放送買収事件で「放送とネットの融合」を言い出したことも関心を高めることに一役買っているのでしょう。
広告会社にとっても注目のビジネステーマであり、私にとっても目下ホットなテーマの一つであるわけです。
今回紹介する本は、タイトルにある通りコンテンツビジネスについての本ですが、テレビ、インターネット、アニメ、ゲーム、音楽、新聞、出版など、コンテンツビジネスに関連するさまざまな領域の現状と課題を概括的に紹介したものです。本の帯に「2006年版 本邦初のコンテンツビジネス概論書」と書かれている通り、特に何かテーマを絞っているのではなく、「コンテンツビジネス」というものを幅広い視点から取り上げているところに特徴があると思います。
著者の猪熊氏は毎日新聞記者出身で、現在拓殖大学客員教授を務めていらっしゃる方。元々が新聞記者出身ということで、ジャーナリスティック(批判精神的)な筆致で書いてあり、それがこの本のもう一つの特徴になっています。
つまり、包括的な内容な上に、新聞記事的な事実を積み重ね、数字を多用しながら記述する姿勢が貫かれているといえばいいのでしょうか。それゆえコンテンツビジネスとそれを取り巻く状況を客観的、かつ平易に理解できる、そんな本だと思います。
概論書というのは、概して退屈なものですが、新聞を読む感覚で手軽に読めるという意味ではグッドでしょう。
ジャーナリスティックな視点と言えば、内容に関して通常のビジネス書ではあまり触れられないようなテーマもいくつか取り上げられていて、その意味でもユニークです。紹介すると興味深いものもあると思いますので、3点だけ取り上げて紹介したいと思います。
(1) 30度理論
テレビとパソコンとの融合が進んでいます。最近のパソコンにはテレビチューナー
が搭載されているものも多く、パソコンなのにディスプレイがハイビジョン対応されているものもあります。こういう動きに対して、家電業界側には、「将来テレビがパソコンに置き換わってしまうのではないか?」という不安が昔からありました。
一部はそうであっても、現実には必ずしもそうなっていないわけですが、その理由として「30度理論」というものがあるそうです。
「『パソコンの画面を見るときは30度、前かがみになるが、テレビを見る時は30度、後ろに傾ける』という姿勢のことを『30度理論』という。(中略)パソコンはある程度の集中力や能動性がなくては、使えない。離れた位置でソファに座って、くつろぎながらマウスを操作する、などということはできない。それに家族揃って見られない。テレビは、誰にとっても操作が簡単で、『ながら視聴』が可能だ。リラックスして見られる。パソコンは情報を探す道具だが、テレビは娯楽、という役割の違いを、『30度理論』は端的に表現しているのである。」(p97-98)
なるほど。自分もそういう風にテレビやパソコンに接しています。面白い理屈ですね。
(2) 通貨としての視聴率
テレビ番組の作り手が視聴率に一喜一憂する、という話を聞いたことがある人は多いと思いますが、そこで「なんでそんな1%2%の数字に大騒ぎしているのか?」と疑問に思った人も少なくないと思います。テレビ広告の仕事をしている人ではみな知っている話ですが、それは視聴率がお金に換算され、視聴率が高ければテレビ局に入るお金(広告費)が増える、という事情があるからです。そのあたりの事情にもこの本では触れています。
「視聴率は民放のビジネスモデルと直結しているのだ。視聴率をどれくらいとれるかによって、民放の収入源である広告費が左右されるのである。(中略)視聴率の高低はスポット広告といわれる広告料金に反映される。利益率の高いスポット広告はまず視聴率の高い局や、番組に集まり、その局のCM枠があふれると、次に視聴率の高い局に流れていく。こうして『1%でも高く』と民放各社には、視聴率至上主義が定着した。」(p68-69)
まあ、「利益率の高い〜」の部分は、実情とは違ってますけどね。この「通貨といしての視聴率」を巡る問題は、日本の広告ビジネスの根幹に横たわっていて、いろいろなことに対し影響を与えている、とても大きな問題です。あまりきれいとは言えない側面もあると思います。本当にジャーナリストでないとなかなか取り上げられないような問題です。機会があったらもう少し説明したいですが、とりあえずは視聴率はお金と直結しているという現状を理解ください。
(3) 新聞広告の影響度
最近「テレビ広告が効かなくなった」という言い方が良くされます。確かに若年層での視聴率は低下傾向にあります。しかしその影に隠れてあまり議論されませんが、新聞広告の影響力低下の方が私はより深刻に思えます。
「年齢層別に『新聞への毎日の接触度』を見ると、40歳未満でこの10年の落ち込みが目立っている。16〜19歳の年齢層では、1995年が75%だったのに、05年は54%まで下がった。同様に、20〜24歳では79%から55%に、25〜29歳では87%から64%に、30〜34歳では89%から77%に、35〜39歳では89%から73%に落ちている。」[NHK調査](p231-232)
確かに急激に落ち込んでいる感じですね。考えてみれば、ニュースはテレビとインターネットで済むし、テレビ欄が見たければテレビ雑誌を買ってみる時代です。やむ終えないかもしれません。
結果として、新聞広告にも元気がないということでしょう。
「バブル崩壊後の1992年頃から、そもそも広告費全体が一進一退を続けているため、新聞業界の広告収入は不振が続いた。日本新聞協会加盟会社の広告収入は、1997年が9127億円なのに、03年は7544億円と、1500億円以上も減っている状態である。」(p235)
新聞広告は以前はじっくり読ませる説得媒体と呼ばれてきました。しかし今は詳しい情報が欲しければ、ネットで検索して手に入る時代です。ページをめくるときにちらっと眺めるだけの人も決して少なくないと思われる現状の新聞広告に対して、全国紙1ページ(15段)出稿するなら1回数千万円の費用が必要なわけです。なんか工夫がないと新聞社の出す広告料金には合理性が少ないような気がします。もちろん効果がないとはいいませんが。
メディアの中で、最も保守的で変わりにくいと言われている新聞業界です。不祥事とか社内抗争とかに明け暮れていないで、ダイナミックな変革を先導して欲しいところです。
ジャーナリストが書いた本ですから、専門性を求める人には肩透かしを食らった感じになるかも知れません。人により好みが分かれるかもしれませんが、ビジネスとしてコンテンツやメディアを見る人と違う独特の視点と掘り下げが見られる本だというのは確かだと思います。
意外と一般の人や学生でなく、コンテンツビジネスやメディア領域にどっぷりと業務で浸かっている人が読んだ方が、かえって新鮮でためになるかも知れませんね。
☆猪熊建夫「日本のコンテンツビジネス」(2006年)新風社
日本のコンテンツビジネス―ネット時代にどう変わる