広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

December 2005

 2005年も終わろうとしていますが、振り返ってみると今年は広告コミュニケーション上、いくつか大きな動きがあったと思います。今回はそんな中から「メディアの構造変革」というテーマで3つの話題を取り上げて、来年の展望を考えてみたいと思います。

1.CGM(Consumer Generated Media)マーケティング

 今年一番の話題は、ブログ、SNS、掲示板など「CGM」を活用したマーケティングコミュニケーションの領域が新たに開発されてきたことだと思います。
 例えばブログについては、私の実感で言うと、今年の初め頃は周りで始めた人がちらほらいた程度でした。広告と結びつけて考える人もほとんどいなかったと思います。しかし年末には、ブログを使ったコミュニケーション戦略について見解が語れないようだと、広告会社の人間として見くびられかねないような感じになっています。1年でこんなに環境が変化した例はこれまでなかったのではないかと思います。

 今年は具体的には「キャンペーンブログ」という形で、企業側が期間限定のブログサイトを構築し、そこにコメントやトラックバックなどを通じて一般の消費者を巻き込む、という形で実施する例が多く見られました。例えば、昨年からやっていますが日本のキャンペーンブログの先駆けとも言える、日産の「TIIDA BLOG」のようなものです。あるいはもうブログは閉じてしまいましたが、この夏大塚製薬が行った、「POCARI SWET Sky Messageキャンペーン」(サーバーエージェントのリクルートページにその詳細が紹介されています)などは、消費者のトラックバックをベースにコンテンツを作っていくというブログならではのキャンペーンであり、なおかつクロスメディア施策でもあったので、とてもスケールの大きなユニークなキャンペーンでした。
 こうした「消費者が自ら発信する情報をうまく取り込みながら企業のマーケティング活動を行う」という発想は、掲示板として先発の「価格.COM」や「@cosme」なども同様ですが、PRやクチコミといったものに関心の集まる昨今の広告業界にしてみれば興味深いものであり、新しい試みや挑戦が来年以降も継続しそうです。

 一方で、この手法にはいくつか課題も見えてきて来ています。一つは「効果」の問題。例えば「Sky Messageキャンペーン」のケースでは、WEBのアクセス数も増加し、トラックバックも多かったのですが、肝心の商品の売上げは期待ほどではなかったと言われています。今年は話題性だけでも注目されましたが、来年は費用対効果や他の施策との役割分担などを明確にするよう、クライアントからは求められるでしょう。
 さらに、CGMマーケティングにまつわるネガティブ面、例えばネガティブな書き込みや犯罪やトラブルによる個人情報の漏洩、スパムブログ・スパムトラックバックの問題なども、CGMを利用するマーケティング手法が広まるにつれ、同時に対応が迫られるでしょう。

2.放送と通信の融合

 ホリエモンが2月にニッポン放送の株を買い占めてフジテレビに経営統合を迫った際、ホリエモンが言い出して一躍知られるようになったのが「放送と通信(インターネット)との融合」という問題でした。さらに楽天が秋にTBSの株式を取得してTBSに同じことを言ったので、一層世の中の人の記憶に残ったのではないかと思います。
 要は、インターネット側にすればコンテンツの宝庫であるテレビ局の番組(過去の制作物も含む)をネットで流して、アクセス数を稼いだり、課金して収益源にしたいということであり、テレビ局側もネットを使えばリサーチができたり番組に登場した商品の物販ができたりしてメリットがあるのではないか、ということでした。
 テレビ局のコンテンツをネットで流す(二次利用する)のは、肖像権や著作権などの権利関係から難しい、ということで、ホリエモン騒動の際はややネガティブな受け止め方が大勢だったと思います。しかしその後、USENの「Gyao」が登場して、インターネットと放送の融合をそのままカタチにしましたし、放送局側も例えば日本テレビが「第2日本テレビ」を始めたりして、この問題は一気に現実化しました。さらに来春にはソフトバンクとYahoo!が、電通、博報堂、ADKなど大手代理店を巻き込んで「TV BANK」を開始するとも発表しました。
 来年はかなり盛り上がりそうです。

 この動き、CGMと並んでマスメディアのあり方の構造変革を引き起こす鍵になり得ます。配信される動画それ自体を見てみたいとも思いますが、こうした動きには来年も目が離せません。

3.HDR(ハードディスクレコーダー)の普及により変わるテレビ視聴

 マスメディアの主役といえば「テレビ」です。それは広告でも同じ。日本の広告費の1/3はテレビ広告が占めています(2004年電通調べ)。
 しかし若者のテレビ離れなどがあって、近年は「テレビ広告が効かなくなってきた」と言われ、海外でもP&Gなどこれまでテレビ広告を多用してきた大手広告主が、広告の一部をインターネットなど他のメディアに振り分ける方針を示したりしています。
 そんな中で搦め手から登場し問題を複雑にしているのが、HDRの普及による録画視聴習慣の広まりと「CM飛ばし問題」の顕在化です。
 HDRを使うことにより視聴者は「放送時間」の制約から解放されて、好きな時間にテレビ番組を視聴すること(タイムシフト視聴)が従来に比べても一層容易になりました。一方そういう場合CMは早送り(CMスキップ)して見てしまいがちです。これに対して、今年5月野村総合研究所が「HDRの普及に伴うCMスキップによる広告損失540億円」という衝撃的なレポートを発表してちょっとした騒ぎになりました。もっともこのレポートは、もともと録画によるCM視聴は広告費の計算外になっているのに「損失」と言うのはおかしい(つまり「損失540億円」ではなく、「広告費換算で540億円分」という表記が正しい)と指摘されたり、そもそもの計算方法におかしなところがあるのではと指摘されたりするなど、センセーショナルを狙って緻密さにかけていたようにも見受けられますが、広告業界に対する問題提起としては大きかったのではないかと思います。
 アメリカでも、TIVOというHDRが普及していて自動的にCMをスキップして録画した番組を視聴できる機能を持っていて、同じようにCMスキップが問題になっています。

 まだ日本では深刻に捉えている様子でもないのですが、機械の進歩と生活の便利さへの欲求は止まらないわけですから、来年に向けてテレビ広告のあり方の見直しが、広告主側でも、広告代理店側でも出てくると思います。(テレビ局は、今のあり方をあまり変えたくないようですが...)

 3つあげてみたら「メディアの構造変革」というテーマが

 全体的に、メディアの大きな構造変革の進行を感じる1年でした。この流れはきっと変わることはないので、来年はもっと顕在化した何かが見られるかもしれません。

 では、来年に期待して。みなさま、良いお年を。

 年の瀬になってきました。

 年の瀬になるとよく新聞・雑誌では、今年のMy Bestなどの企画をします。私、意外とああいうの見てしまうのですよね。自分が読んで面白かったと思った本を、誰かがそこで良かった本として取り上げて紹介していれば、「おおそうだよな。この人は何が面白いと思ったのだろう」などと見てしまうわけです。
 また、3冊ぐらい本を紹介する中で同じ専門分野の人が互いに全く違った本を紹介していたりして、本を見る目は人により違うものだ、と思ったりすることもあります。

 もともとこのブログ、自分で読んだ本の備忘録程度のつもりで始めたもので、新聞・雑誌など読まれることを前提にしたものとは違いますが(中には読んでくれている方もいらっしゃるようですが。そういう人はたまにはコメントなど残してくださいね)、“あぁ、あの時あの本に影響受けていたのか”と懐かしく思い出されたりすることもあると思うので、ここで「今年の3冊」を選んで記しておこうと思います。

1位 12月15日書評 「ドン・シュルツの統合マーケティング」
 ◆ドン・シュルツ、ハイジ・シュルツ、博報堂タッチポイント・プロジェクト「ドン・シュルツの統合マーケティング」(2005年)ダイヤモンド社

 一番最近紹介した本ですが、一番刺激を受けました。IMCというと「商品と消費者の接点をうまく管理することだよね。でもそれってもう当たり前だよね。」という人がいると思います。確かにその通りですが、この本はそんな薄っぺらなことを長々と主張した本ではありません。新しい視点での「顧客の捉え方」を中核に据えて、新しいマーケティングの考え方にトライしたものでした。そしてその顧客の捉え方とは「顧客は企業にとって、価値を生み出す資産である」という捉え方です。こうした捉え方をすることにより、マーケティングに「投資効果」というフィナンシャルの考え方を適用することが可能になります。そしてマーケティングとフィナンシャルの幸せな(たぶん...)出会いが生まれ、そこに新しい可能性が生じます(うまく行けば)。同時にこれは、広告業界にとっての鬼門「投資効果のアカウンタビリティ」という課題を解く鍵を与えてくれそうなものでもあります。

 本は厚いし専門的ですから、じっくり読む必要はないかも知れませんが、ナナメ読みをすればきっと「この部分はわかる」とか「この部分は共感できる」という箇所に出会います。その部分だけじっくり読むような読み方でも良いかも知れません。例えば、広告業界では誰でも知っている「AIDMA」を完全否定する一節などもあります。少しだけかじっただけでも、何かは残ると思います。
ドン・シュルツの統合マーケティング


2位 5月22日書評 「心脳マーケティング」
 ◆ジェラルド・ザルトマン著、藤川佳則、阿久津聡訳「心脳マーケティング」(2005年)ダイヤモンド社
  
 これも難しい本ではあります。従来一般に行われている消費者調査を批判し、新しい調査方法を提案するものです。主張の背景になっているものに、こんな認識があります――「人間の意思決定の95%は無意識下で行われる。従来は残り5%を対象に調査をしてきた。しかし無意識にアプローチしないと、真の消費者理解には到達しない」。確かに「5%の意思決定部分」を対象とした調査では心もとないです。
 消費者調査に疑問を感じ、深いインサイトを探りたいと考えている人にとっては、ザルトマン博士の主張は心に響くものがあると思います。

 ただ、博士の提唱する手法自体が必ずしもいい方法とは限りません。博報堂が今年の7月に博士の提唱する「ZMET」という手法を日本で提供すると発表しましたが、聞くところによると費用は高額で調査ステップも複雑、時間もかかるようです。ZMETは世界中で実績があるようですが、手間とコストと時間がかかる調査がそんなに普及するとは思えません。実際の仕事の現場で使いやすいようでないとダメでしょう。
 博士の問題提起はその通りだと思いますので、われわれとしては、博士の問題意識を共有した上で、従来の調査方法にひと工夫加えるようなことが、取るべき対応法なのではないかと思います。ちょっと工夫するだけで、これまでよりもずっと消費者の「インサイト」に到達できそうな気もします。
 博士の手法をまるごと持ってくるのではなくて、われわれの仕事の現場で、われわれ自身が創意工夫をすることが大切だと思いますし、そのヒントがこの本にはちりばめられているような気がします。
心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす Harvard Business School Press


3位 8月13日書評 「マーケティング企画技術」
 ◆山本直人「マーケティング企画技術 マーケティング・マインド養成講座」(2005年)東洋経済新報社

 この本は、マーケティングコミュニケーションの領域におけるプランニングの仕方、あるいは企画書の書き方について書いた本です。
 新入社員のテキストとしていいような気もしますが、3〜5年くらいの実務経験のある人が見るととても役に立つと思います。
 大手の広告代理店に入ったとしても、あるいは中小の広告代理店に入った場合はなおさら、プランニングの進め方など誰も教えてくれないものではないでしょうか。結局は自己流に開発するしかないのですが、3〜5年実務をこなすと少し余裕も出て、自分のプランニングの方法はこれでいいのかな? という疑問を感じたりすることがあると思います。そんな人の参考書として優れていると思うのです。
 懇切丁寧にプランニング上のポイントをまとめてありますので、机の横に置いておいて、気になったところを探して読んでみる、という使い方でいいと思います。
 これまでの企画書に「ロジカルな感じ」というスパイスがかかって、説得力が高まると思いますよ。
マーケティング企画技術―マーケティング・マインド養成講座


 次回も書評は休んで、マーケティングコミュニケーション領域における今年のトピック――来年以降に向けての潮目の変化のようなもの――をまとめてみようと思います。

 ドン・シュルツといえば、アメリカのマーケティング関係のビジネススクールの最高峰と言われるケロッグスクールを擁するノースウエスタン大学の、もう一つの広告・ジャーナリズムを専門に教えるビジネススクールであるメディル校で世界最初のIMC学科を開設し(1991年)、IMC(統合マーケティングコミュニケーション)という概念を最初に提唱した教授として知られています。
 94年にドン・シュルツの書いた「広告革命米国に吹き荒れるIMC旋風」という本が日本で発刊され、「IMC」が一時ブームになりましたが、すぐ廃れてしまいました。「マス広告だけではなくて、それ以外のコミュニケーション手段もトータルで管理してやりなさい」という主張が、当時ほとんどマス媒体広告しかやらず、プロモーションその他が管轄外だったアメリカの大手広告代理店にとっては目新しかったかも知れませんが、昔からマス広告もプロモーションも両方やっていた日本の広告代理店にとっては、取り立てて新しい主張ではなかったからです。逆に当時は、何でもやる日本の広告代理店のサービス体制の先進性が認められた、などと理解する論調もあったくらいです。
 一度評価を下げた言葉の名誉挽回は難しいものです。「IMC」という概念と「ドン・シュルツ」という名前は、日本では大騒ぎした割には目新しくない概念、あるいはそれを言った人、ぐらいの理解しかされてこなかったのではないかと思います。
 最近こそ顧客接点論(コンタクトポイント/タッチポイント)への関心が高まり、統合的コミュニケーションの重要性が再び指摘されていますが、顧客接点論の「顧客とブランドとが出会う接点をすべて統合的・効果的にマネジメントしなさい」という主張は、日本でも既に理念から具体的実践のフェーズに移ってきています。
 今更ドン・シュルツが、何を言うのだろう? というのが読む前の正直な思いでした。

 しかし、読んで行くうちにその考えは完全に打ち消されました。これは以前のIMCの主張とは全く異なるものです。もちろん以前のコンセプトは受け継がれています。しかしそれは全体のほんの一部分であり、本書の主張はもっと包括的・野心的です。訳書だとわかりづらいのですが、原著のタイトルは“IMC: The Next Generation”となっており、明らかにマーケティング論全体に関わる新しいパラダイムの提案です。そして確かに、ここにはこれからのマーケティングに必要と考えられる要素がさまざまな形で詰め込まれています。それもわかりやすい形で。
 本書の帯に「P.コトラー推薦! 次世代に必要なマーケティングのテーマは本書にすべて書かれている」とありますが、決して大げさではありません。もっともすべての主張が新しいわけではありません。むしろ、これまで言われてきたマーケティングについての新しいコンセプトを、まさに「統合」した部分に本書の価値があるのかも知れません。今後マーケティングを語る上での基本文献になることは間違いないと思いますし、これから多くの人に大いに参照・引用される文献となるでしょう。

 さて、ではどこが新しいのでしょう? 私なりにまとめてみました。

1.顧客(ターゲット)は資産

 「企業には、顧客こそ本当の『資産』であると認識する必要がある。ほとんどの企業では、収入フローを最も活発にもたらしているのは顧客である。(中略)マーケターやコミュニケーション・マネージャーが『アセット・マネージャー』と自認することが特に重要である」(p60)
 「さまざまなタイプのマーケティングやコミュニケーションのプログラムを通じて、顧客への投資を実施する。その成果が、企業への収入フローとして現れる。これこそ顧客を資産として扱うことで生じる『ループ・システム』なのだ。」(p61)
 「企業が『資産』を利用する目的は、自社に売上げや利益をもたらすことにある。そして顧客も同じような存在だからこそ、『資産』として管理する必要があるのだ。」(p102)


 コミュニケーションコストを「投資」と考えるべきだ、という議論はしばしば行われます。しかし多くの場合、クライアントに広告費を出させるため、詭弁的に「広告効果は蓄積するから」程度のあまり深みのない理論的背景で論じられることが多かったのではないかと思います。
 こういう現状に忸怩たる思いを感じていたのは私だけはないと思います。会計上は経費であっても、きちんと「投資」として捉える理論的根拠が欲しい。そしてクライアントにもコミュニケーションコストの意義を納得して欲しい、というのは広告業界に籍を置く人間ならば誰もが感じる思いだと思います。そういう中で「顧客が資産」というコンセプトは魅力的です。つまり生産設備や店舗のように価値(キャッシュフロー)を生み出すものとして「顧客」があり、彼らに対する継続的な投資(つまりコミュニケーション活動)は、キャッシュを生む力を減じさせないための必要条件だ、と言えるわけです。これはマーケティングコミュニケーション上の新しいコンセプトとして面白いだけでなく、企業の経営層にコミュニケーションコストの必要性を感じさせるアナロジーとしても優れています。もちろんここで言う「顧客」とは、商品・サービスの実際のユーザーに限りません。潜在的な顧客も含みます。

 そして、資産への投資である以上、単にお金をかければいいということではなく、「効率よく投資をする」という視点が重要になってきます。それが上記に引用した「アセット・マネージャー」になれということでしょうし、次の2、3のポイントにつながってきます。

2.顧客行動をベースに顧客をグルーピングし、顧客の価値を定める

 「統合マーケティングは『セグメンテーション』というコンセプトを超えていく。つまり、市場における個々人の行動から、個人のグループを集約するのだ。(中略)たとえば、顧客や見込み客を、既存顧客、浮動顧客、新規顧客という3つの大まかなグループにまず分類する。既存顧客はすべて、単一のターゲットとして扱うが、いくつかのサブカテゴリ、たとえば『大量購入−高利益顧客』と『低頻度−低利益顧客』に分割して扱うことが可能だ。同じように、浮動顧客も競合へのロイヤルティが極めてて強い層や、競合からの乗換えを示唆する行動が見られる層、といったサブカテゴリに分割できる。」(p79-80)

 以前、このブログでも行動主義のターゲッティングを紹介したことがありますが、個性化が進み、ターゲッティングにおいてデモグラ(人口統計)でもサイコグラフィックでも分類が難しくなったと現代の消費者をうまく捉えるには、分類ではなくて類似した行動傾向によりグルーピングすることが有効だという考え方です。
 しかもここでユニークなのは、グルーピングされるターゲット(顧客)は「資産」であり、ターゲットへのコミュニケーションは「投資」であるから、どの資産にどれくらいどういう方法で投資をするのが、最もリターン(ROI)が良いか、という視点が前提としてあらかじめ組み込まれているということです。
 したがってターゲットグループを作る際には、デモグラ属性や態度など曖昧なものではなく、購入量や購入頻度など、財務的に投資効率を判断し得る尺度に基づいて行う必要があるというわけです。

3.顧客の財務的価値の測定

 投資効率(ROI)を判断できるように顧客をグルーピングする場合、当然グルーピングした顧客層それぞれの価値の大きさや、投資(コミュニケーション投資)に対するリターンの大きさが計算(測定)できていないといけません。計算するためには、計算方法(測定方法)のロジックがセットで必要です。
 本書ではこの課題に対して、投資活動により顧客から短期的に生み出される収益と、顧客の生涯価値(LTV)などに注目した、顧客から長期的に生み出される収益とを分けて捉える方法を提示し、さらにそれぞれの算出方法の考え方(ロジック)を例を挙げながら説明しています。
  もちろん、生身の人間の生み出す価値を測定するわけです。単純な手続きで計算ができるわけでもなく、本書の提案であっても、必ずしも納得できるものではないかも知れません。しかし、広告の効果測定の歴史において長らく無理と諦められていたROIの算出に、それなりに論理的なフレームをともなって真正面から取り組んでいるものであり、画期的なものであることに違いはありません。

4.顧客接点の捉え方
 
 「マーケターにとって、クリエイティブや、マーケターが何を言うかについての重要性は低下し、どこでどのようにそれを言うかのほうに、重点が移ってきたのである。」(p130)

 「顧客接点」(タッチポイント、コンタクトポイント)論の考え方ですね。すべての接点が重要で、それらを適切にマネジメントしなさいという指摘はもはや当たり前になっていますが、現代のマーケティングコミュニケーションにおいては、何を言うか(What to Say)より、どこでどう言うか(How to Say)の方がより重要だという指摘は、ユニークで真をついているような気がします。


 まとめると、「ブランドエクイティ」ではなく「カスタマーエクイティ」「顧客の態度変容」ではなく「顧客の行動変容」「コミュニケーション効果」ではなく「フィナンシャル効果」「What to Say」ではなく「How to Say」、というように、本書で提示された「統合マーケティング」の枠組みでは、新しいコンセプトがさまざまに提案されています。こうしたコンセプトは実務上どこまで使いこなせるかは別としても、われわれのクライアントが最近問題にしている事柄に応えうる要素をふんだんに含んでいます。同時に、従来さまざまに議論されてきたマーケティングコミュニケーション論の課題にも応えるものでもあり、マーケティングコミュニケーションの考え方と方法を、まさに21世紀版に導くものになっていると言えると思います。

 ところで最後になりますが、この本の訳について気になったことが一つだけあります。「タッチポイント」と訳出されている言葉の問題です。
 以前からこのブログでは、海外文献の用語やタイトルが、特定の企業の利害関係によって原著にそぐわない形で翻訳されることを問題視してきました。この本で「タッチポイント」と訳されている原著の言葉は、どうも“contact point”という言葉のようなのです。あえてそれを「タッチポイント」と訳したのは、訳者が「博報堂タッチポイント・プロジェクト」であり、「タッチポイント」が博報堂の、「コンタクトポイント」が電通のそれぞれ登録商標だからだと思うのですが、こういうのはもうやめていただければと思います。もちろんどっちの言葉を使っても厳密に間違いとはいえないでしょうし、博報堂の社員がこうした価値のある本を訳出した手間に比べれば、これくらいのこと目をつぶってもいいのではない? という人もいるかも知れません。しかしこれは重要な外国文献の翻訳であって、特定の会社のPR資料ではないはずです。価値のある文献であればあるほど、それはわれわれ日本語を母国語とする者の文化であり共有財産として捉えるべきものだとも思います。そこに企業の都合を持ち込むことは、企業の社会的責任(CSR)の観点からしても少々残念なことです。どうしてもコンタクトポイントという言葉を使いたくなければ、最初に断りを入れるとか、一般名称である「顧客接点」などの言い方を使う方法もあったと思います。重要文献となると思われるだけに、他の文献との関連で、日本人の読み手に後で混乱を生じさせる可能性もあります(例えば、他のケロッグスクールの教授が書いた本の訳本の中にはそのままコンタクトポイントとなっている訳本もあります)。

 大変すばらしい著作だし翻訳書だと思いますが、ちょっと後味の悪さが残りました。


☆ドン・シュルツ、ハイジ・シュルツ、博報堂タッチポイント・プロジェクト「ドン・シュルツの統合マーケティング」(2005年)ダイヤモンド社

 ドン・シュルツの統合マーケティング

 この本の原書“Free Prize Inside!”は、初版の何千(万?)部かをシリアルの箱に似せて作ったパッケージに入れて販売したそうです。

 さてそれにどんな意味があるのか? かなり奇特ですし、私は正直言って「?」なのですが(1980年代のビール容器戦争を思い出しました)、店頭ではきっと目立っていたに違いありません。目立てば、多少は売上げに貢献しますよね。実は、本書の主張がこうした「革新的な新技術があるわけではないが、誰もやらないこと」をやることにより効果的な販売活動をしていこう! というものであり、シリアルの箱入り販売というのは、その自らの実践というわけのようです。

 私は、最初本屋でこの本を見たとき「オマケ」と書いてあったので、店頭プロモーションでの「おまけ」の効用か何かをテーマにした本だと思いました。たまたまそういうことに興味があったので読んでみようと思ったのですが、読み進めても「おまけ」の話などどこにも出てきません。しばらくは何をテーマにした本なのかわからなくて、頭の中に?マークがついたまま読んでいました。
 まぁ、上記のような主張をする本とわかっていれば、買わなかったかも知れません。それなのに買ってしまったのは、タイトルを含めて筆者の術中にはまってしまったことなのかも知れません。
 
 著者のセス・ゴーディン氏は「パーミションマーケティング」「紫の牛を売れ」(以前このブログでも紹介しました)の著者として有名ですね。マーケティング界における一種のカリスマと言えます。容貌もスキンヘッドで、かなり印象的な人のようです。
 ちなみにこの本はシリアルの箱で売られたと書きましたが、「紫の牛」の本は最初の1万部を牛乳パックに入れて売り、その1万部はすぐに売り切れたそうです...この本の試みは柳の下のドジョウ狙いだっだわけですね。なんかちょっと残念。

 さて、こうした商品・サービスにおける「革新的技術でなくてもユニークなアイデア」、それを本書では「ソフトイノベーション」と読んでおり、この「ソフトイノベーション」こそが、現代のマーケティングにおける成功の秘訣だと言います。

 「本当に成功するのは何か。それはもちろん“ソフト”な[技術ではなくアイデアを盛り込んだ]ものである。わかりやすく創造的なもの――それを生み出すには、修士号や博士号など要らない。積極性と好奇心があればいい。」(p31)

 その「ソフト・イノベーション」こそが、本書で言う「オマケ」に当たります(だから実際われわれがよく目にする商品の「おまけ」とは概念が異なります)。彼の主張を要約すると、技術革新は必要だが多大なコストがかかり多くの人が実現できるものではない。一方で技術革新のない商品は販売するのにやはり多大なコミュニケーションコストを必要とする。技術革新なしで、かつコミュニケーションコストなしでも商品をブレークスルーさせる秘訣があり、それがソフト・イノベーション、つまり「オマケ」だ、ということです。さらにそれは、アイデアとそれを実現する情熱を持つ人なら誰でも実現可能なものだ、と言います。

 このように言い切るところもユニークではありますが、この本のさらにユニークなところは、単にソフトイノベーションが大事という概念を主張するだけでなく、それを実際に実現するためにどうするべきかという、実践的な戦術(テクニック)により重点を置いて書いてあることです。

 「するとこんな疑問がわいてくるかもしれない――このやり方がそれほど効果的で生産的で、しかもほとんど訓練も必要としないのなら、なぜ、皆そうしないのだろう? まさにそこが問題である。
 なぜ、ソフト・イノベーションに励まないのか
 怖いからだ。皆、どんな種類であれ、変化に抵抗するように仕組まれている。」(p58)


 会社など組織体に属している場合、画期的なアイデア(ソフト・イノベーション)を実現させるためには、さまざまな抵抗が想定されます。それは会社などの組織体に属している人なら、例外なく共感することでしょう。そういう環境の中でソフト・イノベーションを実践するためのテクニックの伝授、それが本書のもう一つの大きなテーマになっています。

 「私は、イノベーションを実際に生み出すような人間を『推進者(チャンピオン)』と呼んでいる。推進者(チャンピオン)がいなければ、何も生まれない。
 待っていてはいけない。もう待つのはやめよう。自分の仕事、自分の会社を変身させていのならば、邪魔するものなど絶対にありはしない。本書の残りの部分は、どうやってそれを正しく行うかというテクニックを伝授するものだ。」(p69)


 著者のゴーディン氏も、自身の立ち上げた会社を米Yahoo!に買収して、Yahoo!のマーケティング担当副社長に納まりましたが、その際に絶対イケルと感じた自分のアイデアを導入しようとして失敗した経験があると言います。そうした経験を含めて、組織の壁の中で推進者としてソフト・イノベーションを実現していくコツを本書の後半ではいくつも提示しています。
 そのコツの中身についてまではここでは紹介しませんが、興味のある人は本書を手にとって読んでみてください。ひらめいたアイデアを組織の中で実現させていくというのは、確かに難しい問題だと思うので、そういう課題にぶつかっている人は何かヒントが得られるかも知れません。

 「ソフト・イノベーション」という、コストをかけず目立たせることが大切という主張は、前著「紫の牛」と同じですが、それを実現させるためのコツ(テクニック)を書いてあるという意味で、「紫の牛」の本の発展系といえると思います。

 もっとも全体を通じてですが、活字で読むより講演会向きの内容だな、とも思いました。本だとタイトルの突飛さ(理解する困難さ)や内容のフラッシュアイデア的羅列感が気になってしまいますが、著者からの直接の講演で聞くことができたら、そういうことは気にならないでしょう。むしろ著者のパーソナリティも含めてとても面白く聞けるに違いありません。
 この本も、ひょっとするとそういうつもりで読めば最後まで気持ちよく読めるのかも知れません。


☆セス・ゴーディン著、沢崎冬日訳「オマケつき!マーケティング」(2005年)ダイヤモンド社

オマケつき!マーケティング

 これはよくできた便利な本です。
 マーケティングについて、「いろんな人がいろんなこと言っているけど、結局みんな何を言っているの?」という疑問を感じたことのある人は、読んだ後に少しはすっきりした気持ちがするはずです。

 「普通の人なら、最新のトレンドや実態を知るために、何百冊もの本や何千本もの論文に目を通し、何百万件ものウェブサイトを覗いてみるなどという暇があるはずもない。ではどの本を読めばよいのか、どの論文なら新しいマーケティングの課題に役立つ見解を提供してくれるのか、インターネットや書店で誰の本を探せばよいのか、ブランド・マネジメントや顧客リレーションシップ・マネジメント、その他の今注目されているマーケティング戦略に関する最高の達人(カリスマ)と言えば誰なのか、達人たちはどんなアドバイスをしているのか、彼らの見解はどのような点で異なり、どのような点で補完しあっているのか。読者が必要としているこうした疑問に答えるガイド――まさにそれが本書である。」(はじめに)

 「世の中にマーケティングの本は溢れてるし、言っていることもバラバラ。これは何とかせねばならん」、と筆者も思ったのでしょうね。考えてみれば結構な労作であり、筆者もある意味もの好きです。とはいえ、筆者は“カリスマ”たちの物言いを多少の皮肉やおちょくりを交えながら紹介しているので、きっと楽しんで書いていたに違いありません。またこうした筆致は、「学史」という往々にして退屈になりがちなテーマを、多少面白く読ませることに貢献しているとも思います。

 さて内容ですが、最初に第1章「マーケティングの未来」と題して、マーケティングの限界や行き詰まりを指摘する多くのカリスマの言葉をまとめています。

 「■マス・マーケティングは死んだ。
  ■マーケティングは事実上終焉した。
  ■マス・マーケティングなどという考えは一切忘れるべきだ――もはや過去の話だ。
  ■ブランド・・・それは無知な人々の逃げ場である。」(p3)
などなど

 こういう物言いの本は多いですが、どうして限界を迎えているのかと言うと、マーケティングという概念が生まれた1960年代に比べ、消費者の行動も消費者を取り巻く環境も複雑化し、戦略上考慮しなければならない要素が激増して、伝統的なフレームではうまく対応できなくなった、ということが大まかな理由のようです。

 例えば、有名な「マーケティングの4P」と言われるものがあります。これは1950年代後半にジェローム・マッカーシーによって、マーケティングミックス上考慮すべき4つの概念――Product(製品)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)、Price(価格)、として提唱されたものです。ところが時代が下がるつれて、マーケティングティを語る上で4つのPだけでは不足だとして、何人ものカリスマたちが独自の新しい“P”を付け加え始めました。それが今日まで提唱されているものを勘定すると、全部で16個(!)になるそうです(ちなみに、製品、流通、プロモーション、価格に加え、政策、世論、ポリシー、ペース、パーミション、パラダイム、パスアロング、プラクティス、ターゲット特定能力、説明責任、費用効果、アクセス能力、の16個)。
 
 つまり、現代では4Pではなく「16P」ぐらい考慮しないとマーケティングは正常に機能しないということなのでしょう。確かに「16P」の一つ一つを見ると、それぞれ必要な要素だとは思います。しかし1960年代とは大きく変わった現代を、旧来の4PにいくつPを継ぎ足したからといって、有効なフレームが築けるとは思いません。
 こんなのを見ると、確かにマーケティングの行き詰まりを感じずにはいられません。

 ではこうした、時代の変化の中でのマーケティングの行き詰まり(以降筆者は「P問題」と言っています)を解決する、どんな効果的なパラダイムがあるのか? 第2章以降は、5つの大きな視点でそれに対する偉大なカリスマたちの見解をまとめています。

1.救世主はブランド+ブランド・マネジメント
 まず、2章(救世主はブランド)、3章(救世主はブランド・マネジメント)では、「ブランド」確立によって、マーケティングの抱える今日的な問題が解決できるという主張です。

 「マーケティングのP問題の解決はいたって簡単だ。魅力的なバリュー・プロポジションを開発し、ブランド名から豊かな連想を呼ぶよう工夫し、ターゲット顧客の管理するあらゆるブランド・コンタクトがブランドのポジショニングにふさわしく、それを支えるものとなるよう管理していけばよい。これで魔法のようにP問題は解決するはずだ。」(p113)

 さらに、ここに複数ブランドを管理するブランドポートフォリオの概念を入れるとより強力になる、ということでブランドマネジメントの考え方が紹介されます。

 しかし、別の主張をするグループがあると著者はいいます。確かに「ブランド確立」ですべて解決できれば、ブランドブームは終わらなかったですよね。

2.救世主は顧客リレーションシップ

 「ブランドが重要だということは誰もが認めている。だが、マーケティングの専門家たちのなかには、かねてから、ブランドよりさらに大切なものがあると声高に主張するグループがいた。 『もっと重要なのは顧客リレーションシップだ』(p149)

 というわけで次の章、「救世主は顧客リレーションシップ」ではCRMの主張です。

 「顧客を特定し、価値に応じて差別化し、インタラクションを作り上げて、『シームレスな顧客体験』を含む最適な選択肢を提供するために提供物をカスタマイズする。これがCRMだと達人たちは言う。これを実践すれば、末永く顧客を維持することができるだろう。そして、長い付き合いのなかで、顧客たちは企業が最新の注意を払って作り上げた関係に、購買行動と利益で報いてくれるだろう。第1章から延々論じて来た厄介なP問題など、もはやどうということもない小さな悩みに見えてくるだろう。」(p204)

 ところが、さらに筆者は「本当に必要なのは、ブランド構築やCRMを超える何かだ、と主張する一団がいる」と言います。確かに、CRMをやるといってもシステム構築に目を奪われて本質が見失しなわれてしまうケースも多いと聞きますからね。

3.救世主はカスタマー・エクイティ
 そこで登場するのが「カスタマー・エクイティ」という主張です。
 第5章「救世主はカスタマー・エクイティ」では、顧客を資産として捉え(工場などの生産設備と同様に)、彼らを適切に分類してバランスよく投資をすることにより、資産(エクイティ)を最大化する視点と、彼らへの投資最適化のための数式が紹介されます。

 と、ここまで読むとマーケティングは、確かに重要そうだけど難解で精緻な領域に来たなぁという印象を抱いてしまうのですが(私は)、筆者は最後にちょっとガクッと来る主張を紹介しています。
 いやいやそんな難しいことやっても現実にはうまく適応させられないし行き詰るだけだ、と主張するグループです。

4.救世主はバズ

 「世界を一組の方程式で表すことができればどんなによいかと思うかもしれないが、どだい無理な話である。現実は数式で表すにはあまりにもリアルだからだ。では、われわれはどうすればよいのだろうか。スプレッドシートを投げ出し、町に出て、昔ながらのマーケティングに徹するべきだと主張する達人たちもいる。マーケティングのP問題の救済策は、ブランド構築やリレーションシップといった、これまで見てきたような手の込んだものではなく、『バズ』つまりクチコミに毛がはえたようなものだ、と彼らはいう。」(p257)

 ぐるっと一周してきてプリミティブなものに戻ってきてしまった感じですが、最後の章では「救世主はバズ」としてクチコミの可能性について紹介しています。

 クチコミに方法論があるかどうかというのは怪しいのですが、クチコミ現象の中核にいる「コネクター(インフルエンサー)」の役割などについて説明するカリスマたちの主張などを紹介しています。

 ここまで説明して筆者は最初の問い――ここまで紹介してきた方法の中で、マーケティングの未来を担う方法は何なのか? ということについて「読者のみなさんはどうお考えだろうか?」(p301)と問いかけます。
 もちろん正解はないし、時と場合による方法論の使い分け、複数の主張のミックスなどが、現実的な線だとは思います。当然、一人ひとりが自分の直面する課題の中で、自分なりの「答え」を模索していくということですね。
 
 とはいえ、お手軽に「マーケティング」に対する視野を広めさせてくれ、自分なりの「マーケティングの行き詰まり」への解答を模索していくヒントをくれる、という意味では、有意義であり読んで損はありません。


☆ジョゼフ・ボイエット、ジミー・ボイエット著、恩蔵直人監訳、中川治子訳「カリスマに学ぶマーケティング」(2004年)日本経済新聞社

カリスマに学ぶマーケティング―1冊でわかる最新コンセプト

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