広告代理店の現場からみた読書案内

広告・マーケティング関連の書籍を、広告業務の一線で働いている立場から紹介・書評します。

 最近「入門書」というものをあまり読まなくなりました。
 この業界に入って10年以上経ちますが、入社当時はいろいろな入門書を片っ端から読んでいました。大学ではマーケティングとは無縁でしたから、何とか知識を身につけようと思ったからです。ところが読んだ先からどんどん中身を忘れていき、何か残った感じが全然しませんでした。それで入門書はつまらないものだ、と結論付け読まなくなってしまった記憶があります。大学の授業でも総論の教科書は大抵退屈だったなぁと思い出して、入門書なんてそもそもそんなものだと一人納得していたものでした。

 今考えると、何か残る気がしなかったのは、本の内容を理解するだけの経験が足りなかったからだろうと思います。

 ですから意外と、入門書に書いてある基礎的な事項は、ある程度実務経験がある人が、自分の仕事に行き詰った時、あるいは仕事にも1ランク上のクオリティが欲しいような時にこそ役に立つものかもしれません。この本を読んでそう思いました。学生やフレッシュマン向けに書かれている本だとしても馬鹿にはできません。もちろん本による良否はあるでしょうし、私も入門書ばかり読んでいるわけではないので、断言できないのですが。

 その本の内容ですが、マーケティング戦略を考える上での基本的な「思考のツール」群が紹介されています。まず吃瑤任蓮▲沺璽吋謄ング戦略のベーシックな方法論として、マーケティングミックス(4P)、ターゲット市場、製品ライフサイクル、市場地位に合わせた戦略の考え方について説明し、局瑤任蓮∋業戦略的な広い視点から市場や自社を見る方法が紹介されています。よくできているなぁと思うのは、簡易な説明で重要な要素を網羅しているだけでなく、読み進めるうちに、担当商品それ自体に焦点を当てたミクロな視点から、それを取り巻く市場や自社環境を理解するマクロな視点まで得られるように構成されていることです。さらに、マーケティング戦略は、ターゲットや市場ニーズとの「フィット」が重要だ、というユニークな視点が提示され、実際にそのコンセプトにしたがって説明が行われている点です。
 マイケル・ポーターの「競争の戦略」の概要なども示されており、入門書とはいえ意欲的です。(私はこの本で有名人ポーターさんの本の中身を知りました...)
 出版年が多少古いので、本書中に出てくる事例も少し古いものが多いのですが、そんなことはどうでもよく思えます。
 
 全体的にとても良心的に書かれた本だ、という印象で好感が持てました。
 それもきっと著者の「志」あってのことと思いますが、本書の書き出しの部分にこんなことが書いてあります。

「『悪貨は良貨を駆逐する』という《グレシャムの法則》を記憶している人は多いだろう。しかし、《計画のグレシャムの法則》を知っている人はそれほど多くあるまい。(中略)これは、『ルーチンな仕事はノン・ルーチン(創造的)な仕事を駆逐する』という人間の性向を示したものである。つまり、期日の迫った単純な仕事が目の前に山のように積まれていると、人間は長期的に考えなければならない重要な計画など考えなくなってしまうということである。」(P1)

「日々こなさなければならない仕事など腐るほどある。こういった状況では『つべこべいうな、お客さんのところに行ってこい』という意見が通りやすい。しかし、考えることが行動するよりも重要なのは、まさにこういう状況下である。(中略)このテキストが目指しているのは、単にマーケティング戦略をお勉強するためのガイドではなく、《計画のグレシャムの法則》に陥りがちな人に、重要なことを考える道具立てを提供することである。」(P2) 

 いいですね〜。まさに共感できます。このブログもそうしたものを目指したいです。私は志の高い人が基本的に好きなので、この著者(沼上幹さん)のファンになりました。
 この引用文に書かれているような立場に自分が置かれていると感じる人、是非読んでみてください。

☆沼上幹「わかりやすい マーケティング戦略」(2000年)有斐閣アルマ

わかりやすいマーケティング戦略

 あの永遠に終わらないと思っていたブランドブームが過ぎ去り、今広告業界を席巻している話題は「顧客接点」論です。どういう話かというと、まぁメディア論の一種なのですが、顧客とブランド(商品or企業)が出会う場所というのは広告だけではなく、店頭、WEB、新聞記事、社員・従業員(!)などさまざまあり、すべての顧客接点を上手に管理していかなければいけないのだ、という主張です。90年代初めに、アメリカのドン・シュルツという人が主張した「IMC(Integrated Marketing Communicaton)」という考え方の延長線上にあるものです。
 ただし10年前と違うのは、シュルツは「効率」というコンセプトで、どの接点をとっても同じようにコミュニケーションが伝達されることを重視しましたが、現在の顧客接点論では、各接点固有の役割や組み合わせを重視します。例えば古いIMCの発想では、有名タレントを起用したりして、CMでも新聞広告でも店頭でも同じ「顔」が見えることが重要とされていたのに対し、今はCMの役割、新聞広告の役割、店頭の役割をそれぞれ考えて最適な管理をすることが推奨されます。その結果として、別々のメッセージが送られ、顧客からの見え方が異なることもありますよ、と考えるのです。

 さてこの本、要はそういうことをまとめた本です。この本では、特に購買プロセスに沿った顧客接点の役割という視点を持っていて、購買前・購買時・購買後の顧客接点は何で、ブランド評価を高めるためにどんな課題があるのか、ということを整理しています。
 例えば、購買前であればブランドの認知を高めたり、イメージを形成することが重要で、広告やプロモーション、WEBサイトの情報などが効果的である。購買時には、売上げを最大化するためにパッケージや品揃え・ディスプレイ、店員など説明が大切である。さらに、購買後は満足を高めるために商品そのもののパフォーマンスやアフターサービスが重要などという主張です。あるいは接点として「社員」の重要性も語っています。実際にその会社で働いている人の印象で、その会社やブランドへの好悪が決定される場合ってありますものね。
 もっともこの本の著者はアメリカプロフェット社(あのアーカーが顧問をしているブランドコンサルです)の人なので、顧客接点の話を中心に据えながらも、もっとブランドをどう築いていくのか、という全体的なプロセスを説明する内容になっています。
 今の「顧客接点」ブームの先駆け的な本であり、大手の代理店はこの本で示されているようなフレームを実際に提案活動で使っているようなので、読んでおいて損はないと思います。

 ところで、これは元はアメリカで出版された本です。原書名は、“BUILDING THE BRAND-DRIVEN BUSINESS -Oprationalize Your Brand to Drive Profitable Growth”です。訳書名の「コンタクト・ポイント」の「コ」の字も出てきません。全く違う題名になって翻訳されているわけです。なぜでしょうか? もっと言うと、この本の文中には「顧客接点」を指し示す英語として、“Touchpoint(タッチポイント)”という言葉が使われているそうです。しかし日本語訳では「コンタクト・ポイント」が使われています。訳語を当てているわけではなく、わざわざ読み替えているわけです。なぜでしょうか? 

ちなみにプロフェットでは、顧客接点を「タッチポイント」(touchpoint)と呼んでおり、原著でもこの語が使われているが、訳出に当たり、より人口に膾炙する同義の「コンタクト・ポイント」を採用することとしたことを念のため書き添える。(p241訳者あとがき)

ウソ! 英語では標準的な言葉遣いではタッチポイントであり、「より人口に膾炙する」なんて誰が決めたのでしょうか? 原著の用語を採用せず、特殊な言葉を当てるのは、日本の読者に対して大きな問題では?

 なぞのヒントは翻訳者にあります。この本の翻訳者は電通ブランド・クリエーションセンター(今はない組織です)。「コンタクト・ポイント」は電通の登録商標で、「タッチポイント」は博報堂の登録商標です...。翻訳者の電通が「コンタクト・ポイント」を使った理由が推察できると思います。企業活動上の要因とでも言うべきものでしょうか。日本の広告関係の書籍では実はしばしばこういうこと、つまりもともとの言葉や概念がある特定の利害関係の下で、変えられて日本に紹介されるというがあります。読者は注意が必要です。
 しかし、こんな簡単な言葉を商標登録してしまう電通も博報堂もどうかしています。ちなみに、アサツーディ・ケイでは「体験ポイント」、東急エージェンシーでは「リレーションポイント」という言葉を使っているようです...。

 余談ですが、もし代理店以外の会社(広告主さんなど)で、「顧客接点」のことを上記のどれかで言い換えて使っているところがあったら、それはその言葉を登録商標としている代理店の影響下にある広告主さんだと考えて間違いありません。

☆スコットM.デイビス、マイケル・ダン著、電通ブランドクリエーションセンター訳「ブランド価値を高める コンタクト・ポイント戦略」(2004年)ダイヤモンド社

ブランド価値を高める コンタクト・ポイント戦略

 インターネットによって、コミュニケーション環境が革命的に変化したと誰もが感じているでしょう。ビジネスシーンでも同じです。しかし、単にメールが使える、情報が集められる、eコマースが可能になるなど、手段としてできるようになったことではなくて、それらができることで、本質的にビジネスの何か変わるのか、ということに焦点を当てて書かれているのがこの本です。
 こう書くと哲学的で眠くなりそうだ、と思う人もいるでしょう。私もそう思って読み始めましたが、意外に引き込まれました。

この本は1999年アメリカのネットシーンで話題になった「クルートレイン宣言」を基にして書かれた本です。これはルターの宗教改革にならい、インターネットで変わるビジネスのあり方について主張された、95カ条からなる宣言文(マニフェスト)です。あたかも宗教改革者の檄文のように、インターネットで変わる(変わるべき)企業やビジネスのあり方について熱く述べられたものです。

 この本には、インターネット時代のビジネスのあり方を予言するような、ユニークな視点がたくさんあるのですが、例えばこんな主張です。

●Back to the Bazaar(バザール)の社会
 私は海外に行ったとき、その街の市場(いちば)をぶらぶら見るのが好きで、時間があれば必ず立ち寄ります。片言の現地語を使って珍しいものを買ったり、交渉して値切ったりすることは、とても楽しい体験です。古来、ものを買う場所はそうした「市場(いちば)」であり、そこでは売り手と買い手の交渉があり、双方向のコミュニケーションがありました。互いに同じ目線の高さで取引が成り立っていたはずでした。ところが、大量生産・大量消費の産業社会以降、様相は一変してしまいます。

こうして、市場(マーケット)で物品を手にとっていた人びとは消費者として位置づけられることになった。(中略)需要と供給の間の力関係が供給側に決定的にシフトしてしまった結果、「マーケット」という単語は、消費者に対して何かを行うことを意味する動詞になってしまった。(p146)

 つまり「市場」という単語は、いつの間にか「イチバ」から「シジョウ」呼ばれるようになり、「マーケット」という英語は「マーケッティング」という大量消費社会の言葉になってしまったわけです。

 しかし、インターネット時代になって、再び「イチバ」に戻って来ました。インターネットユーザーは互いにつなっがって、あーだこーだと商品のうわさや品定めを行い、価格交渉さえもできるようになったのです。それはまさに海の向こうの見知らぬ小さな街の「市場(バザール)」で起きていることと一緒です。
 確かにこれは大きな変化でしょう。あのインターネットの申し子、楽天が「らくてんいちば」を名乗っているのはとても象徴的です。

●ハイパーリンク量が価値を決める社会
 YAHOOやGoogleなど大規模な検索サイトは、毎日何千万というユーザーが訪れ、会社の時価総額は膨大な額に上っています。しかし、彼らの価値の源泉は自分自身の中身にはなく、彼らが他のサイトを適切に「案内する」という行為に基づいています。これは考えてみると不思議なことです。普通「価値」の源泉は、その内容にあるはずです。しかし情報が爆発的に増大している今日の社会においてはそういう常識が通用しない局面が現れます。

何かを専門にする人とは、書物が情報を内包しているように、たくさんの情報を持っている人のことだ。しかし、世の中の情報量がどんどん増加しつつある今日では、専門家の知識といえども、全体のほんの一部にすぎない。(中略)そのため、有能な専門家とは、すべての解答を知っている人のことではなく、どこに解答があるかを知っている人ということにだんだんなってきている。情報を集中管理することが新しいタイプの専門家の価値ではない。彼の価値は、有益かつ最新の情報のありかを指し示せるところにある。(p219)

 つまり、あふれる情報に溺れそうな社会にあっては、適切な「ハイパーリンク」を大量に持ち、必要に応じて適切な先にたどり着く能力こそが価値を生み出すということです。YAHOOやGoogleはそれゆえに価値があるということなのです。Googleがリンク数の多いサイトを重要サイトとして認識しているのは有名な話ですが、ネット時代の価値が何かを考る上で、このことも暗示的です。

 インターネットがわれわれの生活にもビジネスにも不可欠なものになっている以上、それがもたらす変化の意味を考え、対応することは重要なはずです。
 この本では、こうしたインターネットによってもたらされる、社会的な変化についていくつも指摘し、今後の企業やビジネスのあるべき姿をいろいろ提案しており、大変刺激を受けます。

 ところでこの本、アメリカではずいぶん話題になったようで、私は、あるアメリカのインターネットプロモーション会社のサイトで紹介していたものを見て知りました。しかし、訳書を日本のAmazonで検索するとさすがにあったのですが、ユーズド価格で57円で売られていました。2001年発行と多少古い本ではありますが、内容の豊かさに比べれば寂しい限りです。
 そもそも訳書のタイトルが悪すぎますね。特に副題が悪いです。「絶滅恐竜にしない95の法則」ですよ! これでは読み捨てのビジネス書と誤解されても仕方ありません。原書と意味の異なる訳書のタイトルは少なくないですが、これは大変悪い例だと思います。

☆リック・レバイン、クリストファー・ロック、ドク・サールズ、デビット・ワインバーガー、倉骨彰訳「これまでのビジネスのやり方は終わりだ」(2001年)日本経済新聞社

これまでのビジネスのやり方は終わりだ―あなたの会社を絶滅恐竜にしない95の法則

 今年もカンヌ国際広告祭が終わりました。Film部門では、イギリスホンダの"GRRR"という作品がグランプリを獲ったようです。ディーゼルエンジンの広告ですが、このインド風(?)の色彩感覚と、独特のメロディーは印象に残ります。
 最近のグランプリは去年のPS2とか、ナイキのやつとか、あまりにも比喩が行き過ぎていて、広告の仕事をしていてもクリエーターでない私は、何が良いのやら理解に苦しむところがありました(こういうのはなかなか周りに素直に言えないんですよね。必死に良さの理由を自分なりに考えてました)。その意味では今年のクランプリは商品説明がストレートで、広告の原点に戻ったようでした。好感を持ちました。

 ところで、仕事でお客さんと話をするときも、社内で他のセクションのメンバーと話をするときも、カンヌの話題のような「基礎教養」は不可欠です。よくアンテナ張ってるな、と思われ一目置かれます(たぶん)。
 ブランドについての有名な失敗談も、恐らく「基礎教養」の一つでしょう。今日紹介する本はアメリカの本ですが、そうした知っていて決して損はしない有名な失敗談を、すごーく古いのを含めていろいろ集めています。

 有名なところでは、「ニューコーク」の失敗でしょうか? 私はこの失敗談をリアルタイムで見ていたので印象深いのですが、もう本の中の話としてしか知らない人も多いことでしょう。
 1985年4月、競合のペプシに追い上げられていたコークは、大規模な消費者調査の結果、今の味よりやや甘めの味の方が高い支持を受けるとの結論に達し、オリジナルのコークを販売停止にして、新製法の「ニューコーク」に全面的に切り替えると発表しました。すると、、、

コカコーラの本当の問題は、自分のブランド力を過小評価していたことによる。オリジナルのコカ・コーラの販売停止が発表されたとたん、多くの米国人が新商品をボイコットした。オリジナルがもはや手に入らないことに消費者は怒り狂ったのだ。ニューコークの売上げも伸び悩んだ。(p18)

 結局わずか3カ月で決定を覆し、オリジナルのコカ・コーラを復活しました(Classic Cokeという名前になってしまいましたが)。

 この事件は、ブランドが商品の名前以上であるということをはっきりとわれわれに見せ付けた事件で、その後のブランドブームの一つの背景になったともいえるでしょう。
 このほかにもゼロックスのコンピューターや「.com」企業の失敗例などいろいろ載っています。全部読むと、何をしてはいけないか、ということがなんとなく感じられるようになるはずです。

 日本でもありましたね。有名なところでは「雪印事件」(2000年)。ブランドがいかに脆いのかということを私たちに知らしめさせた事件でありました。ニューコークの話に似た「キリンラガーの生化」(1996年)という戦略も、いまだに当否が問われる戦略変更だったと思います。

 こうしたことをたくさん知っていると、プレゼンの質疑応答のときなど箔が出ていいですよ。

☆マット・ヘイグ著、田中洋・森口美由紀訳『あのブランドの失敗に学べ!』(2005年)ダイヤモンド社

あのブランドの失敗に学べ!

思い起こせば、90年代後半から始まった空前のブランドブームも最近は下火になりました。あれは「ブランドバブル」だったのかも知れません。当時はブランドに関するさまざまな本が出版され、さまざまな意見が出されました。そして「ブランド」こそすべてであり、「ブランド」を何とかすれば、すべてが解決すると考えていた人も少なくなかったと思います。
実際そういう姿勢のクライアントさんは少なくなかったですし、セミナーなどでは、そういうことを高らかに宣言する人も少なくなかったと思います。

しかし、派手にブランディングをした会社(例えば、Inspire the Nextの某電機メーカー)や最強のブランドを保有していると言われた会社(例えば最近トップが外国人になったAVが本業のメーカー)が、その後業績が???になったりして、ブランドを良くしようとすることは会社の業績をよくすることとイコールではなさそうだし、現在強いブランドを持っていることが、将来の業績を保証するわけでもなさそうだ、ということがわかってきました。ブランドが魔法の杖でないことにようやくみんなが気づいてきたわけです。

「8カ月の時間と膨大なエネルギーをブランド戦略に費やして、変わったのはロゴとタグラインだけたった」投資サービス会社CEO(p28)

「コンサルタントを雇って基本ブランド戦略を策定したが、広告代理店はわが社の能力以上のことをブランド・プロミスにして広告キャンペーンを行った。その結果、顧客は失望し、社内ではコンフリクト(衝突)が生じ、ブランドへの信用は失われてしまった」公益事業会社CEO(p29)

これはアメリカの話なのですが、日本でも頭良さそうなブランドコンサルや広告代理店に騙されて(結果的に)、ずいぶんお金とエネルギーを使ってしまった会社は、少なからずあったと思います。

ところで、この本の面白いところは、こうした「ブランドバブル」の問題点を認識して、どうもそこから出発しているというところです。

「60分であなたもブランド戦略家」のタイトル通り、さっと読める本ではあります。しかし、「ブランドとは何か?」「ブランド構築はどう進めればいいのか」などという、やっぱり大切なベーシックなことについて、それなりにきちんと書いてあります。さっと読める本にしては、「ブランド」について悩み抜いた人が、「そーなんだよねー」と言えるような、かなり哲学的な情報が満載です。

ところが、「ブランドバブル」の洗礼を受けておらず、これからブランドに学びたい、という人にはかえって難しいかもしれません。文中ではさまざまな先哲(?)たちの「ブランド」に対する言葉が数多く引用されていますが、いやぁ、いろいろな人が本当にいろいろなことを言っています。世の中における、ブランドのわかりにくさをそのまま写し取っているようなところがあります。それらを理解するのは困難だと思います。

きっと、著者がブランドに悩みすぎているからでしょう。
「ブランドの迷いの森にようこそ!」。私たちをそんな風に誘う一冊のように思えました。

☆イドリス・ムーティ著、青木幸弘訳「60分であなたもブランド戦略家」(2005年)宣伝会議


60分であなたもブランド戦略家

このページのトップヘ