広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

August 2005

 ポスト「ブランド」として、2000年前後からさまざまに登場したマーケティングのコンセプトの中でも、「経験(または体験)」をキーワードにしたものは、私はとても「筋のいい」ものだと思っています。ただ一時はプチブーム化しましたが、英語"Experience"という言葉の訳語の混乱――同じ言葉が日本では「経験」「体験」「エクスペリエンス」「経験価値(!)」などと幾通りにも訳されてしまいました――や、「経験」という概念のバラバラな捉えられ方などがあって、その後は何となく下火になってしまいました。少し残念な話です。

 この「経験経済」(原題The Experience Economy)という本は、日本での「経験」ブームの先駆けとなった本でした。もともと2000年に電通により訳され、流通科学大学出版から出版されたものでしたが、出版社が廃業し増刷もできなくなったということで、この度内容・構成に手も入れられ新たな体裁で再発刊されました。

 この本はマーケティングにおける「経験」という概念について、非常に本質的な議論を展開している部分があり、それがこの本の最大の価値であり魅力です。
 それを2つの点にまとめてみました。

.機璽咼垢茲衂娉嘆礎佑旅發し从儔礎佑あり、それが「経験」である。

 「サービスを買うときは、自分のために行われる形のない一連の活動に対価を支払っている。経験を買うときは、思い出に残るイベントを楽しむ時間にお金を払っている。」(p12)

 非常にシンプルですが、経験とは何かということを端的に語っています。人はなぜ「高いお金を出して」劇団四季のミュージカルに行くのか? ディズニーランドに行くのか? ぎゅうぎゅう詰めの愛知万博に行くのか? 不便な思いをしてキャンプに行くのか? 海外旅行に行くのか? そしてそこでくだらないお土産にびっくりするほど高いお金を出しても平気なのか?...etc。それは、その人にとって特別な時間や体感を求めるからに他ありません。それが付加価値性の根源であり、「経験」だということです。
 有名な例で、コーヒー豆の経済価値の議論があります。コーヒー豆が産地で取引される際の価格は1杯当り1〜2セントです(コモディティとしてのコーヒー)。それが製品化されスーパーで売られれば1杯当り5〜25セントになります(製品としてのコーヒー)。その豆を使って普通のレストランや街角の喫茶店では1杯50セント〜1ドルになります(サービスとしてのコーヒー)。しかし同じ豆でもスターバックスや高級ホテルでは、1杯につき顧客は2ドル〜5ドル支払っても平気だ、というのです(経験としてのコーヒー)。つまり、企業は扱い方一つで、同じコーヒーをどんな形でも提供できる、ということです。もちろん、経験としてのコーヒーを提供すると決めた場合、コーヒーだけでなく特別な時間や体感を顧客に提供する必要があるわけです。まさにスターバックスの店作りのコンセプトのように。

経験を作り出すことが、マーケティングだ!

 「経験」の議論をする時、必ず出てくる批判があります。――それって、遊園地やレストラン、ホテル、飛行機など「体験型」の商品のことだろ、一般の消費財ではやりようがないよ...、というものです。
 しかし、著者はそういう指摘を見越して、こんな提案をしています。

 「では、メーカーは何をすべきか。(中略)まずは、顧客が製品を使用する過程で遭遇する経験に焦点を当てるべきだ。工業デザイナーは、製品自体の内部のメカニズムを重視して、『製品がどう動くか』に注目しがちだ。そうではなくて、ユーザー一人ひとりがその製品をどう使うかに注目したら、どうだろうか。メーカーの関心をユーザーにシフトし、その人が製品を使用しているとき、つまり『ING化(進行形)』された状態での心の動きに注目してみるのだ。」(p34)

 こうした主張は、ホルブルックなどによる「消費経験論」と共通する非常にベーシックなものですが、それを経済価値の文脈で読み解いている点がユニークだと思います。そして、次のような議論に発展します。

 「一つの製品を使う過程で消費者はいくつもの経験に遭遇する。そうした経験の中に差別化の可能性が秘められている。」(p36)
 「製品の購入、使用、あるいは所有を通して得られる消費者の経験を強く訴求して、ブラント・イメージを創出するのも一案だ。」(p37)
 「『経験(体験)を利用したマーケティング』ではなく、『経験をつくり出すこと自体がマーケティング」なのである。』」(p243)
 「顧客の心を動かすには、顧客の心の中に経験をつくり出すことだ。」(p243)
 

 こうした指摘は、これからのブランド論を考える上で示唆に富んでいると思います。

 しかしこの本、前半で非常に切れのいい議論をしているのですが、後半は話がとっちらかってしまっている気がします。例えば「経験」の経済価値を冒頭で主張しているのに、後半で実はそれは大切ではなく、「変革(前訳書では「変身(!)」になっていました)というものがもっと大事だ、とか。本のタイトルとも一致しないのです。
 変な比喩ですが、若いとき優秀だった教授が晩年ボケちゃった、というような感じがしています。幸いなことに新訳書では、前訳書にはあった原著の後半部分をだいぶカットしてあります。その分、読みやすく理解もしやすくなっていると思います。訳者の人も、後半は少し話がとっちらかっていると考えたのかも知れませんね。

☆B・J・パイン供J・H・ギルモア著、岡本慶一、小眈飴厂「新訳 経験経済」(2005年)ダイヤモンド社


[新訳]経験経済

 広告代理店に入社すると、広告業という仕事が如何に他の業種の仕事と違うのか、ということを繰り返し教えられます。一種のプライドみたいなものがあるのでしょうが、確かに工場のような固定資産を持たず、クライアントの課題に応じて社内外のさまざまな専門性を持つスタッフが協働し、高度なクリエイティビティを駆使して、毎回異なるアウトプットを提供する、という意味では多くの仕事の中でも少数派なのかも知れません。
 それだけに、そこでは高い専門性やチームワークが求められ、「人が最大の資本」などとよく言われる所以でもあります。

 こうした独特の業務スタイルを持つだけに、組織をマネジメントする上で、独特の課題が生まれます。例えば、仕事の評価の問題、「成果」の捉え方の問題(新規獲得と既存維持の仕事、どちらをどう評価するかなど)、社員のモチベーション維持の方法、クライアントの質による対応方法...など。これまで、会社組織のマネジメント
について語った本は数多くあったと思いますが、広告代理店のようなスタイルの会社のマネジメントについて触れた本はほとんどなかったのではないかと思います。

 この本「プロフェッショナル・サービスファーム」は、広告会社の他、コンサル会社、弁護士事務所、会計事務所、投資銀行など、カスタマイズされた「プロフェッショナルなサービス」を提供することを業務とする会社(ファーム)について、そのマネジメントのあり方について語った、数少ない本です。原著が執筆されたのは1993年と古く、また上記のような全く異なった業種の会社の研究結果としてこの本が書かれているわけですが、少しも古く感じず、また自分の今の仕事(会社)に当てはまるな、と感じる部分が多く驚きました。

 本書の内容は多岐に渡っており、例えば会社におけるシニア(高スキル・高給与)とジュニア(低スキル・低給与)との構成バランスの問題、クライアントへの接し方の問題、社員昇進やモチベーションの維持など人材に関する問題、経営管理の問題、パートナーシップ(経営陣)の問題、「ザ・ワンファーム・ファーム」と呼ばれる優れた会社のケースなどについて述べられています。

 私自身は、特に「人材」についての部分が面白かったので紹介します。

・「プロフェッショナルな人」とは?
 「プロフェッショナルは他の労働者とは違うのだろうか。特別の方法で管理され、動機付けされなければならないのだろうか。(中略)プロフェッショナルは、教育レベルではなく、プロフェッショナルな職業を選んだという精神において、他の労働者とは違っている。(中略)プロフェッショナルというものは、新しく、なじみがなく、チャレンジングなことに駆り立てられる人間である。」(p170)
 「多くのプロフェッショナルは、著者が『ペテン師症候群』と呼ぶ症状を持っている。それは、ある日、誰かに肩をたたかれて、『やっとわかった。君はずっとインチキをやってきただろう』と言われることを恐れる成功した人々である。(中略)彼らは継続的なチャレンジと個人の成長を必要とし、それが得られないときには我慢できない。自分の不安定さとプロフェッショナルとしての『良い仕事』の定義の不明確さにより、成果や努力に対する素早く、しかも繰り返されるフィードバックを求める。」(p170)

・動機付けと監督のスタイル 
 「やる気を注意深く養成していかねばならないとしたら、どうしたらよいだろうか。第1に、やる気のない人間にやる気を持たせるのは難しいという考えによれば、最も良いことは、まず野心のある人間のやる気をくじかないことである。第2には、そのやる気を実りの多い、生産性のある努力に結びつけることである。」(p169)
 「プロフェッショナルにやる気を起こさせるためには、プレッシャーを減らすのではなく、プライドへのチャレンジとしてプレッシャーを与えるほうが有効である。」(p171)
 「成功したリーダーは、部下に何かやらせることに時間を割くよりも、部下がやっていることに対して意味ある理解を与えることに、より多くの時間を割いている。(中略)このことは、特にジュニアプロフェッショナルにとって重要である。(中略)ジュニアが、仕事が多すぎるからといってやる気を失うとは、聞いたことがない。しかし、意味のない仕事でやる気が失せることはしばしばある。」(p173)


 引用が長くなりました。こうした指摘を読んで思ったのですが、われわれの周りの多くの人は、結構みなプライドが高く、有能で、そしてデリケートです。こうした実感は、ここに指摘されている人物像と一致しているように思えます。

 実は最近私の周りで、仕事へのモチベーションの低下というか、仕事への燃え尽き症候群というか、そういう人をたまに見かけるのですが、そのことについて考えさせられました。
 本来能力を持っているし、新入社員として入ってきた時は、厳しい就職戦線に打ち勝った組みとして、多くの期待に胸膨らませてこの業界に入ってきたと思うのです。しかし毎日の仕事に流され、あるいは仕事で行き詰まり、次第に仕事へのモチベーションを失っていき、妙に保守的になったり、最悪、広告業界を後にしたりするような人が後を絶ちません。そして、そういう人が多くなると、会社の雰囲気も悪くなり、生産性も低下し、いい仕事をクライアントに提供する上で害となります。

 「やる気のない働き手は、どんな事業組織にとっても非常に不利となるが、特にプロフェッショナルの仕事においては、仕事の生産性も質も、プロフェッショナルが自分の仕事にコミットする度合いに大きく影響される。(p167)

 大体、職場に不満を持ったり会社を辞めたりするのは、上司との関係に原因があることが多いものです。本書の指摘を読み、管理する側が「プロフェッショナル」としての私たちのマインドにもっと思いをはせることが出来れば、われわれはもっと力を発揮できるのに、と思いました。そういうデリカシーが意外と会社組織というものにはないような気がします(私の会社だけではないと思います)。もっとも、自分が後輩に当たるときの姿勢としても考えておかなければならない点ではあります。

 多少重い話になってしまいましたが、本書には、こうした普段考えなかったような、仕事組織についての鋭い指摘がちりばめられています。本来広告業種に絞った話ではないので、広告業で働く人にとってすべてがピンとくる話ではありませんが、わわれわれの会社組織を考える上で何かの役に立つと思います。

 この本の訳者ですが、博報堂の有志の人がやっています。そもそもオムニコムグループ(現在世界第2位の広告会社グループ)の副会長に紹介されたとのことですが、こうした価値はあるけれど難解・地味で売れるかどうかわからないような本を、日本の読者のために翻訳してくださったことに、敬意を表さねばならないと思います。(Amazonの書評で訳が悪いと酷評している人もいましたが、それはそれです。不満な方は原著をお勧めします。)

☆デービット・マイスター著、高橋俊介監訳、博報堂マイスター研究会訳「プロフェッショナル・サービスファーム」(2002年)東洋経済新報社

プロフェッショナル・サービス・ファーム―知識創造企業のマネジメント

 今から10年以上前、「Hな企画書」なる冊子が業界中に出回っていました。それは電通の作成した社内資料で、当時生活総研を擁し業界内で存在感を増大させていた博報堂に対し、危機感を感じた電通が社内で分析チームを立ち上げ博報堂のコミュニケーション戦略企画書を分析した、というものでした。それを読むと、分析されている博報堂の企画書のロジックの進め方はとてもクリアで、これをみんながやっているとしたらスゲーなーと思ったものです。もっとも博報堂の企画書を的確に分析してみせた電通の分析力も見事でしたが。

 この本を読んで、その「Hな企画書」を思い出しました。
 著者の山本直人氏は現在フリーのようですが、元は博報堂に在籍していた方です。もともとコピーライター出身とのことですが、研究開発セクションや博報堂ブランドコンサル在籍中に、ブランドやリサーチに関する発表をいろいろな本や雑誌にしており、私はそこで名前を知りました。後に山本氏は人事局に移り、そこで非常にユニークな新人研修をしていた、と聞いています。制作、マーケ・研究開発、人事と渡り歩いた異能の人ですね。

 その山本氏が、それはそれは懇切丁寧にプランニングの進め方(マニュアル?)を書いています。これは、われわれの業界、そしてプランニングという職種にいる人にとっては、本当に貴重な本と言えます。こんなリアリティのある本は過去見たことがありません。きっとご自分のマーケ的な経験と、人事で研修を担当していたときの経験とが両方生かされているのだと思いますから、その意味でも稀有な本です。

 中身は、情報収集の視点から、プランニングの進め方、陥りやすい注意点、最後には企画書の書き方、プレゼンの仕方まで書いてあり、本当に至れりつくせりです。
 どこをとってもなるほどと思えますが、特に印象的な内容を2つ取り出します。

。海弔離拭璽殴奪肇札哀瓮鵐董璽轡腑鵝
 デモグラフィック/サイコグラフィック/消費行動
 

 「いくら絵に描いたようなターゲットであっても、売ろうとしている商品カテゴリーについて行動がわからなくては本当のターゲットにはならない。(p92-93)」

 ターゲットセグメントをする際、デモグラでは切れないといわれて久しいです。しかいサイコグラフィックでも意外と切れません。なぜなら、人は場所や機会に合わせて、いろいろな「心の顔」を見せるので、アンケートなどでの価値観を聞いても、今やあまり意味がないのです。しかし「行動」というのは比較的安定しており、行動を分析することで実際の施策に結び付けやすい、というメリットもあります。以前このブログでも触れましたが、WEB広告などで行われている「行動ターゲッティング」がクリック率を高めるのに有効な方法論だという認識も広まっています。「消費行動」は、これからの時代のマーケティングでは重要な視点なのです。ちなみに、本書にあるように(p95-100)、消費行動を基準にしてセグメントし、ターゲットイメージをデモグラやサイコグラフィック情報で描いてやると、とてもわかりやすいですね。

∪験莠團ぅ鵐汽ぅ箸らコンセプトを発見する

 新製品開発の仕事の依頼が代理店に舞い込んで来ることがたまにあります。特に菓子や飲料など、新商品の投入が活発で、商品サイクルの短いようなものが多いようで、それこそ代理店の知恵も借りたいということでしょう。
 新商品のコンセプトを開発する際に、シーズ発想とニーズ発想という2つの視点があります。シーズ発想とは何らかの新しい技術を中核にしてコンセプトを開発することで、ニーズ発想とは現在の消費者が漠然と求めていることをベースにコンセプトを開発するものです。広告代理店には後者のニーズ発想でのコンセプト開発を期待されることが多いのですが、これが意外と容易ではありません。どんなに調査しても、ありきたりのコンセプトか荒唐無稽のコンセプトかのどちらかになりがちなのです。
 しかし、この本ではそれの進め方の例が紹介されています。飲料のコンセプト開発なのですが、「飲み物へのニーズ」から発想するのではなく、「カフェに期待するもの」という視点から、例えば「ありのままを味わう」「悩み、考える/何かを作り出す」「自分のペースを取り戻す」など5つの概念を引き出し、それを「あるがままに」「生まれる」「鎮まる」などシンプルな言葉に置き換えて、その言葉にマッチする機能は何で、緑茶なら何で...というようにアイデアを整理して行っています。(わかりにくかった人は、本を見てください。p161-165)。このメソッドは、明快です。明日からでも使えそうです(笑)。

 さてこの本ですが、私は面白いと思いましたが、これ、実際の経験がないと価値はわからないかも知れません。細かいところにさりげなく書いてある重要な指摘を、10年前の私が読んだら気がつかなかったでしょう。

 マニュアル本て、本当に必要としている人には、意外と使えなかったりするのですよね。送り手の期待するレベルと受け手のレベルが違いすぎて。
 うっかり読み飛ばすともったいない部分が多々ありますから、これから読む人は心して読んだ方がいいかも知れません。。。

☆山本直人「マーケティング企画技術 マーケティング・マインド養成講座」(2005年)東洋経済新報社

マーケティング企画技術―マーケティング・マインド養成講座

 この本、昔流行った「ウルトラマン研究序説」を連想させるような妙なタイトルですが、れっきとしたマーケティング本です(だと思います)。
 ブランドのネーミング、それもその音のリズムが生み出す印象の質(「クオリア」と本書では言っています)をテーマにしたユニークな本です。

 「音の響きのもたらす印象」といっても曖昧模糊として、それをマーケティングの中に持ち込むのは抵抗を感じる人が多いかも知れません。それはそうかも知れないのですが、一方で言語というものが、人間の「口」という器官を用いることで成立つ、生理的な営みである以上、感覚的に感じる強弱の印象や快・不快があると仮定してもおかしくなないと思うのです。

 例えば子音M音について、こんな記述がされています。

「私の赤ん坊が最初の発声した有声子音はMだった。(中略)空腹の彼は、何時間ぶりかに乳房を見て興奮し、ふがふが鼻を鳴らしながら吸い付こうとする。(中略)乳首から外れた瞬間、彼の口から漏れる音は、立派なMなのであった。(中略)赤ん坊にとってM音は、口いっぱいの乳首や、掌いっぱいの乳房、お腹に満ちていく甘い乳と共に存在している。Mは赤ん坊のまっさらな脳に、満ち足りた、充足感の音として刷り込まれているのである。ママ、マム、マミー、マーマー、オンマ……世界中の多くの幼児がM音で母を呼ぶ。幼児のM音獲得シーンを見ていたら、それが当然のことであるのがよくわかる」(p19-20)

 実は私は以前から、なぜ地球的に母親をMAを使った音で呼ぶのか不思議に思っていたのですが、これを読んで謎が解けた気がしました(ちなみに父親をPAを使った音で発音する場合が多いことについても触れています)。そしてこのように、M音は満ち足りた母性を感じさせる音であり、例えば「聖母マリア」も、MAで始まる音だからこそ2千年もの長い間「聖母」として支持され続けたのだろうとも主張しています。また、

「B音は、閉じた唇から溜めた息を放出させ、両唇を震わせて出す音である。発音直前の溜めた息が唇を膨らますので、私たちの脳には、まず、膨張の印象が強くもたらされる。「膨張」のボウは、まさに膨張のイメージとシンクロする音だ。Bに続く二重母音ouが、膨張した息の膨張感を逃さないのである。これに対し、Bに続くのがaだと、次に来る息の放出の方が強く印象に残ることになる。膨張の次に来る放出は、私たちの脳に力強さ、すなわちパワーや迫力を感じさせる」(p78)

 こんな具合に子音・母音の発声上の特徴を分析しながら、印象として受けるイメージをバサバサと論じていっています。(バサバサという音にはパワーを感じますよね?)
 面白いところでは、女性の名前についてのこんな分析もあります。「イホコ」という名前を基に、最初の母音(イ)に付く子音を変化させてみます。

 イホコ(I)・・・人懐っこく、のほほんとした感じ(著者の名前)
 シホコ(SH+I)・・・しっとりとして、華奢な感じ。
 ミホコ(M+I)・・・女らしいが現実感のある感じ。
 チホコ(CH+I)・・・華があり、ちゃっかりした感じ。
 リホコ(R+I)・・・知性的、クールビューティーな感じ。

 違った子音を足しただけで、確かに名前の印象が変わります。

 中には、そうかな?と思えるものがないわけではないのですが、音(発声特徴)に基づき形成される特定のイメージというのは確かにあるような気がします。少なくともその視点を提供してくれる、という意味で、この本は一読の価値があります。

 もっとも、この本ではブランドのネーミングを分析するツールとして、要素分解をして数値化したりレーダーチャートで表現するようなものも紹介しています。しかし、こちらの方は、正直言ってしっくりとは来ませんでした。
 何でも分析して数値化すればいい、というわけではないですよね。

☆黒川伊保子「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」(2004年)新潮選書

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか

このページのトップヘ