広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

「消費者を理解する」−これは現代マーケティングの基本思想です。しかし「消費者調査をしても結局通り一遍の答えしか出てこない」「消費者調査ではイケルという感触だったのに、実際には買ってくれなかった」...こんな問題意識を持つ人も多いと思います。本書でも「新製品の80%は6カ月以内に失敗する」という数字を紹介しています。みなそれなりに満を持して投入した商品ばかりだとは思いますが。

こうしたことについて、この本の著者ジェラルド・ザルトマン(ハーバード大学経営大学院心脳研究所〈Mind of the Market Laboratory〉所長)は端的にこう言います。
「消費者を理解するやり方がまずいのだ!」と。

例えばこんな主張をしています。(私なりの要約です)

「人の意思決定の95%は無意識的に行われる。残りの5%が意識的なものだ。しかし従来はこの5%を対象にした調査に終始していなかったか? 残りの95%の領域にアプローチしないことには、真の消費者理解などできない。」

過去10年間の間に、人間の脳や心に関する理解は飛躍的に増大したといわれます。この本では、近年明らかにされてきた新たな消費者像の上に立って、消費者(顧客)を理解することの必要性とその方法を示しています。

具体的には、人間は自分の考えを“メタファー”を用いて表現するという認識に立った、「ZMET」と呼ばれるビジュアル刺激を媒介とした消費者の無意識的な考えを探る調査方法や、調査で抽出した消費者の考えをマッピングして表現する方法などについて書かれています。さらに最新の方法論として、MRIなどで脳の反応を直接把握する調査法などについても言及しています。

全体として学術的かつ抽象的で理解が難しいと感じる人も多いと思います。今の調査方法の批判はわかるが、ではどうすればいいのか?という点についてもはっきり理解できる答えが書かれているわけでもありません。何か実務で使えるハウ・ツーがあるのか、という視点で読むと欲求不満を感じるかも知れません。

そういう意味でこの本は読み手を選びます。例えば「グループインタビューなど繰り返しても結局わかることなど限られているのだけど、クライアントがやれって言うし、時間もお金もないから仕方なしに(自分をだましだまし)やっている」という人、インサイトを導き出すにはどうしたらよいのか実は真面目に考えている人、最新の脳神経科学や認知心理学などの新しい視点から消費者を理解したいという人などには、悩みや問題意識をブレークスルーする上で大きな手がかりを与えてくれる本であると思います。

私個人としても非常に大きな刺激を受けました(ところどころ?な主張もありましたが)。今年上半期のマイベストと言える本です。

☆ジェラルド・ザルトマン著、藤川佳則、阿久津聡訳「心脳マーケティング」(2005年)ダイヤモンド社

心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす Harvard Business School Press

最近クチコミの勉強をしています。(もちろん仕事です)

クチコミマーケティングにもいろいろな方法がありますが、今日紹介するのは、そのうち「コミュニティマーケティング」と呼ばれるものを紹介した本です。前回紹介した本(「クチコミはこうしてつくられる」)が理論篇とすると、これは実践篇です。
作者はハー・ストーリィの日野佳恵子さん。このハー・ストーリィという会社はいち早くクチコミマーケティングに取り組んだ会社らしく、Googleで「クチコミ」という言葉を検索するとたくさんの関連語が上位に出てきます。

さて、「ファンサイトマーケティング」という書名ですが、要は企業の会員サイトです。この手のサイトをうまく運営することは、企業のファンを作り、企業にとって望ましい「クチコミ」や「評判」を誘発するのに最適な方法と言え、ネット上のマーケティング手法としては、もはやトラディッショナルなものです。既に多くの会社がこの機能を持たせたサイトを開設していると思いますが、必ずしもうまくいっていないところもあるでしょう。
この本では、成功している事例の分析を通じて、その「成功のコツ」のようなものをまとめています。

そのエッセンスを私なりに要約すると「企業と顧客との絆づくりの場として位置づける」ということになると思います。「ブランドロイヤルティ」「企業ロイヤルティ」の重要性がずっと言われていますが、それを形成するための課題は人間関係と同じで、いかに企業が「顧客との距離を縮めるか」です。企業の会員制サイトは、顧客一人ひとりが参加できる、インタラクティブな関係が作れるなどの機能により、企業と顧客との距離を縮める場として最適であり、うまく活用しましょうということです。

さらにこの本では重要な指摘として、会員サイトを「広告宣伝」つまり企業からの情報発信の場として捉えるのではなく、むしろ顧客の声に耳を傾ける場と捉えるべきとも提案しています。企業情報を提供する窓口であるから、まずは自社の情報をいろいろ取り揃えて流したくなるのが人情ですが、WEBサイトの強みを生かす、顧客の声に耳を傾けることを重視すべきだ、という指摘はたしかにその通りだと思います。顧客の声をうまく生かすことができれば、商品開発のプロセスを変え、より消費者アクセプタンスの高い商品を生み出すことができる、という可能性も指摘しています。

まあ、昔ラジオ番組との共同企画による商品開発というのがありましたね。それ自体はメジャーにはならないのですが、開発の過程で消費者の声をうまく反映できれば、よりよい商品が生み出されるということもあるでしょう。「自分が作った商品」という気持ちも生まれて、人に薦めたり(クチコミ)、ファンになったりすることも期待できるでしょうから。

だから、こういうサイトでは訪問者に対する誠実さが絶対必要です。ウソ・隠し事・ぞんざいな扱いは絶対にいけません。必ず見破られますから。

この本、言ってみれば当たり前のことが書いてあるのですが、それをなかなかやり通すのはが難しく、でもやはりやる必要がある、というようなことをきちんと指摘していると思います。その意味で良書だと思います。

☆日野佳恵子「ファンサイトマーケティング」(2005年)ダイヤモンド社



ファンサイト・マーケティング

現在、「口コミマーケティング」がかつてないほど注目されています。
アメリカでは今年の初め「Word of Mouthマーケティング協会」なるものが設立され、有名大手企業が多数参加しているようです。日経ビジネスでも特集をしているのを見ました(2005.5.9号)

「口コミマーケティングって、渋谷の女子高生の“トレンドリーダー”(笑)に新しいチョコレートの口コミをしてもらったりするやつでしょ? 胡散臭〜〜い!」

これが、数年前までの常識的な広告マインドを持つ人の反応でした。

しかし時代は変わりつつあります。
携帯電話や、ネット・ブログ(まさにこれです!)の技術的進化により、フツーの人の発言が大勢の人に影響を与えうる環境が出来上がってきました。それにより、今まで「口コミ」の影響力の及ぶ範囲が、ある小さなコミュニティ(例えば学校の友人関係や会社のOL仲間など)内で収まっていたものが、地域を超え、一度に多いときは数千から数万人という規模に広がりました。それだけでなく、従来は「言い捨て」(その場限りの情報)であったものが、ネット上に「記録」され、いつでも参照できるようになったのです。
さらに一般には、そうした情報には「本音」があり、「信頼性」が高く、広告などで提供される情報よりも価値があると思われています。

そうなると企業はこうした「口コミ」を無視できなくなります。時には企業の意図とは関係なしにネガティブ情報が広まったりもします。そこで「口コミネットワーク」を利用して新しいカタチの広告宣伝をしようしたり、ネット上の評判をチェック、コントロールしようとするわけです。

それが「口コミマーケティング」が今注目される背景です。

この本は、口コミについての原理的な情報を提供してくれます。口コミを広める人とはどんな人か、口コミを広げる上で大切なこと、やってはいけないことなど。アメリカの事例ですが口コミにより効果をあげたケースなども紹介されています。

この本の元の出版年は2000年であり、今実際にネット上で行われているマーケティング活動は、既にこの本の内容を超えているかもしれません。しかし、人間の自然なコミュニケーション活動である「口コミ」の原理原則を理解するうえでは、有益な本だと思います。その意味でお勧めです。

しかし、最近知ったのですが、ネット上の「口コミマーケティング」というのは何でもありですね。法に反しているとは言えないまでも、情報操作すれすれ、完全にマナー違反のことが平気で行われているようです。何が信頼できるのか、本当にわからなくなります... みなさんが何気なく読んでいるネット上の情報も、誰かが操作している情報かも知れませんよ!!


★エマニュエル・ローゼン、濱岡豊訳「クチコミはこうしてつくられる」(2002年)日本経済新聞社

クチコミはこうしてつくられる―おもしろさが伝染するバズ・マーケティング

「アンチ広告」の本を2冊続けて紹介してきましたが、この本もその流れに位置づけられます。私と同業者の人の著作です。

まずこの本は2003年の本ですが、「はじめに」に書かれている以下のことが、現在の広告業界における共通の問題意識と言えます。

1990年代からはインターネット・携帯電話などのパーソナルメディアやデジタル放送などの多メディア化が進み(中略)、これまでのマス広告に偏ったコミュニケーションのあり方への疑問も高まり、近年、世界中で新しいマーケティングの手法の模索が一斉に始まっている。(P1)

この本ではこの問題意識への著者なりの回答として「ライブマーケティング」という概念を提案しています。

“ライブマーケティング”では、「マスメディア主導で、非マスメディアで補完する」という従来のマーケティングフレームとは逆の発想をもとに、メディアの「フレーム」を定めている。つまり非マスメディアによる体感性創出がコア(主導)で、それをマスメディアで補完するのである。(P56)

この主張は以前紹介した「ブランドは広告では作れない」という本の主旨に似ていますね。こうしたコンセプトは今の時代、非常に考慮すべきコンセプトだといえるのです。

他にこの本には「T型志向生活者」など彼らの若者研究から導かれたユニークな概念も提唱されていますが、私がここで取り上げて紹介したかった最も大きな理由は、この本の「非マス広告」についての豊富な事例です。

例えば、数年前に「BMW Films」というのが話題になりました。これはBMWのサイトだけで見られたショートフィルムで、その後のショートフィルムブームのさきがけになったものです。
このショートフィルム、制作料が噂では5億円かかったと聞いていましたが(通常のCMは高くても数千万円)、WEBサイトだけでしか見せないものに、そんなに大金をかけてどうするのだ? と当時思っていました。
しかし、この本によるとBMW側は、そもそもBMW購入者の85%は事前にWEBサイトを見るから、そこで魅力的な体験を提供するのが重要で、それで十分ペイすると考えていたようです。

なるほど、と思いました。

こうした事例や裏話が、手際よく分類整理されています。

こんな簡潔にまとめられた事例があれば、「いやぁ、最近では非マス広告に注目するのがトレンドなんですよ。こんな事例がありまして...」というお客さまへのセールストークの際のネタ本(笑)にバッチリです。

ただ「マス広告」をあんまり否定すると、実は今の日本の大きな広告代理店はすべて自分の首をしめる事になるのですが。


★田中双葉、小野彩「ライブマーケティング」(2003年)東洋経済新報社

ライブマーケティング―「見せる」広告から「まきこむ」広告へ

前回PRの機能について取り上げましたが、実際に優れたPR業務をしている会社をとりあげた本を紹介します。

「サニーサイドアップ」...
「中田英寿」選手のマネジメントをしている会社として、知っている人は知っている会社だと思います。中田選手の他に、北島康介、杉山愛など一流のスポーツ選手のマネジメントをしていることが本書でも紹介されています。

実は私は不見識にも、そういうスポーツ選手などのマネジメント会社としては知っていましたが、本来はPR会社として出発しているそうで、そうした側面は知りませんでした。

本書では、彼らの業務の2本柱である、PR業務とマネジメント業務について、実例を取り上げつつ紹介されています。

前回『ブランドでは広告はつくれない』という本を紹介しましたが、この本の注目点は、実際にPRを通じてブランドを作っていく事例が紹介されていることです。例えばそれは、「東ハト」再建の過程で成し遂げた「キャラメルコーン」のリニューアルや「暴君ハバネロ」の市場導入で見られるものであり、個人を「ブランド」として作り上げ、それをマネジメントするという意味では「中田英寿」のマネジメント過程がまさにそれにあたります。

「広告を使わないでブランドを作る」ことへの、一つの答えがあると思います。またPRといえども、ただ記事として露出されればいいというわけではなく、広告表現を作るのと同様(あるいはそれ以上の)、戦略性やアイデアが大事だ、ということも感じられます。そういう意味で学ぶところが多く一読をお勧めします。

しかし、彼らのような仕事は、大きい広告代理店ではなかなか難しいのですよね。彼らの仕事が「うらやましい」と思いつつ、「当社では難しい」と感じる広告代理店の人、多いと思いますよ。絶対。
なんとかせねば...

★峰如之介著、山崎祥之監修「サニーサイドアップの仕事術」(2005年)日経BP

サニーサイドアップの仕事術

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