広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

 昨日は、東京恵比寿のウェスティンホテル東京で行われた、日経BP社主催、「ネットマーケティングフォーラム2008」に行ってきました。

 このフォーラム、「モバイルマーケティングカンファレンス2008」というのと一緒に行われたのですが、ネット(モバイルを含む)上でのマーケティング活動に関する、日本で最も大きいカンファレンスだと思います。

 今年は4回目になり、今回のテーマは『クロスメディアで築くエンゲージメント』。私は初回から毎年行っているのですが、今年の印象はというと......何か例年に比べ、パンチが足りない感じがして帰って来ました。

 まず基調講演からして「クロスメディアによるブランド経験価値の創造『キットカット受験キャンペーンの軌跡』」と題した、ネスレキットカットの事例紹介だったのですが、この事例大変すばらしい事例であることは間違いないと思うのですが、もう既に本にもなっている話ですよね? そういう話題が「基調講演」になってしまうというのは、主催者の方はどういう見識でやっているのだろう、と思ってしまいました。
 スピーチも広告主さんの事例紹介はどれも興味深いものが多かったですが、それ以外のスピーチはお約束のスポンサーの方の商品説明会に終始したように思います。もっとも商品説明会でもいいのですが、昨年までは「未発表」「新たに導入した」と話に枕が付く商品の説明が目立ったと思いましたが、今年は既に実践稼動していてあちこちに売りまくっている商品の紹介をしているケースが多かったと思います。

 だから、「新しい動きを知りたい」という動機で聞きに行った私としては若干物足りなさを感じてしまったというわけです。

 今年は、目玉になるようなテーマがなかったのでしょうか。主催者の人も言ってましたが「クロスメディアで築くエンゲージメント」というテーマ自体、話題の(それも少し古い)言葉を2つくっつけただけで工夫がない感じがします。Web2.0バブルも弾けて、業界全体に何となく沈滞ムードが漂っていることの反映?と思ってしまうのは、考えすぎ??

 あと印象に残ったのが、午前中最後の、Jストリームとマイスペースの社長によるパネルディスカッション。「クロスメディアで築くエンゲージメント」というフォーラムのテーマに沿って、互いに新しいシステムやテクノロジーで顧客に提供する体験やサービスが変わって行く、という話をしていたはずなのに、話が進むうちにいつの間にか「こういったことをするには、やはり社内組織が大切!」「他部署の仕事に何でも口を出せるような雰囲気が必要ですね〜」「上司を説得することが〜」...云々、などと、なぜか昔から言われる泥臭〜いことが大事という話になっていました。

 な〜んだ。最新テクノロジーなんて大して重要じゃないんじゃん!

 久々に刺激を受けた本でした。

 実はあまり最初は興味がなかったのです。もともと消費者論みたいな本は読んでも「だから何なの?」としか感じないことが多かったし、著者の鈴木謙介氏も1976年生まれとのことでまだ若いし、カヴァーの写真も売れないミュージシャンみたいだし(失礼!)、それなのに文章をちらちら読んだら妙に老成しているし...。昨年末に買って机の上に置いたまますっかり忘れていました。しかし他に読む本もなくなったし、読んでみようかなぁと軽い気持ちで読み進めるうちに、なかなか着目ポイントが良いぞ、と思ってきました。

 まずこの本は、今日の消費社会、とりわけ若者層に見られる消費意識や行動について分析した本です。車が売れない、ビールを飲まない、海外旅行に行かない...など、今日の若者層の消費行動について“???”を感じる人は多いような気がします。それを単なる現象の羅列や定量調査結果などから分析するのではなく、消費行動を説明する理論を構築して論じている点がユニークなところです。

 特に印象に残った視点は「共同体」に関する論考でした。
 1980年代以降の消費者論では、大衆が分衆になったとか、中流層が崩壊して上流と下流に二極化したとか、同じ価値観やライフスタイルを共有するグループがどんどんミニサイズになってきたというのがずっと語られてきました。結果として、多様な個性や価値観にフィットするような商品やサービスが好ましいと言われてきた訳です。しかし一方で今日でも「ブーム」というのは健在で、しばしば互いに脈絡のない短期的なブームが次々に現れては消えていきます。ばらばらな価値観を消費者が持っているのになぜそのようなことが起きるのか、ということを筆者は問題意識として設定したようです。

 「とはいえ、人びとがそうした関心の分化に基づいて、個々ばらばらになっていったというわけでもない、というのが本書における私の立場です。『みんな』というモノサシ(ブログ作成者注:「共同体の共有する価値観」)が自明なものでなくなり、個別の動機が重要になったとしても、それが集合し、『わたし』という動機の結合体としての〈わたしたち〉を生んでいる。それが、様々な場面での『見えないヒット商品』の登場の要因であると私は考えています。」(p85)

 そして短期的ブームが次々起きる現象を説明することとして筆者は、何らかの「ネタ」を介して一時的に集まった同じ関心を持った人たちがブームを盛り上げ、そして飽きてまたバラバラになっていくのではないのか、という説明をしています。彼らは、「わたしたち」というつながりを求めて結合するのだといいます。そしてそれは「参加者にとって理想の共同体のように感じられるつながり、すなわり『共同性』と呼ぶべきものだ」(p107)というのです。

 さらに、
 「共同体から共同性へ、人々のつながりへの希求のあり方が変化してくると、そこで重要になるのは、そのつながりが共同体の形式をとっているかどうかではなく、参加しているメンバーにとって『共同体のように感じられるかどうか』という点になります。ここにわたしたち消費の源泉となっている人々の繋がりに、『ネタ的コミュニケーション』のような、コミュニケーションのためのコミュニケーションが求められる要因があります。」(p107)

 この指摘はなかなか面白いと思いました。「共同体のように感じられるつながりをどう作るか」なんていう指摘は、明日から企画書の中で使えそうです(笑)。まぁ冗談はさておき、まじめに頭の片隅においておいても損をしない視点だと思いました。

 ただし、この本のほかの部分にはピンと来ない部分、話が散らかる部分、ネット上の流行をさも大流行したかのような過大評価をしていると感じるような部分が多少ありました。あと、電通の担当者が書いた最後の章は、鈴木氏の論考とも直接関係していないような感じがして、全体として散漫な印象も受けました。

 上記の「共同性」の指摘を読むだけでも、買う価値はあると思いますが。


☆鈴木謙介+電通消費者研究センター『わたしたち消費』

わたしたち消費―カーニヴァル化する社会の巨大ビジネス (幻冬舎新書 す 1-1)

 長く更新を休んでしまいました。
 約1年ぶりの更新になります。

 これまで書くたびに長文の投稿になってしまって、正直疲れてしまっていたのでした。それで一度止めるとだめですね。本当に再開するのが億劫になってしまうから。

 しかしながら、何となくまた書評を始めてみようと思いました。実はしばらく広告・マーケティングとは関係ない本ばかり読んでいたのですが、最近またその手の本を固めて読んだことがあるのかもしれません。仕事も少し忙しくなくなって、生活全体にゆとりが生まれたからかも知れませんが。

 さて書評は今読んでいる本についてしたいので次回からにしますが、話題を変えて、今日は幕張メッセで行われているIMC Tokyo 2008という展示会に行ってきたのでその報告。
 これは、Interop Tokyo 2008というIT展示会と併せて行われている、主に放送・通信などメディアに関するテクノロジーの展示会です。講演会・セミナーも行われており、私は電通の杉山恒太郎氏の講演を聞いてきました。この人、「ぴっかぴかの一年生」や「セブンイレブンいい気分」などのキャンペーンを手がけたクリエイターの大御所ですが、WEBマーケティングをやっている若手の人には、「AISASモデル」を考えた人、というほうが馴染みがあるでしょうか。杉山氏はクロスメディアキャンペーンをテーマに話をしていたのですが、最近の若者(10代、20代)のケータイを使ったライフスタイルの実態調査の話が面白かったです。何と今や卒論をケータイで書く大学生がいるそうで(笑)、驚きました。彼の言う、「まず生活者のメディアの中での泳ぎ方を知ることが、クロスメディアキャンペーンの出発点だ」という話にはその通りだと思いました。

 その他、さまざまな放送・通信・WEBに関する最新技術の展示がありました。個人的には、動画をオンライン上で簡単に編集できるこんなサービス(スプラシアhttp://www.sprasia.com/)もCGM時代の面白いサービスだと思いました。
 
 もっとも私は文系なので、あまり技術の深い話はちんぷんかんぷんだったですけど。

 IMC Tokyo 2008は幕張メッセで、6月13日(金)まで。

 本屋でこの本を見つけて思わず手にとりました。
 「CGMイベント」という聞きなれない言い方に引っかかりました。

 そもそも「イベント」といえばアナログの極致。片やCGMはみなさんご存知の通り今流行のあれです。矛盾しているものをくっつけてどうよ、ということですが、案外内容はまっとうで提案性のあるものでした。

 要は「イベント(リアルイベント)」と「CGM」を組み合わせて考えることで、従来にない効果的なコミュニケーションができるのでは、という提案です。
 例えば最近の流れで言うと、広告の費用対効果に対する見方がシビアになってきておいます。すると単純に考えると、展示会のようなイベントは費用の割りにリーチする(メッセージが届く)範囲が狭く、極めて効率の悪いプロモーション手段だということになります。しかし、イベントには「臨場感や双方向性といったイベントプロモーションにしか提供できない価値がある(p15)」というのは事実ですし、イベント来場者がその内容をクチコミすることで、より広い範囲にメッセージが広がるのでは、という視点を組み込むと、従来とは違う視点でイベントの効果・効率を捉えることができそうです。

 「イベントプロモーションのありかたも、従来の集客数やアンケートによる満足価値を評価ポイントとして設計していたプランニング方法だけでは、費用対効果という観点から難しい状況となってきた。『イベントもかわらなくちゃ』である。イベント単体の評価ではなく、イベントと接触した来場者を媒介に、BUZZ(口コミ効果)がいかに効率よく生み出されるかがプロモーションの成否にかかる非常に重要な評価となってきたのだ。この口コミ効果の最大化というお題に対して、イベントプロモーション単体での施策提案だけではなく、昨今爆発的にその存在感を示し始めてきたWeb上での施策と上手に組み合わせることによって生まれる新しいコミュニケーションアプローチを『CGMイベント』として定義し、本書のタイトルとした」(p15)

 こうした組み合わせの視点はユニークだし、私もこの前面賛成です。メディア環境は日々変化しているのですから、環境変化を嘆くのではなく、新しい視点から従来のプロモーション活動のあり方を再検討し、お客さん(クライアント)に対し、時代に合った高付加価値のサービスを提供していくということは、今の広告ビジネスに携わるものに求められる姿勢かなとも思います。
 その意味でこの本は、こうした可能性について気づかせてくれる良書です。多少理屈っぽいところや、対談を入れて多少“水増し”している感のある部分もないではないですが、Web2.0時代におけるイベントのあり方、というテーマが整理されており、イベント分野の仕事をしている人に限らず読んで損はないと思います。

 ただ、最後に一つだけ気になった点を。筆者な、こうした筆者が主張する「Web+リアルイベントプロモーションの好例」として、2005年夏に行われた「ポカリスエットスカイメッセージキャンペーン」を紹介しています。このキャンペーン、飛行機で空に「POCARI SWEAT」という文字を雲で描き出すというイベントを全国各地で実施するというものでしたが、当時非常に話題になりました。またこのキャンペーンを有名にしたのは当時まだ活用が始まったばかりだったブログをキャンペーンに用いた点でした。まずWebサイトを開設し飛行機の飛ぶ場所・日時を発表し、キャンペーンブログでは「POCARI SWEAT」と描かれた雲を撮影したフォトをトラックバックの形で募集し、最優秀作品を表彰するという消費者参加型のキャンペーンを実施したのでした。キャンペーンブログの非常に巧みな使い方と言われました。

 しかし、問題はその先です。このキャンペーン、大変なコスト(マーケティングコスト)がかかったと思うのですが、その夏のポカリスエットの売上げは競合(アクエリアスなど)が大きく伸ばした中で、ほとんど伸びなかったというのです。つまり、「キャンペーンとしては成功したけど、売上げには貢献しなかった」というまずいケースだったわけです。
 これはどう考えればいいのでしょうね。確かにキャンペーンの仕掛けとしては「Web+リアルイベント」の上手な組み合わせでしたが、売上げにはつながらないのであれば、そもそも「Web+リアルイベント」をやる価値を証明する根拠が失われてしまいます。
 そういう意味では本書でこうしたケースを「好例」として紹介するのは疑問ですし、単純に「Webとイベントをくっつければいい」ということでもなさそうですね。そのあたりの詰め、つまり単純に「Web+イベント」ではなくて、それを前提としつつも「効果をあげるためにはどうしたらいいのか」「成功したケースはどううまくやったのか」ということを含めて論理を展開してもらえればもっとよかったかも知れません。
 まぁ、難しいことだとは思いますけど。

 それにしても大塚製薬という会社は、このキャンペーンのような新しい試みへのチャレンジが積極的ですね。昨年もファイブミニで、「体内怪獣キャンペーン」というCGMを活用したユニークなキャンペーンをやり、話題になりました。もっともこれもキャンペーンが話題になった割には商品は動かなかったらしいですが。。。

☆川本達人「CGMイベントがプロモーションを変える」(2007年)日経BP
CGMイベントがプロモーションを変える―今、広告周辺ビジネスがアツイ

 2012年にロンドンで開かれるオリンピックのロゴが6月4日発表されましたが、これが開催地イギリスで物議をかもしているようです。

2012olympiclogo CNNの記事によると、「発表直後から『みにくい』『金の無駄だ』といった批判が噴出。インターネットでは、取り消しを求める署名が1万7000人分以上集まった。」そうです。

 ちょっと何かねぇ〜、という感じを私も受けてしまいました。しかし、17000人の取り消しを求める署名というのも尋常ではないですね。せっかくパリと争って勝ち取った開催地の名誉が、こんな形で表現されるのかーと思っていたたまれなくなった(笑)人が多いのかも知れません。

 ロンドンのオリンピック委員会の言い分では、「『柔軟性があり、今後5年間で進化していく』と説明。『「すべての人の趣味に合うものにはならない。しかし、若者にもアピールできる非常に有効なブランドになると信じている』」(上記CNNの記事より)と話しているようです。

 若者狙い、ということですかね。
 
 しかし大企業の「若者狙い」で企画された商品などは、得てして若者自身も支持できないほどにぶっとんでしまうことがあります。そんな感じに近いのかも知れません。

 これをデザインしたのは 「Wolff Olins(ウルフ・オリンズ)」というロンドンの著名なブランドコンサル会社で、2004年のアテネオリンピックのシンボルマークなどもデザインしています。日本では博報堂と提携関係にあり、「東京メトロ」のロゴマークを開発したりしています。

 もっともよく見ると、5大陸を象徴しているようですし「2012」をモチーフにしたデザインであることもわかります。こうしたものは、最初は戸惑いますが慣れると意外に抵抗なくなってしまうかも知れません。...でもやっぱりごちゃごちゃしてますね(笑)

 さらにこのロゴマークについては、今後5年間にわたってWebサイトやTシャツ、マグカップなどの関連グッズに使用されるそうです。オリンピック委員会では、「覚えやすいようにデザインされたこのロゴを利用して、運営資金20億ポンド(約4850億円)の確保につなげたい」(時事の記事より)との考えのようです。

 なるほど、オリンピックにはお金もかかりますからね。このロゴは、このロゴをつけることによって「安っちいマグカップを高価で価値あるマグカップに変える魔法の力(笑)」も期待されているわけです。そうするとやはり一般市民やそれだけでなく、オリンピックスポンサーにも愛されなければなりませんね。

 ところが、このロゴマークに不満を持つそのロンドンっ子の一般市民の中には、こんな印象を持つ人もいるようです。 

「最初の印象は、これはキュビズムの絵で、右側に女性がひざまずいている(五輪マークのところが女性の頭部)、それで、左側に立つLondonというシャツを着た男性に対して、とてもエロいことをしている様子を描いていると思った。」
(ブログ「A Legal Alien - City lawyerの英国便り」さんより)

 ははは、ちょっとお下品ですが。でもこんな見方があることが広がったら、ロンドンオリンピック委員会の集金目標4850億円は、茨の道になるでしょうね〜。こういう面白い話は、すぐクチコミで広がりますからね〜。スポンサーも自分の会社のロゴの横に「エロいことをしている様子」のマークか...と思ったら(という風に見えてしまったら)、いやな感じでしょうね。
 
 こういうものを開発する際には、単なるロゴの好みのレベルでなく、ビジネスとして機能するかどうかというレベル(“マグカップへの魔法の力”の強弱)でも考える必要がありそうだということを、改めて考えされられました。


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