広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

 今回紹介する本は、博報堂の元クリエイターによる「広告人としての心構え」を書いた本で。。

 「博報堂スタイル」というタイトル、元博報堂の社員、ということで、博報堂の自慢本かなと思って読み始めました。まぁ確かに自慢本ではあるのですが(苦笑)、意外にまともで(失礼!)、こういう本も手元に置いておいてたまに読み返すのもいいな、と思ったので今回ご紹介します。

 内容は博報堂について紹介した序章と、広告人としての心構えを書いた1〜3章からなっています。
 もともと、著者が博報堂時代に、新人向け研修で使っていたメモを元に加筆作成したと言うことなので、心構えについて書かれてある1〜3章も、「広告会社は」「博報堂は」「仕事とは」という内容になっており、正しくは「博報堂社員としての心構え」が書いてあると解するべきなのでしょう。しかし、別に博報堂の社員でなくても、すべての広告コミュニケーションビジネスに携わる人にとって読んでためになる内容だと思います。

 見開き1ページの、右側にキーとなる言葉、左側にその解説という構成になっており、好きなページから好きなだけ読むことができます。

 どんな“ためになること”が書いてあるのかは、それぞれの人が感じ取ってもらうものだと思うのでみなさん読んでいただきたいと思いますが、私が気になったコトバを少し列挙しました。

 ・広告人の前に「社会人」であろう
 ・いつも社会のことを考えて仕事をしよう
 ・広告は「幸せ」を売る仕事だ(だから誇りを持て!)
 ・提案は企業ではなく「世の中に合わせる」
 ・「創って、動かして、世の中を変える」これが成果だ
 ・社内でどう通じるかではなく、社外でどう通じるか
 ・発見名人になろう
 ・技術が進化するほどに、デザインが差異化となる(by 日産ゴーン社長)
 ・全体のストーリーが描けるか、それがチカラだ
 ・プロは切り捨てる、アマチュアはすべて取り込む
 ・日常がすべて。毎日研修。

 まあ、どれも当たり前といえば当たり前のことですが、普段ぼんやりとは思っていても言葉にしていないことを、このように言葉にすると、それを少しは注意してみようという気になります。

 そしてその中でも、個人的に一番好きな言葉は、次の言葉。

 ・創造力より創造力 (p110)

 「想像力は夢見る力(イメージを描く)で、創造力は夢を実現する力(カタチを創る)です。今ビジネスマンには、この2つの『そうぞう力』が求められています。すべて『人と違うことを考え、人と違うものを創る』ことで差別化となり、競争力となるからです。企業も個人も、人と違うことでオンリーワンとなり、存在感を増し、信頼され続けてブランドとなっていきます。その基盤は『そうぞう力』。
 とくにビジネスでは『想像力』がすべての行動に要求されます。」(p111)


 2つの「そうぞう力」が大切なのは分かりますが、「想像力」の方を上位に持ってきています。そうなんですよね。この考え方は私も賛成です。
 広告に携わる人には、しばしば「クリエイティビティ」が必要とされます。それは「何かを創るチカラ=創造力」のように受け取れますが、それだけでは足りない。何かを創る前提として、企業や消費者、そして社会のありようを「想像」することで、よいソリューションが生み出せるのだと思います。

 こうしたタイプの本は、広告テクノロジーがどうだとか、最新のクロスメディア手法が何だとか、という議論の前には、かなりアナクロに見えます。
 しかしどんなに技術が発達しようとも、コミュニケーションビジネスがお客様(クライアント)の課題に対して、顧客や社会のことを考えながらアイデアを生み出して解決を図るようなものである限り、ここに書いてあるような内容が決して古くなることはないと思います。

 筆者が博報堂の新人研修で、この本の基になった内容を話していた際、サブタイトルとして「5年先からジワジワ効いてくる話」と題し語っていたということが前書きに出ています。
 確かに、こうした心がけのある人とない人では、数年経つと差が出てきてしまうでしょうね。
 常に携帯してここに書いてある通りの行動を取るべきだ、とは言いませんが、たまにはこうした本を読んで、自分の仕事ぶりを振り返ってみるのは悪くないと思いました。


☆高橋宣行「博報堂スタイル」(2008年)PHP研究所

博報堂スタイル
博報堂スタイル

 9月の半ばに、この本を強烈に薦めてくれた人がいて、急いで本屋に行きましたが売り切れていたのか、どこにも見当たりませんでした。仕方なくアマゾンで注文しようと思いましたが、在庫切れで直ぐ配達できないとのこと。びっくりしました。
 出版したばかりの業界向け書籍で(しかも「電通選書!」)、それほど人気が出た本も珍しいのではないでしょうか?

 ようやく10月上旬に入手し早速読んでみました(書評は遅いですが...苦笑)。

 感想は...うむむむむ、、、早熟の天才現る、あるいは“神降臨”としか言い様がない、というのが第一印象でした。

 まずこの本は、電通に勤務する筆者(岸氏)が、自ら「コミュニケーション・デザイナー」として手がけた6つのキャンペーン事例の紹介(プランニングのインサイドストーリー)を中心に、筆者が考える、「これから広告が発展していくうえでとても大切な概念」(p4)であり、「広告人の誰もが持つべき意識」(p4)であるところの「コミュニケーション・デザイン」について語ったものです。

 「コミュニケーションデザイン」については、定義のようなものも示されているので紹介します。

 「プロモーションやブランディングなどの広告キャンペーンから商品開発、事業企画に至るまで、企業(クライアント)と生活者の間に存在する、ありとあらゆるコミュニケーションを設計していく仕事」(p4)

 とのことです。
 
 さて読んで私は、これはスゴイ本だと思ったわけですが、何がスゴイと思ったのか、感じたところを簡単にまとめてみました。

 1.これからの広告キャンペーンのあり方のお手本を示したところがスゴイ!
 2.企画のつくりがスゴイ!
 3.手の内を惜しげもなく開示しているところがスゴイ!
 4.チームワークの良さが見えるようでスゴイ!


 以下、ちょっと解説。

1.お手本を示したところがスゴイ

 近年、複数のメディアを適切に組み合わせてキャンペーンを行う「クロスコミュニケーション」「クロスメディア」などと呼ばれる手法が注目を集めているのは、このブログでも何度か触れました。それは「メディアニュートラル」という視点から、効果が最大化するように必要なメディアを組み合わせてキャンペーンを組み立てる、という発想を持つところに最大の特徴があるわけですが、この本で「コミュニケーションデザイン」という言葉を使っているものも、同一ではありませんが、概念的には重なる部分が多いものだと思います。
 とはいうものの、これまでの「クロスコミュニケーション」の議論においては、メディアニュートラルの視点から必要なメディアを組み合わせるとは言っても、ケーススタディとして紹介されるものは、単に「複数のメディアを組み合わせた」というレベルにとどまるものが少なくなかったと思います。もちろん古典的なメディアミックスではなく、WEBサイトなどもうまく組み合わせたものではあるのですが、例えば「CMでリーチ+認知獲得、PRで話題喚起、WEBで理解促進+参加性→エンゲージメント(!)」というもので、確かに古典的なキャンペーンよりは効果は高まるかもしれませんが、「メディアの特性に合わせて的確なメッセージを伝達する」という意味では、従来のマスメディアミックスの発想法の延長線上でしかないような気がしていました。
 みなさん、トラディッショナルな広告のあり方を否定している割には、革新性が十分でないと言うか...。もちろんお前がヤレ!と言われてちゃんとやれる自信はないのですが、、、
 しかしこの本で紹介されている事例での複数メディアの使い方には、これまでとは違う、なるほど! それは非常にメディアの使い方が上手だ、と思わせる“何か”が感じられます。それはうまく説明できないので、アートとしかいいようがないのかもしれませんが。メディアの領域は、これまで数値や理屈で語らせる「サイエンス」の領域だと思われてきたと思います。しかしそこには高いクリエイティビティが必要で、やりようによっては、理屈を超えて人の心に訴えうる何かを持つ、ということを実際の事例を持って示しているのだと思います。
 企画立案のインサイドストーリーを見せてもらっているからそう感じるのかも知れませんが、いずれにせよ、これから自分で「クロスコミュニケーション」のキャンペーン企画を作ろうと思っている人、それも効果的に人を動かし結果的にコミュニケーション効果もあげようとする企画を作ろうと企む人にとっては、この本で示されているような事例は、大変良いお手本になるのだと思います

2.企画のつくりがスゴイ!
 
 紹介されている事例ですが、「漢検DS」「マリエール」など以前から話題になっていたキャンペーンがいくつか含まれています。それぞれの企画が非常に良くできてると思うのですが、私がそこで一つ感じた思ったことは「畳み掛ける凄さ」ということでした。
 例えば、マリエールの事例などは本当にうまいと思います。これは、名古屋の結婚式場マリエールのキャンペーンで、結婚を迎える女性の等身大の気持ちを40通りのCMにするという企画。40通り作り全部オンエアすることもスゴイのですが、普通ならこれをWEBに乗せて終わりです。しかし40通りものCMがあれば共感できるものもそうでないものもあるわけです。そこでWEBサイト上では、40通りのCM全部が見られるようにして、さらに⊆分が共感できるCMに一票入れランキングさせる仕掛けを作る。すると、女性ならば自分の好きなCMの順位が気になるし、評価の高いもの低いものも見たくなります。するとアクセス・滞在時間とも増加します。さらに工夫があって、CM一つ一つにコメント記入欄があって、感想をみんなで書き込めるようになっていたりします。するとそこで自分の思いを書き込んだり、それを人が見て感動したり、さらに書き込んだり...コミュニケーションが深まっていくことになるでしょう。結果として「マリエール」に対する女性の関与(エンゲージメント)が高まり、利用増加にも結びつくと思います。単にWEBサイトにCMを乗せるだけでなくて、◆↓といった仕掛けを用意し、畳み掛けるように「人を深みにはまらせるような」戦略。
 見事です。プランナーというより、完全な脚本家です。
 というよりも、これからの良いプランナーは、脚本家であるべきなのかも知れません。いやそうであるべきです。
 大変だ、面倒だと言って妥協しないで、伏線をあちこちに用意し、これでもか、これでもか、と人をひきつけていく。ヒットする映画では必ず見られますよね。
 大いに見習うべき点と考えます。

3.手の内を惜しげもなく開示しているところがスゴイ!

 例え、面白いし、公開したらみんなの役に立つかも...と思ったにしても、こうしたインサイドストーリーを一般向けに公開するのは、現役の広告会社の1社員である限り、結構厄介なことではないかと思います。社内や内輪の会で話すのならまだしも、出版するとなると、営業を始めとする社内の了解、お客さんの了解を取る必要があり、それはとても面倒なことだと思われます。自社の事例が他社に知られることを良く思わない人もいるはずです。だから途中で面倒くさくなってしまい、事例を取り上げるにしても当たり障りのないことを書いてお茶を濁したくもなるものです。筆者もそういう誘惑があったのかもしれませんが、きっといろいろな障害を乗り越えてきたのだと思います。それには拍手です。

4.チームワークの良さが見えるようでスゴイ!

 広告会社の仕事は必ずさまざまな職能を持った人たちがチームを作って行うことになります。しかし、役割の異なる人が集まる分、時にチーム運営が難しくなることがあります。特に、今日のように、広告やメディアの役割が変化しつつある中では、誰もが変化に対応できるわけではないし、その対応のスピードも個人差があります。その意味では、この本の冒頭にある以下の言葉には深く同意します。長いけど引用します。

 「コミュニケーション・デザインは、マーケティングパート(戦略)、クリエーティブ・パート(表現)、メディア・パート(実施)といった分業をしません。最初から最後までコミュニケーション・デザイナーが一貫して作業に絡みます。そんな些細なことですが実際に行おうとすると、既存の分業スタイルの発想のプロセスが弊害となることも少なくありません。クライアントからの課題を最上流で受け、チーム編成や方向性などを決定する場である営業やクリエーティブ・ディレクターの意識改革が今後、優れたコミュニケーション・デザインを支えていくうえでとても重要になると思います。」(p5)

 残念ながら私の経験から言っても、例え優秀な人間が集まったチームであっても、優れたキャンペーンを生み出せるとは限りません。部門間の主導権争い、妬み・ひがみなど仕事の本質とは異なるつまらない部分でチームワークは乱れ、結果として不満足な企画しか生み出せないことがしばしばあります。
 それが、筆者の指向するような、クリエイティブ・マーケ・メディアなどの領域を自由に行き来しプランニングする「コミュニケーション・デザイナー」であれば、なおのこと既存の分業スタイルの中で仕事をやって来た人たちと摩擦が心配になります。
 しかしながら文中何箇所かでさりげなく書かれた企画チームの様子などから察するに、筆者はそうした問題に陥ることなく、むしろ違うタイプの人とのコラボレーションを楽しんでいるかのようです。もし本当にそうだとすれば、それはきっと筆者の超人的な努力によるものだと思いますし、とてもスゴイところだと思います。
 上記引用文で筆者の指摘するように、これからのコミュニケーションのあり方を考えれば、既存の分業体制の中で仕事をしてきた人たちの「意識改革」がとても大切なのだと思います。しかし、実際にはそれがとても大変なのだとも思います。

 さて、ずっと賛辞を送ってしまったので、最後に一つだけ心配を。

 この本が多くの人に評価され、筆者の名前が有名になると、きっと「スター」として活躍させられることになるでしょう。つまり、多くの予算を持つ大手広告主の担当業務を任せられるということです。
 この本を読むと、事例で紹介されている広告主は、いずれも規模が中程度の広告主です。予算規模の小さい広告主だと、広告会社との距離も近く、思い切っていろいろな提案を受け入れてくれる余地が大きいと思います。
 しかし、これが広告予算を100億も持っている企業だと、関係する人間が広告主・広告会社共に多く、またキャンペーン自体も複雑、さらに広告主の要求も多いなど、いろいろな面で自由が利かなくなってくるような気がします。
 仮に「スター」として、大手広告主を担当するようになった場合、それは筆者にとってステップアップのプロセスとして喜ばしいことなのだとは思いますが、そこで筆者の考える理想的な「コミュニケーション・デザイン」のカタチはそのまま続けられるのでしょうか? 官僚主義的な現実が現れたりして挫折しないのでしょうか? ...本当に他人事で余計なお世話ですが、ちょっと心配になります。

 ...と思いましたが逆ですね。そうした大手広告主特有の障壁を乗り越えて、筆者が腕を振るったキャンペーン事例というものを、今度は是非見てみたい、と思います。 もちろんこの本を読んで刺激を受けたわれわれ一人ひとりが実践すればよいことではありますが、筆者によるそうした環境での新しい事例が生み出されれば、筆者の言う議論が、本当に日本のコミュニケーションビジネス環境でも根付けるということが分かって、周りの人はもっと勇気がもらえると思いますから。

 筆者の岸氏は、このブログの前々回の書評で紹介した「クロスイッチ」の本の中で、「『仕組み』ではなく、消費者の『気持ちをデザインする』」と題したコラムを書き、クロスメディアの仕組みを作り込むより、消費者の気持ちを想像することの大切さを説いていました。メディアの仕掛け作りについて述べた「クロスイッチ」という本の中で、あえてそれの反対を行くような言い方が印象的でしたが、この本を読んで、そのコラムに込めた気持ちも分かる気がしました。

 「クロスイッチ」も併せて読むと良いかもしれません。

☆岸勇希「コミュニケーションをデザインするための本」(2008年)電通選書


コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)
コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)

 ブランド論が隆盛になっていたのは、90年代中ごろから2003〜04年頃まででしょうか。当時は企画書の中で「アーカー」と言う言葉が普通に使われ、打ち合わせでは二言目には「ブランドが、、、」「ブランドが、、、」と言われる始末でした。。
 しかし現在、クロスメディア論などに注目が集まる中で、ブランドについて語られることがめっきり減りました。決してブランドの重要性が薄れたわけではないと思うのですが、もう当たり前のことになって、語ることがなくなってしまったのでしょうか? ブランド論の隆盛期に多くの仕事を覚えた私としては、世の中の移ろいに一抹の寂しさを感じずにはいられません。
 
 そうした中で「ブランド論」についての久々の新刊。それもブランド論が隆盛だった時に大きな注目を集めていた(そして今、ブランド論と同じようにあまり人々の話題に上らなくなった)「ブランドコンサル会社」の一つである博報堂ブランドコンサルからの出版ということで、思わず手にとりました。

 読み終えた感想は一言で言うと、「ブランド論は熟成していたのだなぁ」ということでした。

 みんながクロスメディアだ、WEB広告だと言っている一方で、「ブランドをどう考え、顧客(広告主)にどう説明すべきか」ということを、実務を通じて考え抜いている人たちがいて(要するに著者たちです)、その熟成した思考が結実してきた、というような印象を受けたのです。

 本論は「サービスブランド」という、無形の価値を消費者に提供するタイプのブランド(店舗、WEBサービス、旅行会社、会員制クラブなど)について論じられているものです。しかし、サービスブランドだけでなく、すべてタイプのブランドについて当てはまるような論考が、特に前半の部分でなされています。
 特に私はその前半部分が印象に残りました。
 サービスブランドに関心がない人でも、ブランド論の隆盛期から少し時間が経過した今日の、ブランドについての熟成した論考を味わうことができると思います。

 例えば次のような指摘は、とてもシンプルで本質を捉えた言い方だと思います。

 「サービスに限らずブランディングで重要なのは、企業と顧客との関係性である。商標としてのブランドは企業が保有する資産だが、ブランドをつくるのは、顧客の期待や連想である。つまり、ブランドとは、企業と顧客が一緒につくっていくものである。企業が顧客に提供する価値を明確にし、顧客の期待に応え続けることで出来上がる、企業と顧客との長期的に揺るぎない精神的な関係(絆)こそが、ブランディングの最終目標である。そのためには、企業が顧客にどう思われたいか、ブランドを通じてどのような価値を提供するか自己規定する必要がある。」(p22)

 ブランドが企業と顧客との協創物であるという指摘は昔からあるものですが、私が注目したいのは「期待」という概念を取り入れてブランドを語っている点です。数年前までのブランド論では「期待」という概念が明示的に論じられることはあまりなかったと思います。しかし「期待」があって、「実体験」があってブランドに対する評価(態度)が決まってくると言う考え方は、最近のクロスメディアの議論においてよく語られる「メディアの役割論」の文脈(期待を形成するメディアと実体験を提供するメディアは異なる云々)で読み解くととても腑に落ちる考え方です。こうした論は、ひょっとするとクロスメディアの議論の影響を受けて整理された点なのかなと思いました。そういった意味で面白いと思ったのです。

 続けて、次のようにブランディングの本質をさらっと話したりしています。

 「また、ブランドが提供する価値を自己規定するためには、求められること(期待)、できること(能力)、やりたいこと(意志)の三つの視点が必要不可欠である。」(p23)

 さらに「期待」に関してもう一つ面白い指摘がありました。期待を作っていくのが、広告コミュニケーションということになるわけですが、

 「一般的に、顧客の満足は顧客が抱く購買前の期待と購買後の評価との関係によってもたらされる。しかしただ単に、期待を上回れば高い満足度が得られるかというとそうでもない。注意しなけらばならないのは、購買前の期待の持たれ方により、購買後の評価が大きく変わってしまうという点だ。
 そもそも期待がそれほど高くないものは、買ってみていいと思っても、まあこんなものかという評価になってしまう。サービスにそれほど自信がないため強い約束をしなかった場合によく起きる。この場合せっかくよい商品やサービスを提供しても、あまり高い評価を得られず、結局企業にとって損な対応となってしまう。(中略)一番いいのは、サービスとして約束すること明確にし、少し高めの購買前期待を持ってもらうことである。不満を恐れて、何も言わずとにかく期待度を上げないようにするのは結局そんなのだ。」(p25)


 引用が長くて分かりづらいかも知れませんが、筆者がいいたいのはこういうことです。つまり、事前に広告コミュニケーションで期待を膨らませておいてから「実体験」させた方が、期待が低いまま「実体験」するよりも満足が高まりやすい、という指摘です。これは例えば、クルマなどで「加速が良いのに燃費も良い」などと期待を抱かせていた方が、実際に体験したときに、「ああその通りだ、満足した」という満足につながり、何も知らないで「こんなクルマなんだ」と思うよりも、ブランドと顧客との心理的絆(エンゲージメント)が作りやすい、ということだと思います。

 さらに、この議論を突き詰めると、「広告は十分やった方がいい」という議論にもつながります。そうなれば、提案する会社(博報堂ブランドコンサル)にとっては、非常に都合がいい話となります。そこまで落とし込める論理的な議論を構築させているのは、すごいことだと思います(決して皮肉ではなくて)。

 他にも後半には、サービスブランドのタイプを「店舗型か無店舗か」「契約型か非契約型か」で分類し、それぞれのケーススタディを示しながらブランディングのあり方を説明しています。ここもそれぞれに該当するタイプのサービスブランドを持つ人にとっては大変参考になると思います。

 しかし、著者である博報堂ブランドコンサルティングですが、聞く所によると、ブランド論に対する追い風が収まった中でも、さまざまな経営努力によってそれを乗り切り、現在は堅調な経営が続いているとのことです。

 それもまたすごいことです。


☆博報堂ブランドコンサルティング「サービスブランディング」(2008年)ダイヤモンド社

サービスブランディング―「おもてなし」を仕組みに変える

 「クロスメディア」あるいは「クロスコミュニケーション」と呼ばれるある種のコミュニケーション戦略の方法論が提唱されるようになってから、4〜5年は経つでしょうか。しかし、もうすっかり定着しました。
 消費者のメディア接触・利用環境が多様化していることを背景に、いわゆるマスメディアだけに依存することなく、目的のために必要なメディアを組み合わせて最適なコミュニケーションプランを企画・実施することをクロスメディアと一般に言うのではないかと思います(→良い解説とは言えませんが一応ウィキペディアの説明はここ)。とりわけ「WEBを中心に」据えることを重視する考え方もあります。また「IMC」とか「統合的マーケティング戦略」、あるいは「コンタクトポイント戦略」「タッチポイント戦略」などと呼ばれる考え方とも近いものです。
 こうした考え方について、解説したり事例を述べる本がこれまでにもたくさん出てきました(このブログでも何冊か取り上げてきました)。しかしこの本はこれまでの類書に比べると、圧倒的に分かりやすいものだと思います。
 きっと、クロスメディアについて何年も議論がなされ、実際の提案活動もなされ、段々概念が整理された結果として、何がポイントかということが明確になってきたということなのだと思います。

 電通「クロスメディア開発プロジェクトチーム」によって書かれたこの本、クロスメディアについて理解したい人、実践したい人にとっては非常に助けになるでしょう。

 しかし... だとしても、読んでいて私はずっと何か違和感を感じていました。内容が整理されていて、とても分かりやすい本だ、ということがわかっているのにです。

 このブログを書きながら思いついたのですが、それは言葉は悪いですが、“フィクション(虚構)臭い”ということなのかなと思いました。 

 もちろんウソが書いてあるということではありません。この本には「クロスメディアのプランニングのやり方」がずっと書いてあります。しかし、「やり方」を完成度高く語れば語るほど、「現実」との差異が大きくなるような気がして「嘘くさく」感じてしまうのです。それはあるいは、この本自体ではなく「クロスメディア」という流行概念に対して、ある種の危うさを私が感じているからかも知れません。

 私の感じる「危うさ」とは例えば次のようなことです。(これ以降は、この本の批判というよりも、「クロスメディアプランニング(のやり方)」というものに対する批判だと思って読んでください。)

.瓮妊アニュートラルは現実的か?
 クロスメディアが語られる文脈でしばしば出てくる言葉に「メディアニュートラル」という言葉があります。私たちの情報への接し方が多様化しているから、マスメディアを前提としないて、コミュニケーションプランを組み立てましょう、という考え方です。これは従来のマスメディア中心主義への一種のアンチテーゼとも言えます。
 この考え自体は一点の曇りもなく正しいと思います。しかしだからと言って現実的に、企業や広告会社など「情報の出し手」が取れる手段と言うのは限られています。自社WEBサイトを活用したコミュニケーションができることが、インターネット浸透以降の最も大きなマーケティングコミュニケーションにおける変化だと思いますが、それ以外で「目に見えて効果のある」あるいは「費用対効果の高い」コミュニケーション手段は、実は旧来からある手段とそんなに変わらないのではないか、というのが私の実感なのです。具体的には、WEBサイトを中心にビジネスをしている広告主は別ですが、それ以外の多くの広告主の場合、結局はテレビ広告や店頭などが大事、ということです。
 例えばクチコミが購買意思決定に重要だとしても、それを企業がコントロールするのはかなり難しいのが現実です。消費者を巻き込もうと思っても彼らは簡単には巻き込まれません。結局、良いクチコミがなされるためには良い商品を出すことが最も大事、というありきたりの結論しか出ないわけです。
 現実的に影響を与える手段がそもそも限定されているなら、あえて「クロスメディア」と大上段から構えて、複雑なコミュニケーションプランを作っても、多くの場合影響力が限定される、ということになるでしょう。掛けた費用に対してリターンがまったく不足しているということにもなりかねません。「クロスメディア」を謳えば謳うだけ、幻想を煽っているだけの感じがしてしまうのです。

⊃佑詫尭海任るのか?
 次に、この本ではクロスメディアの定義を「ターゲットを動かすためのシナリオ(導線)づくり」(p39)とユニークに規定しています。この考え方はとてもわかりやすいもので、クロスメディア企画を立てるときの指針となるものです。
 しかし考え方はいいのですが、人は本当にシナリオ通りに行動するのでしょうか? 人の購買に至るメディア接触経路は十人十色です。だから「テレビCMで認知させて、店頭でブランド名を想起させて購買に至らせる」と言った程度のアバウトな想定ならそのパターンに当てはまる人も多いでしょう。しかし仮に、CMで接触させ、ネットで即サーチさせ、WEBに流入させ、ネットキャンペーンに参加させ、その様子を自分のブログやmixiでクチコミしてもらい...などというような、消費者の行動導線の設計を詳細にすればするほど当てはまらない人がどんどん増えるでしょう。特にWEBサイトへの訪問は思った以上に障壁が高いと思うので、ほとんどの人がシナリオ通りに行動しないことが予想されます。「いや、CMを投下するとWEBサイトへの訪問も増えるよ!」という人もいるでしょう。もちろんそれも事実だと思うのですが、私が問題にしたいのは絶対的な量の話です。例えば仮に全国でテレビCMを2000GRP投下して広告認知率50%を達成したとします。すると認知者は日本全国で数千万人に上るはずです。その数字に比べて、WEBのユニークユーザー(U/U)はどの程度になるでしょうか? 仮に期間中100万U/Uだったとしても認知者の20〜30分の1の数字です。これでも立派だと思いますが、事前にCM→WEBサイトへというシナリオを想定したとき、このような結果となったなら、これは人をシナリオ通り動かしたということに当てはまるのでしょうか? 想定通りだったとして、そのシナリオの中には事前に「WEBへの流入者はテレビCM認知者の約3〜5%程度です」と書かれているのでしょうか?

 完璧なキャンペーン企画を立てているはずなのに、何かがずれているような気がするのです。

ブログで書かれましたw
 また、△力辰箸盍慙△靴泙垢、クロスメディアキャンペーンの「効果」の現れとして、よく「ブログで取り上げられた」ということを取り上げる人がいます。これ、かなり要注意な効果指標です。
 いわゆる「クチコミ効果」を言いたい時に使われがちです。確かに企業とは何の理解関係のない第3者が、商品やキャンペーンを取り上げて自分のブログに書いてくれれば、企業にとってはうれしいものです。さらにそうした反応は今日では、さまざまなブログ解析ツールによって件数・内容とも簡単に把握することができます。自社の話題がどうなったのだろう。ちょっとでも数字が伸びていればすごく反応が良かった気がします。
 しかし私の経験からいうと、キャンペーンの話題や新商品ブランドをブログに書いてくれる人などほんの一握りです。いわゆるインセンティブを提供しての「書き込み」を除くと、広告出稿を伴うキャンペーンだったとしても、数十件がいいところではないでしょうか。すると、仮に1ブログ100人が見るとしても、ブログによる接触者は1万人にも満ちません。仮に関東地区に1GRP程度のCMを投下しただけでも、数十万の人間に情報を接触させることができます。ブログで取り上げられた、すなわち「数十人が取り上げて、合計1万人が見た」、ということは効果のうちに入るのでしょうか?

 考えればとても影響力を行使しうるものとはいえないと思います。
 ブログでのクチコミは、大概この程度のものだと思います。だから「ブログに書かれた」と、さも効果があったように言う人がいたら疑ってみるべきです。効果を肥大化して話している可能性大ですから。

 もっとも私はクチコミ自体の力を評価しないわけではありません。クチコミを引き起こすことを狙ったキャンペーンというのは意味があると思います。しかし、大抵のクチコミはオフラインで起こるものであり、ブログ云々とは関係があまりないものだと思っています。きちんと認知率調査などをした方がよほどためになると思います。

AISASとは使いにくい
 もう一つ思うのが、この本でも触れられている「AISASモデル」についてです。この電通の登録商標であるところのモデル、従来のAIDMAモデルが通用した時代と現代とを比較して、「コミュニケーションの環境が変わったのだよ」ということを問題提起する意味では非常に優れたモデルだと思います。しかし購買までのメディア接触経路は本当に多様であり、とても「A→I→S→A→S」の流れで捉えられるものではありません。だから、実際のプランニングには使いにくいものです。少なくとも、人をこのモデル通りに動かそうと意図すると、結構破綻するのではないかと思います。しかしながら、AISASを金科玉条のごとく無理して当てはめて考えようとする人をたまに見かけます。あくまで問題提起のためのモデルなのだから、実務に当てはめて考えない方がいいとは思うのですが。

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 文句ばかり書いてしまいましたが、言いたいことは、「クロスメディアプランニング」と言ったって、そんなに変わったことやる必要があるとは思わないし、あるいは現実的にできることは限られているのだから、小難しいロジックで固めてしまったり、実現しそうにもないシナリオ(仕組み)作りに熱中してしまったりすると、自分たちの首を絞めることになるよ(あるいは机上の空論で終わるよ)、ということだと思います。

 むしろ、問われるのはそういう小手先のことではなくて、メディア多様化時代の中で、いかに消費者をよく見て、1つ1つの課題に向き合うか? というプランナーの姿勢、あるいはWEBという自由度の高い“素材”をいかに活用して全体の企画を調理するかという、クリエイティビティの方だという気がします。

 その意味では、クロスメディアのプランニング手法論をずっと論じているこの本の中にあって、趣旨とはまったく反対のことを言っている下記のコラムの言葉には含蓄を感じました。

 「『仕組み』ではなく、消費者の『気持ちをデザインする』 岸勇希
 (前略)クロスメディア時代のプランニングに重要な視点は、『仕組み』をデザインするのではなく、消費者の『気持ち』をデザインすることです。『クロスメディアにしたい』『消費者に検索させたい』というのがゴールではありません。コンタクトポイントの先の『光景(シーン)』をイメージすることが重要です。つまりターゲットが直面する事態や場面、その時の気持ち(心理)を想像する。それは『妄想力』と言ってもいいでしょう」(p111-112)
(太字は私)

 あぁ、そうですよね。シナリオ作りを否定するわけではありませんが、「妄想力」の方が100倍ぐらい大切な気がします。
 どうせ不確かな世界に挑むのですから、虚構力ではなくて、妄想力の方で行きたいものです。

 分かりやすいよくできた本のはずなのに、上記の一節が最も印象に残りました。


☆電通「クロスメディア開発プロジェクト」チーム著『クロスイッチ』(2008年)ダイヤモンド社

クロスイッチ―電通式クロスメディアコミュニケーションのつくりかた

 この本の帯にこんなことが書いてあります。

 茂木健一郎氏 絶賛!
 時代を突き動かす衝動のど真ん中に、「文化」の総合力を見る。卓越した論考は、現代における「マーケティングの新約聖書」と呼ぶべきにふさわしい。読め。感じろ。そして跳べ。日本人に大いなる勇気と希望を与えてくれる本が登場した。
(帯より)

 気恥ずかしくなってしまうような売り文句です。茂木氏は本気でそう思ってこの文を寄せたのでしょうか? 不思議です。しかし「マーケティングの新約聖書」ともなれば、これは読まないわけには行きません。

 ...ということで読み始めましたが、読んでいる途中、筆者の「思いの深さ」のようなものは伝わってくるのですが、言葉が空回りしている感じで、正直言って何が言いたいのかいまひとつよく分かりませんでした。

 「日本文化」を歴史的に紐解きそのユニークネスを語ったり、一般的な文化論を語ったり、「豊かさ」とは何かについて語ったり、「豊かさ」を取り戻そう! と叫んだり...。それを20世紀末にブームとなった「ポストモダン」思想家の言説、――例えば記号論とか、構造主義とか、現象学とかに当てはめたりして説明するわけです。その合間合間にマーケティングの話が出てきたりするわけですが。

 「マーケティングの新約聖書」? 言い過ぎでは?
 
 ただ、難しい言葉を使ってはいるものの、決して人を煙にまこうとする議論をしているわけではありません。筆者の問題意識は真摯であり、その意味では筆者の態度の誠実さは全編を通じて感じられるものです。

 では、要は何が言いたいのか?

 あとがきの文章を読んで、何となく分かった感じがしました。

 「私は、広告、ブランド研究が専門である。にもかかわらず、専門違いである私が蛮勇をふるって本書を執筆したのは、現在こそビジネス、教育において総合的な意味での『教養』が必要だという思いからである。」(p313)
 「単なる学術書でもなければノウハウ本でもない新しい形の教養書を出したい筆者のわがまま」(p315)


 なるほど。「教養」かぁ。考えてみれば我々の仕事の中では“欠けがち”なものですね。お得意様の課題に合わせて、新しい仕事を日々“こなすこと”を我々の仕事の形としてしまっている中で、何か足りないことがあるとは感じていました。「教養」というのはおかしな話ですがそれを埋めるピースかもしれません。

 そう思ってもう一度始めの部分を読んでみると、ちゃんと筆者の問題意識が書いてありました。

 「これまで『マーケティング』と『文化』は、実務と教養という相容れない領域であった。しかし、文化パワーが台頭する時代において、これまで水と油であった両者が融合し、新たな理論、思想が求められるようになった。ビジネスの世界にあって文化への理解とセンスが必要とされ、文化の世界にビジネス知識が求められているのである。言い換えれば、文化全般についての教養力がビジネスパワーへとつながる時代になったということである。(中略)本書は、これまで分断されてきた『マーケティング』と『文化』の間の架け橋となるものであり、新たなマーケティング原理としての『カルチュラル・マーケティング』を提唱するものである。」(p12)

 この発想には共感します。「商品を企画開発し、販売する」という広義のマーケティング活動を行う上で、売り手・買い手の背景にある文化を理解しようとするのは正しいことだと思うし、マーケターが文化を理解しようとする試みの中で、同じように「人間」「文化」を理解しようとしてきた歴史や美術史・社会学・心理学・人類学などの教養を身につけ、より深く人間や文化を理解すべきだという考え方も、これまで軽視されてきたように思いますが、重要なことでしょう。実践できるかどうかは別としても。

 「単純におざなりのアンケート調査やグルインをやっているばかりでは、薄っぺらな仕事しかできないよ。本当はもっと豊かな仕事があるのだよ」、と筆者は言いたいのかも知れません。

 筆者は、彼の提唱する「カルチュラル・マーケティング」の方法論として、いくつか具体的なやり方の提言もしています。それはこの本を手に取って皆さんそれぞれがご確認ください。納得できることも、疑問なこともあるかも知れませんが、批判的に理解して取り入れてみるというのは、最もふさわしい態度だと思います。

 この本がマーケティングの新約聖書がどうかは分かりませんが、筆者のような視点でのマーケティング研究はもっとなされていいと思います。その意味では筆者の試みを強く支持します。
 そしてできれば、筆者の言う「カルチュラル・マーケティング」について、理論だけではなく、それを活用した実際のケースも読んでみたいところです。また、私個人的にはアメリカで話題のCCT(Consumer culture Theory)と呼ばれる一連の実践研究に興味があるのですが、そうした研究動向との関連性についての議論も期待したいところです。

 問題提起にとどまらず、「実践篇」的な続編を期待しています。


☆青木貞茂『文化の力 カルチュラルマーケティングの方法』(2008年)NTT出版

文化の力――カルチュラル・マーケティングの方法 (NTT出版ライブラリーレゾナント 44)

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