広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

 更新をずいぶんサボっていました。
 一度更新の間隔が空くと、再開するのは結構エネルギーがいりますね。

 このブログ「書評」と銘打ってやってきました。1エントリ当たりの文章も長かったのですが、それは書く以上ちゃんと書評をせねば、と思っていたからでした。しかい考えをまとめて文章に残すのは結構大変なのですよね。それでつい億劫になってしまっていたのでした。

 しかし、ある本を読んでこんな文章に出会いました。

「私がブログを初めて触ったのは2003年の夏ですが、実は当時は何度もブログを作っては飽きて、作っては更新停止と挫折を繰り返していました。
 (中略)ブログは記事や論文のように一つ一つのエントリーを完成品として書くと、簡単に息切れするものだと感じています。ブログを書くというと、どうしても『情報発信』のイメージがあるので、最初の頃はついつい何か他の人に感心されること、他の人が知らないことを書いてやろうと肩肘をはってしまうのですが。
 そもそも、ブログやインターネットでは日本中の人たちがつながっているわけで、当然、その中には自分より詳しい人や、その分野の専門家がたくさんいます。
 そんな中、他の人が知らないことを発信できる人なんて、そもそもそんなにいないわけです。
 そういう意味では、誰かと会話している間隔で、誰かにメールをしている感覚で、思ったままのことを自分のメモとして書く。そんな風にブログを使うのが良いのではないかと思っています。」(p62-63)


 そうなんですよね。まさに自分のことを言われた気がしました。
 そこで、そんなに肩に力を入れないで、もうちょっと軽い気持ちで書いてみようと思って、このブログも再開したわけです。

------------------------------------------------------------------------

 さて、久々に紹介する本は、上で紹介した文章が載っていた本です。巷で話題の「クチコミ」をテーマにした本になります。

 ちなみに、上記の文章は文中の「ブロガーの本音」と題されたコラムにあったもので、「ネットコミュニケーションの視点」というブログを書かれている徳力基彦さんのコメントでした。

 本の内容ですが、いわゆる「アルファーブロガー」と呼ばれている人が自ら、自分の思うところを書いた、というものです。著者コグレマサト氏、いしたにまさき氏はそれぞれ、「ネタフル」「みたいもん」というブログの主催者です。

 「アルファーブロガー」というのは、Wikipediaによると、「ブロガーの中でも特に議題設定効果が高く、他のブログへの影響力の強いブログの書き手を指す」、だそうです。単にアクセス数が多いだけではダメで(タレントブログの書き手はアルファーブロガーとは呼ばないそうです)、他者への影響力の高さを持っていることが特徴といえましょう。多くのブロガーの中でこの域に達する人はほんの一握りであり、一種の成功者だともいえます。
 彼らの視点から、ネットの中で消費者の「クチコミ」を喚起させ、効果的にマーケティング活動をやってための、いくつかのやり方がまとめてあります。

 ただ、私の感想としては正直あまりピンとはきませんでした。いろいろ取りとめもなく書いてあるのですが、要は、企業(またはビジネスパーソン)に「ブログを開設して、クチコミが広がるように程よいネタを提供して、消費者との双方向のやりとりを含めたコミュニケーション活動をしていきましょう」と言っているように感じましたが、こういう話は決して新しい提案ではないし、既に多くの企業が実践しているものです。むしろ、やってはみたけど思うようにいかない、あるいは結果がでなくてどうしたらいいんだろうと思っているような担当者が多いのが現実のような気がします。
 むしろそんな人へのアドバイス的なことがあるとよかったのかもしれません。

 例えば、著者は成功の秘訣として「継続」や「書きたくなる話題(ネタ)の提供」を述べていますが、企業にとってブログが成長するまでの時間を待てないケースも多く、またネタの提供といっても「そんなのあったら苦労しないよ〜(苦笑)」というところが多いでしょう。そういう人にはほとんど何の参考にもなりません。

 そもそも、「クチコミの技術」と題されているのに、書いてあるのはブログの話だけ。これもかなりおかしいと思います。ブログのクチコミ(CGM)が話題になっているのは承知していますが、クチコミはやはりほとんどがFace to Faceで起こるものです。そこへの目配せがない本を「クチコミの技術」と題するのは、はっきり言って針小棒大です。

 彼ら、つまりブログを大きくして「アルファーブロガー」を目指す人には参考になるかも知れませんが、企業で「クチコミ」をマーケティングに取り入れたいと考えている人には、意外と肩透かしを食らう内容だ、というのが私の意見です。

 もっとも、この本の中の小ネタ(ブログの測定技術など)などは参考になりました。だから、決して読む価値がない本だとは思いませんが。

☆コグレマサト+いしたにまさき「クチコミの技術」(2007年)日経BP社


クチコミの技術 広告に頼らない共感型マーケティング

 久々の更新になってしまいました。

 前回の更新が昨年の9月だったから、4カ月ぶりの更新です。
かなりサボってしまったのは、本業の仕事が忙しかったのと、いったんやめてしまうと怠けぐせがついてなかなか復帰できなかったからです。
 読んで面白かったからここで紹介しようと思っている本も、もうずっと机の上に積み上げてある状態なのです。

 以前みたいに毎週更新するのはできないかなぁと思いますが、またできるだけ続けてみようと思います。

 さて、久々に紹介する本ですが「マーケティング2.0」という本です。私もそうなのですが、正直もう「WEB2.0に関する話は食傷気味だ」と感じている人、少なくないのではないでしょうか。パラダイムの変換を促す非常に重要な概念であっても、既に多くの人が言っているし、本もたくさん出ているし、もういいよ、次に行こうよ! というのが、この話題に関心のある多くの人の気持ちなのではないかと思っています。
 WEB2.0の「WEB」の部分を別のものに言い換えて、「○○2.0」を名乗る本や相当出ました。もう私も馬鹿馬鹿しくてへどが出そうなくらいです。その意味ではこの本も、話題になった本のようでしたが、いかにもというタイトルです。私も、一応目を通しておくか、ぐらいの大変期待値の低い態度で読み始めたわけでした。

 大まかな印象で言うと、よく整理されて書いてあると思います。WEB2.0というのはWEB全体の新しい動きであるわけですが、それを前提とすると「マーケティング」のあり方がどう変わるのか? という議論が全体を通じてなされています。類書でも同じようなことを言っているので、この本のオリジナリティが高いとは思いませんが、まとまっていていい本だとは確かに思います。
 WEB2.0時代のマーケティングのあり方を考えたい人の入門書としていいかもしてません。

 しかしながら、私がこの本をここで取り上げたのは、こういう紹介がしたかったからではありません。この本の中に、非常に重要な指摘をしている部分があり、それを紹介したいと考えたからです。

 P172から、関西学院大学講師の柿原正郎氏による「ゲートキーピング戦略」という章があります。
 収益性をあげるための視点について書かれている部分です。氏の言いたいことを引用すると、 

 「マーケティングの実務者は、ネット上の消費者の情報行動へのアプローチだけに終始してしまってはいけません。Web2.0の時代だからこそ、マーケティングの本質である『収益への貢献』を目指して、リアルな世界との接続を明確に意識し、現場での実務の設計とマネジメントに取り組む必要があります。(p186)」

 要は、WEB2.0時代でもきちんとお金儲けができるようにビジネスモデルを設計しなさい、という当たり前のことなのですが、WEB2.0関係のビジネスを見ていると、この点が意外と盲点になっている気がするのですよね。WEB2.0の話をしている人はロングテールやら集合知やらといった、ネット上のユーザーの行動に注目するか、マッシュアップや広告テクノロジーの進化のようなネット技術の話ばかりします。共通しているのは、ネットの「あちら側」の議論をしているということです(この「あちら側」の意味がよくわからない人はこちら参照)。

 「Web2.0の時代になり『あちら側』はますます拡張し続けるでしょうが、人間の身体はこれからもずっと『こちら側』に存在し続けるからです。ですからこそ、この両世界をつなぐ『ゲート』の重要性は今後ますます高まってくることでしょう。(P187)」

 柿原氏が言いたいのは、Web2.0の風潮の中では「あちら側」、つまりネット関連の技術やシステムの話ばかり目立つけど、「こちら側」つまり生身の人間がお金を支払わないことには、ビジネスとして成立たない。だから「あちら側」と「こちら側」をつなぐ「ゲート」をうまく作ってやらねば、いけませんよということだと思います。「ゲート」とはもちろん、パソコンや携帯電話のインターフェースなど具象的なものを言っているのではありません。あちら側の技術を生身の人間がお金を出す仕組みの話をしているのです。

 私は、まさにその通りの視点だと思います。彼は成功例として、アップルのiTUNEとiPodを組み合わせたシステムによるビジネスの話をしているのですが、確かにアップルはネットと生身の人間と両方への目配せがうまいですよね。

 WEB2.0の掛け声に浮かれたように、関連するサービスを開始するネットベンチャーも多いと思いますし、彼らに投資するベンチャーキャピタルもいると思います。首尾よくどこかの会社が株式公開されたりすると、その株を買う投資家もいると思います。しかし、「本当に生身の人間が動くビジネスモデルなのか?」を吟味しないと、将来性は渋いと思います。メディアも何か新しい技術を持っている会社があったりすると、ただ「新しい」というだけで大げさに取り上げたりしますよね。目下「WEB2.0」という魔法の言葉に、何となく誰もが踊らされているような、そんなちょっと不安な気持ちに私はなってしまうのです。

みなさまご注意を!。

☆渡辺聡監修「マーケティング2.0」(2006年)翔泳社

マーケティング2.0

 話題の本です。今Googleで検索したら、268,000件(!)も出てきました(2006年9月10日現在)。ひょっとして発行部数より多いのではないでしょうか??

 それだけこのテーマ、つまり、マス広告批判や新しいマーケティングコミュニケーションの方法について関心が高い、ということなのだと思います。

 これだけみんなが読んでいる本となると、ここで特に書評する必要もなさそうですね...。内容については、とても“正しい”議論をしていると思います。アメリカの話ではありますが、日本にも当てはまる話です。現状の問題点の指摘はその通りだと思いますし、消費者の認識についても指摘の通りだと思います。
 強いて言えば、これらの議論は広告業界に身を置いて現状に危機感を持っている人なら誰でも共有している、特に新しくはない議論だとは思いますが。

 とはいえ、それを手際よく整理してのは筆者の力量です。正直言って、最初の方を読んでいたときには、当たり前に言われていることを大げさに語っているだけだし、説教臭くて気に入りませんでした。しかし、後半部分、「10のアプローチ」と題された、これからのマーケティングコミュニケーション方法を語っている部分に来たら、ポイントがとてもよくまとまっており、それなりによくできた本だ、という印象に変わりました。

 テレビCMの問題や新しいコミュニケーションの方法論などの問題に関心のある人ならば、頭が整理できますし、あまりよく知らなかった人ならば、啓発される本だと思います。
 誰が読んでもためになる本だと思います。

 それに筆者のこんなたとえ話も面白いですしね。

 「テレビCMが、その全盛期には時代の寵児であったことは間違いない。しかし、登場から65年を過ぎた今、それはまるでショーン・コネリーだ。つまり、今でもセクシーだが、これからの展望はあまりないということだ。」(p264)

 ワハハ。うまい!座布団一枚、というところですね。

 ところで、そういうことを前提にして、このブログ、書評を専門にやっているものですから、他の人とは違う視点で、批判的な話をしたいとも思います。それは著者へではなく、こうした本をありがたがる風潮に対してです。

1.広告に関心のある多くの読者に親切か?

 例えば、この本のカバーにこんな文句が書いてあります。

 「テレビCMは、質、信憑性、効果のどれをとっても最低だ。さらに最悪なのは、肝心の消費者が広告の何もかもをまったく気にしていないことである。」(カバーより)

 日本の話で言えば、現在のテレビCMビジネスで不合理なところ、おかしいところはたくさんあります。だから、それを批判することは正しい姿勢だと思うし、多くの広告主のためにもなることです。しかし、それが単なるアジテーションだったらどうでしょう? テレビCMを巡る本質的な問題点が隠蔽され、広告ビジネス全体にとっても何のメリットも与えません。
 この本はアメリカの話だから日本に単純に置き換えられないし、それをしようとすると誤解が生じて危険だと思うのですが、訳者・編集者はあえてそれをやろうとしているようです(訳者前書きにもその旨が書いてあります)。例えば、このブログでしばしば言及している邦訳書と原著タイトルとの意味の相違問題ですが、この本でも意図的に変更されています。原著は“Life After the 30-Second Spot”であり、テレビCMの問題点の指摘より、新しい広告コミュニケーションの方法論について主眼を置いているように感じられます。

 アジテーションも過ぎると、無責任と紙一重です。内容を鵜呑みにすることなく自分なりに消化できる人でなければ、この本のメッセージを正しく理解することができないような気がします。その意味では読み手の力量が問われますが、それは一方で、本として不親切だということも意味すると思うのです。

 知識や経験のない若者をミスリードしかねない、取り扱い危険な本にあえてしてしまった訳者・編集者の姿勢は疑問です。

2.新しい手法はショーン・コネリーを超えているのか?

 筆者は、これまでのマス広告の手法に変わる手段として、「10の新しいアプローチ」を提案しています。それは「インターネット」「ゲーム」「オンデマンド視聴」「体験型マーケティング」「長編コンテンツ」「コミュニケティ・マーケティング」「消費者作成コンテンツ」「検索」「Mで始まるマーケティングツール」「ブランデット・エンターテイメント」の10です。

 こんな言葉と共に紹介しています。

 「ここからは、テレビCMに代わる10の新しいアプローチを紹介したい。」(p112)

 こう言うと、上の例えではないですが、老いたショーン・コネリーに代わる主役級の役者が続々が登場している感じがします。
 しかし、実務に携わっている人ならすぐわかることですが、せいぜいインターネット、検索広告以外は、広告コミュニケーションの手段としては、まだまだ大部屋住まいの役者です。もちろん将来はあると思います。しかし、確実な未来はまったく約束されていないというのが現状だと思います。
 大部屋役者をショーン・コネリーに代わる役者として紹介するのですから、これも一種のミスリーディングではないでしょうか。

3.大切なのは手法なのか?

 さて、ここが一番言いたい点ですが、テレビCMの批判を始めると、クチコミをやろうとかバズを引き起こすのがいいとかライブマーケティングだとか、いつも「手法」の話に落ちていきます。この本のように、テレビCMは崩壊したから、インターネットなどの新しい手法をどんどん取り入れよう、という議論です。

 この議論は、何か大切なものを見落としているといつも思うのです。消費者から見れば、何となくテレビCM見なくなったなぁと思っていても、テレビCMの情報はもはや信頼できないと思っている人はほとんどいないと思います。つまり普通の人にとって、この本の議論は自分の生活に何の関係もないことです。要は、広告される商品・サービスが自分にとってどうなのかということだけが大切なのであって、それがテレビCMからの情報だろうが、ブログの情報だろうが、関係ないと思うのです。せいぜいその商品に関心を持ったときに、より詳しい情報にアクセスできるようであれば十分ではないのでしょうか。ということは、やはりとんなに環境が変化しても、基本に立ち返って消費者が望むような商品を市場に投入するのが企業の役割になると思うし、その際の広告の手法が何だというのに過度に気を取られるのは本末転倒だと思うのですよね。
 だから、この手の「手法」の議論を多くの人が面白がるのは何か不健全ですね。いい商品でなければ、どんなに頑張ったってそもそもクチコミなんか広がるわけがないのだから、いい商品を開発するなど、もっと大事なことに目を向けた方がずっと健全だと思います。
 つまりショーン・コネリーが演じようが、大部屋住まいの無名俳優が演じようが、大切なのは、ストーリーや演じられたものそのものではないか、ということです。

 もっとも、日本の民放も「コマーサル君のCM」なんていうくだらないお金の使い方しているから、CMの崩壊と言って面白がったりする変な風潮が広がってしまうのでしょうけどね。

☆Joseph Jaffe著、織田浩一監修、西脇千賀子、水野さより訳「テレビCMの崩壊」(2006年)翔泳社

テレビCM崩壊 マス広告の終焉と動き始めたマーケティング2.0

 仕事が忙しくて久々の更新になってしまいました。

 今回は「スポーツマーケティング」の本を取り上げます。

 スポーツと言えば、今年の最大の話題はなんと言ってもワールドカップ(W杯)でしたね。終わったのが2カ月前ですが、監督が代わったこともあって、遠い昔の出来事のような気がしてしまいます。

 サッカーの大きな大会が終わると(サッカーに限りませんが)、株の急騰する人と急落する人がいますよね。W杯ではジーコや中村俊輔の株が急落した感じがしました。「神」といわれたジーコの評判は今や既にありませんし、オシムジャパンに中村俊輔が呼ばれなくて、文句を言う人はもはや少数派でしょう。中田も株が下がったわけではないですが、引退してしまえばただの人、という感じです。
 オシムも監督就任時は、大きな期待を持って迎えられましたが、アジアカップ予選での不甲斐ない日本チームを見ると、「オシム株」もいつ暴落しないとは限りません。怖いですね。

 ところで、株が急落したジーコや中村俊輔とは異なり、W杯について、回を重ねるたびに急騰しているものがあります。さて何でしょうか?

ヒント:この金額です。
 1998年フランス大会 約240億円
 2002年日韓大会   約1,150億円(約5倍)
 2006年ドイツ大会  約1,400億円


答え:テレビ放映権料
 答えは大会の放映権料、つまりW杯の試合をテレビで放映するためにFIFA(世界サッカー連盟)に支払うお金です。
 98年までは、FIFAが「ワールドカップは公共放送優先」の方針、つまり世界中の人がサッカーを楽しめるように、とリーズナブルな価格で放映権を販売していたのですが、日韓大会からその方針を撤回、非常に高い価格で放映権を販売するようになったわけです。
 ちなみに、上記はFIFAが全世界に販売する放映権料ですが、日本での放映権料も高騰しています。
 1998年フランス大会 約7億円
 2002年日韓大会   約200億円(約78倍)
 2006年ドイツ大会  約150億円

 日韓大会は高かったかも知れませんが、ドイツ大会などあんな深夜の試合に、どうしてこんなに高い値段がついたのか、今となっては理解に苦しみます。

 フランス大会と日韓・ドイツ大会で、W杯自体に質的な変化があったとは思えません。変わったのはFIFAの考え方・やり方です。そしてはっきりしているのは、FIFAはW杯でもっと稼げるだけの価値があるはずだと考え、交渉の末、実際にそれをお金に変えてしまったということです。 

 ちなみに、こうした巨額の費用はテレビ局が、そしてその番組に提供する多くのスポンサーが分担して支払ことになるわけです。もちろん最終的には製品価格に転嫁され、われわれ一般の消費者が支払うことになります。

 その良し悪しについて意見のある方もいらっしゃるでしょう。でもとりあえずここではそれについてこれ以上触れないことにします。ただ、私が非常に興味深いと感じるのはスポーツビジネスのこうした面です。つまり、価値(価格)の曖昧なものが、やりようにより大きなカネを生むビジネスに変わる、という側面です。あるいはその実行方法です。スポンサーシップビジネス、と捉えてもいいかも知れません。

 今回紹介する、「図解スポーツマネジメント」という本は、スポーツチームやスポーツ団体を運営する側に立って、それをうまくマネジメントする方法について述べた本です。図を交えながら細部にわたるまで手際よく整理してあるので、スポーツ関連のビジネスを行っている人にとっては手元に置いておいて参考になる本なのだと思います。

 しかし、この本の中心テーマとは別に、先ほどの観点から、この本の中の以下の一文が、非常に私の印象に残りました。

 プロスポーツ・ビジネスは宝の山であり、活性化することによって金を生む権利が多く埋まっている。スポーツマーケターに必要なのは、アクティベート(注:権利の活性化)できる権利の鉱脈を発見し、それらを掘り出して活用する知恵と、ビジネス化するためのアイディアの創出力である。また、創出された権利は、チームやクラブの知的財産として保護されなければならない。ただし、権利の価値を増大するには、チームやクラブのブランド力の向上が不可欠で、価値のないブランドに大きな権利は発生しない。」(p72)

 スポーツビジネスの要諦はこの言葉に集約されのではないかと思いました。スポーツといえども、「ビジネス」という視点から考えれば、お金を生むことが究極的には求められるわけです。スポーツは単純にゲームの入場料収入だけが収益ではありません。放映権、肖像権、マーケティング権(スポンサーシップ)、商品化権など、さまざまな領域から収益を上げることができます。その際には、チームの「人気」というものが「ブランド力」と同じように、高い付加価値(多くのお金)を生み出す装置として機能します。だから「人気」という要素があって、そこにうまく鉱脈を探すことができれば、「打ち出の小槌」のごとくスポーツからまた新たに多くのお金を生み出すことも可能になるのです。

 こんなこと言ってはスポーツ選手に怒られてしまいそうですが、それでチームが潤い、ファンが満足するのならば、それはそれで間違っていないような気がします。

 こう考えると、スポーツというのはビジネスの対象として面白そうだと思いませんか? みなさん! 「宝の山」という言い方が魅力的ですよね。

 もっとも金脈としてカネを生む前段階としての、「人気」をいかにあげていくのか、というのが現在スポーツビジネスに携わっている多くの人の悩みなのかも知れませんが。

☆山下秋二、原田宗彦(編著)、中西純司、松岡宏高、冨田幸博、金山千広(著)「図解スポーツマネジメント」(2005年)大修館書店

図解 スポーツマネジメント

 すっかり更新がごぶさたしてしまいました。ちょっと忙しい日々が続いていました。読んだけど紹介していない本も溜まってしまいました...。久しぶりになってしまいましたが、自信を持って推薦できる良い本を今日は紹介します。

----------------------------------------------------------------

 1999年、新規で起業したECビジネスのドットコム企業「ハーフ・ドット・コム」は激しい競争環境に勝ち抜き、十分な登録会員を集めるため、何とかして短期間で知名度をアップさせたいと思いました。しかし広告をやるだけの資金はありませんでした。でも何とかしなければなりません。コンサルタントも雇いました。でもいいアイデアは出ませんでした。サイトオープンを間近に控えて、マーケティング担当副社長としての筆者の緊張とプレッシャーはどんどん高まってきました。
 コンサルの焦点のぼけた提案を聞いて落ち込み、仕方なくその場でブレーンストーミングを始めたときでした。
 ふいにアイデアが浮かびました。「自分の会社を地図に表示させればよい!全国にはハーフという文字が含まれる町の名前が一つはあるはずだ。そこにお願いして『ハーフ・ドット・コム』に変えてもらえばいい!!」、という大変単純なアイデアでした。まさか「地名」と「知名」を引っ掛けて知名率を上げようとしたわけではないと思います(「地図の上に」というOn the Mapという言葉は同時に「有名にする」という意味もあるそうですが...)。とはいえ、町が会社の名前に変更してくれれば、それは話題になるでしょう。テレビや新聞・雑誌も取材になるはずです。一夜にして有名になるのは間違いありません。彼は早速行動を開始しました...

 ...3年後、有名になったハーフ・ドット・コムは、3年間で800万人の登録ユーザーを獲得することができました...

 ...なぜかというと――本当に小さな町の名前を「ハーフ・ドット・コム」に変えてしまったのです。思惑通り全米からメディアがかけつけニュースにし、結果として「大きなバズ」を引き起こし、有名になることができたのです。(拍手...パチパチパチ!)

 このウソみたいな実話、ちょっとリスペクトできる話です。「バズ」、つまり話題を引き起こすための突飛なアイデアは誰もが思いつくもの。しかしそれを実行に移すのが、実は一番大変なのです。実際に、町名を変更してもらうためにいかに町長や議会を説得することが大変だったか、ということも紹介されています。けれども、本当に低コストで有名になりたいのだったら、困難なアイデアに挑戦することが大切であり、そこに世の中を「あっ」と言わせること、つまり「バズ」を引き起こすことができるのだ、ということがわかります。

 最近のはやりで、「予算ないから、ちょっとバズで広告できないかなぁ〜」と気軽に相談してくる、企業のお気軽担当者には是非聞いて欲しい話です。

 さてこの本は、その当事者である著者マーク・ヒューズ氏が、自分の体験を切り口にして「バズ」を上手に引き起こす秘訣を書いた本、つまり今、巷で話題の例の「バズマーケティング」について書いた本です。
 ただ、このように書くと、自分の体験談を膨らませて書いた薄っぺらな本なのか?(例えば、セス・ゴーディンの著作のように)と疑う人もいるでしょう。しかし意外によくまとめられ、また興味深い事例なども紹介されており、納得して読める本でもあります。

 バズマーケティングに方法論があるのかどうか、定かではないですが、少なくともそれに取り組む上で注意すべき点、考慮すべき点はあるはずです。この本にはそういう情報が詰まってます。

 一例ですが、かつて話題を集めたVWの「ニュービートル」というクルマがありました。最近聞きませんよね。それもそのはず、販売が急落しているようなのです。著者いわく「品質の低下がバズを消す」(p152)。バズで話題になっても品質が伴わなくては、バズなどすぐ消えてしまうということです。

 逆に、悪いバズはより早く伝播するといいます。何と1人の苦情の陰には苦情を言わない客が26人おり、それらは平均16人に話をするから、合計で1人の苦情の陰で悪評は423人に伝達されるといいます(p155)。これは昔の調査に基づく数字なので、WEB時代はこの3倍になっているだろうとも筆者は言います。

 こんな風に、いろいろな有用な知識やヒントをわれわれに与えてくれます。さすがに、町の名前を企業名に変えてしまうくらい能力と実行力のある人です。

 さて他に、バズというものがどんな風に機能したのか、という事例もいくつか紹介されています。その中でとても面白かった事例、1984年にオンエアされた、アップル、マッキントッシュの伝説的CM「1984」のケースを紹介したいと思います。

 当時アップルコンピューターは、全くの無名企業でした。それが、全米でたった1回だけ流された「1984」と題するCMが大変な話題になり、それがきっかけで現在に至るアップル成長が始まったという話はよく知られています。
 なぜ、1回しかオンエアされなかったCMでアップルは有名になれたのか? そこには「バス」を引き起こす仕掛けがあったといいます。ちょっと長くなりますが引用します。

 「1984年に始まったアップルのマーケティングの成功は〈マッキントッシュ〉の直前に発表されて不時着した、もうひとつの新製品〈リサ〉に対する取り組みから予想外に発展したものだった。どちらのコンピューターも、映画界の大立者リドリー・スコットが監督したテレビ・コマーシャルで世に送り出された。1983年後半に放送された〈リサ〉のコマーシャルは、まったくの期待はずれに終わった。誰も記事に書かず、誰も話題にしなかった。ただもう、惨めな失敗としか言いようがなかった。〈リサ〉と〈マッキントッシュ〉のコマーシャルはスタイルも撮影法もよく似ており、どちらも監督はリドリー・スコットだった。なぜ片方が失敗し、もう一方は成功したのか? これはバズにおける貴重な教訓を与えてくれる。」(p186)
 「1983年12月、今では『1984コマーシャル』と呼ばれているものの最終版ができあがり、アップルの役員会披露された。役員会では不評だった。見た目も雰囲気も、注目を集めるのに失敗した〈リサ〉のコマーシャルにそっくりだったからだ。CEOのジョン・スカリーさえも、彼が好む従来のライフスタイル提案型の広告でなかったため、決断をためらった。『1984コマーシャル』を支持したのは、スティーブ・ジョブズとマーケティング・販売担当上級副社長のフロイド・クバムだけだった。彼らはその数週間前にハワイでアップルの営業担当者全員にそのコマーシャルを見せていた。見終わった営業担当者の熱狂的な反応を目撃し、ジョッブズとクバムはこれはいけると確信したのだった。
 しかし役員会は及び腰だった。彼らはフロイド・クバムに、スーパーボウルのために買った放送時間をすべて売却し、『1984コマーシャル』をあきらめろと命令した。(中略)ほとんどはなんとか売却できたが、最後に60秒枠だけが残った。(中略)最後に残った60秒枠は売られず、1984年1月22日、『1984コマーシャル』が包装されることになった。」(p187-188)
 「第3クォーターが始まったばかりのころ、タッチダウンが決まって、コマーシャルの時間になった。全米のテレビ画面が真っ暗になったかと思うと、アップルの『1984コマーシャル』の映像がフェードインした。」(p189)


 (注)実際に映像をご覧ください。

 「その直後から、全米のテレビ局の電話が鳴り出した。人々は口々に訊いた。『あれはなんだったんだ?』。そして、もう一度見たいからオンエアしてくれと要求した。アップルでも、電話がひっきりなしに鳴りはじめた。コマーシャルは、全国ネットワークのすべてと、何百という地方テレビ局で再放送された。フットボールの試合は38対9という大差で終了し、何の話題性もなかった。マスコミにとっての真のニュースは、全国を席巻したアップルの『1984コマーシャル』だった。」(p190)

 アップル「1984」のCMは、表現としても刺激的なのですが、その登場秘話というのも劇的なわけですね。このCMがなければ今日のアップルの成功はなかったかもしれないし、iMACやiPodなどという製品もこの世に生み出されることがなかったかも知れないのですから、ひょっとすると人類文化の歴史にとっての特別な一日だったかも知れないですね。

 しかし、アップルは偶然の成功によって生まれた「バズ」に100%依存したわけではありませんでした。

 「バズをさらに生み出したのは、制作に100万ドル近くかかったこの60秒コマーシャルを二度と放映しないという、アップルのとんでもない宣言だった。アップルは100万ドルもする貴重な広告を棒にふろうとしていた! じつのところ、アップルにはそのコマーシャルを再放送する予算が残っていなかったのだ。しかし、スティーブ・ジョブズとその部下たちは、真の理由を公表しなかった。100万ドルの広告を棒にふるという、一見とんでもない決定には排他的な雰囲気が漂い、それがいっそう、大衆ばかりでなくマスコミの興味もかき立てた。アップルが二度と放映しないと宣言したことで、全国ネット、地方局ともテレビはこのコマーシャルを繰り返し流した。何百万ドル分の放送時間を、この会社は費用ゼロで手に入れたのだ。あっぱれ。」(p190)

 すごいですね〜。こうなると神話ですね。特にスティーブ・ジョッブズは、もはや預言者か神ですね。

 「こちらが広めて欲しい話題を、みんなが興味を持って勝手に話してくれる」。その環境を作る、というのがバズマーケティングの真髄だと思うのですが、このアップルのケースからは、バズを引き起こすためにわれわれが学べるポイントがたくさんあると思います。

 この本、他にもコーラ戦争の話、ブリトニー・スピアーズがヒットしたプロセスなど興味深い事例が収められており、読み応えも、学ぶべき点も多い本です。

 バズマーケティングに関心のある方の必読書だと断言できます。

☆マーク・ヒューズ著、依田卓巳訳「バズマーケティング」(2006年)ダイヤモンド社
バズ・マーケティング

このページのトップヘ